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(写真=Thinkstock/Getty Images)

今回は、閑話休題。日本におけるオンライン証券の歴史を振り返ってみようと思う。
振り返ることで、何か見えてくるものがあるかもしれない。

米国での歴史と日本での誕生

1 米国での歴史

まず、日本に先立ち米国のオンライン証券の歴史を確認する。米国で株式委託手数料が自由化されたのは、1975年5月1日(メーデー)である。その後、チャールズシュワブ、DLJ(donaldson, Lufkin & Jenrette)などのディスカウントブローカーが台頭し、インターネットの普及と共に勢力を増していった。

2 胎生期は金融ビッグバン

日本でのオンライン証券誕生の背景として、90年代金融危機が挙げられる。
1980年代末のバブル経済が崩壊し、1995年8月に兵庫銀行が破たん(戦後初の銀行破たん)し、97年11月に三洋証券が破たん(戦後初の証券会社破たん)した。なお同月は、17日に北海道拓殖銀行、24日に山一証券と日本有数の金融機関が続々破たんした。

翌98年10月に日本長期信用銀行、12月には日本債券信用銀行が破たんし、日本の金融危機は頂点に達した。

これと並行して、橋本龍太郎内閣の下で進められていた「金融ビッグバン」構想により、金融システム改革が進められ、その一つとして、徐々に進められていた株式委託手数料の自由化が99年10月1日に完全に自由化された。

また2001年にソフトバンクBBがADSLモデムを無料配布するなどインターネット定額制が普及し始め、ブロードバンドが広く使われ始めたのも、日本におけるオンライン証券の胎生を後押しした。

なお日本におけるオンライン証券サービスの最初は、大和証券が96年8月に提供開始した「ダイワのオンライントレード」であるが、オンラインを含む非対面取引(営業マンを介さない取引)専業に業態転換を行った最初の証券会社は、松井証券である。

3 誕生期はITバブル

日本のオンライン証券の誕生期は、いわゆるITバブルの時期であった。
楽天のジャスダック公開は2000年。光通信の時価総額はピーク時に7兆円、ソフトバンクの時価総額は21兆円とトヨタ自動車のそれを超えていた。

その時期に、オンライン証券は、DLJディレクト SFG証券、シュワブ東京海上証券などの外資系証券や、マネックス証券、イー・ウイング証券、日本オンライン証券などの本邦系証券の設立が相次いだ。

しかしITバブルは崩壊した。その際の光通信の2000年3月から4月にかけての20営業日連続ストップ安は、東証一部の過去最長記録としてでまだ破られていない。
オンライン証券も、新規参入組は次々撤退・合併した。DLJ ディレクトSFG証券は楽天が買収し現在の楽天証券となり、イー・ウイング証券と日本オンライン証券が合併し、現在のカブドットコム証券となっている。