持続化給付金や雇用調整助成金から業態転換支援や就業支援シフトが必要

契約社員,無期雇用転換
(画像=leungchopan/Shutterstock.com)

要旨

● 家計の雇用・所得環境はこれから悪影響が本格化する。4-6月期時点では前年比で20万人台しか増えていない失業者数が、10-12月期あたりには前年比で+100万人以上増加する可能性がある。肝心な基本給については、今年度の企業業績が反映される来年の春闘でコロナショックの影響が織り込まれることから、家計の所得環境の悪化はこれからが本番。

● 世界大恐慌以来のショックにより民間部門の過剰貯蓄が深刻化する中で、資金需給で決まる中立金利が過度に下がり、金融政策の効果が発揮しにくくなっている。したがって、むしろ流動性のわなから脱して金融政策が十分機能するまでは、財政規律を棚上げした賢い支出により経済を正常化させることが最優先。

● 今後の政府の政策としては、コロナ前の経済構造を支える政策から、非接触化に伴い逆に伸びる分野に業態転換を促すような規制緩和や支援へのシフトが求められる。雇用政策面では、既存企業に雇用を維持する政策から、デジタルスキル習得のための無償職業訓練の拡充や、訓練期間中の生活保障、中小企業等における実習型雇用・雇い入れ等への助成、長期失業者などの就業支援といった失業者に対する就業支援へのシフトが求められよう。

● GoToキャンペーンについても再考の余地があろう。参考になるのがイギリスの期限付き付加価値減税である。イギリスでは、7月15日からの約半年間、飲食や宿泊、娯楽業界に限定して付加価値税率を20%から5%に引き下げている。これは、どちらかというと消費者よりも企業向けの減税という見方もあるが、GoToキャンペーンよりもシンプルで公平性も高い。

● 欧州を中心に多くの国が期限付き付加価値減税を実施しており、コロナショックのような危機時には、付加価値減税が理にかなった政策の一つとして位置づけられている。日本では、消費税率5%から10%まで引き上げたことによる税収年13兆円のうち5兆円以上は社会保障と紐づいておらず、政府債務の返済に回っている。したがって、例えば社会保障財政に影響を及ぼさない年5兆円強の範囲内で、効果的なワクチンが実用化されるまでの期限付きで消費減税というのも検討に値する。

(*)本稿はダイヤモンドオンへの寄稿を基に作成。

企業活動や雇用への影響

経済成長率はリーマンショックより大きく落ち込んだが、企業活動への影響としては、今のところ政府・日銀の大規模な資金繰り支援策などにより、マクロ的にはリーマンショックほど深刻な状況には至っていない。

実際、リーマンショック後の倒産件数は月平均1300件ペースで推移したが、コロナショック後は今のところその約半分の700件ペースである。また、企業業績についても、カネの流れが止まったリーマンショック後は軒並み企業業績が下方修正となったが、コロナショック後は、リーマンほど金融が痛んでいない一方で、ウィルス感染に伴う生活様式の変化を余儀なくされていることから、一部上場企業でも6割以上が減収減益の一方で、むしろコロナショックに伴うデジタル化や巣籠などを追い風に増収増益の企業も一割以上存在する。そして、こうした状況は日銀短観の業況判断指数がリーマンショック後をまだ下回っていないことと整合的である。

これから本格化する雇用・所得環境悪化
(画像=第一生命経済研究所)

ただ、家計の雇用・所得環境はこれから悪影響が本格化することには注意が必要だ。というのも、日本のオークンの法則、すなわちGDPと失業者の関係を見ると、GDPの悪化に2四半期遅れて失業者が増える関係があることがわかる。したがって、こうした経験則に基づけば、4-6月期時点では前年比で20万人台しか増えていない失業者数が、10-12月期あたりには前年比で+100万人以上増加する可能性がある。

また、賃金に至っては、すでに残業代の減少や業績悪化に伴うボーナス削減などの影響が出始めているが、肝心な基本給については、今年度の企業業績が反映される来年の春闘でコロナショックの影響が織り込まれることから、家計の所得環境の悪化はこれからが本番と言えよう。

これから本格化する雇用・所得環境悪化
(画像=第一生命経済研究所)

政府債務の行方

こうした中、政府も事業規模で200兆円を上回るコロナ対策を打ち出している。このため、7月末に内閣府から公表された「中長期の経済財政の関する試算」でも、ベースラインケースの公的債務残高は昨年度末の1064兆円から今年度末は1147兆円となり、約83兆円増える見通しとなっている。

これから本格化する雇用・所得環境悪化
(画像=第一生命経済研究所)

こうしたことから、政府債務の膨張を懸念する向きもある。しかし、世界大恐慌以来のショックにより民間部門の過剰貯蓄が深刻化する中で、資金需給で決まる中立金利が過度に下がり、金融政策の効果が発揮しにくくなっている。したがって、むしろ流動性のわなから脱して金融政策が十分機能するまでは、財政規律を棚上げした賢い支出により経済を正常化させることが最優先である。

ただ、これまでの雇用調整助成金の延長や無利子・無担保融資などコロナ前を持続する政策には限界があろう。というのも、今回のコロナショックを受けて、仮にワクチンの普及や治療法の確立などによりコロナに対する恐怖心が払しょくされたとしても、リモート化の進展などにより、移動や人の接触を伴う需要が元に戻ることはあり得ない。

このため、今後の政府の政策としては、コロナ前の経済構造を支える政策から、例えば産業政策面では、非接触化に伴い逆に伸びる分野に業態転換を促すような規制緩和や支援へのシフトが求められよう。

また、雇用政策面では、既存企業に雇用を維持する政策から、リーマン後にも実施されたようなデジタルスキル習得のための無償職業訓練の拡充や、訓練期間中の生活保障、中小企業等における実習型雇用・雇い入れ等への助成、長期失業者などの就業支援といった失業者に対する就業支援へのシフトが求められよう。

期限付き消費減税も検討に値

こうした中、GoToキャンペーンについても再考の余地があろう。中でも、最も予算規模の大きい「GoToトラベル」から東京を除外し、実施を前倒ししたことは、経済的にも大きなマイナスになった可能性がある。というのも、そもそも国内個人消費の14%以上を占める東京を除外したことによる物理的なマイナスに加え、GoToトラベルに関係なく予定されていた東京発着旅行の自粛圧力を強めたからである。

さらに、「イート」や「イベント」「商店街」も含め、感染者が拡大している状況では、どのような形で需要を喚起しようとしても、消費マインドを高めることには無理があろう。したがって、こうした需要喚起策の望ましいタイミングとしては、感染者数が拡大しておらず、かつ需要を平準化すべく夏休みのような繁忙期ではなく閑散期にスタートすべきである。また、GoToトラベルの登録をした宿泊施設が全体の3割程度に留まっていることや、割引率が高いがゆえに、恩恵が高級宿泊施設に集中してしまうといった問題も出ている。

こうした中、参考になるのがイギリスの期限付き付加価値減税である。イギリスでは、7月15日からの約半年間、飲食や宿泊、娯楽業界に限定して付加価値税率を20%から5%に引き下げている。これは、どちらかというと消費者よりも企業向けの減税という見方もあるが、GoToキャンペーンよりもシンプルで公平性も高い。

またドイツでは、業界を限定せずに7月1日から年末までの半年間、標準税率を19%から16%、食料品等を対象にした軽減税率分を7%から5%へと、付加価値税率の引き下げを実施している。

このように、欧州を中心に多くの国が期限付き付加価値減税を実施しており、コロナショックのような危機時には、付加価値減税が理にかなった政策の一つとして位置づけられていると言えよう。

これから本格化する雇用・所得環境悪化
(画像=第一生命経済研究所)

これに対して日本では、消費税は社会保障に紐づいているため減税はできないとの向きもある。しかし、消費税率5%から10%まで引き上げたことによる税収年13兆円のうち5 兆円以上は社会保障と紐づいておらず、政府債務の返済に回っている。一方で、日本が消費税率を変更する場合は法改正が必要なためハードルが高いとか、税率を戻すときに経済への影響が大きいと反対する向きもある。しかし先述の通り、今回のコロナショックはリーマンショックのように金融が痛んでいるわけでもなく、東日本大震災のように供給力が毀損されているわけでもないため、例えばワクチン・特効薬普及などによりコロナに対する恐怖心さえ軽減できれば、需要が早期に戻る可能性が高い。

したがって、例えば社会保障財政に影響を及ぼさない年5兆円強の範囲内で、効果的なワクチンが実用化されるまでの期限付きで消費減税というのも検討に値するのではないだろうか。(提供:第一生命経済研究所

これから本格化する雇用・所得環境悪化
(画像=第一生命経済研究所)

第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部
首席エコノミスト 永濱 利廣