ESG投資とは、機関投資家や個人の投資家が投資を実行するのに際して、E(Environmental)・S(Social)・G(Governance)を意識して投資を行うことを総称する考え方である。類似の考え方としては、SRI(社会的責任投資:Socially Responsible Investment)やCSR(企業の社会的責任:Corporate Social Responsibility)といった概念を用いられることもあり、必ずしもESGという表現が十分ではない可能性も考えられるが、一般に良く使われる言葉であることから、本稿ではESGと表記することにしたい。

ESG投資の考え方は決して新しいものではない。本能的なレベルで言えば、金儲けのためなら何に投資しても良いのかという疑問が根底にあり、一つの具体的な例を挙げるならば、武器を扱う「死の商人」に投資して儲けることを是とするかどうかである。既にこの時点でも明らかになっているように、“収益の最大化が適切な投資行動であるか”という命題を問いかけるものになっている。

日本においては、金儲けのためなら何をしても良いという考え方は一般的ではないし、欧州においてもノブレス・オブリージュとして一定の規範意識が存在して来た。一方で、日々の生活に汲々として来た個人や金儲けに邁進して来た企業が、それぞれ余裕が出来たら社会貢献活動に目を向けるのにも似ていると見られる場合もある。見方を変えれば、高度経済成長期に売上優先で目を向けられなかったものが、低成長期に入り企業の差別化を演出するために、前面に打ち出されて来た側面もあるだろう。

投資の世界においても、絶対水準としてより高いリターンを求めたり、リスク対比で効率性の高いリターンを求めたりすることが一般的であった。一部のパッシブ運用においては、ベンチマークである市場インデックスへの連動性に着目されることもある。しかし、こうした投資行動においても、投資対象となる企業が適切な投資先であるかということに眼を向ける動きが拡大している。これまでは、投資の基本目的を損なわない中での複線的な考慮要素といった考え方が一般的であったかもしれないが、これからは異なる見方が必要になって来るようである。

かつてのESG投資は、一部の投資家が意識する行動原理に過ぎなかったと言って良いだろう。代表的な取組みの一つとして挙げられる国連のPRI(Principles of Responsible Investments)原則に署名している投資家は、数が限られていた。

ところが、アベノミクス第三の矢として「民間投資を喚起する成長戦略」が掲げられる中で、“機関投資家が、対話を通じて企業の中長期的な成長を促すなど、受託者責任 を果たすための原則(日本版スチュワードシップコード)について検討し、取りまとめる。”という表現が、2013年の日本再興戦略に盛り込まれたのである。既に知られているように、その後、日本版スチュワードシップコードは、2014年2月に公表され、この5月には3年経過したことを受けた見直しが行われ改訂版が確定されている。

日本版スチュワードシップコードという名前に表されているように、これは法的な拘束力を持った規則ではない。その趣旨に賛同した投資家が受入れを表明し、投資行動において原則通りに実行出来ない場合には、実現出来ない理由を説明することが求められる。こうしたソフトロー的な取組みから投資家行動が変化するのは、英国の実例に範を取ったとは言え、画期的なものである。

日本版スチュワードシップコードの受入れを公表している投資家の数は、信託銀行や運用会社、保険会社、年金基金等で計214団体(2016年12月27日現在)に上る。この中で年金基金等は26団体と区分されているが、その内訳を個別に見ると、公的年金等(農業者年金基金や勤労者退職金共済機構等を含む)が13団体、民間企業年金が7団体、海外年金等が4団体で、その他にJA全共済連と企業年金連合会が受入れを表明している。

数では圧倒的に多く存在するはずの企業年金基金が、わずかに7団体しか受入れを表明しておらず、更に、そのほとんどが銀行系の年金基金であって、他には、ESG投資に積極的なことで知られるセコム企業年金基金が唯一、表明しているだけである。今後、アセットオーナーである企業年金が、より積極的にESG投資拡大に向かうことが望ましいと考えられる。

ESG投資拡大に関する次の転機としては、GPIF (年金積立金管理運用独立行政法人)が日本版スチュワードシップコードの受入を表明しただけでなく、2015年9月に国連PRI原則に署名したことを指摘できる。GPIFは、並行して2015年3月に「投資原則」を公表し、その後スチュワードシップ推進を専任とする課を設置して積極的な取組みを進めている。この6月には、GPIFは「スチュワードシップ活動原則」及び「議決権行使原則」を制定し内容を公開している。

対外的なスチュワードシップ推進活動の積極化も顕著であり、様々な場での発言や行動が確認されている。中でも、国内株式を対象にしたESG指数の公募やスチュワードシップ時代の新しいパッシブ運用を検討する動きは、運用を受託する機関にも大きな影響を及ぼしている。

特に、スチュワードシップ活動をしっかり取組むには、運用手数料が低廉過ぎるという見方の根強いパッシブ運用についても、「スチュワードシップ活動原則」では“パッシブ運用を行う運用受託機関は、GPIF の株式運用におけるパッシブ運用比率が高く、市場全体の中長期的な成長がリターン向上には欠かせないことを踏まえ、パッシブ運用にふさわしいエンゲージメントの戦略を立案し、実効性のある取組みを実践すること。”と明示している。従来の市場インデックスに単に追随することだけを考えるパッシブ運用から、一歩踏み出した取組みが求められるようになっているのである。

このようにESG投資への流れがより鮮明になって来ている中では、実際の投資に与える影響が看過できないほどのものになりつつあるという認識が必要である。ESG投資によって市場インデックスへの投資に対する超過収益を得られるという考え方は、欧州の年金投資等では既に実務でも一般的な認識となっている。ところが、これまでの日本においては、ESG投資は超過収益の源泉になっていないとされることが多かった。確かにこれまでは、ESG投資が超過収益の源泉とならなかったかもしれない。しかし、今後は異なる状況となるのかもしれないのである。

公的共済組合の一つである地方公務員共済組合連合会は、株式投資における留意事項として「株式運用において、財務的な要素に加えて、収益確保のため、ESG(環境、社会、ガバナンス)を含めた非財務的要素を考慮することについて、(中略)一般に認められている専門的な知見に基づき検討し、超過収益が獲得できるとの期待を裏付ける十分な根拠の下、合理的なリスク選択を行うことを前提に、検討結果を踏まえた取組を実施する。」(厚生年金保険給付調整積立金に関する基本方針の例)としているが、より多くの機関投資家がESGを意識した投資を行うことになることで、結果的にESG投資の推進により超過収益が得られるようになる状況がすぐ来るかもしれないのである。

既に触れたように、企業年金の多くが日本版スチュワードシップコードを受入れに躊躇する中で、今般の日本版スチュワードシップコードの改訂は、受入れを後押しする一つのタイミングとなる可能性が高い。既に、多くの信託銀行・運用会社といった受託機関が受入を表明している中で、アセットオーナーである企業年金が受入れを先送りする必要はないのではなかろうか。

今般の改訂では、よりアセットオーナーに求められる役割が書き込まれている。改めて日本版スチュワードシップコードと機関投資家が求められる役割とを考慮し、ESGに向けて舵をきる時期が訪れていると考えられる。今こそESGに帰依する絶好の機会なのではなかろうか。もちろん最近のESGにはある種の流行であるという要素も残っており、ESG投資を謳ったファンドの中には、もしかしたら単なるフィルタリングの結果のみを反映したなどの適切でないものが混在している可能性がある。安易に飛び付くのではなく、十分に内容を吟味してから投資する必要があることは、あらゆる投資に共通する鉄則であり、改めて言うまでもないことだろう。

德島勝幸(とくしま かつゆき)
ニッセイ基礎研究所 金融研究部 年金総合リサーチセンター 年金研究部長

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