遺留分の放棄をさせたい、またはしたいと考えているが、どうすれば良いのか。また、そもそも遺留分の放棄ができるのか。そのようなお悩みをお持ちではないでしょうか。
ここでは、遺留分放棄が認められる具体的な判断基準と、さらに実際に遺留分放棄を行う際の手続方法について解説しています。
遺留分の放棄は、遺留分を有する本人が放棄したいと言えば自由に放棄できると思われがちですが、実はそうではありません。
本人が放棄したいと言っても、家庭裁判所が認めなければ遺留分の放棄はできないことになっています。それは、実際は放棄したくないのに、両親に無理やり放棄をさせられるといった事態を避けるためです。
1.遺留分放棄とは?
遺留分とは、最低限保障されている相続人が相続財産を取得する権利のことを言います。
例えば、父が亡くなって相続人が母と長男、長女の3名だったとします。通常であれば、法定相続分は母が2分の1、長男と長女がそれぞれ4分の1です。
ただ、父が生前にすべての財産を愛人に渡すと遺言書に書いて亡くなったらどうでしょうか。残された家族が生活できる資力を失ってしまう可能性もあります。
そこで法律で、相続人が最低限相続財産を取得する権利である遺留分を認めています。この事例では、母が4分の1、長男と長女はそれぞれ8分の1の遺留分が認められています。
そして、この遺留分を放棄することを遺留分放棄と言います。
通常、遺留分の放棄は、財産を所有する方の意思で、遺留分を持っている相続人に「遺留分の放棄をさせる」といったことが想定されます。
例えば、自分には妻と長男がいるとします。自分の死後は、すべての財産を妻に与えたいと思い、遺言書を書きます。但し、長男にも遺留分という権利がありますので、このままでは自分の死後、長男が妻に「自分の遺留分をよこせ」と主張するかもしれません。
そういった事態を避けるために、自分の生前に長男に遺留分を放棄させたいといった要望が生まれることもあるでしょう。
2.生前の遺留分放棄は家庭裁判所の許可が必要
財産を渡す側の者が生存している状況で、財産をもらう側の者が遺留分を放棄するためには家庭裁判所の許可が必要となります。渡す側ともらう側の双方が納得すれば良いのではと思いがちですが、そうではありません。
法律で守られた遺留分という権利の放棄を無制限に認めてしまうと、財産を残す側や他の相続人の強要が行われるという恐れがあるためです。
そのようなことがないように、遺留分の放棄を行う場合には、どのような事情があって、その事情が正当かどうかということを家庭裁判所がきちんと審査することになっています。
2-1.遺留分放棄に関する家庭裁判所の判断基準
家庭裁判所が遺留分放棄の許可をする基準は以下の3つです。これらの3つの基準を全て満たしている必要があります。
(1)遺留分の放棄が本人の自由意志に基づくものであること(2)遺留分放棄に合理的な理由と必要性があること(3)遺留分放棄の“見返り”があること
これらの基準について詳しく解説をしていきます。
(1)遺留分の放棄が本人の自由意志に基づくものであること
遺留分の放棄が、遺留分の放棄をする本人の意思で行われることが前提条件となります。
そのため、遺留分放棄の手続は遺留分を放棄する本人が自身で行う必要があります。
ただ、強要されて本人が申請手続きを行っている可能性を裁判所が見抜くすべがありませんので、この前提条件に加えて、次の(2)や(3)の形式的な要件も満たしている必要があります。
(2)遺留分放棄に合理的な理由と必要性があること
遺留分放棄を行うこと自体に合理的な理由と必要性があることが条件となります。
合理的な理由と必要性については、画一的な基準はありませんが、例えば以下のようなことが考えられます。
- 相続人は長男と次男。長男には生前に十分に経済的な援助を行ったので、遺産についてはすべて次男にあげたい。ただ、遺言書にそのように書いても自分の死後、長男が次男に遺留分の請求を行えば争い事の火種になってしまう。そうならないために、長男には自分の生前に遺留分の放棄を行ってもらいたい。
一方で、合理的な理由と必要性が認められない事例としては、以下のようなことが考えられます。
- 相続人は長男と次男。自分は長男が人間的に嫌い。なので、全財産を次男に与えたいので、自分の目が黒いうちに長男に遺留分の放棄をさせたい。
- 相続人は長男と次男。長男は良い職業につき、収入も安定している。一方次男は、無職で将来が不安。なので、次男により多くの財産を与えるために長男に遺留分の放棄をさせたい。
遺留分の放棄は、相続人に認められた法律の権利ですので、いわゆる「親心」のような気持ちの問題を理由に家庭裁判所の許可がおりることはありません。
また、「合理的な理由と必要性」と相関してきますが、次項で解説します「経済的な見返り」も遺留分放棄が認められる重要な基準となります。
(3)遺留分放棄の“見返り”があること
遺留分放棄が認めらえる基準として最も重要なものとして、遺留分放棄の“見返り”があることです。
この“見返り”は、経済的な価値に見積もったうえで遺留分の価値に相当するものである必要があります。
【遺留分放棄についての“見返り”の例示】・遺留分に見合うだけの十分な経済的な援助を既に受けている・遺留分放棄を行うにあたって経済的な見返りを受けとる
例えば、遺産が8,000万円、長男の遺留分割合が8分の1だとすると、遺留分の経済的な価値は1,000万円ということになりますので、1,000万円相当分の何らかの“見返り”を長男が取得する必要があるということになります。
こういった理由での遺留分放棄は認められない!
- 個人の資産を充分に持っているのでいらない
- 親から結婚の承諾を得るための交換条件での遺留分の放棄
- 遺留分放棄の対価を支払うことの約束が「口約束のみ」の場合
遺留分放棄の“見返り”については、経済的な価値のあるものに限られますので、例えば、「結婚の承諾の交換条件」のような“見返り”は認められません。
また、さらにその“見返り”を渡す方法についても気を付ける必要があります。原則は、遺留分放棄をする前に“見返り”を渡すか、もしくは“遺留分放棄”と同時に行う必要があります。
2-2.遺留分放棄の撤回や取り消しは“原則”できない
一度、遺留分の放棄を行うとその撤回や取り消しは原則としてできません。
但し、例外的な場合に遺留分放棄の撤回・取り消しが認められることもあります。撤回や取り消しを行おうとする合理的な理由がある場合です。合理的な理由とは、遺留分放棄の意思決定を行う上での重要な前提条件が変わった場合などです。
例えば、次のような場合が考えられます。家族は、父(母は既に他界)、長男、長女で、父から長男に家業を継がせたいので長女は遺留分を放棄してほしいと言われ、放棄をしたとします。その後、事情が変わって長男が家業をつがないことになったとします。この場合は、重要な前提条件が変わったと認められるようです。
ただ、この遺留分放棄や取り消しを行う際には、家庭裁判所の許可が必ず必要になります。家庭裁判所は、個々のケースごとに個別具体的に検討を行いますので、上記の例示と類似ケースだからといって必ずしも認められるとは限りませんのでご注意ください。
3.死後の遺留分放棄は家庭裁判所の許可は不要
生前の遺留分放棄については、家庭裁判所の許可が必要と解説してきましたが、死後(相続発生後)の遺留分放棄は特に家庭裁判所の許可は必要ありません。
財産をもらう相続人の自由意志で、「いらない」と言って放棄することが可能です。もっと言えば、「いらない」と言うまでもなく、遺留分という権利は権利を持つものが請求しなければ発生しない権利ですので、何も言わなければ自然と遺留分を放棄したことになります。
少し複雑ですので事例でご説明します。
- 被相続人は父(母は既に他界)、相続人は長男、長女で、父は生前にすべての財産を長女に譲るという遺言書を残して亡くなった。 この状態で、長男は全財産の1/4の遺留分という権利を持っていますので、長女に対して1/4の財産をよこせと請求を行うことができます。 これを遺留分減殺請求と言います。 この遺留分の減殺請求は、相続開始より1年後に自動的に消滅しますので、長男が1年間何もしなければ、長男の遺留分は自動的に放棄されたことになります。
4.遺留分放棄の具体的な手続きの方法
遺留分の放棄は、遺留分を有する相続人が自身で家庭裁判所に対して手続きを行う必要があります。
以下に概要を記載しますが、遺留分放棄の申し立ての手続自体はさほど難しいものではありません。記載が必要な申立書も家庭裁判所に記載例がありますので、ご自身で記載が可能です。
ただ、それでも手続きが面倒や分からないといった場合には司法書士や弁護士に手続きの代行を依頼することも可能です。
なお、添付書類として必要なものは、「被相続人の戸籍謄本(全部事項証明書)」及び「相続人の戸籍謄本(全部事項証明書)」がそれぞれ1通です。
また、家庭裁判所に申請してから実際に放棄ができるまでに要する期間については、家庭裁判所の込み具合等によっても変わってきますので、家庭裁判所に直接問い合わせてみましょう。
5.まとめ
遺留分放棄が認められる具体的な判断基準と、さらに実際に遺留分放棄を行う際の手続方法について解説してきました。遺留分放棄の手続自体は、専門家に依頼せずともご自身で行うことが可能です。
ただ、そもそも遺留分放棄ができるのか、した方がいいのかなど、その前段階で迷われた場合には専門家に相談されるのが良いでしょう。相談する専門家としては相続に強い司法書士かもしくは相続に強い弁護士となります。(提供:税理士が教える相続税の知識)