第2章 資本主義に飲み込まれるか、味方にするか?
<第4話>ほどよい格差が資本主義を安定化させる?
「資本主義は、個人が自由に経済活動できるだけでなく、社会に活力をもたらす、イノベーションが興りやすい、などメリットがあります。一方で、弊害も少なくない社会です。20世紀に社会主義革命が起きたのはこのためです。ただ社会主義は、資本主義以上に不都合が生じることが理解され、21世紀の今日では賛美する人は少ないことは知っていますよね」
「先生、私もそれぐらいはわかります。ベルリンの壁が崩壊したことがその証拠ですよね」
隆一は、かつての記憶を引きずり出してみた。
「その通りです。まさにベルリンの壁崩壊がその象徴的な出来事です」
先生はここで一息つき、再びコーヒーを入れなおした。
「資本主義にはプラス面、マイナス面があります。マイナス面が出たときには、経済もマーケット環境もそれによって短期的な影響をかなり受けます。まさにリーマンショックというのは金融機関を自由にさせすぎた結果です。このようなとき、株価が半年で半分になるような大きなインパクトが出てしまいます」
「リーマンショックは覚えています。あのあとうちの会社もだいぶあおりを食いました」
先生は、ふむとうなずき、隆一がある程度、話に付いてきていることを確認して続けた。
「資本主義は富裕層ほどその恩恵を、貧困層ほど弊害を感じやすい社会です。富裕層が多数派になれる社会を作ることは難しく、むしろ、恩恵と弊害がバランスよく反映される中間層が多数を占めないと、資本主義は不安定化します。しかしながら、『少数の富裕層』と『多数の貧困層』という貧富の格差が大きい社会になれば、資本主義の恩恵より弊害を感じる人のほうが多くなって、反資本主義の人々が増えます。社会が分断されたり、暴動、テロなどが起こったりするわけです。リーマンショックのあと、ウォール街では大規模なデモが起こりました。これは、『どうして、資産額トップ1%の人のような富裕層が経営する金融機関を、一般庶民の税金で助けなければいけないのか』という怒りの現れです」
隆一の心配どおり、投資がすぐうまくなるとは思えない話が続いたが、いち庶民である自分にとっては共感できる話だった。
「それだけでなく、バブルが起きやすいこと、経済格差をもたらすこと、そして、自由に商売ができる半面、不正や不公正も起きやすいことなどが、資本主義のもたらす典型的な弊害です」
「先生、バブルや経済格差と長期投資がどう結びつくかわかりません」
「まだそれでかまいません。私が体系的に投資のことを教えたいというのは、あなたが今感じているような知識の点と点を線で繋げて、それを面にしていく作業のことです。いまは一見、投資と関係ないと感じる知識をインプットしている段階です。ただ、必ずこの作業があとで効いてくるので、ここは我慢をして聞いてください」
資本主義と倫理が、長期投資の成否を決める?
「資本主義は、社会の仕組みであると同時に、一つの思想でもあります。資本主義を学ぶ意義は、何も社会の仕組みを理解することだけではありません。『善き生活習慣』を学ぶことにもなります」
<おいおい、経済の話ならともかく、生活習慣って。さすがに訳がわからんぞ>
隆一は、たまらず聞きなおした。
「善き生活習慣って何ですか?」
「たとえば、ヨーロッパで近代資本主義社会を創り上げた人々が体現していた精神を『資本主義の精神』と呼んでいます。同じ働くのでも、カネを儲けたいとか、贅沢をしたいとかの動機からではなく、勤勉と倹約という生活習慣が尊い生き方であり、豊かになるのはその結果に過ぎないと考える倫理観です。日本人にも、『働くことそのものが尊い』『倹約はケチとは異なり、家を治め、身を修めること』という類の伝統がありました。その倫理観が、日本がアジアでいち早く近代資本主義国家を築き上げたという見方もあります。いまは『働き方改革』や『ワークライフバランス』などと言われて、勤勉と倹約という道徳律はあまり流行りませんが、資本主義とは単なる営利活動の仕組みではなく、渋沢栄一が<論語とそろばん>と表現したように営利と倫理は一体である、ということです。日本の<資本主義の父>と言われた人物の言葉ですよ」
先生は続けた。
「私が言いたいのは、仕事も投資も『カネ儲け』という動機だけで取り組むより、勤勉に働くこと、節度を持った生活をして世に役立つことこそ価値ある人生であり、そうした暮らし方を貫く一環として仕事をし、投資をするほうが長続きするし、成功への近道でもあるということです。儲けたい、もう少しおカネが欲しい、というのは誰しもやまやまでしょうが、仕事でも、投資でも、本当に傾注できる人には、カネ儲けという動機だけではない生活倫理のような倫理観が背景にある、ということです」
「先生、『稼ぐことは善』と言ったくせに、『投資でカネを儲けたい』ではなぜ、いけないのですか?」
いらだつ隆一を遮るように先生は続けた。
「あなたが、投資で痛い目にあわないためです。投資で儲かることは重要ですが、それだけでなく、投資という行為を人生の中できちんと位置づける倫理観を持たないと、投資の勉強にも身が入らないし、実際の投資で直面するマーケットの短期変動にメンタル面でも克服できないからです。それでは、長続きしないし、長期投資の成果も乏しくなります。私はここの理解を飛ばして、投資で酷い目に合った人をたくさん知っています」
投資小説:もう投資なんてしない
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<5>資本主義より、マシな仕組みがないだけ
<6>1ドルを60万ドルに変えた、資本主義
<7>投資で儲けたカネは汚い?ハイブリッド社員とは
<8>ほどよい格差が資本主義を安定化させる?
中桐 啓貴(なかぎり ひろき)
FP法人GAIA代表 ファイナンシャルプランナー
1973年、兵庫県生まれ。大学卒業後、山一證券、メリルリンチ日本証券で資産運用コンサルティング業務を行う。留学してMBA(経営学修士)を取得後、IFAガイアを設立。社員26名、資産相談の顧問契約者約645名、仲介預かり資産は260億円超。
(提供=トウシル)
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