野口悠紀雄,ブロックチェーン,フィンテック,講義
(写真=The 21 online/野口悠紀雄(経済学者))

ブロックチェーンは「社会革命」だった!

「ブロックチェーン」……最近、新聞や経済誌の見出しでこの語を目にした人もいるはずだ。とくにあの「ビットコイン」の基幹技術として言及されることが多い。

ビットコインに代表される仮想通貨発行事業は、最近にわかに注目が高まっている。日本のメガバンク(三菱東京UFJ銀行)が独自の仮想通貨を発行したり、海外の中央銀行(イングランド銀行)が検討中との報道も流れた。このような状況を受け、「ブロックチェーン」が注目を集めているのだ。

ただ、その仕組みは複雑だ。さすがに「わからない」では恥ずかしいが、ややこしい技術が絡む話題だけに、まずは最低限のことだけ知っておけばいい……今回、野口悠紀雄氏の元を訪れた編集部も、最初はその程度の認識だった。

……いや、それだけではあまりにもったいない。

それが今回、野口氏の「講義」を受けた編集部の率直な感想だ。

ブロックチェーンは単なる金融の仕組みではなく、あらゆるビジネス、組織のありかた、さらには私たちの働き方に本質的な変革をもたらす。すでにその変化は始まりつつあり、ブロックチェーンについてより早く、より正しく理解した者は、より速く変化に適応できるはずだ。

私たちはいま、ブロックチェーンという画期的発明による「社会革命」の入り口に立っている。そのことを、この連続インタビューからぜひ、感じ取っていただきたい。

ブロックチェーンはなぜ注目されるのか

――そもそもブロックチェーンとは何か、というところからお話をうかがいたいと思います。ブロックチェーンは「ビットコイン」と結びつけて語られることが多いですが、どうしても我々は、「ああ、あの怪しい……」というあたりで終わってしまうので。

野口 ブロックチェーンをひと言で表わせば、「電子的な情報を記録する仕組み」です。これが仮想通貨・ビットコインの基礎技術になっているのです。

3年ほど前、ビットコイン取引所であるマウントゴックスの破綻で、ビットコインはいかがわしいものと思われてしまいました。ただ、その後もビットコインの取引は拡大し、さらには、通貨以外にブロックチェーンを活用したさまざまな取り組みがスタートしているのです。

ブロックチェーンの応用としてよく知られるようになっているのが、銀行が独自に発行する仮想通貨です。日本でも三菱東京UFJ銀行がブロックチェーンを使って仮想通貨「MUFGコイン」を2017年の秋ごろに発行しようとしています。他にもいろいろな銀行が検討しています。

あるいは、証券の取引への応用です。取引の後に行われる決裁・精算にブロックチェーンを使う実験が米ナスダックで行われ、日本でも証券取引所グループが実験に成功したと発表しています。

他にも、保険の分野などでもいろいろな応用が考えられています。

フィンテックとブロックチェーンとの関係は?

――ここまでのお話を聞くと、ブロックチェーンというのは今はやりの「フィンテック」、つまり金融の世界の話のように思えるのですが。

野口 それだけではありません。ブロックチェーンの活用は金融に限るものではなく、さまざまな分野で新しい事業が出てきています。一方、「フィンテック」と呼ばれるものの中には、ブロックチェーンを利用しているものも、そうでないものもあります。

ブロックチェーンの金融以外への活用例としては、IoT(Internet of Things モノのインターネット)への応用があります。IoTの課題である運営コストの問題を、ブロックチェーンによって解決することが提案されています。

エストニアでは、婚姻・出生・ビジネス契約といった政府の公的サービスへの応用が始まっています。自転車や自動車のライドシェアリングなど、シェアリングエコノミー分野への応用も数々のスタートアップ企業によって始められており、そこには莫大な資金が集まりつつあります。

その他にも数多くの分野でブロックチェーンを用いるプロジェクトが進められており、その応用範囲は非常に広いと考えられています。

――ブロックチェーンはフィンテックにとどまらず、世の中全体を変え得るものだということですね。

野口 応用範囲が広いことに加えて、もう一つ注目すべきことがあります。ブロックチェーンを使って事業を起こそうとしている企業は、経営者がいない組織、自動的に動く組織になっているということです。つまり、企業が消滅したとしても事業は続いていく仕組みが、ブロックチェーンによって可能になっている。DAO(ダオ)と呼ばれるこの仕組みについてはいずれ説明しますが、 これが未来の企業の形になると考えられているのです。

ブロックチェーン技術の影響は、社会の仕組みを大きく質的に変えることになるはずです。ここ数年のうちに大きな進展があるでしょう。今はちょうど、1990年代にインターネットが使われるようになった初期とよく似ている状況だと言えます。

インターネットの「限界」とは?

――確かにインターネットは社会を大きく変えました。ブロックチェーンがそれと同様のインパクトを持つというのは、どういうことなのでしょうか。

野口 これは「インターネットでできなかったこと」を考えてみるとわかりやすいでしょう。確かにインターネットは、情報を地球上のどこにでも、ほぼコストゼロで送ることを可能にするという革命を起こしました。しかし、インターネットでもできなかったことが2つあります。

第1は、「経済的な価値を送ること」。そして第2は、「信頼を確立すること」。

この2つを、ブロックチェーンは可能にしたのです。

――今でもインターネット上での送金は行われていますし、認証システムなどもありますが……。

野口 たしかに、たとえばAmazonで本を買うときには、クレジットカードを使ってインターネット上で送金ができます。しかし、実はこれは、非常に無理をして送金しているのです。

まず、我々は相手がAmazonだからこそクレジットカード番号を教えるわけですが、そのサイトが本当にアマゾンなのかどうか、見た目だけでは判断できません。まったく同じように作られた成りすましサイトかもしれません。

そこで、インターネットでは「SSL認証」という仕組みを使うことで、「相手は間違いなくAmazonである」と証明するようにしてきました。

ただ、この認証を取るにはコストがかかります。事実上、大企業にしかできないと言っていい。また、クレジットカードを使った決済には、通常、決済額の2?4%の手数料がかかります。

買う側はふだん気づきませんが、こうした認証に関わるコストやクレジットカードの手数料を、事業者が負担しているのです。そしてそれは価格に転嫁されたり、仕入先を買い叩くことで補われている。その部分でアコギな商売をする会社もあります(笑)。

つまり、現在のインターネットを使った送金システムは非常に無理のあるもので、かつ膨大なコストがかかり、それを結局、我々が負担しているのです。

ブロックチェーンとは何か……たとえ話にて

――インターネットでは、情報をほぼコストゼロで送ることはできた。けれども、お金など経済的な価値を同じように低コストで送ることはできなかったわけですね。

野口 ところが、ブロックチェーンを用いた仮想通貨、ビットコインにはそれができる。なぜ、できるのか。これは非常に長い説明になるので、とりあえず後回しにしましょう。

従来のインターネットでできなかったもう一つのこと。それは信頼性の確立です。

インターネットで通信している相手は、本当にその人なのか。インターネットには常にその問題がつきまといます。今開いているページが本当にAmazonなのか、Amazonのなりすましサイトなのかわからない、という問題です。それどころか、ネットの向こうにいる相手が犬だとしても、我々にはそれを知るすべがない。たとえ本人が書いたものだとしても、誰かが途中で改竄しないとも限らない。

信頼が確立できないということは、非常に大きな問題でした。インターネットの登場によって情報を送信するコストが下がり、社会がフラット化すると期待されていたのですが、それが実現できなかった理由の一つはここにあります。

ところが、ブロックチェーンは「そこに書かれている情報は唯一の正しい情報である」と言える仕組みなのです。つまり、インターネット上での信頼の確立が可能になる。これも、なぜそうなるのかは非常にややこしい説明が必要ですが……。

ともかく、安いコストで経済的な価値を送ることができ、そこに書かれていることが正しいと言える。いままでインターネットが実現できなかった2つのことを、ブロックチェーンは実現したのです。まさに「革命」です。

――その初めての試みがビットコインであったということですね。ブロックチェーンが画期的なことはわかったのですが、なぜ「信頼できる」と言い切れるのでしょうか。

野口 一つ、たとえ話をしましょう。もし記録を改竄されないようしっかりと残したいなら、紙に書き記すより石に刻むほうが確実です。

では、すべての記録を石に刻めばいいかというと、それは非常に大変なことです。膨大な時間もかかります。

ブロックチェーンは、あたかも石に記録を非常に素早く書き込むようなことを、電子的なしくみで可能にした。だから信頼できる……最も簡単に説明すると、このようになります。

ただ、もちろんこれは正確な説明ではありません。非常に面倒な話になりますが、ちゃんと説明しますか。

――理解できるかどうかわかりませんが……とても大事な話だと思うので、お願いします。

ブロックチェーンとは何か……もっと詳しく

野口 では、説明しましょう。ブロックチェーンというのは、具体的にどういうことを行っている仕組みなのかを。

先ほど申し上げたように、ブロックチェーンとは「電子的な情報を記録する仕組み」です。たとえばビットコインなら、ある10分間に世界中で起きたビットコインの取引データを「ブロック」という一つのまとまりに書き込みます。AさんからBさんに送金、CさんがDさんに送金、EさんからFさんに……という取引を全部書き込むわけです。

その作業は誰がやっているかというと、「P2P」というコンピュータのネットワークです。誰が入っているかわからない、誰でも自由に入れるコンピュータの集まりです。

たとえばAさんがBさんにビットコインを送る場合、AさんはBさんに直接情報を伝えるのではありません。AさんはP2Pに情報を伝える。P2Pを構成するコンピュータたち──これをnode(ノード)といいますが──は、その取引が正しいかどうかチェックする。チェックの仕方は、あらかじめプロトコルというルールに従って行います。

P2Pのメンバーはプロトコルに従って、Aさんがちゃんと送るコインを持っているか、二重払いをしていないかなどをチェックします。nodeの全員が同じデータを管理し、同じチェックを行うことで、不正が行われていないことを監視するのです。

そして、P2P内のすべてのコンピュータが「送金情報が正しい」と同意すると、その10分間の全世界の取引記録がブロックに記録されます。

この作業が延々と行われ、10分間の取引が記録されたブロックが延々とつながっていくのです。

――なるほど、ブロックがチェーンのようにつながっていくから「ブロックチェーン」なのですね。

野口 実は、ここからがさらに難しいのですが……なるべくわかりやすく説明しましょう。

ここで「ハッシュ関数」というものが出てきます。あるデータの集まりをハッシュ関数に通すと、「ハッシュ」というある数が出てくる。とりあえず、そういうものだと理解してください。

ハッシュには2つの特徴があって、第1に、元のデータの集まりが少しでも変わると、出てくるハッシュの値も変わる。もう一つは、ハッシュがわかったとしても、それから元のデータの集まりを計算で見つけるのは非常に難しいということ。

ハッシュ関数がどういうものかをイメージするには、素因数分解を思い出してみるとよいでしょう。素因数分解は、ハッシュ関数によく似ています。

――素因数分解とは、6なら「2×3」、10なら「2×5」というように、ある数を素数に分解していくことですね。

野口 そうです。「正の整数を素数の積の形で表すこと」です。この作業は6や10など桁が少なければ簡単ですが、桁が増えれば増えるほど難しくなります。

ただし、素因数分解した数字から、元の数字を求めるのは簡単です。たとえば、素因数分解した素数の集まりが、「2,2,2,2,2,2,3,3,7,1009,2017」であれば、すべて掛け合わせれば元の数字が出ます。この場合は「8,205,736,896」です。

しかし、「8,205,736,896を素因数分解しなさい」と言われたら、これはかなり大変な作業です。2,3,5,……と順番に素数で割って、割り切れるかどうか確かめていかなくてはいけない。膨大な時間と手間がかかります。

つまり、素因数分解は「ある方向に計算するのは簡単だが、逆方向に計算するのは著しく難しい関数」です。こうした性質を持つ関数を「一方向関数」と呼びます。

ハッシュ関数もまた「一方向関数」なのです。元のデータからハッシュを導くのは簡単。でも、ハッシュから元のデータを導くのはとても難しい。

なぜ情報が「書き換え不可能」になるのか?

――これが、どのようにブロックチェーンに応用されているのでしょうか。

野口 先ほど、ブロックには「世界中の10分間の取引」が記録されると言いました。ブロックには他に「前のブロックのハッシュ」と、「ナンス」と呼ばれる数が記録されます。これらの数字を元のデータとして、このブロックのハッシュが出力されます。

ここで、ハッシュが一定の条件を満たすことが要求されます。たとえば、最初からある桁までゼロが並ぶというような条件です。P2Pを構成するコンピュータたちは、ハッシュがこの条件を満たすようなナンスを求める、という作業を一斉に行います。

ところが、先ほども言ったようにハッシュ関数は一方向関数です。ハッシュから、元データの一部であるナンスを計算で導くことはとても難しい。ある式を使えばナンスが求められる、ということはなく、1つずつ数字を当てはめていくしかない。1つ1つ試していって、ハッシュが条件を満たしたら正解が見つかるということです。

この作業にP2Pのすべてのコンピュータが挑戦し、最初に正しいナンスを見つけたコンピュータが「発見した」と宣言する。正しいことが確認されたら、このコンピュータが10分間の取引についての「責任者」となって、「これらの取引は正しい」というタイムスタンプを押す。そして、その報酬として一定のビットコインをもらう。この作業を「マイニング」といいます。

そして、こうした作業が繰り返され、ブロックがつながっていくわけです。

――仕組みについては、なんとなくですが理解できました。でも、それがどういう意味を持つのでしょうか。

野口 それこそが「なぜ、ブロックチェーンのデータは、あたかも石版に彫った文字のように書き換えられないのか」という答えなのです。

ブロックチェーンのデータを管理しているのはP2Pだと言いました。誰でも入れる、どこの誰かもわからないコンピュータの集合です。

この中にXという悪人がいたとします。Xは、AからBへのビットコインの送金を、Aから自分、つまりXに送金するというデータに書き換えてビットコインを盗もうとします。

先ほど言ったように、ブロックチェーンにおいてはデータが一部でも変わると、そこから導き出されるハッシュも変わります。そうなると、ナンスの解も変わるので、計算をし直さねばならない。また延々と数字を当てはめていく膨大な作業が発生します。

それだけではありません。ブロックには、前のブロックのハッシュも記録されていると言いました。書き換えたブロックのハッシュが変わったということは、次のブロックに入力されるハッシュも変わるということ。そこで、次のブロックでもナンスの正解が変わる。これも計算し直さなくてはいけない。さらに、その次のブロックに引き継がれるハッシュも変わるので、またナンスを計算し直す。

この作業を、書き換えたブロックから最新のブロックまで全部やって初めて、データの書き換えが可能になるのです。そんなことは、世界中のコンピュータを全部つなげてもまず不可能です。

――そこまでして不正行為に挑戦するよりも、マイニングに協力して報酬をもらうほうがよほど得です。

野口 そうです。そこが重要なのです。ブロックチェーンは「悪いことが採算に合わない」仕組みなのです。

「悪いことをするのは倫理的によくないからやらない」という性善説ではなく、悪いことをしたら損をするから誰もやらない。悪いことが経済的に不合理な仕組みだから、誰も書き換えない。

こうして、誰がやっているかわからないにもかかわらず、信頼できる仕組みができた。この仕組みをプルーフ・オブ・ワーク(PoW)といいます。

――これまでのような、「相手がAmazonだから信頼できる」とか、「銀行のシステムだから信頼できる」というのとはまるで違う仕組みですね。

野口 従来の仕組みでは、裏切り者が出ると、そのデータが書き換えられてしまう危険性があった。信頼できない者同士が集まって共同作業を行って、それでも裏切り者によって陥れられないためにはどうしたらいいか。これは「ビザンチン将軍問題」と呼ばれ、これまでコンピュータサイエンスで解けないとされていました。ブロックチェーンはこの問題に答えを提出した。

だからビットコインは「信頼できない人がやっているのに信頼できる事業」になっているのです。マウントゴックスの事件は、ビットコインと円など通貨の両替のデータが改竄されたという問題であり、ビットコインの仕組みの問題ではありません。

つまりブロックチェーンは、特定の管理者の信用に頼ることなく、悪意を持って損害を与えようとするものを排除できる仕組みなのです。ここではビットコインで説明しましたが、他のいろいろな事業にも応用できるというわけです。

「まがいもの」のブロックチェーンがある?

――なるほど。なんとか理解できたと思います。いま、ビットコインのP2Pにはどのくらいのコンピュータが参加しているのですか。

野口 世界中で7千から1万のコンピュータが参加していると言われています。ブロックチェーンの信頼性も、P2Pの過半数のコンピュータが結託してデータを書き換えた場合には保証できなくなります。これを「51%問題」といいます。そこで、結託できないように、十分に多いコンピュータが参加していることが望ましい。7千から1万という数は、十分に多いと考えられています。

――ブロックチェーンを使って事業を起こそうという企業は、そのくらいのコンピュータをまずは集める必要があるということですか。

野口 そこはとても重要なところです。先ほども三菱東京UFJ銀行の例を挙げましたが、ビットコインの成功を受け、最近では似たような仮想通貨がいくつも現れています。それらはいずれもビットコインと基本的に同じようなブロックチェーンを使って運営されています。

ところが、銀行が独自に進めている仮想通貨発行は、確かにブロックチェーンを使っているのですが、実はこれまで説明したブロックチェーンとは似て非なるものなのです。

――つまり、銀行が使っているブロックチェーンは「まがいもの」ということなのですか?

(第2回<1月下旬公開予定>につづく)

野口悠紀雄(のぐち・ゆきお)早稲田大学ファイナンス総合研究所顧問/一橋大学名誉教授
1940年、東京都生まれ。63年、東京大学工学部卒業。64年、大蔵省入省。72年、イェール大学Ph.D(経済学博士号)取得。一橋大学教授、東京大学教授、スタンフォード大学客員教授などを経て、2011年より現職。著書に、『「超」整理法』(中公新書)、『超「超」整理法』(講談社)など、ベストセラー多数。(取材・構成:川端隆人 写真撮影:長谷川博一)(『 The 21 online 』2016年12月号より)

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