ファーバーレポート

以前コラムで「嘘」について書いたことがある。

<僕自身、何度も嘘をつかれ、そして何度も嘘をついてきた。>
(2015年3月18日 【新潮流】第196回 嘘)

そして最近もまた嘘をついた。昨年8月にマーク・ファーバー氏のレポートを毎月紹介していく、といいながら、その後まったく紹介しないで今に至っている。ファーバーレポートはおそろしく長く、かつ読むと陰鬱な気分になる。なにしろ英語の原題が、"Gloom, Boom & Doom Report"(陰気、ブーム、そして破滅のレポート)というくらいだから、とても紹介し続ける気にならなかったが、今回改めて取り上げたのは、1月号が、その内容も、そしてそこで引用されている言葉も、僕の指摘と引用に極めて類似していたことに驚いたからである。指摘や引用する言葉の傾向が同じということは、もしかしたら僕もファーバー氏と同類なのかもしれない。僕も、レポートを読む読者の気分を陰鬱にさせるような暗い性格の持ち主なのかもしれない。

ファーバーレポート1月号は、「将来について何も知らないほうが、間違いばかりの予測よりもマシ」というタイトルで、ストラテジストやエコノミストら、いわゆる「専門家」の予測がいかに当たらないかをテーマにしている。ファーバーレポートはいつも多くの言葉の引用から始まるが、今回はジョージ・オーウェルの言葉が冒頭を飾った。

「人は自分の希望に合致したときだけ未来を予見できる。そして、自分の希望に合致しないときは歴然たる事実でさえ無視できる」

僕は最近のレポートでもっと端的だが同じ意味の言葉を引いた。

「人間は自分の信じたいことを信じたがる。」(ユリウス・カエサル)

ファーバーレポートの2番目の箴言は孔子の言葉だ。

「人、遠き慮りなければ、必ず近き憂いあり」

僕が「遠慮近憂」というレポートを書いたのは2013年3月4日、もう4年も前のことだ。

今回のファーバーレポートでは、最近僕がよく参照しているフィリップ・テトロック『超予測力』も紹介されている。マーク・ファーバー氏はブルームバーグのコラムニスト、ミーガン・マッカードルの「なぜ予測が重要なのか...たとえ間違っていても」という記事における彼女の言説を「良い指摘だと思う」と述べているが、その趣旨は、僕が2011年6月10日付レポート「ストラテジストの予想は当たらない - なぜ理論が大切なのか」で述べたことと同じである。

マッカードルはこう述べている。

<予測の専門家を審判するのは無意味な行為である。実際のところ、学者は預言者ではない。将来を語るのは私たちの仕事ではない。それができるなら、仕事をする必要がない。すでにひと財産を築いて引退しているだろう。>

まったくその通りだ。僕も年中、セミナーなどで同じことを述べている。これは書籍などにも当てはまる。よく、「○○投資、必勝法!」とか「爆謄株の見つけ方」のような投資本をみかけるが、「必ず勝てる」のなら他人に教えず自分が実践すればよい。本なんか書いていないで南国のリゾートでのんびりしていればよいのだ。従って、その手の本を読んでもなんの役にも立たないだろう。ただひとつ、「勝てる◆◆◆投資術」(日本経済新聞出版社)という例外を除いては。

マッカードルはこう続ける。

<専門家がしているのは、世界についての推論、そして彼がそう判断した証拠を人々に提示することである。時にはデータの雑音からパターンの幻影を見るかもしれない。時には、実際にパターンは十分見られるが、状況を説明するデータに欠けているかもしれない。それでも、よく知られている問題について、読者が持っていなかった情報や異なる視点で見る方法を提供できるのだ。>

ロバート・ルービンの4原則

僕は前掲のレポート「ストラテジストの予想は当たらない」で、重要なのはロジックであるとして、こう述べた。

<相場は運や偶然に左右されるところが大きい。理屈(理論)で説明ができるのはせいぜい2割がいいところである。運や偶然は人の力ではどうにもすることができない。だからこそ、人の力で突き詰められる理論が大切なのである。>

そしてロバート・ルービンの4原則を紹介した。

<ロバート・ルービン元米国財務長官が、ペンシルバニア大学の卒業式の祝辞で示した有名な「4原則」がある。

唯一確かなのは、確実なものはないということである。
意思決定においては確率についてよく考えるべきである。
不確実性があるにもかかわらず、われわれは行動しなければならない。
意思決定を評価するには、結果だけでなく、その過程も考慮すべきである。

特に、この4番目の点については、ペン大の祝辞から2年後、2001年のハーバード大学卒業式祝辞で再び詳しく述べている。

「ときとして間違った判断が成功に結び付くことがあれば、きわめて正しい判断が失敗に終わることもある。しかし、長い目で見れば、より深く考え抜いたうえでの意思決定は、全体としては望ましい結果につながり、結果そのものよりも、いかに検討を加えて意思決定が行われたかが評価されることになる」

要は確率の問題なのだ。理論などおかまいなしに、ドタ勘勝負を続けていても儲かることもあるだろう。理詰めで考えてもさっぱり儲からないこともある。但し、長い目で見ればどうか。理論やデータに基づく科学的なアプローチは、それを採用しなかった場合と比べて、長期的には望ましい結果をもたらすものと筆者は信じている。>

当時のレポートには脚注をつけていた。ルービンの脚注は「ゴールドマン・サックス出身。天才トレーダーとして鳴らしゴールドマンの共同会長に昇りつめた」とある。ペンシルバニア大学の脚注には、「マネックスビーンズ・スカラーシップ(海外留学支援制度)でペンシルバニア大学ウォートン校にMBA留学していた青年が帰国し、今月から業務に配属された。大きな戦力となってくれるだろう」とある。その青年とは、マネーフォワードを創業した辻庸介君である。

こうして過去に書いたものを振り返ってみると、結構、いいことを言っていたなあ、と思う。相場が上がるの下がるの、そんなことは結果論であって、重要なのは結論に至った道筋を示すことである。その思いは今も変わらず、レポートにしろ、セミナーにしろ判断の根拠を提示して自分の考えを述べるようにしている。

ファーバー氏の推奨

今回は「専門家の予測について」というエッセーだが、せっかくだからマーク・ファーバー氏の推奨ポートフォリオを紹介しておこう。彼のイチオシは不動産である。彼が知る限り、大きな不動産を保有するひとは、ほとんどが長年にわたってうまくやっているという。その理由は、「他にもっと愚かなおカネの使い方をしなかったから」だという。まさに、ファーバー節炸裂である。

もっとマシな指摘としては以下のものがある。

<より接続性が進化し、人口が老齢化し、あらゆる政府プログラムが若者に働かないように推奨しているなか、田舎の廉価な住宅に対する需要が世界中で増加するだろうということだ。(中略)この点から私は大都市にある豪華商業不動産には慎重だ。>

一般論としては納得しえるが、僕個人としては同意しない。僕は、都会が好きだからだ。前段で、「結論に至った道筋を示すことが重要」と述べたが、この手の議論に道筋も理論もない。好きか嫌いかである。そういう意思決定のやり方もかなりある。

ファーバー氏はアジア株を有望とみているがなかでもシンガポール株がお気に入りである。

<詐欺師とその取り巻きが支配する世界で、また過剰規制と官僚主義が社会の重荷となって機能障害に陥っている社会民主主義の中で、シンガポールは教育された労働力、完備されたインフラ、安全性、安定性をもつ繁栄の島として際立っているからだ。また比較的、有能で誠実な官僚が従事している。急成長を遂げている新興国に囲まれた小さな先進国だ。長期的には年約3%の成長が見込まれる。株価は手ごろである。>

さらにファーバー氏はシンガポールと香港のREITを勧める。2017年には約5%上昇すると見ており、5%を超える配当利回りを加えれば、トータルリターンは10%を超える。僕は、長期的な視点から金利は2016年に大底を打ち、これから金利上昇の時代を迎えると想定しており、そうなれば当然のように債券をポートフォリオに組み入れるのは得策ではない。賃料というのは粘着性があり、すぐには上がらない。その意味ではREITは準・フイクスト(固定)インカムの利回り追求資産であり、金利上昇時には魅力が薄れる。

しかし、シンガポールの不動産価格は過去2年にわたって調整が続いてきたし、経済成長の高まりとインフレが賃料改定を比較的早いスピードで促すかもしれない。したがってファーバー氏の見立てでは、シンガポールのREITは金利上昇による逆風は相殺される。彼の表現を借りれば、シンガポールのREITは「対インフレ型高利回り固定金利付き証券」である。

代表的な銘柄を挙げておこう。グラフはAscendas REITの過去5年間の値動きだが、レンジ内の推移が続いている。現在の株価は過去のレンジのほぼ真ん中に位置する。これで配当利回りは6.3%。キャピタルゲインを期待しないでもじゅうぶん魅力的な利回りだろう。REITのタイプとしては工業用REITに分類される。事業用不動産、サイエンスパーク、データセンター、物流・配送施設、工場ビルなどに投資する。

(出所:Bloomberg)
(出所:Bloomberg)

Ascendas REITをはじめアジアのREITに投資する投資信託があり、マネックス証券でも2ファンド取扱いがある。検討してみてはいかがだろうか。

マーク・ファーバー氏は、「対インフレ型高利回り固定金利付き証券」と言ったが、あまりよいネーミングではない。一般的なREITを僕は「準固定金利」と表現したが、賃料上昇の期待度から見てシンガポールのREITはより「変動金利証券」に近いと思われる。

広木隆(ひろき・たかし)
マネックス証券 チーフ・ストラテジスト

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