飛行機のなかで不安顔の紳士がCA(キャビンアテンダント)に尋ねた。

「この飛行機が墜落する確率はどのくらいかね?」
「ほぼゼロ%ですよ。ご心配なく」
「ほぼゼロ%では答えになっていない。具体的にどのくらいの確率なんだね?」
「1万分の1以下です」
「0.01%はゼロじゃない。そんなに高い確率ではとても安心できないよ」
CAは少し考えてから微笑んだ。
「それではお客様が、いま、この機をハイジャックしてみてはいかがですか」
「?」
「飛行機がハイジャックされて、かつ墜落した、という確率ならば1000万分の1以下になります」

このジョークのミソは、確率とはいい加減なものである、ということのほかに、あとからいろいろな条件がついてくると真の確率がわからなくなるというものである。

米労働省が3日発表した5月の米雇用統計では非農業部門の雇用者数が前月比3万8000人増と15万5000人程度の増加を見込んだ市場予想を大きく下回り、5年8カ月ぶりの低い伸びとなった。

メディアには「衝撃的」「ネガティブ・サプライズ」などの言葉が並び、ドル円相場は106円/ドル台まで急速な円高が進行した。この弱い雇用統計の数字では、6月のFOMCでの利上げの目が完全に消えたと市場は判断した。実際、今週のテレビ東京「モーサテサーベイ」で6月利上げを見込む回答者はゼロ、ひとりもいなくなった。

FF金利先物が織り込む利上げ確率を示すシカゴCMEのFEDウォッチによれば、6月利上げの確率は4%。大幅に低下して、ほぼ0%に等しい。しかし、0%ではないというところが肝心な点だ。

6月利上げの可能性は遠のいたが、完全に消えたわけではない。何度も述べているが非農業部門の雇用者数というのは非常にブレやすい統計である。だから、単月の数字だけで判断してはいけない。過去3カ月平均では11万6000人増である。完全雇用のもとでは毎月20万人ものペースで雇用が伸び続けるほうが異常である。

米国で失業率4.7%となれば、就職を希望するひとはほとんど職に就けるということであり、職がないということの正反対の状況である。完全雇用というのは一種の飽和状態だから、これまでのようなペースで雇用者数が伸びないのは当然だろう。

人口増による労働力供給を吸収するには毎月10万人も雇用が伸びればじゅうぶんとFRB自身が考えている。賃金は3カ月連続で増加し、5月の平均時給は前月比0.05ドル増の25.59ドルになった。個人消費支出は6年ぶりの大幅な伸びを見せた。コアPCEデフレーターは前年比1.6%と引き続き高水準にある。こうした状況では、6月FOMCでの利上げ確率はゼロでないというのが、まずはじめのポイントだ。

では真の確率はいくらか?これは誰にもわからない。但し、「ほぼゼロ」とする市場の見方は行き過ぎていると思われる。真の確率は実際にはわからないものの、市場の見方は真の確率から乖離しているだろう、というのが二つ目のポイントである。

ということは、「6月FOMCでの利上げシナリオ」に賭けるのは、オッズ的に魅力が - 競馬で言えば馬券的に妙味が - あると言えるだろう。

大半が6月FOMCでの利上げはないと予想しているから、実際に利上げがなくても誰も驚かない。よってその場合の市場のリアクションは無反応だろう。ダウンサイド・リスクはないと言える。

ところが万が一、利上げが決定されたら強烈なサプライズとなる。その場合の市場のリアクションは、為替だけに限れば大幅にドルが買われる展開となろう。ドル円は簡単に110円程度までは戻るだろう。107円近辺の現在から見たら3円(2.8%)は抜ける。

CMEのFEDウォッチの確率を使って期待値を計算しよう。

利上げなし 確率96% × 期待リターン 0%(無反応)=0%
利上げあり 確率4%  × 期待リターン 2.8% =0.11%

このベット(賭け)の期待値はプラスである。以前、紹介した東大卒のプロポーカー師・木原直哉氏のギャンブルの定義は、「期待値がマイナスなものに賭けること」。よって、このベット(賭け)はギャンブルではない。競馬の大穴馬券とは似て非なるものである。

二つ目のポイントを思い出してもらいたい。市場の見方は真の確率から乖離していると思われるため、市場の予想確率を用いた期待値は低く見積もられている。実際の期待値はもっと高い。実際にはもっと高い期待値のものを安く拾えるというのが、オッズの良い賭けであるという所以だ。

無論、このロジックで日本株投資(というよりはトレーディング)を考えてもいい。その場合は、掛け捨ての保険と思って、コストの安いコールオプションを買うのが面白いだろう。

今日の日経平均の下げ渋りは注目に値する。朝方の安値から大きく下げ幅を縮小したため、一目均衡表の雲のなかで大きな陽線となった。日経平均の1万6000円台半ば、PER14倍程度というのは「居心地の良い水準」ということなのだろう。

これほどの外部環境の悪化でも、この水準から下げないとなれば、いよいよ1万6000円台半ばがフェアバリューとして刷り込まれてくる。この先、突発的なことでショック安する場面があったとしても、落ち着けばこの水準までは比較的容易に戻るだろう。そうした安心感があるのとないのでは、投資のスタンスがまるで違ってくる。

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広木隆(ひろき・たかし)
マネックス証券 チーフ・ストラテジスト

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