つみたてNISAやiDeCoなど、資産形成に注目が集まる。老後に備え用意すべき金額の目安は2,500万円といった記事を眼にする機会も多い。資産形成のゴールに関する情報は多いが、各世帯のゴールまでの過程についてはよくわからない。そこで、総務省家計調査報告(2017年平均結果の概要)を参考に、世帯間の資産形成状況の差が何歳頃に拡大するのかについて、視覚的な把握を試みる(1)。
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(1)1時点でのデータに基づく為、世代間による所得や貯蓄性向の差などは勘案していない。このため、年代間の資産額の差ではなく、同年代内の資産形成の差に着目する。
家計調査報告に年齢階級別、純貯蓄現在高五分位階級別の平均純貯蓄額(貯蓄額-負債額)が示されているが、平均純貯蓄額だけでは、資産形成状況の差を把握するには不十分である。資産形成においてマイホームの購入も重要な役割を果たすのに、貯蓄額に持家が含まれないからである。また、持家の有無によって将来の費用も大きく異なるため、純貯蓄現在高五分位階級が等しい世帯を「純貯蓄現在高五分位階級別の持家率」に応じて二分する。この際、同階級内において、住宅を保有しない世帯と住宅を保有する世帯の平均純貯蓄額に差が無いことを仮定している。その上で、「住宅を保有しない世帯が今後住宅を保有する世帯より多く支払う住居費の現在価値の総和(以下、将来住居費差分)」を考慮し、資産形成状況の差を把握する。なお、将来住居費差分は、「持家世帯と民営借家世帯の住居費の差」と「年齢階級別の概算余命」を用いて算出した。
図表1の左上から反時計回りに、年齢階級別の資産形成状況を表示する。各図の上段の円は住宅を保有する世帯、下段の円は住宅を保有しない世帯を表している。上段・下段の複数の円は純貯蓄現在高五分位別の世帯を表しており、最上位を青色、最下位を赤色で表している。横軸が純貯蓄現在高五分位階級別の平均純貯蓄額、上段と下段の距離が将来住居費差分、円の面積の大小は属する世帯数の割合の多寡を表している。左上から右下に向かう3本の点線は、将来住居費差分を加味した実質的な純貯蓄額(平均純貯蓄額-将来住居費差分)が▲2,500万円、0万円、+2,500万円となる水準を示している。
29歳以下では(図表1左上)、大部分の世帯が持家を保有せず純貯蓄額も0万円前後(下段の黄円~水色円)で、2割弱の世帯が持家を保有し多額の住宅ローンを抱えている(上段の赤円)。持家の有無によって純貯蓄額は異なるが、実質的な純貯蓄額で見ると大きな差はない。
一方、70歳以上では(図表1右上)、純貯蓄額の差が顕著であり、この差がそのまま実質的な純貯蓄額の差となる。70歳以上の大部分が持家を保有していることに加え、年齢を重ねるほど将来住居費差分の影響が減少する(上段と下段が近づく)からだ。では、資産形成における分岐点は何歳ぐらいだろうか。
実質的な純貯蓄額の差は年齢と共に広がる傾向があるが、図表1を見る限り、分岐点は40~50代のようだ。実際、その年代で純貯蓄現在高最上位(青円:以下、トップ集団)と第2位(水色円)との平均純貯蓄額の差が最も拡大し、その後縮小することはない。
トップ集団とその他との差が40~50代で広がる要因の一つとして、相続が考えられる。相続税の支払いが必要なほど多額の財産を受け取るのは全体の1割程度(2)と考えられ、全体の2割を占めるトップ集団のみが純貯蓄額を大きく積み上げる現実と整合的である。更に、この現実は、平均的なライフサイクルとも整合的である。国立社会保障・人口問題研究所の人口統計資料集(2018年版)(以下、同人口統計)によると、2016年における男性死亡者(以下被相続人)のおよそ4割が80歳~89歳である。仮に、相続人の年齢が55歳ならば、1961年に被相続人は25歳~34歳で相続人である子供を授かったことになる。当時の年齢別人口及び男性の年齢別嫡出出生率から類推すると、1961年に生まれた子供の父親の約8割が25歳~34歳である。つまり、この人々が55年後の2016年には、80歳~89歳となり、被相続人となっていると考えられるからだ。
トップ集団とその他との差が40~50代で広がる理由が相続ならば、資産形成における分岐点は生まれた時点で既に生じていたことになる。相続の他に早期退職による退職一時金受領の影響も考えられるが、この可能性は低い。大部分が退職一時金を受け取っているであろう60歳~69歳になっても、トップ集団とその他との差が縮小していないからだ。いずれにせよ、潤沢な老後の生活資金を確保できるかどうかは、相続など特別な幸運の影響が大きいようだ。しかし、老後の生活資金を確保することが目的であれば、トップ集団に入る必要はない。資産形成状況が第2位程度でも老後の生活資金としては十分だ(3)。
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(2)厚生労働省平成28年人口動態統計の年間推計によると、死亡者数は1,296,000人である。これに対し相続税の課税対象となる被相続人数は105,880人(国税庁統計年報(平成28年度))で、年間死亡者数の約8%に相当する。
(3)基礎研レポート「住宅資金を老後資金~転居せずに老後資金の不足を補う新たな方法を考える」参照
そこで、中位層(第2位~第4位)に着目し、資産形成状況の差が拡大する時期を確認する。若年層は住宅の有無による影響が大きいので、実質的な純貯蓄額を基準に世帯を五分割し各階級別の実質的な純貯蓄額を概算した。その結果、世帯間の資産形成状況の差が拡大するのは、40代以下の比較的若年期であることが分かる(図表2)。やはり、相続という特別な幸運に遭遇できない多くの世帯が老後の生活資金を確保できるか否かは、若いときからの地道な努力によるところが大きいと考えられる。
しかし、年間50万円(500万円÷10年)の差は地道な努力ではなく、所得格差によるものかもしれない。確かに、金融広報中央委員会の家計の金融行動に関する世論調査[二人以上世帯調査]平成30年調査結果から収入が低いほど貯蓄割合は低いことが分かる。年間手取り収入が500万円未満の世帯の過半数は貯蓄割合が0%もしくは金融資産を保有していない(図表3上)。しかし、年間手取り収入が500万円未満なら貯蓄できないのは当然だとは考えるべきではない。なぜなら、収入が低い世帯の大部分は資産形成段階から資産取崩段階に移行した60歳以上の世帯だからだ(図表3下、図表4)。つまり、年間手取り収入が500万円未満の世帯であっても若い世帯の場合、それなりに貯蓄している世帯の方が多い可能性がある。
残念なことに、世帯年収別の貯蓄割合及び世帯主の年齢別の貯蓄割合に関する分布はあるが、世帯年収別かつ世帯主の年齢別に細分化された貯蓄割合に関する分布がない。そこで、世帯年収別かつ世帯主の年齢別の貯蓄割合に関する分布を試算した。試算の具体的方法は以下の枠内の通りである。
試算に当たり、最低限満たすべき条件は、試算結果と調査対象世帯数に応じて算出した世帯年収別貯蓄割合が統計データと概ね一致し、かつ同様に算出した世帯主の年代別貯蓄割合が統計データと概ね一致することである。しかし、これら条件を満たす世帯年収別かつ世帯主の年齢別の貯蓄割合分布の組み合わせは無限にある。このため、その中から細分化された場合でも対応する世帯年収別の貯蓄割合分布との類似性が高く、同様に対応する世帯主の年齢別の貯蓄割合分布との類似性が高い組み合わせを選択した。選択に当たり、調査対象世帯数が多いほど類似性が高まるように調査対象世帯数で重み付けしており、具体的には以下の算出式の値が最小となる組み合わせを選択している。
筆者の試算結果によると、年間手取り収入が300万円未満の世帯でも世帯主の年齢が30歳代の世帯に限れば、貯蓄割合が0%もしくは金融資産を保有していない世帯は4割未満であり、6割強の世帯はいくらかは貯蓄していると考えられる。
最後に、世帯主の年齢が30歳代の世帯の試算結果を用いて、若年層における純貯蓄額の差の拡大が、地道な努力と所得格差のいずれによるものかを視覚的に確認したい。確認するにあたり、各世帯年収区分に対し代表値を設定した(所得が低い順に、200万円、400万円、625万円、875万円、1,100万円、1,500万円)。同様に各貯蓄割合区分に対しても代表値を設定した(貯蓄割合が低い順位0%、2.5%、7.5%、12.5%、17.5%、22.5%)。これらの条件の下で推計した年間貯蓄増加額毎の世帯割合を求め、図表5に収入別の結果を示す。当たり前だが、30歳代の年収300万円未満の世帯で年間50万円以上貯蓄する事は難しく、所得格差の影響は否定しない。しかし、代表的世帯である「300~500万円未満」と「500~750万円未満」のいずれにおいても、年間貯蓄増加額50万円以上の世帯が最も多く、その次に貯蓄割合が0%もしくは金融資産を保有していない世帯が多い。加えて、30歳代では全体の10%に満たない年収1,000万円以上世帯の中にも、年間貯蓄増加額が0円の世帯が存在する。地道な努力を重ねる「アリ派」と「キリギリス派」に大きく二分されていることが分かる。
住宅ローン返済の影響が考慮できていない等の試算上の制約はあるが、平均的な収入の若年層における純貯蓄額の差の拡大は、地道な努力の結果によるところが大きいのではないかと考えられる。
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高岡和佳子(たかおか わかこ)
ニッセイ基礎研究所 金融研究部 主任研究員・年金総合リサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任
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