一貫性というのは、想像力を欠いた人間の最後のよりどころである。(オスカー・ワイルド)


不発に終わったセル・イン・メイ

今日から6月相場入りである。さんざん「セル・イン・メイ(5月に売れ)」と警戒された5月相場は27年ぶりの11連騰で幕を閉じた。日経平均の月間の上げ幅は1043円に達し、5月としては21年ぶりの大きさ。終わってみれば日経平均が下げたのはわずか2日だけだった。土曜日の日経新聞は1面で「5月株式市場、記録づくめ」と報じた。

先般の決算発表で企業側から出てくる16年3月期の業績見通しが保守的なものにとどまり、2ケタ台半ばの伸びを見込んでいる市場予想との大きなギャップが株価の下押し要因となる - こんな警戒感がまことしやかに市場で語られていた。ところが決算発表が終わり、締めてみれば今期予想は9%増益。

保守的に見込んだはずの期初の予想が9%増益なら、今期2ケタ台半ばの増益率はじゅうぶんあり得る。悪い悪いと言われた業績見通しがそれほど悪くなく、下げる下げると言われた相場が下げない。コンセンサスが裏切られると相場は記録的な上昇となる。記録だけでなく、この先、記憶にも残るであろう今年の5月相場であった。


バイ&ホールドが最高のリターン

個人投資家に人気のテクニカル分析。テクニカル分析を解説するセミナーを開催してほしいというリクエストもよく寄せられる。僕は若い頃、MPT(モダン・ポートフォリオ・セオリー:現代投資理論)に感化され、市場効率仮説のウィークフォーム、すなわちテクニカル分析で市場を上回るリターンを獲得することはできないと固く信じていた。

今では僕も少しは大人になったから、テクニカル分析といってもピンキリで、なかにはスゴいものもあるだろうと思えるようになった。例えば、解釈によってはブノワ・マンデルブロのフラクタルだって「テクニカル」と言えないこともないし、ジム・シモンズ率いる史上最強のヘッジファンド、ルネッサンス・テクノロジーのプログラムだって、突き詰めて言えば「テクニカル」である。

但し、そういう本当にスゴいのを除いて、巷に掃いて転がっている、ひと山いくらの、いわゆる「テクニカル分析」というものは、はっきり言って「使えるシロモノ」ではない。なぜか?効いたり、効かなかったりするからだ。それでは結局、「運任せ」でサイコロを転がして投資判断しているのと同じだからである。

表1は5月末を基準に過去1年の様々なテクニカル分析に基づいた戦略の成績を表している。例えばRSIなら、30で買い、70で売りというように機械的に売買したものと仮定してリターンを計算する。全部で23の戦略の平均は約10%、中央値は約6%で、最も高いリターンは約35%だった。その最高のリターンを稼いだ戦略は「バイ&ホールド」、つまり買ったら余計な売り買いをせずにじっと黙って持ち続けたのが一番良かったということである。

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この分析結果はブルームバーグのニュース、「中国株高で利益上げる最善策は何もしないこと―忍耐が肝心」を参考にした。上海総合指数は過去1年間で142%のリターンだった。一方、ボリンジャー・バンドや移動平均などのテクニカル分析に基づく23の取引モデルの平均リターンは14%。何もしないで買い持ちをキープするのが一番良かったという。

無論、この期間だからこそ「バイ&ホールド」が最も成績が良かったわけで、もみ合いが長く続いた時期ではうまく売り買いを重ねたほうがリターンが獲れるだろう。但し、それはバックミラーで過去を振り返ってはじめてどの戦略が良かった悪かったと言えるのであって、問題はこの先、どういう相場が来るのか、そしてそこではどのように振る舞うのが適切なのか事前にはわからないということである。

「ルールベース」「ディシプリンド(規律的)アプローチ」などと言えば聞こえがいいが、単なるテクニカル分析は思考の放棄である。なぜそういった陳腐なものでも人気があるのかといえば、1)素人でも理解しやすい、2)考えなくていいので楽だから、であろう。


ある程度、ルールは必要

確かに運用ではある程度のルールを持つこと、そしてそれを、あれこれ考えずに着実に実践することが大切である。例えば当レポートでも再三繰り返し述べてきた「損切りは早く、利食いは遅く」などはその典型である。たいていの投資家は、「損切りは早く、利食いは遅く」ができずに、その逆をやる。

損切りができずに塩漬け株の山を築く。反対に、ちょっと値上がりするとすぐに売ってしまって、「得べかりし」利益を獲り逃す。これはノーベル賞も受賞した行動ファイナンスの「プロスペクト理論」で説明される人間の心理的な行動パターンだから仕方ない。それを制御するには、やはりルールが必要であろう。

ロスカット・ルールは一般に普及しているが、利益確定についてもルールが必要だ。以前紹介した「トレーリング・ストップ」などは実用的なルールだろう。高値からいくら下がったら売るという逆指値を使う方法だ。

「高値からいくら下がったら」という値幅の設定は、それまでの上昇幅の1割とか2割とか自分のリスク許容範囲で決めればいい。そこまでの押しがなければ売らずにポジションをキープする。株価が上昇していけば逆指値を吊り上げていって相場上昇に追随することができる。早く相場から降りてしまうことを防ぎ利幅を伸ばしていけるのだ。

多くの個人投資家は少し利が乗るとすぐに売ってしまうのが、習い癖のようになっている。無理もない。平成バブル崩壊以来この四半期、基本的にずっと右肩下がりのダウントレンドのなかにいた。上がったところを捉えて売れば報われることが多かった。しかし、これからは違う。相場の大きな転換点は売ったら負け。大相場は降りたら負けである。


人間にしかできないこと

心理的な罠にかかってうまく相場を張れないのは行動経済学が教えるところ。だからそれを律するルールが必要だ。しかし、完全なるルールの実行はプログラムには敵わない。機械的な売買は機械に敵わないのは自明のことだ。

先ほど、どうしてテクニカル分析が個人投資家に人気なのか、という理由として、「考えなくていいから楽だ」という指摘をした。しかし、考えなくていいなら、機械に任せておけばいい。人間が勝負する領域は他にあるだろう。バイ&ホールドで持っておけばいい相場なのか?あるいは小まめに利益確定しながら泳ぐ相場なのか?その判断は大局観を読むしかない。それを考えるのが人間の仕事である。

前著『9割の負け組から脱する投資の思考法』からふたつの引用を紹介しよう。

<この間わかってきたことは、どれだけ選択肢が膨大であっても、決められた範囲の組み合わせからベストなものを選ぶ作業であれば、演算速度を上げることでコンピューターが容易に処理できてしまうという事実である。

したがって、コンピューターで代替されない能力とは、無限の選択肢から組み合わせを選び出す、つまり突拍子もない発想で新しい組み合わせを生み出していく能力である。米アップル創業者のスティーブ・ジョブズを例に出すまでもなく、今でも世の中に革新的な変化をもたらすのは、このような能力にたけた人である。

多くの学習はマニュアル化されており、解法をパターン化することに注力される。試験問題は、客観的正確性を期すため「正解」が存在する。しかし正解が存在するということは有限の選択肢の中から選ばれているということを意味する。「正解」のない問題に対して答える能力こそが、コンピューターに代替されない能力である。>
(柳川範之東京大学教授「コンピュータが仕事を奪う」)

<私はかつて、「これはこうだ」とスパッと言い切れるものが好きであった。悟りを開いて悠然としている人に憧れていた。だが社会に出て二十余年、その考えは少しずつ変じている。行く道に道標はなく、仕事で重ねた努力はたまにしか報われず、懸命な考察を他者が違わず汲んでくれることも稀だ。(中略)いくら経験を積んでも明快な答えには辿り着けない。なんとももどかしい。

しかし人は、わからないから考え、想像し、工夫をし、成長するのだ。自分の仕事の本質をなんとか見定めようと目を凝らすのだ。小説とはなにか、新聞とはなにか、芸能とは、工芸とは、電気機器とは、車とは、建築とは……ということを。

それはきっと、「すぐにわかる」ような薄っぺらい場所ではなく、奥行きある世界に自分が身を置いている証なのだと思う。>
(木内昇「分からないから面白い」2013年3月31日付け日本経済新聞)

同じである。相場もまた同じである。わからないから考え、想像し、工夫をし、成長する。本質をなんとか見定めようと目を凝らすのだ。相場とは何か、と。

広木隆(ひろき・たかし)
マネックス証券 チーフ・ストラテジスト

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