ビル・ゲイツや武田信玄も愛読しているといわれるなど、古今東西の多くのリーダーに読み継がれてきた「孫子の兵法」。世界的に著名な作品ですが、具体的な中身を知っている人は少ないかもしれません。孫子の兵法とはどんなものなのか。なぜ経営に活用できるのか。その秘密を探ります。

「孫子の兵法」とはどんな書物か?

ビル・ゲイツ,武田信玄,孫子の兵法
(写真=PIXTA)

『孫子』とは、中国の古い兵法書です。その内容を指して「孫子の兵法」とも呼ばれています。中国にはさまざまな兵法書がありますが、そのなかでも孫子は、他の兵法書にもたびたび引用されるほど、優れた古典として現代に至るまで読み継がれています。孫子は中国の春秋戦国時代(紀元前722~473年)に、軍事思想家の孫武によって書かれました。

その後、後継者たちによって加筆されながら伝えられ、書物として定着したと考えられています。それが2500年たった現在まで受け継がれて、さまざまな人によって解説書・研究書が書かれマンガにもなっています。

「孫子の兵法」が経営に使える理由

孫子の内容は、第1の「計篇」から始まる以下の全13篇で構成されています。

1計篇:戦争をする前に考慮すべき事柄について
2作戦篇:軍費の問題や動員補充などの計画について
3謀攻篇:兵力を戦わせずに勝利を収める方法について
4形篇:攻守の態勢について
5勢篇:個人の戦闘力より勢いが重要であると説く
6虚実篇:主導性を握ることの重要性について
7軍争篇:敵の機先を制するために行うべきことについて
8九変篇:戦局の変化に臨機応変に対応するための九つの手立てについて
9行軍篇:軍を止める場所や敵情観察などについて
10地形篇:その土地の形状に応じた戦術について
11九地篇:9種類の土地の形勢と、それに応じた戦術について
12火攻篇:火を使って攻撃する戦術について
13用間篇:スパイの活用法について

たとえば第3の謀攻篇では、有名な「戦わずして勝つ」という言葉に表される、以下の一文が記載されています。

「百戦百勝は善の善なる者に非ざるなり。戦わずして人の兵を屈するは善の善なる者なり」

つまり「戦争といえども、戦うことが目的ではなく敵国を傷つけずに降伏させることが最もよい策」という内容です。そのためには事前の情報分析や準備が重要と説いています。全編にわたって戦争に勝つための理論が書かれているのです。しかしその内容は、武力を競わせて勝つことだけに終始しているのではありません。

戦争に至るまでの情報分析や敵情視察の方法、予算の見積もり方、兵の補充、主導権を把握することの重要性など、さまざまな側面から戦いを有利に進め、国家を発展させるための方法論を説いています。したがって読んだ人の応用の仕方によって、ビジネスにおける競争や日常生活のなかでの交渉ごとなど、現代のいろいろなシーンでも活用できるのです。

実際に「経営戦略論」「組織論」「人材育成論」として読んでも、十分に参考になる内容となっています。だからこそ孫子は、古今東西を問わずビジネスマンやリーダーに愛されてきたのです。

多くのリーダーはどのようにして、「孫子の兵法」を活用したのか?

孫子は中国国内で広く読まれるようになり、その後、中国語以外の言語に翻訳されて世界に伝わり、さまざまなリーダーに活用されてきました。最も古い活用例としては、孫子が書かれた時代から650年後、三国志で有名な魏の武帝・曹操が挙げられます。曹操は熱心に孫子を研究し、自ら注釈を加えた『魏武注孫子』を記すほどでした。

曹操が戦いで8割もの勝率を納めたのは、孫子というバイブルがあったからかもしれません。なお曹操の記した『魏武注孫子』が、現代に通じる孫子のベースになったと考えられています。日本では、戦国時代の武将である武田信玄が、『孫子』の「軍争篇」にある以下の文章を引用して、「疾如風 徐如林 侵掠如火 不動如山」(俗に言う風林火山)という言葉を軍旗に示したとされています。

“故に其の疾きことは風の如く、其の徐(しず)かなることは林の如く、侵掠(しんりゃく)することは火の如く、知り難きことは陰の如く、動かざることは山の如く、動くことは雷の震うが如く”

だいぶ時代を下って明治期には、日露戦争において連合艦隊司令長官として旗艦「三笠」で指揮を執った東郷平八郎も、孫子を活用したといわれています。東郷平八郎は日本海海戦で、遠くはるばるやってきたロシアのバルチック艦隊の進路を予測して正面衝突するのではなく、敵艦隊の進行方向を遮るかたちで艦隊を配する「T字作戦」で勝利を収めました。

その背景には、「軍争篇」にある一節「逸を以て労を待ち」(自分たちは十分に休養をとって、相手が疲労した状態を待つ)があったとされます。

現代の経営者にも活用される「孫子の兵法」

孫子が活用されたのは歴史のなかだけではありません。現代においても、多くの経営者やリーダーに愛読され、経営戦略などに生かされています。たとえばマイクロソフトの創業者ビル・ゲイツ氏もその一人。座右の名として孫子を挙げ、自著のなかでもたびたび孫子を引用しています。

"2500年以上前に、中国の兵法家、孫武は「情報は戦争状態では絶対不可欠である。これこそ、軍がいかなる行動を起こすときにも頼りにするものである」と書いた。『孫子』によれば、勝利は正しい情報を時宜を得た方法で手にする司令官に微笑むのである "
出典:『思考スピードの経営』(日経BP社)

正しい情報をつかむことの重要性を強く認識していたビル・ゲイツ氏だからこそ、時流に乗ってチャンスをつかみ、マイクロソフトを大きく発展させることができたのでしょう。ソフトバンクグループの孫正義氏も、孫子を愛読していることをたびたび公言しています。孫正義氏は、孫子からピックアップした14文字に、自分で考案した11文字を合わせた25文字を文字盤にしました。

自らの成功哲学・経営指針を凝縮した「孫の二乗の法則」を考案。人生や仕事で大事な判断や決断を迫られたときに、この「孫の二乗の法則」を頭に思い浮かべ、自らの進む道を決めるそうです。このほかにも、ソニー創業者の盛田昭夫氏、元プロ野球監督の野村克也氏、元米国国務長官コリン・パウエル氏、オラクル創業者のラリー・エリソン氏など、多くのリーダーたちに孫子は影響を与えたと言われています。

約2500年前の兵法が現代でも愛用されている理由

孫子のなかで、ビジネスシーンで使える要素はたくさんあります。いくつかの例を紹介しましょう。

凡そ用兵の法は、国を全うするを上と為し、国を破るはこれに次ぐ

(原則として、敵国を傷つけずにそのまま降伏させるのが上策であり、敵国を撃ち破って勝つのはそれに劣る)
孫子は、真っ向から敵と戦って撃ち破るのではなく、無傷で手に入れることが最もいい策だと説きました。これは現代ビジネスにおいても当てはまります。ライバルを蹴落とすだけがビジネスで成功する否決ではありません。M&Aや提携の道を探ったり、競合がいない新たな市場を創り出したりすることで、「戦わずして勝つ」状況をつくることができるはずです。

兵は拙速を聞くも、未だ巧久なるを賭(み)ざるなり

(戦争において、短期決戦で成功する例はあるが、長引かせて成功した例は見たことがない)

これは現代ビジネスにおいても非常に当てはまる教訓といえるでしょう。ビジネスでは、とにかくスピードが命です。完璧主義で計画を立てるよりも、まずは不十分でもいいから先にいち早く動くことが重要になります。動きながら戦略を修正していく……それがライバルの虚を突いて主導権を握ることにつながります。

君の軍に患うる所以(ゆえん)の者には、三あり

軍の進むべからざるを知らずして、これに進めと謂い、
軍の退くべからざるを知らずして、これに退けと謂う。
三軍の事を知らずして三軍の政を同じうすれば、則ち軍士惑う。
三軍の権を知らずして三軍の任を同じうすれば、則ち軍士疑う。
(君主が軍事においてトラブルを起こす行為には3つある。軍隊が進んではいけない時に進めと命令し、退いてはいけないときに退けと命令すること。軍の事情も知らないのに、軍の動きに口出すこと。軍の持つ役割や重要性を詳しく知らないのに、将軍と同じように指揮を執ろうとすること)

これは会社においてよくあるシーンといえるのではないでしょうか。特に大企業において現場のことをよく知っているのは、社長ではなく現場の幹部・管理職です。よく知りもしないのに口出しをすれば、社員たちは戸惑い、上司を疑うことになります。社長は、現場のことは現場に任せて、幹部・管理職のサポーターに徹するべきなのです。

彼れを知りて己れを知れば、百戦してあやうからず

(敵のことを知って味方の事情も知っていれば、百回戦っても危険がない)

この一文はさまざまな示唆に富んでいるといえます。敵を知るとは、マーケットを知り競合他社の状況を知ることだけではなく、自社の状況についても冷静に判断することが重要です。そうしてから戦えば、あやういことはないということをうたっています。ポイントは「危険がない」だけで「百戦百勝」とは言っていないところです。敵と味方を知ることが、ビジネスにおけるスタート地点ということではないでしょうか。

将とは、智・信・仁・勇・厳なり。

(将軍とは、知謀、信義、仁慈、勇気、威厳などの器量を備える者である)

将軍に必要な素養は、知力、部下からの信頼、部下を思いやる心、勇気、部下から恐れられる威厳、この5つであると孫子は説いています。これは現代のリーダーにおいてもそのまま当てはまる条件です。「知力だけでなく勇気(実行力)が必要」「部下から恐れられるだけではなく、信頼が必要」。5つをバランスよく備えるリーダーでありたいものです。

ここで紹介したのはごく一部に過ぎません。これ以外にも、『孫子』はさまざまなヒントに満ちあふれています。ビジネスマン向けに書かれた『孫子』の解説書も多く出版されています。1冊手に取って、2500年間色あせないエッセンスを吸収してみてはいかがでしょうか。(提供:Wealth Lounge

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