要旨

2016年10月から社会保険の適用要件が拡大された。しかしながら、従来から女性の就業を阻害するとされてきた「130万円の壁」そのものについても、10月からの社会保険の適用要件拡大についても、その内容が少なからず誤解されているケースが多い。

そこで、本稿では、社会保険の適用要件拡大に関する代表的な3つの誤解を取り上げ、「130万円の壁」の何が変わるのかについて解説することとしたい。

1つ目は、「130万円の壁」が「106万円の壁」に変わるという誤解である(被扶養者枠の判断基準は130万円のまま)。2つ目は、社会保険の適用が年収(106万円)で判断されるという誤解である(社会保険の適用は月収で判断)。最後の3つ目は、社会保険の適用を判断する月額賃金に、残業代・通勤手当・賞与も含まれるという誤解である(月額賃金は雇用契約上の所定内の賃金)。

「130万円の壁」は10月からどう変わったのか

女性の就業を阻害する制度面の壁としては、配偶者控除(103万円の壁)と社会保険(ここでは年金・健康保険を指す)の被扶養者枠(130万円(1)の壁)が取り上げられることが多い。配偶者控除については、昨今見直しの議論が活発化しており、見直しの方向性についても選択肢が示されつつある(2)。一方、社会保険の被扶養者枠については、見直しの声があるものの、その方向性についての議論は停滞しているようにみえる。

社会保険料負担は社員と企業の双方に生じることから、就業調整のインセンティブも双方に生じることになる。この点を踏まえると、社会保険についても、女性の就業の観点から、見直しの議論が広がることが期待されるところである。

ただ、そのためには、社会保険の現行の仕組みを、まずは正しく理解する必要がある。ちなみに、国民年金法等の一部を改正する法律(3)により、今月(2016年10月)からは、これまでは社会保険が適用されていなかった短時間労働者も、以下の要件(学生は適用除外)に合致すれば社会保険が適用されることになった(4)。

・所定労働時間が週20時間以上
・月額賃金8.8万円以上
・雇用期間1年以上(5)
・従業員数501人以上

しかしながら、「130万円の壁」そのものについても、10月からの社会保険の適用要件拡大についても、少なからず誤解されているケースが多く、正しい理解が十分に広がっていないことが懸念される。

そこで、本稿では、社会保険の適用要件拡大に関する代表的な3つの誤解を取り上げ、「130万円の壁」の何が変わるのかについて解説することとしたい(6)。

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(1)被扶養者枠の判断基準となる年収130万円は60歳未満の場合であり、60歳以上の場合は年収180万円となる。
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2)配偶者控除の見直しに関する筆者の見解については、「配偶者控除の見直しは就業への「心理的な壁」を破れるか?-夫への説明ストレスの軽減にも配慮を」を参照されたい。
http://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=42670?site=nli
(3)公的年金制度の財政基盤及び最低保障機能の強化等のための国民年金法等の一部を改正する法律(2012年8月10日成立、2012年8月22日公布)。
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4)適用要件の拡大によって社会保険が新たに適用されることになるのは約25万人(厚生労働省資料より)と推計されており、影響は限定的だとされている。
(5)雇用契約期間が1年未満であっても、雇用契約書に契約が更新される旨、または更新される可能性がある旨が明示されている場合は、雇用期間1年以上の予定として取り扱われる。
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6)本稿での執筆に当たっては、しゅふJOB総研所長・川上敬太郎氏から貴重な気づきを頂いた。また、制度の内容についてはオフィスモロホシ事務所代表・諸星裕美氏に丁寧にご指導頂いた。ここに記してお礼申し上げたい。もちろん、本稿は筆者の見解であり、本稿に誤りがあればその責は全て筆者に帰する。
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