要旨

アセアン,華人社会,華人企業経営
(写真=PIXTA)

アジア地域の経済発展の中、華人・華人企業 のプレゼンスが拡大し、活動の活発化・多様化と同時に、経営の近代化傾向も見られる。本稿は、アセアン経済共同体(AEC)をはじめとする重要な動きの渦中にあるアセアン地域の華人・華人企業の動向に焦点を当てて3回に分けて考察を行う第1回である。世界およびアジア諸国の華人人口、華人富豪・企業の状況、アセアンにおける華人社会の形成と特徴点などについてのポイントについて述べている。

アジア地域の経済発展の中、華人(*1)および華人企業(*2)のプレゼンスが拡大しており、その活動を活発化・多様化させると同時に、経営の近代化傾向も見られている。さらに、華人企業と中国政府・中国企業との関係性もより重要度を増している。本稿では、優れた先行研究の成果を踏まえつつ、アセアン経済共同体(AEC)をはじめとする重要な動きの渦中にあるアセアン地域の華人・華人企業(日本企業の合弁・提携のパートナーとしての重要性も大きい)に焦点を当てて、以下の3回のテーマで、その重要点や変化についての直近の状況を描写・分析し考察することとする。

第1回:アセアンにおける華人・華人企業のプレゼンス、華人社会の形成と特徴点
第2回:アセアンにおける華人企業グループの形成・発展
第3回:アセアンにおける代表的な華人企業グループの事例

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(*1)華人」は、一般に、例えばタイやマレーシアなど移住先の国籍を取得した中国系住民(移民とその子孫)のことであり、移住先の国籍を取得していない者は「華僑」と呼ばれるが、両者について厳密に区分しないで使用されることもある。本稿では、特に厳密な使い分けを行う場合を除き、華僑を含めて華人と表記する。
(*2)厳密には華人系企業と表記するのが適切なケースも多いが、本稿ではその意味も含めて「華人企業」と表記する。
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アセアンにおける華人・華人企業のプレゼンス

華人の人口や経済力に関する正確なデータを入手することは困難であるが、最近の報道によれば、約6000万人(*3)と推定されており、6000万人は人口で世界25位前後の国の規模に相当する。経済面でいえば、先進国並みの影響力を持ち、世界8位前後の実力がある。その資産規模は2兆5000億ドル(約280兆円)以上と推定されている(日本経済新聞電子版、2017年3月31日付「華僑、米中関係改善に動く 人治の担い手(4)」庄国土アモイ大学特任教授へのインタビューによる記事)。

台湾の僑務委員会による僑務統計年報の2015年版によれば、華人の72.3%がアジア地域に所在している(次いで米州の19.3%、欧州4.5%、大洋州2.7%となっている)。下記の図表-1は、アセアン諸国等の国別の華人人口について、台湾の僑務委員会による僑務統計年報の2012年版(*4)とオーストラリアの華字紙(澳洲日報)の2012年の記事中に掲載されたデータをもとにまとめたものである。

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上記のように華人の人口の絶対数では、インドネシアが多いが、同国は総人口も約2.5億人と多いために、華人比率は3%強水準になっている。アセアンでは、元々、華人系住民が中心となって建国したシンガポールを除けば、マレーシアの2割強、タイの1割強が多いものの、その他諸国では1-3%程度である。

このように人口比では多くのアセアン諸国で少数派の華人であるが、その経済力は、各国の経済の7-9割を占めるとしばしば表現されるように大きな影響力を持つとされている。

この点に関し、華人系の有力企業グループ(有力華人家族が所有・経営を行っている)について、その子会社・関連会社を含めたグループの全体像を把握することは困難である。つまり、各グループの所属企業には、株式が上場されており、情報開示が行われているものもあるが、一方で、非上場の企業も数多く、特に各グループの所有・経営に大きな役割を果たす企業(華人ファミリーによってグループを支配する要となる会社も多い)の状況が把握できないケースが多い。図表-2のとおり、米Fortune誌による世界の500大企業の中にランクされているアセアンの華人系企業は、シンガポールの1社(Wilmar International)のみである(*5)が、近年のアセアン諸国の経済発展の中、有力華人企業グループの多くが成長しており、このランキングは実状を十分に示しているとは言えないと考えられる。

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他方、同じく図表-2の2016年公表の米Forbs誌による世界の大富豪(保有資産が10億ドル以上、2,043名)のランキングから、在アセアンの華人のプレゼンスを見ると、32名の華人が世界の1000位以内に入っており、その数は、日本の15名、韓国の12名を大きく上回っている。上記華人富豪の多くが企業家やその一族であり、このデータの方が、アセアンにおける華人の経済力の大きさを示していると推量される。

さらに、日系企業のアセアンにおける合弁・提携先のパートナーとしても、現地の有力企業である華人企業の事例は非常に多い。この点は次回に詳しく考察する予定であるが、ここではとりあえず、平賀(2017b)で示した、本邦の大手コンビニエンスストア企業の華人系企業グループとの合弁・提携の事例を挙げておく。すなわち、(1)セブン・イレブン(セブン&アイ・ホールディングス)は、タイのCPグループ、マレーシアのベルジャヤ・グループ、(2)ファミリーマートは、タイのセントラル・グループ、フィリピンのルスタン・グループ、インドネシアのウィングス・グループ、(3)ローソンは、タイのサハ・グループなどとなっている。

さらに近年では、アセアン等の華人企業は中国本土への投資家としても重要な位置づけを占めている。中国政府(中央・地方)も、外資企業の位置づけではあるが、所有者・経営者が中国にルーツを有するという特殊な関係にある華人企業の資本力・技術力・人脈などを重視しており、中央政府(国務院)や地方政府に僑務弁公室という特別な対応セクションを設けて対応を図っている。この点に関し、2017年3月31付の日本経済新聞電子版(「華僑、世界の同胞 強権支える 人治の担い手(4)」)は以下のように報じている。「『僑夢苑』。中国全土13カ所に広がる『経済特区』で、華僑の投資を引き出すための仕掛けだ。中華民族の偉大な復興という『中国の夢』を掲げる習(近平:筆者補足)の呼びかけに、すでに約3500社の華僑企業が進出。投資額は3千億元(約5兆円)規模に達する見通しだ。」さらに、同記事によれば「1989年の天安門事件で外資の投資が急減し、危機に陥った中国を救ったのも約六千万人の華僑」としており、中国と華人企業のユニークな関係が分かる。

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(*3)華人・華僑を合計した数値と推定される。華人の人口としては、他に、4千万人-5千万人との報道も見られる。
(*4)2013年版以降には各国別のデータが掲載されていない。
(*5)華人企業であるWilmar International以外の多くは各国を代表巣する国有のエネルギー関連企業である。
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アセアンにおける華人社会の形成と特徴点

中国から国外への移民・移住の歴史は古く、7-8世紀まで遡ることができる(*6)が、アセアン地域への移民は、特に鉱山や農園での労働者の需要が大きくなった19世紀中葉から20世紀初にかけて増大化し、それらの子孫が現在のアセアンにおける華人の大きなベースになっている(*7)。

アセアンに在住する華人の出身地を見ると、広大な中国の中で、広東省、福建省、海南省等という華南の特定地域に集中しているとの特徴がある(図表-3)。

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華人が、東南アジアに居住した大きな理由や要因は、以下のようなプッシュ要因とプル要因に整理されている(渡辺(1977)、濱下(2013)、清水・潘・庄(2014)などによる)。

・プッシュ要因:中国の貧困地域の住民を東南アジア(現在のアセアン地域)に向けて押し出した要因であり、広東省、福建省、海南省では、可耕地面積が少なく、人口は多いという、農地に対する人口の圧力が非常に強い地域事情により多くの貧しい農民層が存在していた。東南アジアとは、隣接し海洋でつながっているという地理的なファクターも重要であった。

・プル要因:19世紀末から20世紀初、東南アジアでの欧米諸国による植民地経営により食料や工業原材料などの生産・開発や流通のために低賃金での労働力に対する大きな需要があった。その中で東南アジアの現地人は、元々人口が少ないうえに、上記のような労働や商業にあまり関心を持たなかった。例えば、マレーシアでは、錫鉱山やゴム等の農園、インドネシアでは金鉱山、錫鉱山、農園等、その他港湾や建設現場などの労働者(クーリー(苦力))として働き、その後、行商人・露天商から商業、さらに精米業、流通業、卸売・小売業、金融業、不動産業、サービス業(小売・飲食などを含む)などの分野に進出し大きな役割を果たすようになって富を蓄積した。

中国には 「白手起家」という言葉(何もないところから身をおこして財をなすという意味)があるが、まさに華人は異郷で勤勉に働き財をなし家を興すことを目指した。この点に関し、アジア立志伝(鈴木真美・NHK取材班 2014)には、タイのCPグループ総帥のタノン・チャラワノン(中国名:謝国民)が、幼い頃、その父から聞いた教えという「われわれ華僑は、外から来た『よそ者』だと思われないことが大切だ」という言葉が引用されている。

上記のように、現地の社会にとっての部外者である華人(特に現地一世)が生活の基盤を安定させるためには、以下のような重要なポイントがあった。

・現地に溶け込む努力:現地の風俗・習慣・文化の理解、現地語の習得、権力者との関係の強化

・助け合いや協力・支援:出身地や言語(*8)(中国における地方方言)、職業などを同じくする集団の結成(下記の幇(パン:郷幇と業幇)についての記述を参照いただきたい)(*9)。

・現地政府や現地の民族社会に対して自分たちの利益や秩序を守る自衛的な機能、構成員の生活を扶助する機能、ビジネスを支援する機能

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(*6)例えば、中国南部からタイへは相当古い時代からのタイ族の移住の歴史がある(レイ・タン・コイ2000)。
(*7)本稿では、近年になって中国から海外留学などを契機に国外に移りビジネス等で成功した、いわゆる「新華橋」や「新移民」は考察のメインターゲットには含めていない。
(*8)同じ省(例えば広東省)の出身者でも、広東語、潮州語、客家語など様々な言語の違いがあり、その違いによってグループ分けが行われている。
(*9)地縁・血縁・業縁を三縁という。
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東南アジアの異郷で生きていくのにまず必要とされたものは、相互扶助約な人間関係組織である。これは幇(パン)といわれる結びつきから生まれた組織であり、共同体的な関係を構築し強化するベースとなった。「幇(パン)」には大別して次の2種類がある。

●郷幇(きょうぱん):出身地に基づく地縁的・血縁的集団。つまり、同じ地方出身の、同姓の一族や、同じ風俗、習慣、言語をもつ人々の集図。会館(同業・同郷・同族者らが集会用に異郷に建てた施設、「潮州会館」とか「廈門(アモイ)会館」などと呼ばれるものが各地にある)、共同墓地、学校、病院などを建て、相互扶助を行う。主な郷幇には、広東幇、福建幇、潮州幇、海南幇、客家幇などがある(図表-4)。

●業幇(ぎょうぱん):同業者で作る職業的連帯集団。仕事上の便宜を与え合う。同じ地域出身者が同業につくケースが多く、郷幇と重なる場合も多い。

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アセアンの各国で、上記の中国の出身地によるグループ(郷幇)の勢力図には違いがある。タイを例にとると、(1)潮州幇(56%)、(2)客家幇(16%)、(3)海南幇(12%)、(4)広東幇(7%)、(5)福建幇、その他(2%)となっており、同国では、潮州出身者が多いことがわかる(濱下2013)。またフィリピンの華人の8-9割が、福建省の出身者で、かつその2/3が同省晋江市を出自としているという特徴がある(清水・潘・庄(2014)および小林(2013)による)。

幇の組織を支える最重要なファクターは、密度の濃い人間関係をベースにした構成員相互の信頼と信用である。信用は最重要な事項であり、幇内部で信用を得たものは、幇のさまざまな組織を通じて無担保や口約束の金融の供与や、事業を行う上で必要・有用な知識・情報・人脈などの便宜を享受しうる。しかし、幇のメンバーからの信用を失えば、事業の遂行は困難になり、当該ネットワークから追放され社会的地位を失うことになる。

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上記の「会館」などの諸団体は、各国において全国的な経済団体である中華総商会の傘下組織となっている。近年では、国単位などの狭い範囲での結びつきを越えて、各国・地域や中国本土にまたがる華人のネットワークを活用して事業の拡大や新規事業を推進する動きも増している。その代表例は、1991年からスタートし、2年に一度開催される世界華商大会(World Chinese Entrepreneurs Convention)である。同大会は、世界の華人企業家の会合として、シンガポールのリー・クアンユー(李光耀)元首相の提唱により開始された。2年に1度開催され、グローバルな華人企業家のネットワーク構築、華人企業家間の交流・相互協力、開催地の財界や国民との交流などを目的としている。事務局は創設メンバーであるシンガポール・香港・タイの中華総商会が持ち回りで担当しており、現在は、タイ中華総商会がその任を担っている。

おわりに

以上、本稿では、華人・華人企業のプレゼンス、華人社会の形成やその特徴点などを中心にその概要を述べた。次回は、アセアンにおける華人企業グループの形成・発展をテーマとして取り上げる予定であるが、そこでは、アセアン各国における華人政策・対応策の違い、華人の世代間による意識の変化、企業の経営手法の近代化、華人企業の国際的な事業やネットワークの広がり、中国政府による華人・華人企業への対応、中国企業と華人企業の関係性、華人・華人企業の資産運用・投資拠点としての香港・シンガポールの役割などのポイントも含めて考察する予定である。

<参考文献>

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平賀富一(ひらが とみかず)
ニッセイ基礎研究所 保険研究部 主席研究員 アジア部長 保険研究部兼経済研究部 General Manager for Asia

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