ラストマン,言志四録,リーダー資質
(写真=ニッセイ基礎研究所)

巨大企業の大改造

ビジネス書として久々に感銘を受けた。「潔く、痛快」というのが、一気に読んだ後の感想である。書名は『ザ・ラストマン』(2015年3月初版:角川書店)。

著者は日立製作所の会長を5年間務め、2014年3月末に辞した川村隆氏(現相談役)である。転出していた子会社の会長から69歳で本体の社長に就き、創業以来の苦境に立っていた巨艦日立の大改造を断行し、「中興の祖」とも言われる。

同書の副題に「日立グループのV字回復を導いた『やり抜く力』」とあるように、就任当時、リーマンショックの影響もあり、同社は製造業で過去最悪の8,000億円近い赤字に陥っていた。指名委員会からの要請とはいえ、それがもう一年続くと日立は無くなるとまで言われた時期の社長就任であった。その後、社長兼会長として何をどう実行したかは重要だが、ここでは割愛する。

ラストマンという覚悟

筆者がひかれたのは、「ラストマン」という言葉に込められた経営者としての"胆の据え方"である。ラストマンとは、直訳すれば"最終責任者"となるが、「自分の後ろには、もう誰もいない!」という逃げない覚悟を意味する。

元々は、氏が30代の頃、当時の工場長から諭された言葉である。さらに、副社長になっていた50代でハイジャック事件に遭遇し、死生を超えて“達観"したことも背景にある。この心構えは社長だけでなく、すべての段階の組織長に当てはまると書かれている。

変化の時代にあって、過去の成功体験は現状維持を助長し、停滞と衰退の始まりという。事業改革時の意思決定から実行に至るまでの要諦が、5つにまとめられている。(1)現状分析⇒(2)未来予測⇒(3)戦略構築⇒(4)説明責任⇒(5)断固実行。特に、(4)では相手が納得しなければ無意味、(5)では何をするにせよ抵抗勢力は必ずいる、との指摘は説得的である。

変革期のリーダー資質

このような「決められるリーダーの資質」は、ビジネスに限らないだろう。氏の言葉のなかで筆者の印象に残ったのは、次の三つである(原文に少し手を入れた)。

社長は出世レースの最終ゴールではない。業績を伸ばすことを請け負う、単なる「専門職」である。

自分が思っている自分と、まわりが見ている自分はまるで違う。「自分の目」以外の客観的な評価を知っておかないと、何をどう直すべきかが分からない。

ビジネスの世界は、常に上流に向かって舟を漕いでいるようなもの。油断していると、流されてしまう。舟の中だけ見ていると、自分が今どの流れにいるのか分からなくなる。

幕末維新の英傑に影響を与えた語録に通じるもの

話は変わるが、『言志四録』をご存じだろうか。同書でも触れられているが、江戸時代末期の儒学者「佐藤一斎」が認めた1,133条からなる語録集である。“指導者のバイブル"と呼ばれ、佐久間象山や横井小楠などの幕末期の思想家、さらに西郷隆盛や坂本龍馬などの維新の志士に大きな影響を与えた。実は、筆者は学生時代にこの本を読んだことがあるが、何が書いてあるかよく分からなかった。

正直、今でも自信はないが、『ザ・ラストマン』に込められた想いと共通するものを感じることはできる。その意味で、同書は現代ビジネス版『言志四録』と呼べるのではないだろうか。"時代を創るリーダー"に求められる心構えと実行力の本質は変わらないと思うからである。

川村雅彦(かわむら まさひこ)
ニッセイ基礎研究所 保険研究部 ESG研究室長

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