日本統治下で動員された労働者たちが日本企業に補償を求めた「元徴用工」問題が、韓国政府主導でようやく解決に向けて動き出した。日本政府としては一安心と思いきや、決してそうではない。今回の「問題解決」が新たな火種になる可能性がある。しかも、次の舞台は「日本」だ。
浮上する日本人に対する韓国残留資産の補償問題
韓国政府は日本企業に代わって「日帝強制動員被害者支援財団」が元徴用工裁判原告に損害賠償金を支払う。その原資は同国最大手の製鉄会社ポスコなど、1965年の日韓国交正常化で支払われた経済協力資金の恩恵を受けた現地企業が寄付する。韓国政府主導で韓国人の戦後賠償を引き受ける図式だ。日帝強制動員被害者支援財団は韓国人元従軍慰安婦に対する支援でも知られている。
「日韓請求権並びに経済協力協定(日韓請求権協定)」で日韓両国間の請求権問題が「完全かつ最終的に解決されたこととなることを確認する」と定められていることから、日本政府は日本企業が元徴用工への補償をしないよう働きかけ、事態は硬直化している。
元従軍慰安婦への補償は女性のためのアジア平和国民基金(2007年に事業を完了して解散)を通じて実施された。日本政府は同基金に出資したものの、国家補償には応じていない。元徴用工問題では韓国側が同様のスキームで対応する形だ。
ところがこの決着では、日本政府にとって困った事態を招きかねない。実は日本企業や日本人に対する戦後補償がなされていないのだ。たとえば韓国財閥SKグループの前身は、鮮満綢緞(ちゅうたん)と京都織物の2社が合併して発足した鮮京織物という日本資本企業だった。ところが終戦で日本人経営陣が引き揚げ、韓国人従業員に払い下げられている。
「日韓間で個人の請求権は消滅していない」としていた日本政府
日本企業が韓国に残した資産は、現地に進駐した米軍が接収した後に韓国に譲渡された。韓国政府は譲渡された資産を国有化したり、民間に払い下げたりした。植民地支配を担った旧朝鮮総督府や2373社の民間企業、個人の資産を含め、韓国に残した日本側の資産総額は当時の価値で52億ドル(1ドル=360円換算で1兆8700億円)との推定もある。
本来なら日韓請求権協定により日本政府が補償しなくてはならない。ところが日本政府は1966年に「協定で放棄されるのは外交保護権にすぎないから、日本政府は朝鮮半島に資産を残してきた日本人に補償責任を負わない」(谷田正躬外務事務官=当時)と説明している。
1991年には柳井俊二外務省条約局長(当時)が日韓請求権協定について「個人の請求権そのものを国内法的な意味で消滅させたというものではない」と答弁し、日本政府が日韓請求権協定に基づいて国内企業や国民に残留資産の補償をする必要はないとの立場を貫いている。
つまり「国家間では解決済みだから、民事訴訟は相手国や相手国の企業を訴えろ」というのが日本政府の見解で、まさにそれを韓国側にやられたのが元徴用工問題なのだ。今回、韓国側が賠償を引き受けて決着すれば、国内で同様の訴訟が起こされると日本政府も何らかの対応を迫られる。
現在の日本政府の見解は「損害賠償請求権についての実体的権利は消滅していないが、これを裁判上訴求する権利が失われた」だ。しかし、それは「権利はあるが行使できない」という詭弁じみた法解釈と言わざるを得ない。戦後補償は韓国人だけの問題ではなく、日本人にとっても「積み残された問題」なのだ。
文:M&A Online編集部