九州女子大学 田中 由美子
田中 由美子
田中 由美子
家政学部 生活デザイン学科所属

学生へのメッセージ
大学4年間の学びの中で、中学生・高校生が生活課題に目を向け、創意工夫しながら主体的解決能力を培えるよう、楽しくインパクトのある授業構想・教材作成ができる力を身に付けましょう。

ー 家庭科教育や消費者教育というテーマに関心を抱かれて研究しようと思われたきっかけを教えてください。

田中由美子教授
家庭科に興味をもったのは、高校1年生の家庭科の授業で、ライフプランを立てたことがとても楽しかったからです。それまで、将来の夢や希望は、大まかにしか描いていませんでした。

しかし、長期的な視点をもって自分の想いを描き、実現する方法を考える中で、「人生は、自分で創っていくもの」と気づき、ライフプランを立てる楽しさと意義を見出しました。そのほか、衣食住、家族・家庭、消費生活のいずれにも「自分で創りあげる」という要素のある家庭科に魅力を感じ、中・高の教員免許が取得できる大学に進学しました。

消費者教育に関わるきっかけとなったのは、30年ほど前の私的な経験です。家庭科教員として数年間勤めた後、子育てのため一旦退職し、専業主婦を始める前に夫の給与明細を見せてもらいました。その時、記載内容が全く理解できず、ショックを受けました。夫に尋ねても、わからないとのことでした。また、ちょうど同じ頃、知人が「失業手当を受け取るため、月に一度、職業安定所に行く」「アルバイトをしたら、失業手当がもらえなくなる」と話していました。それに関する知識もなかった私は、どういう制度かを尋ねたところ、「難しいことはわからないけど、自分がすべきことだけは知っている」とのことで、断片的な知識しかもっていませんでした。

社会保険制度等の金融リテラシーの低さにショックを受けた

田中由美子教授
このように、私自身が社会保険の知識を全くもっていないことはショックでしたが、周囲の皆も知りませんでした。理由は「学校で習っていないから」だと気づきました。学校で教えることの必要性も感じつつ、まずは自分が知識を得るため、社会保険労務士の資格を取得しました。合格後、個人事務所で働き始めましたが、当時は「申請主義」が大原則で、今では入院前に説明がある「高額療養費制度」についても知らせてもらえず、「ねんきん定期便」もない時代でした。「保険料の徴収や未納者への催促の通知は、何度もされるのに、給付に関する通知はされない」という制度への疑問と、整備の必要性を感じていました。

そしてある時、「この事務所に来る人は、『申請が必要』と知っている人だけ。知らない人は来られない。学校で教えなければ」と思い、教師に戻ることにしました。そして、皆に関わりのある「給与明細」を用い、高校生にも理解できる社会保険の教材を苦心して作成しました。

中等・高等教育では、「生活で役立つ知識・情報」と人格形成につながる「多様な視点で捉える力」を培いたい

ー 田中先生が中等教育や高等教育などで、消費者教育について必要だと感じている点をお聞かせください。

田中由美子教授
消費者教育の金融・経済領域での教育内容として最も必要なものは、『生活で役立つ知識・情報』だと思います。具体的には、「消費生活上の留意点(悪質商法被害・多重債務予防法、クレジットカード、金利計算等)」「給与明細から見る社会保険」「身近な損害保険」は重要と考え、本学部1年次の『家政学概論』で学べるようにしています。今後「資産形成の基礎知識(NISA等金融商品の選び方)」も加えたいと考えています。
また、教育方法として必要なことは、上記の内容を基に、わかりやすく、印象に残る授業をおこなうことです。さらに、その授業の中で、お金のことだけを教えるのではなく、人格形成にもつながる「多様な視点での捉え方」を教えることです。
例えば、社会保険制度について、「該当者は強制加入」「保険料納付は義務」「助け合いの制度」とスローガン的に教えるのではなく、生活する中で、自分や家族に、経済的負担・不測の事態が生じたときに、受けられる内容(受益)を教えました。毎月の給与から差し引かれている各保険料は、困った時に支援を受けられる財源であることを知ると、「助け合い」の意味を無理なく理解できます。
授業後の高校生の感想には、「『保険料を払うと給料が減る』と聞いていたけど、万が一の時に守ってくれる制度だとわかった」「国民年金には、加入したくないと思っていたけど、ちゃんと加入します」というものが多く見られました。

また、給与明細の解説の中で、給与計算の方法を教える際、手取り額の計算までで終了するのではなく、最後に「雇用主は、あなたにいくら払ってくれている?」と問いかけます。これは、保険料を払っているのは、労働者だけでなく、雇用主(使用者)が同額を負担している(「労使折半」である)ことを知らせるためです。これを考慮すると、支給総額が23万円の場合、手取りは約19万円となりますが、雇用主は約27万円を労働者のために支出していることがわかります。
ここで、ある社長さんからうかがった「入社1年目の社員は、その金額に見合った仕事はできないけれど、将来的に会社に貢献できる人になってくれることを期待して、『人財に投資』しています」というお話を披露し、「権利ばかり考えるのではなく、しっかり働き、義務・役割を果たしましょう」と声掛けします。すると、皆、頷きながら聞いていました。このように、逆の立場や客観的視点をもって思考できる人格形成にも寄与する消費者教育でありたいと考えています。

高校で教えていた頃、「家庭との連携」も取り入れていました。授業で配布したプリントをもち帰り、学んだことを家族に説明するというものです。これにより、知識定着度に有意差が見られるほど教育効果がありました。授業前には「難しそう」「年金って、ずっと先のことですよね」と言っていた生徒が、「僕が家族に教えてあげた。」「新聞・ニュースの内容がわかるようになった。もっと知りたい。」と、主体的・意欲的に学ぼうとする姿に変容していました。
このように、約2時間の授業で、自ら学ぶために基礎的な知識習得と、意識変容・意欲喚起を促すことが可能です。

ー 金融教育が必修化された背景として何が要因なのかを、田中先生のご意見を交えてお聞かせください。

田中由美子教授
1番大きな背景は、少子高齢化だと思います。これまでは「共助」という社会保障制度が、高齢期の生活の主な支えとなっていましたが、今後は支える人が減少するため、自分自身で備える「自助」が必要となります。

国や自治体の財源の観点だけでなく、個人の経済や生活の面でも欠かせない要素だと思います。そのためも、若年期からの金融に関する学びが重要です。

もう1つの背景としては、日本の金融教育が諸外国に比べて遅れている点です。
日本では、2012年に消費者教育推進法が制定されましたが、アメリカでは、その50年前にすでに提唱されていました。この遅れも長年問題視されており、金融リテラシーを向上させる必要性が指摘されています。

金融教育の課題は「教えられる」といえる先生が少ないこと

ー金融教育に対して先生が感じられる課題は何でしょうか?

田中由美子教授
いくつか考えられます。
1つ目は、消費者教育の中の、金融・経済分野を「教えられます」と言える先生が少ないことだと思います。

外部講師の活用も推奨されていますが、理想的なのは、対象者である生徒・学生の理解力や予備知識の程度を熟知している教員が、時間をかけて複数回教えたり、日々の新聞・ニュースをHRで取り上げて話題にしたりという、系統的・継続的教育をおこなうことだと考えます。ですが、それができる人材が不足しています。

これを解消するには、①教員養成課程において学ぶ機会を確保すること、②現職教員の方への研修を充実させること、とともに、③外部講師と連携する場合には、入念な打ち合わせをおこなうこと、が不可欠です。
私の経験でも、見聞きした中にもありますが、外部講師に一任すると、専門的すぎて「やはり難しい」との印象が残って逆効果になったり、反対にゲーム的な内容のみの場合、ゲーム感覚で運用・投資を始めたりする恐れがあります。受講後の生徒・学生から、「わかりやすかった」「役に立った」「自分でも学びたい」との感想が出るような、わかりやすく、実際の資産形成に役立つ、実践的で充実した内容の連携講座が望まれます。

2つ目は、授業・教材を考える際の目標設定として、教員・講師側からの「教えたいこと」よりも、生徒側からの「生活で生かせること」「頭と心に残る授業」を考えることが大切です。ここからスタートすると、学習内容の取捨選択が容易になるだけでなく、生徒の知的好奇心を高めることができます。

学校教育で全てを教えることはできませんが、「自分でも調べてみよう」「もっと学びたい」という意欲喚起ができるような、インパクトのある授業づくりが必要だと考えています。

ー 高校でも金融教育が必修化されました。現状における金融教育の推進の仕方や、金融リテラシーの浸透具合について、田中先生が課題に感じていることがあれば具体的にお聞かせください。

田中由美子教授
高等学校家庭科の新学習指導要領には、金融教育に関する学習内容とその取扱いとして、
「…民間保険、株式、債券、投資信託等の基本的な金融商品の特徴(メリット・デメリット)、資産形成の視点にも触れるようにする。」と記されています。これに沿った学習を進めるには、まず、社会保険の内容を知り、その不足分がいくらかを把握した上で民間保険を検討し、自助にもつながる資産形成のための金融商品の特徴を教えるという段階的な学びが必要です。
しかし、これらの教育が行き届かないまま、運用・投資を推奨している風潮があり、課題を感じています。

「金融リテラシー調査(2022)の結果」(金融広報中央委員会)によると、2019年~2022年にかけて、若い人たちの株式運用や投資信託の購入が大幅に増加しており、金融への関心が高まっている様子がうかがえます。また、18~29歳の若い層の人たちは、ほかの年齢層に比べて金融教育を受けた割合が高いこともわかりました。一方で、知識問題への正答率は高くありません。

つまり、「若年層は、金融教育を受けた人が多いにも関わらず、知識が定着していない」、そして「知識が乏しいまま関心は高まり、運用・投資をおこなっている」という実態が明らかとなりました。解決策を講じる必要のある、喫緊の課題だと考えます。

学生に身につけてほしいのは『生活・人生をデザインする力』

私が金融教育を通じて身に付けて欲しいのは、『損得勘定』ではなく、『生活・人生をデザインする力』です。
「デザイン」とは、「自身の夢・希望を描き、他者・環境にも配慮しながら、より良い選択・行動をしていくこと」と捉えています。
このことにより、経済的な面だけでなく、精神的な面も含めた、本当の意味での「豊かさ」につながると思います。

また、金融教育を通じて、培いたいのは、『知識』だけでなく、「メタ認知能力」を含めた『資質・能力』を高めることです。
「メタ認知能力」とは、「自分や周囲を客観的に“モニタリング”し、よりよい結果に到達できるよう“コントロール”すること」です。

前出の金融リテラシー調査(2022)の結果には、若年者(18~29歳)の投資に対する関心は高まっているものの、①知識が乏しい、②金融経済情報を見る頻度が少ない、③「横並び行動バイアス(自身の思考よりも、周囲に影響され行動する)」が強いという傾向も報告されています。

これらを解消するためには、知識を身に付け、適切な情報収集・取捨選択をし、それらを基に客観的な視点をもって、熟考する習慣が必要です。

ー田中先生の九州女子大学での具体的な取り組みについてお聞かせください。

田中由美子教授
生活デザイン学科では、昨年度からFP3級取得を目指した授業科目『パーソナルファイナンス』を開講しました。
この試験は6分野あり、半期15回の授業で全てを学修することは難しいのですが、1年次からの『家政学概論』『家族関係学』『消費生活論』『生活経営学』の中で、系統的に無理なく知識習得できるカリキュラムとしています。
一般企業就職志望者だけでなく、教員志望者のほぼ全員が受講していました。
この学びによって、金融教育に強い家庭科教員の養成にもつながると思います。
このように、将来の「職業」に生かせるだけでなく、「生活・人生」に生かせる力を段階的・系統的にじっくり学ぶことで、理解と知識定着を促すことができます。
将来的には、高校生全員に、これらのうち、生活に密着した内容を厳選し、それらの学習機会を確保することが理想だと考えています。

ただ、これまで通りの方法では、スピード感をもった推進は困難に思えます。
生徒・学生自身が、スマートフォン等を使って、短時間に少しずつ学び、ポイントがたまっていくシステム作りなども効果的ではないかと考えています。
賛同してくださる企業の方がいらっしゃれば、連携して進めていきたいと思います。

九州女子大学で一生を通して働くことができる力を得てほしい

ーこれから金融教育を学ぶ若い方にメッセージをお願いいたします。

田中由美子教授
金融教育を学ぶにあたって、大切にしてほしいポイントが3つあります。
1つ目は「正しい知識と偏りのない情報」を得ること。
2つ目は「気づき・思考・実践」をおこなうこと。具体的には、1つ目の内容ができているかどうかを振り返り、改善点があれば次に生かすことを意味します。
3つ目は「教え合いと学び合い」をすること。これは自身だけでなく、皆で高め合うことでの相乗効果が期待できます。

上記を自然に実践していた学生がいました。
彼女は、2年次の『生活経営学』を受講するまで、お母さんと同じように、将来は専業主婦になるのだろうと思っていたそうです。
しかし、授業の中で、今後の日本経済や個人の経済生活を学んだ後、「ライフプラン」を立案していく中で、「働かなきゃ!」と意識が180度変わったそうです。そのため、以前の彼女と同様の考えをもつ友人たちに、働く大切さを力説しているとのことでした。
上記は、「学び」から得た「気づき」を「実践」や「学び合い」に生かせています。

この話は、今年の入学式での理事長・学長の祝辞に通じるものがあります。
理事長は、本学で身に付けて欲しいのは、『一生を通して働くことができる力』と述べられ、大学で様々なことを学び、高い目標をもって社会を牽引する能力基盤をしっかり身に付けて欲しいと言われました。
学長は、自らの規範に従い、自己の判断と責任の下、行動することを目指し、本学での学びにより、その可能性を広げて欲しいと言われました。 学ぶことにより、自身を高め、他者・社会に貢献できる人であって欲しいとのメッセージです。とても心に残りました。
同時に、以前耳にしたことのある、「『働く』とは、『傍(はた)にいる人に、楽(らく)をさせてあげること』」との言葉も思い出しました。

大学としては、全学的に充実した学修機会を設けていきますので、学生の皆さんも、近年、数多く配信されている動画や新聞・書籍等から積極的に知識を得て人生を見通し、自身の力で未来を切り拓き、創り上げていく力を培って欲しいと願っています。

ー受身になるのではなく、自ら動き出して主体的に行動することは、金融に関する知識を深めること以外でも大切ですよね。非常に興味深いインタビューとなりました。本日はありがとうございました。