伊勢丹での販売、そして『クローズアップ現代』で大ヒット

今治タオル,藤高豊文
(画像=The 21 online)

――今治タオルといえば、クリエイティブ・ディレクターの佐藤可士和氏によるロゴマークを思い浮かべる人が多いと思います。

藤高 助成金の3,000万円は、大きく広告を打てば、すぐになくなってしまいます。ですから、広告によってブランディングすることはできない。そこで、ロゴマークを作成して、まずは商品力を高めることにしました。

佐藤可士和さんにお願いしたのは、「今治タオルJAPANブランド育成支援事業」のコーディネーターを引き受けてくれた外部ディレクターの富山達章さんの判断です。富山さんにコーディネーターを依頼したのは、四国経済産業局から今治市に出向していた方でした。

佐藤可士和さんは、当時、既にホンダやキリンのコマーシャルで知られた存在でしたが、私はまったく知りませんでした。この予算では難しいと考えたようですが、引き受けてくれた理由は、実際に今治のタオルを使ってもらって、その良さを実感したのと、クリエイティブ・ディレクターとして、誰もなしえなかった産地の再生をやり遂げてみようというチャレンジ精神だと思います。

作っていただいたロゴマークは、東京で大々的に発表し、マスコミの方々にも多く集まっていただけました。

けれども、マスコミの方々が興味を持っていたのは可士和さんであって、肝心のタオルに対する反応は鈍かった。「これは失敗だな」と思いましたね。

また、その時期は、タオルそのもののデザインに関しては、著名なプロダクトデザイナーに依頼していたのですが、様々な理由から、うまくいきませんでした。

このままでは2年目(2007年)も失敗することになると思い、私は可士和さんに、ロゴマークの作成だけでなく、今治タオルの総合プロデュースをお願いしました。

そのとき、佐藤可士和さんが出した条件が、東京で今治タオルを買える場所を作ることでした。これは「must」だと言われましたね。品質が良いと気に入っていただいて、ずいぶん周りの人たちに勧めていただいていたのですが、当時、東京では買う場所がなかったんです。

そこで私は、今治タオルブランディングの責任者として、今治タオルを扱ってくれる店を東京中で探しまわりましたが、その頃は今治タオルの知名度がなかったので、相手にしてくれるところはありませんでした。最後に、「一番難しいだろう」と思いながら訪ねたのが、伊勢丹でした。バイヤーの方と話したら、やっぱりダメでした(笑)。ただ、「後任の者に伝えておく」とは言われましたが。

そうしたら、意外にも後日、その後任のバイヤーからアポが入りました。東京のビッグサイトで行なわれる「インテリア ライフスタイル」という展示会の前日です。

展示会に来ていただき、商品を見ていただくと、「いいですね。やりましょう」と言っていただけました。私は、その足で可士和さんの会社を訪ねて報告し、「今、可能性があるのは、唯一、ここしかありません」と伝えました。

私と可士和さん、伊勢丹のバイヤーの方とその上司の方の4人で話し合いの場を持ったのが、2007年6月26日でした。可士和さんが伊勢丹メンズ館によく通っていたということもあって話が盛り上がり、伊勢丹で佐藤可士和デザインのタオルを作ってくれることになりました。

ただ、可士和さんがデザインした商品を、9月から並べるという、スケジュール上の前提がありました。生産の時間を考えると、企画からアプルーバル(承認をもらう)までに使える時間は1カ月くらいしかない。可士和さんに「試作にどれくらいかかりますか?」と尋ねられたので、「2週間でなんとかします。ですから、2週間でデザインを上げてください」と答えました。

可士和さんは、きちんと2週間でデザインを上げてくれました。しかし、私としては想定内ではありましたが、技術的に非常に難しいデザインでした。試作に取り組んでくれる組合員を公募しましたが、デザインを見せると、3社しか手が挙がりませんでしたね。

理事長の役得だと思われるのを避けるため、私は手を挙げなかったのですが、結局は、私の会社が多くの部分を担当することになりました。

そうしてできた商品は、新宿の伊勢丹本店のタオルの売り場の中でも1等地に並べていただけました。そして、2008年明けにNHKの『クローズアップ現代』に取り上げられると、一気に火が点いたのです。