はじめに
10月1日から新会計年度(19年度)がスタートした。先月までの歳出法案審議では、トランプ大統領が「国境の壁」に関する予算を盛り込むことに拘わり、政府閉鎖も辞さない姿勢を示していたことから、年度始からの政府閉鎖リスクが高まっていた。しかしながら、議会は審議が難航しそうな歳出法案を中間選挙後に先送りし、12月7日を期限とする暫定予算を成立させたため、一旦政府閉鎖は回避された。もっとも、歳出法案審議の動向によっては12月以降に政府機関の一部閉鎖リスクは燻っている。
一方、下院共和党は9月下旬に税制改革第2弾となる「税制改革2.0」の法案を可決した。「税制改革2.0」では2017年税制改革法で25年末までの時限措置となっていた個人所得減税の恒久化などを盛り込んでいる。中間選挙によって上院での審議は見送られているものの、現議会上院での可決はほぼ不可能とみられている。
来年2月に発表が見込まれる予算教書で20年度予算審議がスタートする。トランプ大統領は税制改革第2弾やインフラ投資計画を予算案に盛り込むことが予想されるものの、20年度の予算編成は中間選挙を経た新議会で審議されるため、中間選挙結果がこれらの動向を大きく左右することが予想される。
本稿ではこれまでの予算審議の動向と、「税制改革2.0」も含めた今後の予算審議見通しについて論じている。結論から言えば、新議会では下院で野党民主党が過半数を獲得する可能性が高いことや、上院共和党の議席数が議事妨害を阻止するのに必要な60議席に達しないとみられることから、トランプ大統領が実現したい予算編成、財政政策の実現は益々困難が見込まれると言うものだ。
予算編成の動向
●(18年度実績):財政赤字(名目GDP比)は6年ぶりの水準に拡大
9月末で終了した18年度の財政赤字は、7,790億ドルと前年度に比べて17%増加した(図表2)。歳出入の内訳をみると、歳入が前年度に比べて横這いとなった一方、歳出が+3.2%増加した。
歳入では法人所得税が▲31.1%減少した一方、個人所得税は+6.1%増加した。個人所得税は、今年から実施されている減税にも係わらず増加したものの、議会予算局(CBO)によれば、税制改革前の税率が適用された4月の個人所得税の増加が大きいようだ。
歳出では、国防(前年比+5.3%)や社会保障(+4.5%)の伸びが大きかったほか、利払い費が+23.6%の大幅な増加となった。これはインフレ加速に伴う物価連動債の元本増加や金利上昇の影響が大きい。
一方、CBOの試算によれば18年度の財政赤字拡大幅(▲1,132億ドル)のうち、減税の影響が▲1,640億ドル(1)、2018年超党派予算法(2)に基づく歳出上限引き上げの影響が▲680億(3)となっており、これらを除けば5,470億ドルと前年度から縮小していたようだ。
次に、財政赤字の名目GDPは18年度が▲3.9%(前年度:▲3.5%)と経済規模との比較でも前年度から増加したほか、赤字幅は13年度(▲4.1%)以来の水準となった(前掲図表1)。財政赤字は金融危機後の09年度に一時▲9.8%まで拡大したが、その後の景気回復などもあって15年度には▲2.4%まで縮小していた。これで、財政赤字は3年連続の拡大となった。
最後に債務残高(名目GDP比)は、財務省が発表した18年9月末時点の債務残高を元に試算すると、18年度が78.3%と前年度(同76.5%)から増加したとみられる。債務残高は、金融危機前の30%台半ばに比べて倍以上の水準になっている。
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(1)https://www.cbo.gov/system/files?file=115th-congress-2017-2018/reports/53651-outlook.pdf(p.129)
(2)Public Law No.115-123 https://www.congress.gov/115/bills/hr1892/BILLS-115hr1892enr.pdf
(3)https://www.cbo.gov/publication/53556(p.1義務的経費と裁量的経費の合計、p.7災害救済費用の合計)
●(19年度予算審議):一旦政府閉鎖は回避も、12月以降の審議は難航を予想
12月7日を期限とする暫定予算が成立したことで、年度始からの政府閉鎖は一旦回避された。19年度予算編成では12本の歳出法案のうち、5本は既に通年の予算が成立しており、残り7本分が暫定予算となっている(図表3)。
暫定予算のうち、中間選挙後の審議で難航しそうなのが国土安全保障省などに対する予算である。これは、「国境の壁」建設のための予算を19年度分として16億ドルに留めたい民主党に対し、トランプ大統領は55億ドル盛り込むことを要求しており、盛り込まれない場合には一部政府閉鎖も辞さない姿勢を示しているためだ。
今後、予算額の調整が見込まれるが、議席数が均衡している上院では民主党の意向を一定程度盛り込まない限り法案成立が難しいため、とくに上院で難航が予想される。このため、中間選挙後の予算審議次第では、12月以降に政府閉鎖に追い込まれる可能性も否定できない状況である。
●(20年度予算審議):中間選挙の結果が大きく左右、3月に債務上限の期限到来
20年度の予算審議は中間選挙によって選出された新議会が担うことになる。通常の予算編成プロセスでは、来年2月にトランプ大統領が議会に対して予算要求を行う予算教書によって20年度予算審議がスタートする。
トランプ大統領は、税制改革第2弾や、今後10年間で1.5兆ドル規模のインフラ投資のほか、「国境の壁」建設費用を予算教書に盛り込むことが予想される。
ただし、予算審議は議会主導で行われ、予算案は上下両院で可決する必要があるため、中間選挙で民主党の下院で過半数を獲得する場合には、民主党の意向を無視して下院で法案を可決することが不可能となる。このため、予算案にはこれまで以上に民主党の意向を反映せざるを得なくなるだろう。
一方、20年度の歳出のうち、裁量的経費は予算管理法に基づく財政規律ルールによって、国防関連、非国防ともに歳出上限が200億ドル弱引き下げられることになっている(図表4)。
もっとも、議会は歳出上限を引き上げる法律を策定することで、上限の再引き上げは可能である。実際、11年に予算管理法が策定されて以降、議会は超党派で歳出上限の引き上げを繰り返しており、財政規律ルール通りの財政運営がされたことはない。
一方、20年度予算は、次の大統領選挙が行われる20年にかかる年度となるため、その時の経済動向は大統領選挙結果に影響するとみられる。このため、大統領選の思惑も絡んで歳出上限の審議は難航しよう。
さらに、超党派予算法によって国債発行額の上限を定めた法定債務上限が時限措置として、17年12月から不適用となっており、その期限が19年3月に到来するため、議会には20年度予算編成作業と並行して、債務上限への対応が求められる(図表5)。
新議会は期限までに債務上限を引き上げるか、または債務上限の不適用期限を延期しない場合には、3月の期限到来時点の連邦債務残高が新たな法定債務上限となり、それを超える新規の国債発行が不可能となる。
仮に、期限切れで債務上限が設定されても、財務省が国債発行額を抑制するための緊急オペレーションを実施することで、数ヵ月程度は債務上限の抵触を回避することが可能とみられている。もっとも、審議が長期化し、政府の資金が枯渇する場合には、米国債がデフォルトしてしまう可能性もあるため、米経済への影響が大きい。