要旨

男性の育児参加については、少子化の抑制、女性活躍推進のための環境整備といった政策的な観点のみならず、育児参加を希望する男性従業員等のモチベーションを向上させるという人材マネジメントの観点からも、その重要性に関する認識が徐々に広がってきた。男性の育児休業取得についても、男性の育児参加を映す指標の一つとして注目され、休業取得推進の重要性が指摘されてきた。しかしながら、男性の育児休業取得率は引き続き低迷しており、2020年までに13%という政府の目標も達成が危ぶまれる現状にある。

男性の育児休業については既にいくつかの貴重な研究が蓄積されているが、こうした研究においても、取得を阻害する要因として、管理職をはじめとする周囲や男性従業員自身の「意識」や、長時間労働と低い有給休暇取得率に代表される「働き方」の問題があげられることが多い。

日本生命保険相互会社(生命保険業、以下「日本生命」) では、2013年度より3年度にわたって、男性の育児休業取得率100%を達成し、現在も100%取得推進の取組(少なくとも1週間の取得を推奨)を継続している。また、2016年7~8月にかけて、2013~2015年度の間に育児休業を取得した男性従業員を対象とする「育児休業に関するアンケート調査」が実施され、ニッセイ基礎研究所がグループ会社として調査の設計や分析に協力した。

本稿では、同社の育児休業取得推進の取組のもとで、男性従業員の育児休業取得経験が、男性従業員の家庭や職場での意識や行動にどのような変化をもたらしてかについて分析する。前述したような、育児休業取得の阻害要因である「意識」や「働き方」と育児休業取得の関係は、一般的には、「意識」や「働き方」の変革を通じて、男性の育児休業取得率が向上するという因果関係で語られることが多いが、日本生命の事例では育児休業取得率がそもそも100%であることから、育児休業取得が「意識」や「働き方」にどのような影響をもたらしたかという逆の因果関係からの分析を試み、今後の育児休業取得に向けた示唆や課題を整理することとしたい 。

男性の育児休業の現状と課題

◆低迷が続く男性の育児休業取得率

男性の育児参加については、少子化の抑制、女性活躍推進のための環境整備といった政策的な観点のみならず、育児参加を希望する男性従業員等のモチベーションを向上させるという人材マネジメントの観点からも、その重要性に関する認識が徐々に広がってきた。男性の育児休業取得についても、男性の育児参加を映す指標の一つとして注目され、休業取得推進の重要性が指摘されてきた。

このようななか、2005年4月には次世代育成支援対策推進法(2003年公布)によって、仕事と子育ての両立支援に関する「一般事業主行動計画」の届出が従業員数301人以上の企業に義務付けられるとともに、子育てサポート企業の認定制度(いわゆる「くるみん認定制度」)が設けられ、9つの認定基準のなかに、1人以上の男性による育児休業取得実績が盛り込まれた。さらに、2015年4月に新設された「プラチナくるみん認定制度」においては、男性の育児休業取得に関する基準がさらに強化されている(1)。

2009年7月に公布された改正育児・介護休業法においては、「父親も子育てができる働き方の実現」(2010年6月施行)のために、専業主婦の夫も育児休業を取得できるようになったほか、父母ともに育児休業を取得する場合は休業可能期間が延長される等、男性の育児休業取得を推進するための仕掛けが盛り込まれた。

また、休業期間中の経済的支援が不十分だから男性が育児休業を取得しにくいのだという問題提起を踏まえて、2014年4月の雇用保険法改正によって、1歳未満の子を養育するための育児休業の休業開始後6ヶ月については、育児休業給付が休業開始前賃金の50%から67%に引き上げられた。雇用保険からの給付は非課税扱いになることから、休業開始後6ヶ月の間、手取りベースでみれば休業開始前賃金の67%を上回る水準がカバーされることになる。

このように、男性の育児休業取得に向けて2000年代半ばから多くの政策が講じられ、政府の「第4次男女共同参画基本計画」(2015年12月25日閣議決定)においては、2020年までに民間企業における男性の育児休業取得率 を13%にするという目標が掲げられている。

しかしながら、男性の育児休業取得率の推移をみると、1996年代に比べれば微増してはいるものの、2015年度においても2.7%にとどまっている(図表1)。前述のようにさまざまな政策が打たれているにもかかわらず、男性の育児休業取得率は引き続き低迷しており、2020年までに13%という政府の目標も達成が危ぶまれる現状にある。

55099_ext_15_1

--------------------------------
(
1)「プラチナくるみん認定制度」における男性の育児休業に関する基準は、以下の(1)(2)のいずれかを満たすこと。
(1)計画期間において、男性従業員のうち育児休業を取得した者の割合が13%以上。
(2)計画期間において、男性従業員のうち、育児休業を取得した者または企業独自の育児を目的とした休暇制度を利用した者の割合が、合わせて30%以上であり、かつ育児休業を取得した者が1人以上。
--------------------------------

◆男性の育児休業取得に対する主な阻害要因は「意識」と「働き方」

男性の育児休業については既にいくつかの貴重な研究が蓄積されている(2)が、こうした研究においても、取得を阻害する要因として「意識」や「働き方」の問題があげられることが多い。

意識面の阻害要因としては、まず、男性の育児休業取得に対して、周囲の理解が得られにくいという点があげられる。経営者や管理職が男性の育児休業の必要性を理解できていなければ、部下の男性従業員の育児休業取得を熱心に支援するとは考えにくい。特に、男性の育児休業に対する職場の支援体制を整えるうえでのキー・パーソンである管理職が、男性の育児を肯定的に捉えられなければ、周囲の従業員から理解を得ることも難しくなってくる。

次に、男性従業員自身の意識のなかにも、育児休業取得の阻害要因が潜んでいる。すなわち、「自分だけが育児休業を取得すると周囲から冷たい目で見られるのではないか」「せっかく築いてきた企業のなかでの地位やキャリアに傷がつくのではないか」「休業中に収入が途絶えることに対して、家族の理解が得られないのではないか」といったような、男性従業員自身の不安意識が、育児休業の取得を阻害している。

働き方の面での阻害要因としては、長時間労働と低い有給休暇取得率があげられる。長時間労働についてみると、たとえば育児休業の対象が多く含まれるであろう30・40歳代の男性の2割弱(各17.0%、16.9%)が週60時間以上働いている(内閣府『男女共同参画白書』(2015年版)、総務省「労働力調査」(2014年)より)。

厚生労働省「就労条件総合調査」(2015年)をみると、男性の場合、年次有給休暇の平均付与日数は年間18.7日であるが、平均取得日数は8.4日、平均取得率は44.7%にとどまっている。多くの企業で年次有給休暇の繰り越しが認められているので、短い期間の育児休業取得であれば、わざわざ育児休業をとらずとも、有給休暇で充当できるケースが少なくない。男性の育児休業取得が有給休暇の消化の先にあるとすれば、育児休業取得率の上昇に向けた道のりはまだ長い。

このように、労働時間の短縮や有給休暇の取得がなかなか進まない背景には、職場全体の業務の進め方が、長時間働く、休暇を取得しないという前提で成り立っていることがある。そういう職場で育児休業を取得することは、職場全体の流れを乱し、職場全体の生産性を低下させるマイナスの行動と捉えられ、周囲の理解や支援を得られない懸念が大きい。このような働き方が、職場全体の生産性という観点から、必ずしもベストだといえないにもかかわらず、である(3)。

--------------------------------
(2)代表的なものとしては、ニッセイ基礎研究所(2003)『男性の育児休業取得に関する研究会報告書』(厚生労働省委託調査)、佐藤博樹・武石恵美子(2004)『男性の育児休業-社員のニーズ、会社のメリット』(中公新書)、ニッセイ基礎研究所(2008)『今後の仕事と家庭の両立支援に関する調査研究報告書』(厚生労働省委託調査研究)、こども未来財団(2011)『父親の育児に関する調査研究-育児休業取得について』、武石恵美子・松原光代(2014)「3章 男性の育児休業-取得促進のための職場マネジメント」佐藤博樹・武石恵美子編『ワーク・ライフ・バランス支援の課題』(東京大学出版会)等があげられる。
(
3)長時間労働の問題はさまざまな観点から問題提起がなされており、政府の「仕事と生活の調和のための時間外労働規制に関する検討会」や「働き方改革実現会議」等において、労働時間の上限規制等についての検討が進められているところである(2017年1月末現在)。
--------------------------------

◆日本生命における育児休業取得推進の取組と本稿の目的

男性の育児休業取得推進に向けては、個別の企業においても、休業期間の一部の有給化、育児休業取得に向けた啓発等、さまざまな取組事例がみられてきた。中には、育児休業の対象となる全ての男性従業員に関して、取得率100%の目標を設定して取得を働きかけている企業もある。

日本生命保険相互会社(生命保険業、以下「日本生命」)(4)では、2013年度より3年度にわたって、男性の育児休業取得率100%を達成し、現在も100%取得推進の取組(少なくとも1週間の取得を推奨)を継続している。

同社では、休業取得を奨励する1週間を有給としていることから、男性従業員に、休業取得による収入低下への不安はない。また、対象者全員が基本的に休業を取得することから、前述したような「自分だけが育児休業を取得すると周囲から冷たい目で見られるのではないか」「せっかく築いてきた企業のなかでの地位やキャリアに傷がつくのではないか」といった男性従業員の不安も払拭されやすい。

目標達成に向けての具体的な取組は、「経営層からの継続的なメッセージ発信」「人事部による取得計画の徹底フォロー」「育児休業取得を推進する各種情報提供」の3つの柱からなる(図表2)。このような丁寧な働きかけのもとで、3年度にわたって「男性の育児休業取得100%」の目標が達成され、この間延べ1000名以上の男性従業員が育児休業を取得している。

日本生命においては、2016年7~8月にかけて、2013~2015年度の間に育児休業を取得した男性従業員を対象とする「育児休業に関するアンケート調査」が実施され、ニッセイ基礎研究所がグループ会社として調査の設計や分析に協力した。

本稿では、同社の育児休業取得推進の取組のもとで、男性従業員の育児休業取得経験が、男性従業員の家庭や職場での意識や行動にどのような変化をもたらしてかについて分析する。前述したような、育児休業取得の阻害要因である「意識」や「働き方」と育児休業取得の関係は、一般的には、「意識」や「働き方」の変革を通じて、男性の育児休業取得率が向上するという因果関係で語られることが多いが、日本生命の事例では育児休業取得率がそもそも100%であることから、育児休業取得が「意識」や「働き方」にどのような影響をもたらしたかという逆の因果関係からの分析を試み、今後の育児休業取得に向けた示唆や課題を整理することとしたい(5)。

55099_ext_15_4

-------------------------
(4)日本生命の従業員数は7万人を超えており、うち、女性が6万人強を占める。全国に点在する支社等は100を超え、1つの支社の管轄下に約14の営業部が存在する。いずれも2016年3月31日現在。
(
5)「育児休業に関するアンケート調査」や、その前に実施したインタビュー調査にご協力頂いた方々にお礼申し上げたい。日本生命保険相互会社人事部輝き推進室の浜口知実室長、小林あさひ課長には、調査の設計・分析にご協力頂き、分析結果の掲載をご快諾頂いた。本調査の分析においては、生活研究部研究アシスタント太田真奈美氏の協力を得た。記して謝意を表したい。もちろん、本稿の主張は筆者の見解であり、本稿に誤りがあればその責はすべて筆者に帰する。
-------------------------

日本生命におけるアンケート調査の実施概要と分析対象者の属性

◆「育児休業に関するアンケート調査」の実施概要

本調査は、日本生命において、男性の育児休業取得100%推進の取組がスタートしてから3年度が経過するなかで、これまでの取組の効果や課題を明らかにし、今後の改善につなげていくことを目的として実施されたものである。設問内容は、育児休業取得時や休業期間中の状況、育児休業取得前後の家庭や職場における変化等から構成されている。

調査対象は過去3年度(2013~2015年度)の間に育児休業を取得した同社の男性従業員で、調査は、2016年7月26日から8月8日にかけて実施された。調査方法としては、同社のイントラを通じて、人事部輝き推進室から対象者に調査の協力依頼がなされ、画面入力によって回答を得る方式がとられた。

結果として、調査対象898名(複数年度の取得の場合は重複を排除し、1名としてカウント)中、737名から有効回答が得られた(有効回答率82.1%)。本稿では、この737名を分析対象とする。

◆分析対象者の属性等

コースと職種については、総合職が75.3%、営業拠点である営業部を統括・管理する営業総合職が21.2%となっている。所属は「本部」が42.1%を占めるが、「営業部」(20.6%)、「本店」(17.8%)、「支社」(17.0%)も各2割程度となっている。役職は「課長補佐クラス」が54.3%と過半数を占め、この他に営業部のトップである「拠点長」が17.5%、「課長相当職」が14.0%みられるものの、他の役職は非常に少ない。

年齢については、「30代」が63.9%を占める。「20代」は20.1%、「40代」は15.2%となっているが、「50代以上」は0.8%と非常に少ない。

配偶者が「いる」割合は99.3%で、そのうち78.0%は専業主婦である。配偶者が就業しているケースに絞って、対象者の育児休業中における配偶者の働き方をたずねたところ、「配偶者も育児休業中」が57.0%を占め、「短時間勤務」(21.5%)や「フルタイム勤務」(19.6%)は2割程度にとどまっている。つまり、対象者737名中、育児休業中に配偶者がフルタイムで働いていた割合、短時間勤務で働いていた割合は各4.2%、4.6%にとどまり、大部分は配偶者が在宅している状況で、育児休業期間中を過ごしたこととなる。

子どもの人数は「1人」(52.0%)と「2人」(40.0%)とが上位2位に続いており、両者を合わせると9割を超える。

育児休業期間(土日を含めた暦ベース)については、日本生命が推奨している「7日~9日」が58.9%と最も高く、次に「7日未満」が40.4%で続いている。一方、10日以上の取得はほとんどみられない(0.6%)。

アンケート調査の分析結果のポイント

次に、日本生命による育児休業取得推進の取組、男性従業員による育児休業取得経験を通じた「変化」に注目して、アンケート調査の分析結果をみていきたい。

以下、育児休業取得経験によって男性従業員自身の意識がどう変わったか(育児休業取得に対する意識の変化、家族との関係に関する変化)、働き方や職場風土がどう変わったか(働き方やマネジメントの変化、取得しやすい雰囲気等の変化)に関する分析結果を紹介する。

◆取得経験によって高まる取得希望

「会社の育児休業取得推進の取組(男性の育児休業取得100%)がなくても、育児休業の取得を希望していたか」とたずねた結果をみると、「育児休業の取得は特に希望していなかったが、会社の方針なので取得した」が69.3%を占めたものの、4人に1人は「もともと育児休業の取得を希望しており、会社の取組が取得の後押しになった」(25.1%)と回答している(図表3)。

日本生命の育児休業取得推進の取組は、休業取得を希望していなかった男性従業員に対して、強い推進力をもって取得を促しただけでなく、潜在的な取得希望があった男性従業員にとって、希望の実現に向けた後押しになったと考えられる。

さらに、「もし機会があれば、また育児休業を取得したいと思うか」とたずねた結果をみると、「取得したいと思う」が77.6%を占めている(図表4)。「そのような機会はない」と回答した15.3%を分母から除くと、育児休業の取得を経験した男性従業員の91.7%が、機会があれば育児休業を取得したいと考えていることになる。

このように、実際に育児休業を経験した後のほうが、育児休業の取得希望が大きく高まっており、育児休業の取得経験が、機会があれば「取得したい」という思いにつながる可能性が示唆されている。

55099_ext_15_7

◆家族関係に気づきや変化の兆候

育児休業取得によって、家族との関係で変化したと思うことを複数回答でたずねたところ、「家事・育児に積極的に関わろうと思うようになった」(42.1%)、「配偶者等の愚痴や悩みを受け止めようと思うようになった」(41.7%)が上位2位に並んだ(図表5)。育児休業の取得を通じて、男性従業員が家事・育児の大変さ、配偶者等の負担の大きさを目の当たりにしたことが、家事・育児への関与、配偶者等との関係に対する意識の変化につながった可能性がある。また、ほぼ4人に1人が「子ども(達)の様子や気持ちがよくわかるようになった」(24.8%)、「子ども(達)の面倒を1人でもみられるようになった」(24.7%)と回答しており、育児能力の向上もうかがえる結果となっている。

一方、「特に変化したことはない」という回答も32.2%みられている。もともと家事・育児に積極的に参加していて「変化したことはない」というケースもあろうが、1週間程度の限られた休業期間では、家族との関係に関する変化を実感するまでに到らなかった男性従業員も少なからず存在している可能性がある。

55099_ext_15_8

◆働き方やマネジメントにも好影響

担当業務に関する育児休業期間中の対応については、「休業期間の前後に業務を振り分けた(業務の前倒し、後ろ倒し)」(61.3%)、「上司、同僚、部下等に業務の一部を引き継いだ」(55.4%)、「不明な点や急ぎの確認事項については、育児休業中でも連絡してもらうように、上司、同僚、部下に依頼した」(49.8%)が上位3位となっている(図表6)。

取得期間が短い中で、業務の前倒し・後ろ倒しや育児休業中でも連絡してもらう等、職場への影響がなるべく及ばない範囲での、自分自身による対応にとどめられている面が大きい。

ただし、過半数が業務の一部を引き継いでいることに加えて、「自分しか把握していなかった情報等を上司、同僚、部下等と共有した」という回答も42.9%みられており、情報の共有化という面で、休業取得が職場での働き方にプラスの影響を及ぼしている点は注目される。

55099_ext_15_9

育児休業取得によって、職場で自分自身が変化したと思うことを複数回答でたずねたところ、「部下や後輩の個人的な事情に対して、より配慮するようになった」(35.3%)、「早く帰宅できるように、業務効率を改善するようになった」(27.8%)が上位2位となっている(図表7)。また、「部下や後輩の育成の仕方について、より深く考えるようになった」(19.8%)、「会社に対する好感度が上がった」(17.6%)、「夜の会合の回数が減った」(17.0%)、「職場のなかでのコミュニケーションを円滑に行えるようになった」(16.6%)、「仕事に対する意欲が向上した」(16.4%)も2割前後みられている。なお、「特に変化したことはない」も32.2%にのぼっている。

前述のとおり休業取得を通じて家族関係に気づきや変化があったことが、個人的事情への配慮や、早く帰宅したい(早く帰宅させたい)という意識につながったのかもしれない。また、限られた期間ではあるものの休業のために担当業務を見直したことも、業務効率の改善にプラスになったと考えられる。さらに、育児経験や育児能力の向上が、「部下や後輩の育成の仕方についてより深く考える」契機となった可能性もある。

育児は多様なライフスタイルの一つであり、誰もが育児休業の取得を経験できるわけではない。当然のことながら、このような変化をもたらす有効な経験は、育児休業取得の他にもさまざま存在する。ただ、育児休業取得経験も、結果として、働き方やマネジメントに好影響を与える経験の一つになっているとはいえそうである。

55099_ext_15_10

◆取得しやすさは周囲の反応次第

育児休業取得に対する上司、同僚、部下の反応についてたずねたところ、いずれも「好意的だった」が6割を超え、「おおむね好意的だった」も3割弱と、あわせて9割強が好意的な反応だったと回答している(図表8)。なお、この構成比は、上司、同僚、部下が「いなかった」と回答した者を除外して算出している。

また、「育児休業取得当時の職場は、育児休業を取得しやすい雰囲気だったか」についてたずねた結果をみても、「取得しやすい雰囲気だった」が48.0%と半数弱を占め、「おおむね取得しやすい雰囲気だった」(26.7%)と合わせると7割を超えている(図表9)。

55099_ext_15_11

それでは、男性従業員が育児休業を取得しやすい雰囲気の職場とは、どのような職場なのだろうか。詳しくみると、所属や、育児休業取得に対する上司、同僚、部下の反応によって、「取得しやすい計」(「取得しやすい雰囲気だった」「おおむね取得しやすい雰囲気だった」の計)の割合が異なっている(図表10)。所属別には、「本店」(87.8%)、「本部」(82.6%)、「支社」(70.4%)、「営業部」(52.0%)の順に「取得しやすい計」が低くなる傾向が顕著に読み取れる。上司、同僚、部下の反応が好意的だった職場では「取得しやすい計」がいずれも8割前後を占める一方で、上司、同僚、部下がとまどっていた職場では「取得しにくい計」が各70.8%、66.7%、46.8%にのぼる。

顧客対応を伴い、業績の数値目標が設定されている「営業部」で「取得しやすい計」が低くなっていることは、働き方が育児休業取得の阻害要因となっているという既存研究と整合的な結果である。また、休業取得に対して上司、同僚、部下の反応が好意的になれない背景にも、その職場での働き方が影響している可能性が高い。

55099_ext_15_12

◆育児休業取得推進の取組が、取得しやすい雰囲気につながったと評価

育児休業取得推進の取組(男性の育児休業取得100%)による職場の変化を、育児休業取得を実際に経験した分析対象者は、どのように評価しているのだろうか(図表11)。

まず、「男性が育児休業を取得しやすい雰囲気になった」については、「そう思う」が65.5%を占め、「ややそう思う」(17.5%)を合わせると83.0%が肯定的な評価をしている。次に、「男性の育児休業に限らず、全般に休暇や休業を取得しやすい雰囲気になった」については「そう思う」(32.8%)とする割合が、「男性が育児休業を取得しやすい雰囲気になった」に比べれば低いものの、「ややそう思う」(22.4%)と合わせると過半数(55.2%)が肯定的な評価をしている。一方、「仕事を切り上げて早く帰りやすい雰囲気になった」については、「そう思う」(23.6%)割合が低く、「ややそう思う」(20.5%)と合わせても44.1%にとどまっている。

このように、育児休業取得推進の取組は、男性が育児休業を取得しやすい雰囲気、さらには休暇や休業を取得しやすい雰囲気の醸成にある程度つながったといえよう。前述のとおり、育児休業を取得した男性従業員の中で、機会があればまた取得したいという意向が強まったのも、こうした雰囲気の醸成が影響している可能性が高い。一方で、「仕事を切り上げて早く帰りやすい雰囲気」については、業務内容や体制さらには人事評価の見直しを伴わなければ変革が難しい面が大きく、育児休業取得推進の取組による効果は限定的だったと考えられる。

男性の育児休業取得の効果と今後の課題

最後に、以上の分析結果をもとに、育児休業取得が男性従業員の「意識」や「働き方」にどのような影響をもたらしたかについて整理した上で、男性従業員の育児休業取得に向けた示唆と今後の課題を述べて本稿の結びとしたい。

◆育児休業取得は男性従業員の「意識」にどう影響したか

育児休業取得100%推進の取組においては、対象となる男性従業員が基本的に例外なく育児休業を取得することから、男性従業員が取得を遠慮する必要も、管理職が他の男性従業員とのバランスに配慮する必要もなくなる。また、全員が取得するという前提に立てば、取得によって自分だけ評価を下げられるという不安も払拭されやすい。このため、日本生命の育児休業取得推進の取組は、潜在的な取得希望があった男性従業員にとっても、希望の実現に向けた後押しになったと考えられる。

分析結果をみると、育児休業を取得した当初よりも、実際に育児休業を経験した後のほうが、男性従業員の育児休業の取得希望が高まっている。

この背景には、育児休業の取得を通じて、男性従業員が家事・育児の大変さ、配偶者等の負担の大きさを目の当たりにしたことが、家事・育児への関与、配偶者等との関係に対する意識の変化につながったことも影響していると考えられる。また、ほぼ4人に1人が「子ども(達)の様子や気持ちがよくわかるようになった」、「子ども(達)の面倒を1人でもみられるようになった」と回答しており、こうした家族との関係の深まりが、育児休業を取得希望の高まりにつながった可能性もある。

また、育児休業取得推進の取組によって「男性が育児休業を取得しやすい雰囲気になった」という回答は8割を超えており、職場の雰囲気がこのように変わったことも、男性従業員の育児休業に対する意識を変えた可能性が高い。

なお、本調査では、管理職の意識については特別にたずねていないが、課長や拠点長といった管理職が分析対象者の3割を超えていることから、育児休業取得推進の取組や育児休業の取得経験が、管理職の育児休業に対する意識の変革にも、少なからずプラスの影響をもたらしていると推測される。

◆育児休業取得は「働き方」にどう影響したか

分析結果からは、育児休業取得にあたって、業務の一部が引き継がれたり、情報の共有化が図られたりしている様子が読み取れる。加えて、育児休業取得によって生まれた家族関係の気づきや変化が、部下の個人的事情への配慮、早く帰宅したい(早く帰宅させたい)という意識、さらには実際の業務改善につながることも示唆されている。つまり、育児休業取得経験も、働き方やマネジメントの改善に寄与する要素の一つになっていると考えられる。

前述のとおり、分析対象者の3割以上は、職場の働き方改革のキー・パーソンとなる管理職であることから、働き方改革に対する好影響も期待されるところである。

◆男性の育児休業取得への示唆と今後の課題

本来、中長期的に目指すべき男性の育児休業取得のあり方は、一定の強制力のもとでの一律的な期間の取得ではなく、それぞれの家庭の事情に応じた多様な期間の自発的な取得であろう。政策として休業取得に強制力を持たせるというような主張が、個人の自由の侵害という意味で論外であることも言わずもがなである。

ただし、取得率に目標を設定して取得推進を進める日本生命のような取組は、個別企業の過渡期の取組としては検討する価値があるだろう。育児休業を実際に経験することによって、次回も機会があれば取得したいという意識が、少なからぬ男性従業員に芽生えており、育児休業の取得経験がその後取得ニーズを喚起する面も見受けられるからである。

分析結果からは、男性の育児休業取得推進の取組、さらには男性の育児休業取得経験が、家族や職場に対する「意識」、職場における「働き方」に少なからず好影響を及ぼしていることも読み取れる。このような効果・メリットが広く伝わることで、男性の育児休業取得が広がっていくことが期待される。

なお、育児休業取得は男性の育児参加に関するシンボリックな指標の一つではあるが、それ以上に重要なのは、育児休業中に限定されない日々の育児参加である。しかしながら、末子が就学前の共働き男女で1日の育児・家事関連時間を比較すると、女性は5時間56分にのぼる一方で、男性は1時間7分にとどまっている(内閣府『男女共同参画白書』(2013年版)、総務省「社会生活基本調査」(2011年))(6)。

本稿での分析から、育児休業の取得経験が育児・家事への参加意識を高める可能性が示唆されたが、育児・家事への参加意識を実際の行動につなげるためには、長時間労働の削減をはじめとする働き方改革が不可欠であることは言うまでもない。こうした働き方改革を実現するためには、単に風土改善や業務効率化の取組だけでは不十分であり、人事管理の仕組み、さらには事業・組織戦略にまで踏み込んでの見直しが必要となる。

-------------------------
(
6)日々の育児参加についても、政府の「第4次男女共同参画基本計画」(2015年12月25日閣議決定)で、2020年までに、6歳未満の子どもを持つ夫の育児・家事関連時間を1日2時間30分にするという目標が掲げられている。
-------------------------

松浦 民恵(まつうら たみえ)
ニッセイ基礎研究所 生活研究部 主任研究員

【関連記事】
育児・介護休業法等改正のポイント(育児関係)
次世代法の認定制度見直しに企業はどう対応するか-女性活躍推進法案も視野に
男性の育児休業取得率は、過去最高でも2.6%
男性の育児休業取得率は上昇するか
一億総活躍社会の「働き方」-「生産性向上」、「長寿化社会」、「共働き社会」の実現に向けて