要旨
- 政府は5月31日までとしていた9都道府県に対する緊急事態宣言地域を延長する方向で調整に入った。最有力は6月20日までが期限の沖縄県と期間をそろえる案とのことである。
- 緊急事態宣言に伴う9都道府県の消費押し下げ圧力を第一回目の緊急事態宣言の2/3程度と仮定すれば、マクロの個人消費押し下げ効果としては延長前の▲1.2兆円に延長20日間の▲6,616億円が加わり、トータルで約▲1.9兆円程度に拡大すると試算される。GDPの減少額は延長前の▲1.0兆円に▲5,655億円が加わり、トータルで▲1.6兆円程度に拡大すると計算される。これは2021年4-6月期のGDPを▲1.2%程度押し下げることになり、年率換算では▲5%近く押し下げる計算になる。さすがに内需がここまで押し下げとなれば、2021年4-6月期は2四半期マイナス成長になる可能性が高まったと言わざるを得ない。
- 一方、3か月後の失業者の増加規模はこれまでの+5.8万人に+3.2万人が加わり、トータルで+9.0万人程度に拡大すると試算される。しかし、延長された雇用調整助成金の特例措置が7月以降に縮小されることになっている。雇用環境の悪化が夏場にかけて顕在化する可能性があることからすれば、状況次第では再延長も必要になってくる。
- 今年1-3月期時点で完全失業率は2.8%に低下したが、男性3.0%に低下したのに対して女性が2.6%と上昇している。さらに、就業していてももっと働きたいと考えている人や、非労働力人口の中でも働きたいと考えている人も存在する。そうした人達もカウントした未活用労働指標LU4は今年1-3月期時点で7.4%まで上昇しており、男女別では男性が6.1%までの上昇にとどまっているのに対して女性が9.1%の水準まで上昇している。
- この理由としては、非労働力人口の中でも働きたいと考えていても、就業環境の厳しさや感染を恐れて求職活動していない人たちが失業者としてカウントされていないこと加えて、女性の割合が高い非正規労働者を中心にもっと働きたいと考えている人が多数存在すること等が推察される。景気が良くないわりに失業率が低く抑えられているからと言って、楽観視できないということは未活用労働指標からも明らか。
はじめに
新型コロナウィルスの変異株が猛威を奮う中、政府は9都道府県に発令している今月31日までの期限を延長する方向で調整に入ったとされている。そして延長幅については、6月20日までが期限の沖縄県と期間をそろえる案が浮上しているとのことである。
仮に延長となった場合、経済活動の抑制圧力が拡大することは避けられないだろう。そして、これまでの緊急事態宣言により、発出時の経済が大きく悪化していることからすれば、期間延長で悪影響が拡大することは確実だろう。
6月20日まで延長で個人消費計▲1.9兆円
過去の緊急事態宣言発出に伴う外出自粛強化により、最も悪影響を受けたのが個人消費である。そして、実際に過去のGDPにおける個人消費と消費総合指数に基づけば、2020年4~5月にかけての個人消費は、緊急事態宣言がなかった場合を想定すれば、▲4.4兆円程度下振れしたと試算される。
また、2021年1月以降の緊急事態宣言の影響は、同様に推計すると、第一回目の1/5程度の▲0.9兆円程度だったことが推察される。なお、第1回目が全国に対して48日間の発出だったのに対して、第2回目が全国の個人消費の約6割を占める地域に73日間の発出だったことを勘案すれば、発出地域に限定した期間あたりの影響としては、第1回目の22.3%程度だったと予想される。
これは、同じ緊急事態宣言発出でも、時短要請に限った場合よりも、第1回目のような休業要請まで発出した方が、単位当たりの影響が1/0.223=4.5倍程度の影響が生じたことが推察される。
そこで、追加となった沖縄に加えて9都道府県の緊急事態宣言が6月20日まで延長された場合の影響を試算し直すべく、直近2017年の県民経済計算を基に家計消費の全国に占める発出地域の割合を算出すると、これまでの東京都14.4%+京都府2.1%+大阪府7.2%+兵庫県4.2%+愛知6.2%+福岡3.7%+北海道3.9%+岡山1.4%+広島2.1%=45.1%に沖縄の0.9%が加わり、トータルで46.0%となる。
ただ、政府は延長後の経済への影響も考慮し、百貨店やショッピングセンター等の大規模施設への休業要請や、イベントやスポーツを原則、無観客とする措置は緩和している。このため、緊急事態宣言に伴う10都道府県の消費押し下げ圧力を第一回目の緊急事態宣言の2/3程度と仮定すれば、マクロの個人消費押し下げ効果としては延長前の▲1.2兆円に延長期間20日間の▲6,616億円が加わり、トータルで約▲1.9兆円程度に拡大すると試算される。
しかし、家計消費には輸入品も含まれていることからすれば、そのまま家計消費の減少がGDPの減少にはつながらない。事実、最新となる総務省の2015年版産業連関表によれば、民間消費が1単位増加したときに粗付加価値がどれだけ誘発されるかを示す付加価値誘発係数は約0.85程度となっている。そこで、この付加価値誘発係数に基づけば、GDPの減少額は延長前の▲1.0兆円に▲5,655億円が加わり、トータルで▲1.6兆円程度に拡大すると計算される。
これは2021年4-6月期のGDPを▲1.2%程度押し下げることになり、年率換算では▲5%近く押し下げる計算になる。一方で外需は好調だが、さすがに内需がここまで押し下げとなれば、8月に公表される2021年4-6月期は2四半期マイナス成長になる可能性が高まると言わざるを得ないだろう。
また、近年のGDPと失業者数との関係に基づけば、実質GDPが兆円減ると1四半期後の失業者数が+5.5万人以上増える関係がある。従って、この関係に基づけば、3道県の緊急事態宣言が16日間追加されれば、それに伴う3か月後の失業者の増加規模はこれまでの+5.8万人に+3.2万人が加わり、トータルで+9.0万人程度に拡大すると試算される。
求められる雇用への対応
このように、9都道府県に対して20日間程度の延長でも、緊急事態宣言延長伴う雇用環境への悪影響は無視できないと言えよう。そこで気になるのが雇用対策である。現時点で打ち出されている支援としては、雇用調整助成金の特例措置が緊急事態宣言発出地域でも7月以降に縮小されることになっている。しかし、雇用環境の悪化はGDPの悪化に遅れて顕在化する傾向があることからすれば、状況次第では再延長も必要になってくるだろう。
また、最も代表的な雇用環境を示す指標に完全失業率があるが、真の失業率ともいわれる未活用労働指標はさらに悪化していることには注意が必要だろう。
というのも、完全失業率は就業者と完全失業者を合わせた労働力人口に占める完全失業者の割合を示したものだが、直近の四半期データに基づけば、今年1-3月期時点で2.8%に低下している。しかし男女別で見れば、男性3.0%に低下しているが、女性は逆に2.6%に上昇しており、女性の方で雇用環境が悪化していることになる。
さらに、就業していてももっと働きたいと考えている人や、非労働力人口の中でも働きたいと考えている人も存在するが、そうした人たちは完全失業者にはカウントされていない。このため、総務省は平成30年からこうした状況を加味した真の失業率ともいえる「未活用労働指標」を集計して公表している。そして、中でも最も範囲を広げた未活用労働指標LU4(=「労働力人口+潜在労働力人口」に占める「失業者+追加就労希望者+潜在労働力人口」の割合)を見ると、今年1-3月期時点で7.4%まで上昇しており、特に男女別では男性が6.1%の水準にとどまっているのに対し、女性が9.1%の水準まで上昇していることがわかる。
この理由としては、非労働力人口の中でも働きたいと考えていても、就業環境の厳しさや感染を恐れて求職活動していない人たちが失業者としてカウントされていないこと加えて、女性の割合が高い非正規労働者を中心にもっと働きたいと考えている人が多数存在すること等が推察される。したがって、景気が良くない割りに失業率が低く抑えられているからと言って、楽観視できないということは未活用労働指標からも明らかである。
以上の分析に基づけば、仮に緊急事態宣言の期間をさらに延長するようであれば、政府には予備費を有効に活用した柔軟で迅速な政策対応が求められるといえよう。(提供:第一生命経済研究所)
第一生命経済研究所 経済調査部 首席エコノミスト 永濱 利廣