1.はじめに

米国では10月から新会計年度(22年度)がスタートした。もっとも、バイデン政権が実現を目指す成長戦略の審議の遅れに絡んで予算編成作業は難航しており、現在は12月3日を期限とする暫定予算で凌ぐ状況となっている。

バイデン政権が実現を目指す成長戦略のうち、インフラ投資については約5,500億ドル規模の「インフラ投資と雇用法」を上院が8月11日に可決し、下院での採決を待つ状況となっている。

一方、子育て支援や気候変動対策等については、財政調整措置を活用して与党民主党の過半数で3.5兆ドル規模の政策を実現するための予算決議を上下院で8月下旬に可決し、財政調整法(「ビルドバックベター法」)の策定作業が進められている。

もっとも、「ビルドバックベター法」の歳出規模を巡って、過半数を維持するために1人の反対も許されない上院で一部の民主党議員が歳出規模や財源について反対したことから、現在は2兆ドル規模への縮小に向けた法案の見直し作業が続けられており、本稿執筆(10月27日)時点で民主党内の合意は得られていない。

本稿では21年度実績を振り返った後、22年度予算編成の状況と今後の見通しについて論じている。12月の期限まで審議日数が限られる中で議会には歳出法案に加え、米国債のデフォルトを回避する、法定債務上限の処理も求められており、予断を許さない状況が続いている。このため、現状では可能性は低いとみられるものの、当面は連邦政府機関の一部閉鎖やデフォルトリスクが燻ろう。

2.予算編成の動向

(21年度実績)財政赤字は前年度から縮小も、史上2番目の水準

21年度の財政赤字は▲2兆7,720億ドル(前年度:▲3兆1,320億ドル)となり、史上最高となった前年度から▲3,600億ドル縮小したものの、史上2番目の水準となった(図表2)。

連邦政府歳出入実績
(画像=ニッセイ基礎研究所)

歳出入の内訳をみると、歳出が前年度比+4.1%となった一方、歳入が+18.3%と歳出の伸びを大幅に上回った。

歳入では、景気回復に伴い富裕層を中心に所得が増加したことから、個人所得税が前年度比+4,350億ドル(+27.1%)増加したほか、企業収益の増加から法人所得税も前年度比+1,600億ドル(+75.5%)の大幅な増加となった。

歳出は、新型コロナの感染拡大に伴う経済対策の影響を大きく受けた。21年1月と3月に成立した経済対策に盛り込まれた家計への直接給付に伴って還付税額控除が前年度比+3,630億ドル(+87.7%)増加したほか、州・地方政府向けの補助金であるコロナ救済基金が前年度比+940億ドル(+62.9%)の増加となった。一方、中小企業向けの「給与保護プログラム」が前年度から縮小されたことから、中小企業庁向けが前年度比▲2,550億ドル(▲44.1%)と減少したほか、失業給付対象の減少に加え、追加給付を9月6日の期限を待たずに多くの州で打ち切ったことから失業給付が前年度比▲820億ドル(▲17.2%)の減少となった。

一方、財政赤字の名目GDP比は21年度が1▲12.4%(前年度:▲14.9%)と前年度からは低下したものの、新型コロナ流行前(19年度)の▲4.6%、金融危機時(09年度)の▲9.8%も大幅に上回る水準となった(前掲図表1)。

債務残高の名目GDP比は21年度が99.5%(100.1%)と前年度からは低下したものの、新型コロナ流行前の19年度の79.2%からは大幅に増加した。

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1 21年度の名目GDP比の試算では21年7月の議会予算局(CBO)による名目GDPの推計(22兆4,007億ドル)を使用した

(バイデン政権の成長戦略)インフラ投資、育児支援・気候変動対策等の実現を目指す

バイデン政権は政権発足当初、成長戦略としてインフラ投資や介護の拡充などを盛り込んだ2.6兆ドル規模の「米国雇用計画」、子育て、教育支援などを盛り込んだ1.8兆ドル規模の「米国家族計画」の実現を目指していた。このうち、「米国雇用計画」については議会審議の過程で上院超党派議員が研究開発や製造業支援、在宅介護などの分野を外し、インフラ投資の規模を今後5年間に総額約1兆ドル、新規投資分約5,500億ドルに縮小した「インフラ投資と雇用法」を策定した(図表3)。

インフラ投資と雇用法の概要
(画像=ニッセイ基礎研究所)

同法案では財源として新型コロナの経済対策で未使用となった予算も活用して財政均衡するとしているが、議会予算局(CBO)は今後10年間に▲2,561 億ドルの財政赤字を見込んでいる。

同法案は8月11日に上院で可決され、下院に送付された。しかしながら、下院民主党は後述する「ビルドバックベター法」成立後に採決するとしており、本稿執筆時点で採決は行われていない。

一方、民主党は「米国家族計画」に盛り込まれていた子育てや教育支援策に加え、「インフラ投資と雇用法」で除外された気候変動対策、新たにメディケアなどの医療保険制度の拡充を盛り込んだ総額3.5兆ドル規模の投資計画の実現を目指している(図表4)。これらの財源としては企業や富裕層に対する増税などが見込まれている。

投資計画に盛り込まれる主要項目
(画像=ニッセイ基礎研究所)

民主党は、政策実現のために財政調整措置2を活用して単独過半数での法案成立を目指しており、。このために必要な財政調整指示を盛り込んだ22年度の予算決議を8月10日上院で、8月24日に下院で可決させた。

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2 「財政調整法」に基づく審議手法で審議時間が20時間に制限され、上院での訪販は単独過半数で可決することを可能とする。一方、財政調整措置を使うためには財政調整指示を含む予算決議を成立させる必要がある

(予算決議と財政調整法)財政調整指示で最大▲1.75兆ドルの財政赤字拡大を許容

22年度の予算決議には3.5兆ドル規模の投資計画を実現するために、上下院の各小委員会に対して財政赤字の拡大を合計で最大▲1.75兆ドル許容し、9月15日を期限として財政調整法の作成を指示する財政調整指示が盛り込まれた(図表5)。

財政調整指示額
(画像=ニッセイ基礎研究所)

具体的には、下院の13の小委員会と上院の12の小委員会に対して、今後10年間で許容される最大の財政赤字額が明記されている。図表中下院の合計額が1.975兆ドルとなっているが、これは複数の小委員会にまたがる分について一部重複があるためで、これらの重複を除いた合計金額は1.75兆ドルとなる。

なお、下院の歳入委員会と上院の財政委員会に対して、今後10年間でそれぞれ最低10億ドルの財政黒字の拡大を命じている。

財政調整指示を受けて、下院の各小委員会はマークアップを行い、それらを統合した財政調整法(「ビルドバックベター法」を下院予算委員会は9月27日に可決した。

もっとも、「ビルドバックベター法」については民主党上院議員でウエストバージニア州選出のジョー・マンチン議員とアリゾナ州選出のキルステン・シネマ議員が歳出規模や財源としての増税案に反対しているため、当初提案通りに実現するのが困難となっている。これは、上院100議席のうち、民主党が50議席に留まっているため、上院民主党議員の1人でも反対した場合に過半数の賛成で財政調整法を成立させることが不可能となるためだ。

このため、両議員の賛成が得られるように「ビルドバックベター法」は2兆ドル規模へ縮小するための見直し作業が行われており、同法案に盛り込まれたコニュニティーカレッジの授業料無償化などが削除されるほか、同法案に盛り込まれた主要項目の予算規模縮小や計画期間の短縮化などが検討されているようだ。

(暫定予算、法定債務上限)12月3日までの連邦政府機関の閉鎖、米国債デフォルトリスクは回避

前述のように成長戦略の審議が遅れていることもあって、議会は年度開始時点で歳出法案を成立させることができなかった。年度始が近づいていた9月には予算案が合意できずに、19年以来となる連邦政府機関の一部閉鎖の可能性が懸念されていた。議会は漸く9月30日になって暫定予算で合意したため、なんとか政府機関の閉鎖は回避された。

暫定予算では、基本的に20年12月に成立した統合歳出法で決まった21年度の歳出水準を維持する内容となっている(図表6)。また、暫定予算ではこれ以外にも、ハリケーン「アイダ」やカリフォルニア州で発生した山火事などの災害対策費用として286億ドル、アフガニスタン難民の支援として63億ドルの予算も盛り込まれた。

22年度暫定予算
(画像=ニッセイ基礎研究所)

一方、米国では予算編成作業と独立して、連邦政府が発行できる国債の上限額が法律で規定(法定債務上限)されている。7月末に法定債務上限を不適用とする時限立法が期限切れを迎え、8月1日以降の法定債務上限が28.4兆ドルで設定された(図表7)。米財務省は10月18日までに債務上限の不適用または上限額の引き上げで合意できない場合に、最悪のケースでは米国債がデフォルトする可能性を警告していた。議会は10月14日に暫定予算見合いで4,800億ドルの引き上げで合意したことから、連邦債務残高が法定債務上限に抵触して米国債がデフォルトするリスクは12月上旬まで先送りされた形となっている。

法定債務上限および債務残高
(画像=ニッセイ基礎研究所)

(22年度歳出法案)漸く上下院で出揃い、両院が調整へ

通常の予算編成プロセスでは裁量的経費について、4月中旬に予算決議で歳出総額が示された後、12本の歳出法案へ歳出額が割り当てられる。各歳出小委員会はそれらの割り当て金額に従って6月から歳出法案の作成を行う。しかしながら、22年度予算審議では6月時点で予算決議が成立していなかったため、下院歳出委員会が22年度の予算教書で示された1兆5,220億ドルの歳出規模を参考に6月14日に下院独自のみなし予算決議を作成し、各小委員会への歳出額の割り当てを行った(図表8)。

22年度歳出法案比較
(画像=ニッセイ基礎研究所)

一方、上院は8月に3本のみ歳出割り当て額が提示されていたが、10月18日に残りの歳出法案についても割り当て額を提示したため、下院と調整する準備が整った。

もっとも、前述の通り、民主党は「ビルドバックベター法」に盛り込まれた投資計画の見直し作業を行っており、その結果次第では裁量的経費の歳出割り当て額を修正する必要があるため、今後の歳出法案の議会審議の行方は民主党の見直し作業の影響を受ける。

3.今後の見通し

財政調整法、歳出法案などの審議動向は依然不透明。燻る政府閉鎖、米国債デフォルトリスク

12月3日の暫定予算の期限切れまで議会の審議日数は限られている。そのような中、「ビルドバックベター法」の内容について民主党が合意できないことから、財政調整法や歳出法案審議の行方は予断を許さない状況となっている。

また、法定債務上限の再引き上げについて、共和党は財政調整措置を活用して民主党が単独で上限額を引き上げるように要求しており、一切の審議を拒否している。このような状況を受けて、民主党のペロシ下院議長は当初否定的であった財政調整措置を活用する可能性を検討しているようだ。もっとも、財政調整措置を活用して債務上限を引き上げるためには、財政調整指示として債務上限の引き上げ額を明示した予算決議を新たに成立させる必要があり、審議に時間を要することが懸念されている。

一方、22年に予定されている中間選挙を睨んで与野党の対立が先鋭化しているほか、民主党内でも政治的な路線対立から政治の機能不全が顕在化しているため、12月3日までに一連の予算関連法案で議会が合意できる可能性は低いとみられる。このため、議会は12月3日の期限に向けて再び暫定予算や一時的な債務上限引き上げを模索する動きとなろう。22年度の予算編成において、現状で可能性は低いものの、期限までに予算法案が成立しないことで連邦政府機関が一部閉鎖に追い込まれることや、法定債務上限が引き上げられないことで米国債がデフォルトするリスクは当面燻ろう。


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窪谷浩(くぼたに ひろし)
ニッセイ基礎研究所 経済研究部 主任研究員

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