ESG投資の広がりを受けて、非財務情報の開示を求める声が世界的に増えています。日本でも、すでに財務情報と合わせた「統合報告書」を発行する企業は少なくありません。非財務情報がなぜ求められるのか、その背景や開示のポイントを見ていきましょう。

目次

  1. 非財務情報とは?財務情報との違い
  2. 非財務情報の開示が求められる背景とは?
  3. 非財務情報の具体例とは?5つの資本
  4. 非財務情報を開示する意味とは?ESGスコアとの関係性
  5. 非財務情報マネジメントや開示に取り組むメリットとは?
  6. 非財務情報マネジメントや開示の課題とは?
  7. 非財務情報の可視化研究会・開示指針研究会とは?
  8. 非財務情報マネジメントで持続的な成長を目指そう

非財務情報とは?財務情報との違い

非財務情報とは?開示が求められる背景や取り組むメリット
(画像=bruttofilm/stock.adobe.com)

非財務情報とは、決算書などの財務情報に含まれない情報です。具体例としては、社内のスキルやノウハウ、知的財産情報などが挙げられます。

簡単に言えば「数値化が難しい資産」であり、会社の売上や人材育成などを支える資産とも言い換えられます。広義と狭義では意味合いがやや異なるため、以下では非財務情報の一例を紹介しましょう。

広義の非財務情報の例
(財務情報以外の全ての情報)
狭義の非財務情報の例
(ESGに関する情報)
・経営理念や経営方針
・中期経営計画
・社内のスキルやノウハウ
・知的財産情報
・商品開発力や技術力など
・環境(Environment)に関する情報
・社会(Social)に関する情報
・ガバナンス(Governance)に関する情報

一方で、貸借対照表や損益計算書、キャッシュフローなどの定量的な情報は、財務情報と呼ばれています。純資産や売上をはじめ、数値でデータ化できる情報をイメージすると分かりやすいでしょう。

現代において財務情報と非財務情報は明確に分けられており、いずれも企業価値の判断材料として重視されています。

非財務情報の開示が求められる背景とは?

近年では非財務情報の開示が世界的に求められており、日本のステークホルダー(投資家や消費者など)にもその動きが見られます。財務情報だけを追求する経営手法では、対外的なアピールが難しい時代になるかもしれません。

なぜ非財務情報の開示が求められるのか、3つの観点から背景を見ていきましょう。

ESG投資やESG経営の広がり

ESGとは、「環境・社会・ガバナンス」の観点を重視する考え方です。この考え方を投資に取り入れる手法は「ESG投資」、経営面に取り入れることは「ESG経営」と呼ばれています。

従来の投資や企業活動は主に財務情報をもとに行われてきましたが、2008年には米国で起こったリーマン・ショックを機に、世界的な経済危機が訪れました。非財務情報への注目度はこの時期から高まったとされており、現在では企業の長期的な成長や存続を評価する指標として活用されています。

中でもESG投資の市場は急拡大しており、世界全体の投資額は2021年末に9,000億ドルを突破しました。2015年末からの6年間では、市場規模が約14倍になった計算です。

関連記事:国内製造業の再生を狙うINDUSTRIAL-Xが推進する[ESG×DX]時代の戦い方

SDGsなどの影響でサステナビリティへの意識が高まった

2015年の国連サミットで採択された「SDGs(持続可能な開発目標)」も、非財務情報の開示が求められるようになった一因です。

SDGsはさまざまな環境問題・社会問題を解決するための国際目標であり、2021年5月時点では全国連加盟国(193ヵ国)が採択しています。各国が取り組むべき具体的な目標(17のゴールと169のターゲット)が設定されたことで、サステナビリティ(持続可能性)への意識が世界的に高まりました。

持続可能な社会を実現するには、温室効果ガスを多く排出する企業や、地域や環境保全に係る企業などの協力が欠かせません。

少子高齢化などによる人材不足

日本特有の背景としては、少子高齢化などによる人材不足も挙げられるでしょう。特に2020年以降は新型コロナウイルスの影響で、人材不足による倒産が深刻化しています。

人材資源が手薄な企業には、持続的な成長が見込めません。単に従業員の数だけではなく、個々の人材がもつスキル・ノウハウも企業の成長には必要です。

このように、人材不足は企業価値に悪影響を及ぼすことから、近年では人材を資本として投資対象にする「人的資本経営」の考え方も広がっています。

非財務情報の具体例とは?5つの資本

非財務情報の開示では、必要な情報を過不足なく含めることが求められます。国際統合報告評議会(IIRC)の「国際統合報告フレームワーク(2013年発行)」によると、企業が保有する資本は6つに分類でき、そのうち5つが非財務情報にあたります。

ここからは財務資本を除いた5つの資本について、どのような非財務情報があるのか詳しく見ていきましょう。

1.製造資本

製造資本とは、製品またはサービスを製造・提供するために用いる設備や施設、インフラのことです。分かりやすい例としては、工場などの建築物や機械が挙げられるでしょう。

製造資本は近年の重要テーマとされる、IT化やDX化(※)にも関わるものです。また、企業の生産性を大きく左右するため、「デジタル技術との相性が良いか」「経営効率の高い資本がそろっているか」などがポイントになります。

2.知的資本

知的資本とは、企業の知的財産を生み出す資産です。例としては会社のスキルやノウハウ、ブランド力、組織力、顧客や取引先とのネットワークが挙げられます。

目に見えない資産ではありますが、知的資本は企業の競争力につながります。また、外部に開示するとアピールになるだけではなく、再認識をすることで最適な配分をしやすくなります。

3.人的資本

一方で、従業員個人のスキルやノウハウ、知識などは人的資本と呼ばれます。企業が高い生産性を実現するには、十分な能力やモチベーションなどを備えた人材が求められます。

また、単に優れた人材を増やすだけではなく、個々の能力を最大限に引き出すための施策も必要です。近年では多様な人材を活かし、ひとり一人に活躍の場を与える施策として、「ダイバーシティ&インクルージョン」という考え方が広がっています。

4.社会・関係資本

社会・関係資本は、社内の集団行動をスムーズにするための資本です。明確な定義が難しい用語とされるため、以下では分かりやすい例を紹介しましょう。

<社会・関係資本の例>
・会社の規範やルール
・従業員同士や上層部との信頼関係
・部署間のチームワーク
・ステークホルダーとの関係性
・人脈やコネ など

社会・関係資本はその特性から、明確な測定が難しい傾向にあります。恣意的な判断になりやすいので、開示する範囲や内容は慎重に考える必要があるでしょう。

5.自然資本

自然資本とは、人々に豊かさをもたらす天然資源のことです。土壌や水はもちろん、動植物や鉱物、きれいな空気なども自然資本に含まれます。

自然資本は人的資本を支えるものであり、例えば企業活動の影響で環境汚染が進むと、現場で働く従業員は健康リスクに脅かされます。また、農業や漁業といった第一次産業分野では、天然資源の豊富さがそのまま売上につながります。

近年では生物の多様性が注目されており、2023年3月には国の基本方針となる「生物多様性国家戦略2023-2030」が閣議決定されました。

非財務情報を開示する意味とは?ESGスコアとの関係性

非財務情報の開示は義務化されておらず、財務情報・非財務情報を合わせた「統合報告書」にも法的なルールはありません。このような状況下で、なぜ非財務情報を開示する企業が増えているのでしょうか。

その大きな理由としては、「ESGスコア」の存在が挙げられます。

600以上の機関がESGスコアによる格付を公開している

ESGスコアとは、企業のESGへの取り組み状況を表す指標です。現時点では明確な定義はなく、世界で600以上の各評価機関が独自にスコアを作成しています。

例として、以下では代表的なESGスコアと評価機関を紹介しましょう。

評価機関主な特徴
Bloomberg・情報の開示量のみを考慮し、パフォーマンスは評価しない
・日本だけで2,000社以上、世界では1万5,000社をカバー
Sustainalytics・ESGリスクへの管理能力をスコアリングする
・重大なESG課題へのエクスポージャー(※)を評価する傾向がある
FTSE Russell・14の大テーマと、10~30の小項目に分けて企業を評価
・一定以上のスコアでインデックスに組み込まれる
MSCI・ESGの機会やリスクを7段階で評価する
・一定以上のスコアでインデックスに組み込まれる
CDP・企業から回収したアンケートをもとにスコアリング
・「気候変動・森林・水の安全」が主要カテゴリ
(※)特定のリスクに晒される資産割合のこと。

評価機関によるESGスコアの格付は、公式サイトなどで世界中に発信されています。また、MSCIなどのインデックスに組み込まれれば、分かりやすい形でESGへの貢献度をアピールできるため、売上や資金調達に良い影響が表れるでしょう。

ESGスコアを高めるには?主要な評価基準をチェックしよう

企業がESGスコアを高めるには、多くの機関が採用している評価基準を押さえておく必要があります。以下で、「FTSE Russell」と「MSCI」の例を見てみましょう。

FTSE Russellの評価基準例MSCIの評価基準例
環境(E)・気候変動
・水の安全
・汚染と資源
・生物多様性
・サプライチェーン
・地球温暖化
・天然資源
・廃棄物の管理
・環境市場機会
社会(S)・健康と安全
・労働基準
・顧客への責任
・人権や地域社会
・サプライチェーン
・製品安全や品質
・人的資源
・ステークホルダー
・社会市場機会
ガバナンス(G)・企業統治
・リスクマネジメント
・腐敗防止
・税金の透明性
・コーポレートガバナンス
・企業倫理
・税金の透明性

気候変動や天然資源、従業員・製品の安全などは、主要なESGスコアで多く見られる評価基準です。これらのテーマを中心とした施策に取り組めば、多くの機関から高い評価を受けられるかもしれません。

しかし、全ての機関から高評価を受けることは難しいため、ターゲットとなるESGスコアを決める方法も選択肢になります。

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非財務情報マネジメントや開示に取り組むメリットとは?

非財務情報を踏まえて経営方針を考える手法は、「非財務情報マネジメント」と呼ばれます。非財務情報をマネジメントして積極的に情報開示を行うと、ESGスコアが上がる以外にもメリットがあります。

1.透明性が高まり、ステークホルダーとの関係が良好になる

ESGへの取り組みだけではなく、リスクや課題なども合わせて情報開示をすると、その企業の透明性が高まります。外部からでも進捗が分かりやすくなるため、ステークホルダー(投資家など)との関係が良好になるでしょう。

ただし、情報開示を求められたからと言って、全ての情報を共有する必要はありません。外部への説明にも戦略性が必要になるので、開示すべき情報とタイミングは慎重に考えましょう。

2.持続的な成長や企業価値向上を実現しやすくなる

積極的に情報開示をすると、ステークホルダーからフィードバックを得られます。このフィードバックをもとに経営改善に取り組めば、持続的な成長や企業価値向上を実現しやすくなるでしょう。

ステークホルダーとの対話は、信頼関係の構築にも役立ちます。上場企業の場合は、後の資金調達や株価上昇につながるため、フィードバックは真摯に受け止めて対応することが重要です。

3.さまざまな経営リスクを抑えられる

社会的責任を果たさない経営や、利益のみを追求する経営は、炎上などのさまざまなリスクに晒されます。全てのリスクに対処することはできませんが、非財務情報マネジメントによって新たな視点を取り入れると、想定外の経営リスクを抑えられることもあります。

また、非財務情報の開示は資金調達につながるため、キャッシュフローの面でもリスクの低減効果があるでしょう。

非財務情報マネジメントや開示の課題とは?

現在の非財務情報マネジメントや開示には、課題も残されています。単に開示をするだけでは、ステークホルダーに必要な情報が伝わらないため、労力やコストが無駄になるリスクがあるでしょう。

ここからは、企業が特に注意したい3つの課題を紹介します。

1.情報開示やESGスコアの定義が曖昧になっている

非財務情報の開示や取り組みには、明確なルールや定義が存在しません。その一方で、ステークホルダーに対しては分かりやすい説明が求められるため、重要課題の特定や施策を考えるハードルが高い傾向にあります。

特に注意したいのは、気候変動や人的資源以外の分野です。例えば、適したコーポレートガバナンスや企業倫理の形はそれぞれなので、どの企業にも当てはまる評価基準は整備が難しいとされています。

2.情報の取りまとめに労力がかかる

非財務情報を開示するには、「環境・社会・ガバナンス」に分けてデータを収集し、分析する必要があります。しかし、実際にはデータの管理場所がばらつくことから、情報を取りまとめるだけで大きな労力がかかります。

そのため、まずは各部署間のデータ連係を意識し、スムーズにデータ収集・分析する環境を整えることから始めましょう。あまりにも管理場所が複雑な場合は、トップダウン方式でデータ管理をする仕組み作りも一つの手です。

3.明確な目的を設定しづらい

ESG経営や非財務マネジメントでは、長期的な取り組みが必要になります。特に環境保全や地域活性化などを目的にしている場合は、10年規模のプロジェクトになることもあるでしょう。

そのため、目の前の経営で忙しい企業は、目的を見失ってしまうリスクがあります。明確な目的がない状態で情報開示をすると、想定していたメリットを得られなくなる可能性が高まります。

情報開示のメリットを最大限享受するためにも、計画の立案や社内共有に必要な時間はしっかりと確保しましょう。

非財務情報の可視化研究会・開示指針研究会とは?

内閣官房や経済産業省は、非財務情報の開示に関する研究会を発足しています。

内閣官房の「非財務情報可視化研究会」は、2022年6月までに6回開催されており、直近では人的資本を可視化するための指針が議論されました。同研究会のレポートでは、人的資本を企業価値向上につなげる考え方や、社内基盤をつくる流れなどがまとめられています。

一方、経済産業省の「非財務情報の開示指針研究会」は、大学教授や大手企業の役員、官公庁などで構成された研究会です。2022年10月までに10回開催されており、世界の動向や国内での開示基準をはじめ、毎回異なるテーマが設けられています。

いずれのレポートも公式サイトから閲覧できるため、最新動向を追いたい方は確認しておきましょう。

非財務情報マネジメントで持続的な成長を目指そう

環境や社会への意識が高まるにつれて、非財務情報はますます注目されると予想されます。すでに多くの企業が情報開示に取り組んでおり、ESGの観点から投資先を選ぶ投資家も増えているため、中小企業にとっても無関係ではありません。

持続的な成長に欠かせない要素なので、まずは自社の現状や課題を見直すことから始めて、
非財務情報マネジメントの基盤を整えていきましょう。