米中貿易摩擦が深刻化している。第1段階では米国が安全保障上の脅威を理由に通商拡大法232条に基づく追加関税(鉄鋼25%、アルミ10%)を発動、中国はその対抗措置として追加関税(ナッツ類やワインなど15%、豚肉など25%)を発動した上で、「我が国は多角的貿易体制を支持しており、米国への関税上乗せも世界貿易機関(WTO)のルールを運用した」と表明した。第2段階では米国が中国による知的財産権の侵害に対する制裁措置として通商法301条に基づく追加関税(1300品目、500億ドル、税率25%)を発表、中国政府は「米国のやり方はWTOの基本原則や精神に著しく違反しており、中国はWTOでの紛争解決手段に訴える」として対抗措置としての追加関税(106品目、500億ドル、税率25%)を発表した。そして、トランプ米大統領は4月5日、通商法301条に基づく1000億ドルの積み増しの是非を米通商代表部(USTR)に指示したと発表、中国もその対抗措置をとる構えを見せており、米中貿易摩擦は“関税引き上げ合戦”の様相を呈してきた。そして、WTOの基本原則(自由、無差別、多角的通商交渉)とその精神の主導者だった米国は、「米国第一」を掲げるトランプ政権下で、それを軽視しているように見えるとともに、中国はその枠組みの中で紛争を解決しようと努力していることには驚かされる。
このまま米中の関税引き上げ合戦がエスカレートしていけば米中経済が共倒れになる恐れがある。米国が中国からの輸入品にだけ高関税をかければ、米国における中国製品の競争力は低下、米国への輸出が減少して中国企業の抱える過剰生産設備問題は深刻化し、中国経済には大きな打撃となる。一方、中国が対抗して米国からの輸入品にだけ高関税をかければ、中国における米国製品の競争力は低下、中国への輸出は減少して米国の農業生産者などが顧客を失うとともに、米国内では中国からの輸入品であるスマホや衣料品などが値上がり家計を圧迫するため、米国経済にも大きな打撃となる。また、米中の関税引き上げ合戦はその他の諸国にも大きな影響を及ぼす。米中両国が互いの輸入品に高関税をかけることになれば、漁夫の利を得る国もでてくるからだ。米国向け輸出では米アップル(それを受託製造する台湾企業)が中国にあるスマホの製造拠点をベトナムなどへ移転したり、中国企業が国内にある衣料品の製造拠点をミャンマーなどへ移転したりする可能性がある。また、中国向け輸出では、米国産(ボーイング)の航空機が減少して欧州産(エアバス)が増加したり、米国産の自動車が減少して日本産が増加したり、米国産の農産品が減少してブラジル産が増加したりする可能性もある。ただし、米中貿易摩擦の行方を見通すには不確実性が高すぎて、漁夫の利だと思っていたら取らぬ狸の皮算用だったということも十分あり得る。将来トランプ米大統領が対話姿勢に転じると、その後は中国による米国製品の輸入拡大に焦点が移って、米国企業や中国企業が中国にある製造拠点を中国以外の新興国に移転する必要はなくなり、中国政府は米国産(ボーイング)の航空機を増やして欧州産(エアバス)を減らし、米国産の自動車を増やして日本産を減らし、米国産の農産品を増やしてブラジル産を減らすこと検討し始めて、それまでとは全く正反対の動きになりかねないからだ。
このように米中両国が関税引き上げ合戦を繰り広げる中で、その一挙手一投足に右往左往する日本を初めとするその他諸国は、WTOの基本原則とその精神の主導者の復帰を待ち望んでいるようだ。第二次世界大戦前のブロック経済が輸出市場を囲い込み戦争への道を開いたとの認識の下、米国はその前身であるGATT(関税及び貿易に関する一般協定)の頃から前政権に至るまで、WTOの基本原則とその精神の主導者だった。しかし、「米国第一」を掲げて登場したトランプ政権は、保護主義的な政策を打ち出すとともに、環太平洋パートナーシップ協定(TPP)から離脱し米国に有利な二国間交渉を推進している。その他諸国が米国と二国間交渉に臨めば、米国の強い政治的圧力を背景に不利な交渉となるのは明白だ。そして、世界はWTOの基本原則とその精神の主導者を失いつつある。一方、中国は前述のようにWTOの枠組みの中で紛争を解決しようとしてはいるものの、中国に進出した外資企業に技術移転を事実上要求したり、外資企業の活動を事実上制限して国内企業を優遇したり、また中国と政治的に対立するとフィリピンが南シナ海の領有権問題で対立したときのように検疫の強化を名目に事実上バナナ輸出が止められたり、韓国がTHAAD(地上配備型ミサイル迎撃システム)配備問題で対立すれば中国本土からの韓国旅行を事実上制限したりする行動が目立つ。従って、中国が「形式的」にはWTOの枠組みの中でも、「事実上」は強い政治的圧力を背景にその精神に反した行動をとり続けるなら、WTOの基本原則とその精神の主導者とはなり得ないだろう。
以上のように、米中両国以外の諸国には、米中両国の政治的圧力に負けないだけのパワーが必要であり、日本を初めとするその他諸国は一致団結してそのパワーを高めることが肝要だと思われる。そして、米中両国に次ぐ経済規模の日本はそのリーダーとして前面に出るべきだろう。米国がWTOの基本原則とその精神の主導者に復帰するまでの一時的なリリーフだとしてもそれは構わないと思う。
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三尾幸吉郎(みお こうきちろう)
ニッセイ基礎研究所 経済研究部 上席研究員
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