ビジネスモデル―異業種にも足しげく通い研究し、顧客志向に徹する

温泉道場がメインに行っているのは、既存の温浴施設をリノベーションして再生する事業。既存の温浴施設を買い取る、運営を引き受ける形なので、設計の検討が必要な新築物件よりも開業時期を早め、ひいては投資の回収時期を早めることができる。

さらに、浴場以外のスペースに資金を集中したリノベーションというのも、他社との差別化になっている。

通常、既存の温浴施設を改装する場合は、まず浴場を新しくすることを考えるのが温浴業界の常識になっている。入浴を主目的にする温浴施設で「お風呂の数や種類を増やしたい」というのは経営者として当然の心理だが、浴場の改装工事には大きな投資が必要で、回収するまで10年以上かかることも珍しくない。

投資回収に時間がかかればそれは、企業にとってのリスクとなる。

例えば、せっかく浴場を造り直して改装オープンしても、近くに似たようなコンセプトの競合が新規オープンして顧客を奪われた場合、投資分を回収し切っていないので、差別化のためにまた設備投資するのは難しい。

一方、温泉道場は、浴場や設備の豪華さではなく、施設作りも含めた全体のコンセプト、そして共有スペースにおける居心地の良さにこだわることで、他社との差別化を図っている。改装するのも浴場以外のスペースで、浴場の工事ほど投資は大きくないため、早ければ3、4年で投資回収でき、それ以降は利益が積み上がっていくばかり。たとえ競合が近くにできても再投資する体力があるので、すぐにリブランディングで対抗できる。

温泉道場のもう1つ秀逸なポイントは、若い世代をメインターゲットとした点だ。若い世代はおしゃれなカフェのスイーツに、納得して1000円でも支払う。そんな世代をターゲットに、カフェに行くよりもより価値が高く、1日中いることができる場所を作ることができれば、満足度を最大化しながら客単価を上げることができる。

例えば「おふろcafé utatane」は、20、30代の女性がメインターゲット。若い女性を満足させるため、同社は環境作りを徹底した。適度におしゃれな施設内。共用スペースは本当にくつろげるレイアウトにこだわり照明や家具なども厳選。何度も足を運んでもらうためには、「どこにでもある家具」では不十分だからだ。さらに、充実したメニューをそろえたダイニングやエステスペース、宿泊施設なども併設している。

環境作りと並行して、メディア戦略にも力を入れた。環境を整えただけでは、新しいターゲットの若い女性にまで情報が届かないからだ。

そこで、SNSを含めたメディア戦略を進めた。地道な活動が実を結び、メインターゲットに情報が届くようになると、瞬く間に事業は軌道に乗り始めた。

さらに、施設内での「おふろ屋らしくない」各種イベントを定期的に開催することでメディアへの露出機会が増え、遠方の顧客、ひいては売上を伸ばしていった。

現在もメディアへの働きかけは続いているが、すでに他社が太刀打ちできないほど露出頻度は高く、「若い女性が行くおふろcafé」というイメージが定着した。

資金力がある競合ならおふろcafé と似た店舗は作れるだろう。しかし、メディア戦略で確立したブランド力は決して模倣できない。

おふろcafé が生まれた背景には、徹底した顧客志向がある。代表の山﨑寿樹氏はこれまでに数千もの温浴施設に足を運んできたが、ユニークなのは異業種にも足しげく通っていること。旅館やカフェ、レジャー施設など、様々な場所に実際に足を運ぶ。そうやって現場を見て感じたことを、施設への長時間滞在、若年層へのアプローチに生かし、形となったものがおふろcafé であった。

歩んできた道―ご縁からスタートするものの地道な努力が奏功する

代表取締役社長・山﨑寿樹氏は、同社創業の前、船井総合研究所で温浴施設のコンサルティングに携わっていた。もともとはIT関連に手を出そうと思っていたが、温浴業界にかかわってきたこと、コンサルタント時代に付き合いのあった地元埼玉の温浴施設オーナーから経営引き継ぎの打診を受けたことがきっかけで同業界での創業を果たす。

創業は2011年3月9日。「玉川温泉」「白寿の湯」の2つを引き継ぐと、創業のわずか2日後に東日本大震災があり、「白寿の湯」で温泉が出なくなって2カ月間売上4割減、などの大きなハプニングに見舞われ、苦難のスタートを切ることとなる。

この2店舗は、投資しないまま黒字化を実現。その後「玉川温泉」の成功を受けて温浴施設の再生案件が持ち込まれるようになる。

創業時から山﨑氏は、新しい業態やブランドを立ち上げたいと考えており、その第1号店となったのが2013年「おふろcafé utatane」のオープンである。近隣に競合がひしめく激戦区で、「カフェとおふろの融合」という切り口で顧客を呼んだ。

その後、温浴業界の様々な店舗を見た結果「のんびりくつろげるスペースがない」と気づき、くつろげる共用スペースに力を入れることを思いついた。

当初はメインターゲットの若い世代に情報が届かず苦戦したが、各種イベントへの参加、大学に割引券を置かせてもらうなどのアプローチを試みながら、既存施設と違ってのんびり1日すごせる空間という使い方提案を動画やポスターでアピール。地道な活動により9カ月で黒字に転じ、2年半で投資回収という異例のスピードを実現する。

「utatane」の人気が話題を呼んで一気にメジャーになり、その後、2016年1月に京和風をテーマとした静岡のFC店「おふろcafé bijinyu」が、2016年9月にはグランピングをテーマにした「おふろcafé bivouac」がオープン。その1カ月後には「糀」をテーマに白寿の湯を「おふろcafé 白寿の湯」としてリブランディング。

2017年には現代の芝居小屋をコンセプトとして大衆演劇をプラスした「四日市温泉 おふろcafé 湯守座」をオープン、そして2019年にはFC店舗として、北海道芦別市の「芦別温泉スターライトホテル」、滋賀県大津市の「ニューびわこ健康サマーランド&ホテル」がおふろcafé としてリニューアルオープン予定と、おふろcaféの輪は全国に広まっている。

収益性―戦略にぶれがなく、顧客を創造することで高収益を実現

温泉道場の収益性の特徴は、店舗あたりの利益率が高いことにある。

温浴事業は、利用客が増えたからといってそれに連動して人件費や水道光熱費が上がることはない。収支ラインを越えればあとは、集客すればするほど、売上を上げれば上げるほど利益率がどんどん上がっていく構造だ。

言い換えれば、成長著しい温泉道場は、圧倒的に高い生産性を実現できているわけだが、その背景には、高い収益を生み出す共用部分への資金集中があると考えられる。

次に、温泉道場が営む事業単位で収益性を見てみる。

手がける事業は年々幅広くなり、なかには温浴業界と違った分野にも進出しているが、収益をあげているコア事業は、直営する温浴施設の運営と、フランチャイズ(FC)事業の2本柱だ。

FCについては、開業支援や販売促進支援などのサポートを提供する代わりに、加盟店から加入金とロイヤルティを受け取るという形なので、加盟店を増やすほど収益はアップしていくことになる。

メディア露出の多い「おふろcafé」のブランド力によってFCの申し込み件数は増えているものの、単なる名義貸しではなく、きちんと業績を伸ばせる計算が立つ店舗のプロデュースでなければ受けないというスタンスをとっている。

もう一方の直営店運営については、収益として重要になっているのが、ターゲット顧客をシニア以外に設定したことだ。

長期滞在型の娯楽施設という視点から、「長時間滞在するうちに飲食やお土産物などでお金を落とすから収益性が高いのだろう」と考えるかもしれない。たしかに、長時間滞在するなかで消費活動が生まれるのは間違いないが、もっと重要な視点はお金を落とす顧客を呼ぶことができている点にある。

シニア世代は5時間、6時間滞在してもあまりお金を使わないが、都心のカフェに行くような顧客層なら、丸1日満喫できるレジャー施設で数千円を使うことに抵抗はないだろう。そうした顧客に来てもらえていることが、温泉道場の成功のカギだ。

顧客ターゲットが違うため、近隣の競合とバッティングしないのも利点。近場の競合から高齢者顧客のシェアを奪うという発想ではなく、カフェや百貨店に行くような顧客層を新たに付加するイメージで顧客数を増やし、業績を伸ばしている。

この企業から学ぶこと

●顧客視線での価値の最大化を徹底することのすごさ

経営的な観点からみると、設備産業でありながらこれだけの短期投資回収を実現できていることが何よりも温泉道場の優れた点であるといえます。

それを実現しているのが「超」がつくほどメリハリの効いた投資。

リニューアルで「手をかけない」場所を作ることは、言葉にするのは簡単ですが、なかなかできることではありません。それを顧客目線で捉えて必要な箇所の価値を最大化するという、極めてシンプルなことをやり切っているというのが、特筆すべきポイントなのです。

同社の代名詞でもある「おふろcafé」においては、前述のとおり「お風呂にカフェ」ではなく「カフェにお風呂が付いている」という発想でブランディングされています。この主従関係の逆転は大きな違いを生み出しています。

一番の違いはターゲット。従来のように高齢者ではなく、おしゃれなカフェに足を運ぶ女性をターゲットとすれば、自ずとコンセプトから施設作りや販促設計まですべて連動して変わり、出来上がるビジネスモデルは大きく異なってくるのです。

さらに、細部へのこだわりも、他社との差を作る要因になっています。施設作りにおいても、導線、照度、家具など、一つひとつが「長時間滞在」実現のために細かく設計されています。

販促においても、単にフェイスブックやインスタグラムを活用するというわけではありません。そこに使用する写真1枚、企画1つにも、より素敵に見え、より面白く、より拡散しやすいものが展開されています。

こうした、様々な取り組みを支えるのは、何といっても人材の力。そしてその人材を育てるための取り組みも様々な角度から実施されています。

リーダーとしての力を身に付けるための研修やチャレンジ制度、そしてチャレンジを実現しやすくするための会社の風土づくり。まさに、「道場」としての企業の体制整備が意識されており、その人材の力に支えられて成長が実現されているのです。

執筆:ライフスタイル支援部 部長 前田 亮

企業プロフィール 株式会社 温泉道場
業務内容: 温泉施設の事業再生・リノベーション、運営、地域資源の掘り起こし、事業化。バスを活用した観光旅行業務など
所在地:埼玉県比企郡ときがわ町 創業:2011 年
代表者:山﨑寿樹
資本金:5000 万円(グループ連結1 億1000 万円)
従業員数:264 名(連結337 名) 2019 年4 月時点

このビジネスモデルがすごい!
株式会社 船井総合研究所
お客様の業績を向上させ、社会的価値の高い「グレートカンパニー」を多く創造することをミッションとする。中堅・中小企業を対象に、日本最大級の専門家を擁し、業種・テーマ別に「月次支援」「経営研究会」を両輪で実施する独自の支援スタイルをとる。その現場に密着し、経営者に寄り添った実践的コンサルティング活動は様々な業種・業界経営者から高い評価を得ている。
一般財団法人 船井財団
故舩井幸雄が使命感を持って取り組んでいた「よい企業をたくさん創り、よりよい世の中にしよう」という遺志を後世に残すべく設立された経営コンサルタントとして多くの企業経営者へ経営のアドバイスをする中で、企業の本来の目的は社会性、教育性、収益性の3つに行きつくという考えに至った舩井幸雄の理念を継承し、規範となるよい企業を見つけだし、賞賛していくことを目的にグレートカンパニーアワードを開催している。
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