この記事は2023年3月8日に「The Finance」で公開された「TNFDとは?内容・背景・参画企業一覧までわかりやすく解説」を一部編集し、転載したものです。
本稿ではTNFDについて、設立の背景やフレームワークの内容と参画企業の一覧までをわかりやすく解説します。
目次
TNFDとは
TNFD(Taskforce on Nature-related Financial Disclosures :自然関連財務情報開示タスクフォース)とは、民間企業や金融機関が、自然資本および生物多様性に関するリスクや機会を適切に評価、開示するための枠組みを構築する国際的なイニシアティブのことです。つまり企業の事業活動によって、自然環境や生態系にどのような影響を与えているかを示す指標になります。
TNFDの目的は、自然環境に負の影響を与える資金の流れを、良い影響を与える流れに転換させる「ネイチャー・ポジティブ(nature-positive)」です。ネイチャー・ポジティブを達成するため、自然関連リスクに関する情報開示フレームワークの構築が進められています。
2023年4月現在、「v0.4」までのフレームワークが構築されており、2023年9月に最終提言とされる予定です。
広がりを見せているTNFDの歴史は浅く、2020年9月、74の非公式会合メンバーや国連環境計画・金融イニシアティブ(UNEP FI)、国連開発計画(UNDP)、世界自然保護基金(WWF)、英環境NGOグローバル・キャノピーなどのパートナーグループ、政府機関や民間企業などのオブサーバーによる非公式会合が発足され、2021年6月4日に正式に設立されました。
2023年5月8日現在、世界中で1,000以上の企業が参画しており、今後も広がりを見せることが予想されます。
多くの企業がTNFDに参画することで、投資家やステークホルダーが自然環境に良い事業を行なっているかを判断しやすくなり、自然環境に適した事業には投資が進むなどが期待できます。
TNFDとTCFDの違い
TCFD(Taskforce on Climate-related Financial Disclosures:気候関連財務情報開示タスクフォース)とは、年次の財務報告において、財務に影響のある気候関連情報の開示を推奨するものです。2015年から提唱されており、企業が気候変動のリスクを認識し、経営戦略に落とし込んで活動するべきであるとしています。
TNFDとの違いは、「対象」です。TCFDは地球温暖化などの気候を対象としているのに対して、TNFDは気候変動に加えて「生物多様性」を対象としています。対象となる範囲は、TNFDの方が広いと言えるでしょう。
TCFDは気候変動などが対象のため、事業が気候変動へのリスクをどれだけ抑制しているかが焦点になります。そのためTCFDでは、CO2排出量などの世界共通の尺度が用いられています。
一方でTNFDは地域によって異なる生態系などの自然界全体を対象としているため、単一の指標では測れず、より多角的な視点が求められます。
※参考記事:TCFDとは?概要・国内外の事例まで総解説【2022年版】
TNFDが設立された背景
TNFDが設立された背景には、気候変動のみならず「生物多様性」がもたらす変化についても、定量的な目標設定が必要だという機運が高まったためです。
世界経済フォーラムが開示した情報によれば、GDPの50%以上が自然に中・高程度の依存をしているとされており、この数値は世界経済の産出量の半分以上にあたるとしています。さらにWWFの調査によれば、世界の生物多様性は過去50年で68%も喪失したとしており、世界経済フォーラムにおいても影響度の高い分野トップ3に「生物多様性の損失」がランクインしています。
こうした現状が明らかになる中、生物多様性がもたらす影響についても、企業に対して評価や分析、戦略の開示が求められるようになってきました。しかし、TCFDでは定量的な評価軸の基、分析や評価ができたものが、生物多様性については明確な指針がなかったため、TNFDの設立に至っています。
TNFD開示フレームワークの内容
(1)ベータ版フレームワーク (v0.1)
2022年3月、ベータ版フレームワーク (v0.1)がリリースされました。企業経営者から投資家など、さまざまな市場参加者に関係がある自然関連リスク等を提供するために、以下の3つのコア要素を定めています。
- TNFDが市場参加者に自然関連リスクと機会を評価し開示する際に用いることを推奨する、自然を理解するための基本的な概念と定義の概要
- 自然関連リスクと機会に対するTNFDの草稿版開示提案
- 企業や金融機関が自然関連リスクと機会の評価を行い、企業戦略やリスク管理プロセスに組み入れ、報告や開示に関するものを含め、企業や資本配分に関する様々な判断に役立てるためのガイダンス
1で提言している自然を理解するための基本的な概念として、TNFDでは自然は「陸、海、淡水、大気」の4つで構成されていると定義しています。この4つの領域で人々はどのように自然資本に依存しているか、どれほどの影響を与えているかを理解するためのエントリーポイントとしており、TNFDは自然資源を組み合わさって人々の利益の流れをもたらすものとしています。
生態系を資産(生態系サービス)として捉える概念になっており、企業がビジネスプロセスを機能させるうえで依存関係であると定義しているのも特徴です。企業活動によって、生態系サービスをプラスにもマイナスにもなる影響を与えるとしています。
2における情報開示におけるTNFDの提言では、先行しているTCFDの4つの柱(ガバナンス、戦略、リスク管理、指標)の目標に基づいており、TNFDが提言する開示をTCFDの提言する開示と組み合わせることで、総合的な開示としたいと考えています。
TNFDの提言案では、開示すべき根拠の要件として、以下の4つを挙げています。
- 自然に関する依存関係や自然の影響についての評価
- ロケーションの検討
- 自然関連リスクと機会の評価および管理に関する能力の検討
- 開示のスコープと今後の開示で扱われる内容についての記述。
2に付随して、3のガイダンスでは、自然関連リスクと機会の評価アプローチとして「LEAP」の導入を策定しています。
LEAPは「Locate(発見)、Evaluate(診断)、Assess(評価)、Prepare(準備)」の頭文字を取ったもので、自然関連リスクと機会について、科学的根拠に基づいた体系的かつ段階的な評価を実施できる仕組みとしています。具体的には、以下のようなアプローチ方法を推奨しています。
- 自然との接点を発見する
- 依存関係と影響を診断する
- リスクと機会を評価する
- 自然関連リスクと機会に対応する準備を行い、投資家に報告する
LEAPを導入することで、TNFDの4つの柱である「ガバナンス、戦略、リスク管理、指標」の意思決定や開示決定が可能になります。
(2)ベータ版フレームワーク (v0.2)
2022年6月、ベータ版フレームワーク (v0.2)がリリースされました。v0.2では、v0.1のコア要素を核として、新たに以下の3点の要素を追加しています。
- 指標と目標のアーキテクチャの初回草稿と、依存関係と影響の指標に関するガイダンスと一群の指標例
- 個別ガイダンスへの推奨アプローチ
- LEAP-FI の更新版
v0.2では、v0.1のリリースのフィードバックから自然関連の測定と目標設定のアプローチを以下のように定めました。
- 業界横断的な指標カテゴリーを含む、自然関連インディケータ、指標、目標のための、統合された包括的なアーキテクチャ
- パイロットテストで自然関連の依存関係と影響を評価するための、ガイダンス(草稿版)と、一群のインディケータと指標例
- 目標設定のための初期検討事項
これらのアプローチは、以下の6つのデザイン特徴を中心に構築されており、より具体性を増していく仕組みとなっています。
- 報告作成者が、経営判断(何を開示するかを含む)に資するために内部の評価目的で用いる「評価指標」と、報告書利用者のための外部への情報開示に用いる「開示指標」を区別する
- 気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)のアプローチと整合し、基準設定機関から出されているものを基とする、セクター横断的な指標にまずは焦点を当てる
- TNFD フレームワークの v0.1 版で導入されたLEAPアプローチに続き、エンド・ツー・エンドの自然関連リスク管理と情報開示を支援できるように構成する
- セクター内、またセクター間の互換性を確保するため、世界共通の一群の「コア」開示指標(詳細は今後のベータ版で提供)を提供する一方で、各セクター特有のニーズや、各国で異なる規制要件を反映させた、「追加」開示要件に対応する必要性も認識する
- 科学的知見、データ、測定の革新性と報告要件のさらなる発展を取り入れ、常に目的に適ったものとすべく、測定アーキテクチャの定期的な見直しを可能にする
- グローバル生物多様性フレームワーク(GBF)や、科学的根拠に基づく目標ネットワーク(SBTN)が開発する企業目標設定アプローチのような、新しい世界及び各国の政策目標設定フレームワークと整合させる
新たに追加された「個別ガイダンスへのアプローチ」に関しては、セクター別のガイダンスに加えて、領域別、生物群別、自然関連問題別の追加ガイダンスが必要とのフィードバックから、以下の構成から、より具体的なガイダンス開発に取り組むとしました。
- セクター別:組織が事業を行う経済セクターに合わせたガイダンス。(追加ガイダンスの開発に用いる、TNFD 提案のセクター分類と優先セクターは、v0.2 に記載されています。今後発表される v0.3 と v0.4 で、追加のガイダンスを開発していきます)
- 自然関連問題別:様々なセクターの特定の組織に関係する、特定の自然関連問題(依存関係、影響、リスク、機会)に合わせたガイダンス。(v0.2 ではまだ開発されておらず、今後の改訂版に追加されます)
- 領域別:TNFD が定義する自然領域(海、淡水、陸、大気)にリンクし、おそらく生態群系別ともなるガイダンス。(v0.2 ではまだ開発されておらず、今後の改訂版に追加されます)
最後に「LEAP-FIの更新」では、v0.1のLEAPアプローチに加えて、金融ポートフォリオを評価する際の優先順位および注力点を定めるスコーピング質問が記載されました。質問には、「金融機関としての事業内容」や「事業内の主な機能単位」などがあります。
(3)ベータ版フレームワーク (v0.3)
2022年11月、ベータ版フレームワーク (v0.3)がリリースされました。v0.3では、さまざまな内容の更新が行われています。具体的には以下の通りです。
- 開示のアプローチ、特に依存関係と自然に対する影響に関する開示と、3つの新しい開示提言の提案
- 報告書作成者と利用者が、管轄区域を問わずマテリアリティと報告ニーズに対応できるよう、フレームワークを柔軟に適用するためのアプローチ案
- LEAP アプローチの使い勝手の向上
- 自然のための目標設定に関する新しいガイダンス案 • 金融機関向けの新しい開示ガイダンス案
- TNFDが提案するシナリオ分析へのアプローチと、自然関連リスク管理および開示の社会的側面に関する2つの新しい協議資料
TNFDでは、TCFDの4つの柱を考慮し、「トレーサビリティ」、「権利保有者を含むステークホルダーとのエンゲージメントの質」、「気候と自然の目標の整合性」の3つ情報の開示が重要であるとしています。これらは持続可能性の社会の実現に向けたガイダンスに追加される予定です。
さらにLEAPアプローチの更新では、「評価の範囲設定」、「診断フェーズ」、「評価フェーズ」、「ステークホルダー・エンゲージメントの特徴の更新」が新たに改定され、新たなガイダンス案としました。
今後は更新した内容を含め、2023年6月1日までパイロットテストを行い、フレームワークお開発に活かしていく考えです。
TNFDに企業が参画するメリット
企業がTNFDに参画するメリットとして、自然環境に配慮した事業活動を行なっているというポジティブな社会的評価を受けられることが挙げられます。
TNFDでは、ネイチャー・ポジティブを目的としているため、こうしたサステナブルな事業活動を行なっていると公表することで、持続可能な社会への貢献につながっていると評価されます。
さらに近年では、会社の財務状況に加えて自然環境や社会環境に配慮した活動が行われているかが重視されてきています。「ESG投資」に代表されるように、環境に配慮した事業活動に対しては、投資家も積極的な投資を行っています。
TNFDに参画し、ネイチャー・ポジティブな事業活動であると開示することで、投資家にアピールでき、積極的な投資を得ることにもつながります。
TNFDに参画している国内企業一覧
2023年5月8日現在、TNFDに参画している国内企業は以下の通りです。
aec株式会社 | 株式会社エア・トランク | アミタホールディングス株式会社 |
株式会社Archeda | アサヒグループホールディングス株式会社 | アセットマネジメントOne株式会社 |
株式会社バイオーム | ブルードットグリーン株式会社 | 株式会社ブリヂストン |
カーボンフリーコンサルティング株式会社 | シチズン時計株式会社 | 株式会社クリーンシステム |
コカ・コーラ ボトラーズジャパンホールディングス株式会社 | CSRデザイン環境投資顧問株式会社 | 第一生命ホールディングス株式会社 |
大東建託株式会社 | 大和アセットマネジメント株式会社 | 大和証券グループ本社 |
デルタ電子株式会社 | 株式会社日本政策投資銀行 | 株式会社イースクエア |
金融庁 | 株式会社福田総合研究所 | 環境省 |
株式会社グリーン・プラス | 株式会社グリーンフォレスターズ | 株式会社GreenCollar |
株式会社グーン | 本田技研工業株式会社 | HRガバナンス・リーダーズ株式会社 |
いであ株式会社 | 株式会社イノカ | 株式会社INPEX |
公益財団法人 地球環境戦略研究機関(IGES) | 伊藤忠商事株式会社 | 一般社団法人 日本看護系学会協議会(JANA) |
日本航空株式会社 | 株式会社国際協力銀行(JBIC) | Japan Business Initiative for Biodiversity (JBIB) |
株式会社日本経済研究所 | 一般社団法人日本貿易会 | 日本エヌ・ユー・エス株式会社 |
株式会社ゆうちょ銀行 | 公益財団法人 リバーフロント研究所 | 一般社団法人 全国銀行協会 |
日本公認会計士協会 | 株式会社日本製鋼所 | 花王株式会社 |
経団連自然保護協議会 | キリンホールディングス株式会社 | 広栄商事株式会社 |
国際航業株式会社 | 公益社団法人 京都モデルフォレスト協会 | 株式会社九州フィナンシャルグループ |
株式会社ロッテ | 株式会社マプリィ | 丸紅株式会社 |
株式会社丸井グループ | 明治ホールディングス株式会社 | 三菱ケミカル株式会社 |
三菱商事株式会社 | 株式会社三菱総合研究所 | 三菱UFJフィナンシャル・グループ |
三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社 | 三菱UFJ信託銀行 | 三井物産株式会社 |
三井化学株式会社 | 株式会社商船三井 | 株式会社みずほフィナンシャルグループ |
みずほリサーチ&テクノロジー株式会社 | MS&ADインシュアランスグループホールディングス株式会社 | 長瀬産業株式会社 |
国立環境研究所 | 日本電気株式会社 | 日経ESG経営フォーラム |
日本生命保険相互会社 | 日産自動車株式会社 | 野村不動産ホールディングス株式会社 |
株式会社野村総合研究所 | 株式会社NTTデータ | パシフィックコンサルタンツ株式会社 |
パナソニックホールディングス株式会社 | 株式会社地域環境計画 | りそなアセットマネジメント株式会社 |
株式会社レスポンスアビリティ | SDGパートナーズ | 積水ハウス株式会社 |
株式会社セブン&アイ・ホールディングス | 清水建設株式会社 | ソフトバンク株式会社 |
損保ジャパン株式会社 | 住友化学株式会社 | 住友商事株式会社 |
住友林業株式会社 | 住友生命保険相互会社 | 株式会社三井住友フィナンシャルグループ |
三井住友トラスト・アセットマネジメント株式会社 | サントリーホールディングス株式会社 | SusCon Japan |
大成建設株式会社 | 株式会社竹中工務店 | 株式会社千葉銀行 |
公益財団法人日本自然保護協会 | 農林中央金庫 | 横浜ゴム株式会社 |
株式会社シンクネイチャー | 東北大学 | 東京海上ホールディングス株式会社 |
八千代エンジニヤリング株式会社 | ヤマハ株式会社 | Zホールディングス株式会社 |
株式会社グリーンワイズ | Woonerf, Inc. |
TNFDに関する環境省の取り組み
環境省はすでにTNFDフォーラムへの参加をしています。積極的にTNFDへの取り組みに貢献し、自然資本や生物多様性に関する企業経営や健全な財政におけるリスクと機会の観点で、日本の企業や金融機関の意識を高めたいとしています。
今後はTNFDと日本企業や金融機関の橋渡しの役割を担うと共に、日本のステークホルダーに対して幅広い参画を促したい考えです。
まとめ
世界的に自然環境への取り組みが高まっている中、企業活動における新しい枠組みとしてTNFDは誕生しました。TCFDと共にTNFDが浸透していくことで、気候変動や生物多様性についての理解が深まり、自然環境と経済活動の建設的なつながりが生まれてくるでしょう。
これまでもCSR活動の一環として、自然環境の保護活動を行なってきた企業は多くあります。今後は事業にまで視野を広げ、ネイチャーポジティブな事業となっているかの視点を持つことで、企業価値の向上にもつながっていきます。