グレアムの否定で大成功する投資家、フィッシャー
前回は、スパークスの社内勉強会、バフェットクラブの思想の根幹となるバフェットに大きな影響を与えた人物の一人であるグレアムさんの考え方をお伝えしました。今回は、フィッシャーさんです。バフェットさんが、「私の85%はグレアムからできていて、残り15%はフィッシャーからできている」という15%の方です。
バフェットさんは、なぜ「100%グレアム」では駄目で、「フィッシャー15%」を盛り込みたいと考えたのでしょうか。バフェットさんの気持ちを大胆に代弁すると、「グレアムの手法だけでは、割安な株は見つけられても大化けする株が見つけられない可能性がある」、そう考えたのではないでしょうか。
「割安なのに上がらない」。今でこそ、この状態は、「バリュートラップ」という表現で、多くの投資家が知るものとなっています。しかし、「中世のギルド支配」から解き放たれ、近代的な証券分析アプローチが始まったばかりの20世紀半ばには、まだ、こうした現象は、一般には認知されていなかったのです。
グレアムさんが青年期に経済的に困窮したことが、彼のバリュー投資研究の原点となっているように、フィッシャーさんにも原点があります。彼が、スタンフォード大学の経営大学院を卒業し、独立系銀行で統計士として働き始めた1929年の大暴落前後、フィッシャーさんは、グレアムが唱える割安株といわれる低PER銘柄に投資して失敗しています。
そこで彼は、「本当に重要なことは、当期利益に対する倍率ではなく、数年後の利益に対する倍率である」ということや、「広い幅があったとしても、会社の利益がこれから数年後におおよそどうなっているかを判定する能力があったならば、素晴らしい利益を手に入れることができただろう」といった教訓を得ます。
その後、フィッシャーさんは、購入時には誰も見向きもしなかったような企業の株を独自の「成長株投資」という理論の下に見出し、周囲の疑念の声に惑わされることなく長期投資を行います。そして、モトローラ、テキサスインスツルメンツ、コーニング、ダウ・ケミカルなど、彼のお眼鏡にかなった企業の株価は、数十倍、数百倍となり、膨大な利益をもたらすことになるのです。
フィッシャーさんとグレアムさんの違いは、グレアムさんが「先のことはわからない」と、過去の実績と現在の資産を重視するのに対して、フィッシャーさんは、「先のことはわからないから調べよう」と、「成長株の発掘」に本質を見出していることです。グレアムさんは徹底的に決算書にこだわりましたがフィッシャーさんは「割安株ではせいぜい50%程度の利益しか得られないのに対し、成長株は何倍もの利益が得られる」という境地にいたっています。
グレアムさんの名誉のために申し上げますと、彼も決して企業の成長を見なかったわけではありません。しかし、これが、グレアムさんが「バリュー投資の父」でフィッシャーさんが「成長株投資の父」と対比される所以なのです。
「良い投資をすれば誰でも億万長者になれる」とはフィッシャーさんの残した名言のひとつですが、その陰には「良い投資」と言い切るための不断の努力があることは言うまでもありません。次の章では、彼が投資にあたり注意したポイントについて考えていきましょう。
企業の人間的側面に着目したフィッシャー
フィッシャーさんの著書「株式投資で普通でない利益を得る」には、「フィッシャー15のポイント」と呼ばれる研究開発、販売体制、経営陣、労使関係など彼の投資哲学に基づくチェック項目が並んでいます。
15の項目については、アペンディックスをご覧いただきたく、ここでは個別には解説しませんが、これらの項目を、「グレアム投資理論」からの進化という観点で見ると、徹底的に数字にこだわったグレアムさんとは対極的に、フィッシャーさんは、企業の人間的側面、つまり、会社を生き物として捉えたところに特徴があると、私は思っています。
フィッシャーさんは生前のインタビューで、投資を「伴侶探し」だと語っていたほどです。彼は企業のダイナミズム、動的側面に着目したのです。
バフェットも認める「周辺情報活用法」の重要性
では、企業の人間的側面を学ぶために、どんな手法をとるのか。ここに、バフェットさんも絶賛するフィッシャーさんの「ゴシップ・アプローチ(周辺情報活用法)」があります。この手法は、投資対象の候補が見つかったら、その企業についての周辺情報を徹底的に収集するというもので、具体的にはライバル会社、取引先、顧客など、あらゆる方面から生きた情報を集める、メディアの取材にも似た方法です。
株式投資において紙に記されたものだけではない、生きた経営を知ることの大切さを1930年代から実践的に示したのは、私の知る限りフィッシャーさんだけです。
フィッシャーさんの情報源は、先に挙げた企業周辺のみならず大学、政府、競合企業の研究者、業界団体の幹部、さらには該当企業の元社員にまで及んでいます。投資家はこうしたソースから得られたさまざまな情報を照合しながら、自身で企業の成長性を判断していく必要があると、彼は説きます。
「市場を創造できるかどうか」を見極めるのがフィッシャー投資の真骨頂
フィッシャーさんがなくなって約15年。ネット社会になり、誰もが検索やSNSによって、「周辺情報」を「活用」しやすくなりました。しかし、ちまたに流通している「情報」は、玉石混交で、その情報が、「玉」か「石」か見分けるためには、さらなる「周辺情報活用」が必要となる「情報爆発」の時代です。
「石」どころか「偽」だというフェイクニュースも社会問題化しています。どのようにして真の情報を得ていけば良いのか、またその情報をどのように活用できれば投資家として成功できるのでしょうか。
今もご健在なフィッシャーさんの息子は「地元のうわさやウォール街の雑音」などではなく、何者の操作も及んでいない情報を得ることができれば、現代でも危険な投資は避けられると語っています。
そういえば、年初にお会いしたバフェットさんは、今でも、原則、人と会わず、1日のほとんどの時間を、活字を読むために割いていると語っていました。バフェットさんの住むアメリカの田舎町オマハは、「うわさや雑音」を避けて株式投資で成功するための情報を集めるのに、ふさわしい町だったのでしょう。
私が今回、改めて、「フィッシャー15項目」を読み直していて思ったのは、15項目を通じて彼は、企業が「市場を創造することができるかどうか」を見極めていたのではないかということです。バフェットさんは、フィッシャーさんに学び、コカ・コーラが世界で膨大な市場を創造できるとイメージできたからこそ、巨額の投資に踏み切り財を成したのです。
これが、「グレアム85%、フィッシャー15%」で「元本の安全性を担保しながら成長も希求する貪欲な投資家」バフェットさんのすごいところです。
翻って今、原稿を書いている目の前のテレビで、史上初の米朝首脳会談で握手を交わす両首脳の映像が流れています。私は、これこそまさに、現代版の「先のことはわからないから調べてみよう」に値する事象だと胸をときめかせています。
スパークスでは、非核化と拉致問題の解決を第一に願いながら、朝鮮半島、そしてアジアにどのような変化が起こるのか、韓国と香港の支社と緊密に連絡をとりながら、必死に周辺情報を集め投資仮説を建て、検証を始めています。皆さんは、この歴史的瞬間をどうご覧になったのでしょうか。フィッシャーさんが発明した「周辺情報活用法」を現代に応用し、爆発する成長株を見つけることができるのかどうか。これが、私が今こそ皆さんにフィッシャーさんを知ってほしい理由でもあるのです。
Appendix
〇株について調べるべき15のポイント
1.その会社の製品やサービスには十分な市場があり、売り上げの大きな伸びが数年以上にわたって期待できるか
2.その会社の経営陣は現在魅力のある製品ラインの成長性が衰えても、引き続き製品開発や製造過程改善を行って、可能なかぎり売り上げを増やしていく決意を持っているか
3.その会社は規模と比較して効率的な研究開発を行っているか
4.その会社には平均以上の販売体制があるか
5.その会社は高い利益率を得ているか
6.その会社は利益率を維持し、向上させるために何をしているか
7.その会社の労使関係は良好か
8.その会社は幹部との良い関係を築いているか
9.その会社は経営を担う人材を育てているか
10.その会社はコスト分析と会計管理をきちんと行っているか
11.その会社には同業他社よりも優れている可能性を示唆する業界特有の要素があるか
12.その会社は長期的な利益を見据えているか
13.近い将来、その会社が成長するために株式発行による資金調達をした場合、株主の利益が希薄化されないか
14.その会社の経営陣は好調なときは投資家に会社の状況を饒舌に語るのに、問題が起こったり期待が外れたりすると無口になっていないか
15.その会社の経営陣は本当に誠実か
※こちらは2018年6月22日に掲載されたものです