この記事は2023年5月30日に三菱総合研究所で公開された「カーボンニュートラル達成に向けた移行の在り方」を一部編集し、転載したものです。

カーボンニュートラル達成に向けた移行の在り方
(画像=metamorworks/stock.adobe.com)

目次

  1. 達成のカギは資金移動、資源循環、国際連携
  2. 国際社会の分断が進み、脱炭素化への道筋はますます不透明に
  3. 移行シナリオの基本は、行動変容と技術革新の両輪
  4. 円滑な移行実現に向けては資金移動、資源循環、国際連携がカギ
    1. ①資金移動:行動変容と技術革新をつなぐ役割として、適切な炭素価格設定が必要
    2. ②資源循環:脱炭素資源の確保、素材分野の脱炭素化の両方から必要に
    3. ③国際連携:国内に閉じないエネルギーシステム構築と投資立国へのシフトが新たな成長のカギ
  5. レポート全文

達成のカギは資金移動、資源循環、国際連携

株式会社三菱総合研究所(代表取締役社長:籔田健二)は、カーボンニュートラル達成に向けて求められる移行シナリオについて分析を実施しました。経済安全保障と経済成長を損なわない、円滑な脱炭素社会への移行のためのポイントについて提言します。

国際社会の分断が進み、脱炭素化への道筋はますます不透明に

2023年5月開催のG7広島サミットのコミュニケでは、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の最新報告が触れられた。同報告では、人間活動により産業革命以前と比べ既に1.1℃の温暖化が進み、多くの地域で損失と損害が顕在化していることが示されている。気候変動対策に残された時間は長くはない。

しかしながら、脱炭素社会への移行は順調とは言い難い。ウクライナ侵攻が決定打となったエネルギー市場の混乱は構造的な解決には至っていない。米中対立に加え、近年ではグローバルサウスの台頭が著しく、脱炭素化にとって重要な国際協調・ルール形成がますます困難になっている。脱炭素化・経済安全保障の観点からのサプライチェーンの再構築も民間企業にとって重い課題だ。

課題山積の状況が続く中、理想論・楽観論だけでは脱炭素化への道筋はおぼつかない。経済安全保障や経済成長を損なわない、現実的なカーボンニュートラルへの移行(トランジション)の絵姿が求められている。

移行シナリオの基本は、行動変容と技術革新の両輪

カーボンニュートラルに向かう移行シナリオを分析すると、2030年に向けては行動変容、2050年に向けては技術革新とその社会実装が大きな役割を果たすことが見えてくる。「行動変容」とは、エネルギーを利用する企業・消費者(需要家)が、価値観やインセンティブなどを契機として脱炭素に向かう選択をすることを指し、「技術革新」は脱炭素関連技術が商用レベルまで実現し、社会実装まで進むことを意味する。

図表 行動変容と技術革新が両輪で進むことが円滑な移行に必要

最終消費で見た場合は、大きく民生部門、運輸部門、産業部門と徐々に構造変化が進んでいく。民生部門では電化・電源脱炭素化の寄与が大きく、運輸部門・産業部門ではそれらと併せて非電力部門での対策によるCO2削減貢献が大きくなる。電源の脱炭素化は、再生可能エネルギー、脱炭素火力、原子力といった各ゼロエミッション電源の技術特性と、エネルギー・経済安全保障上のリスクの違いを考慮し、特定の電源種に偏らない構成が必要だ。

気温上昇と相関を持つのは単年の排出量ではなく累積での排出量であり、2050年単年にカーボンニュートラルが達成されていれば良いわけではない。早期対策による累積排出量削減の意味でも行動変容を推し進め、その後の技術革新につなげていくという流れが重要だ。加えて、こうしたエネルギー需給構造の変化と同時に、産業構造の変化も進んでいく。特に自動車産業や電力関連産業はその影響が大きく、構造変化を支えるための適切なタイミングでの労働移動も重要になる。

円滑な移行実現に向けては資金移動、資源循環、国際連携がカギ

円滑な移行実現のためには、「行動変容と技術革新をいかに結び付けていくか」「変化する産業構造の中、脱炭素社会での経済成長をどう確保するか」そして「各国のパワーバランスが変化する中でエネルギー・経済安全保障をどう確保していくか」といった論点に対して方向性を示すことが必要になる。こうした論点への回答は容易ではないが、三菱総合研究所が考えるカギとなるアプローチとして、①資金移動、②資源循環そして③国際連携の3点を挙げたい。

①資金移動:行動変容と技術革新をつなぐ役割として、適切な炭素価格設定が必要

円滑な脱炭素社会への移行にあたっては、必要な領域に資金移動を促し、日本の産業構造や経済を脱炭素型にシフトさせることが不可欠になる。カーボンプライシング(CP)は、炭素価格の顕在化を通して需要家の行動変容を促す効果と、歳入により脱炭素技術の研究開発や社会実装に係る必要投資を支える効果の両方が期待され、行動変容と技術革新をつなぐ架け橋となりうる。

前者はCPの価格水準が行動変容を促す意味で十分かが論点になる。企業・消費者向けに実施したアンケート調査では、現在想定されているCPの水準感である2,000円/tCO2程度では行動変容を起こす消費者・企業の割合は15~40%程度にとどまっている。国際水準とも照らし合わせ、行動変容を促すための適切な炭素価格を設定することが必要だ。

後者は、2023年5月に成立したGX推進法では今後10年間で官民合計150兆円の投資が見込まれているが、当社試算からは脱炭素化を達成するのに必要となる投資は2030年以降も拡大し、2050年までの累計で再エネと次世代自動車関連を中心に少なくとも320兆円以上の規模が必要となることが示された。政府の主体的な関与と同時に、民間の投資予見性を上げるため、炭素価格に対する中長期的な方向性の明確化が求められる。

②資源循環:脱炭素資源の確保、素材分野の脱炭素化の両方から必要に

国内資源に乏しい日本にとっては「資源循環」は重要なアプローチになる。脱炭素化に関連した資源・製品が戦略物資化しつつあるが、その中でも金属資源は注目度が高い。日米欧共通で指定されている重要金属資源には、再生可能エネルギー、蓄電池、水素製造といった脱炭素化に不可欠なものも含まれているが、これらは生産国が偏り、市場が寡占的な状況にある。資源循環により将来的な必要輸入量を減らし、経済安全保障上のリスクを低減させていくことが必要だ。

加えて、資源循環は削減困難とされる素材分野でのCO2削減にも有効になる。例えば化学産業ではプラスチックの積極的な循環によって追加的に20%程度の削減が期待できる。バックファイア(CO2増加)のリスクに留意しつつ、個々の削減効果について適切な定量化を図りながら推進することが重要だ。

③国際連携:国内に閉じないエネルギーシステム構築と投資立国へのシフトが新たな成長のカギ

世界全体の脱炭素や今後の日本の経済成長に加え、経済安全保障の観点からも国際連携の重要性は増す。日本のASEANに対する直接投資残高は年々増加し、足元では中国に対して2倍となる一方で、ASEANでは米中といった大国への依存度が増加している状況にある。

国際貿易モデルを通した分析からは、必要なエネルギーシステムの構造変化がないままに高額なCPが導入された場合、日本・ASEANともに貿易収支減少や特定国への輸入依存度の高まりなど産業競争力・経済安全保障面において懸念が示される結果となっている。脱炭素を起点としたASEANとの補完関係の構築は経済安全保障や経済成長の文脈でもますます重要になるだろう。

カーボンニュートラルへの移行は容易ではなく、ASEANとの連携を始めとして日本国内に閉じずに広い視野で最適なエネルギーシステムを構築することが求められる。脱炭素化を契機として、従来の貿易立国から投資立国の立ち位置を強固にする必要がある。これまで培ってきた技術力を生かしつつ、相手国や分野を見極めて高い投資効率や生産性を実現することは日本の成長戦略にとっても重要な意味を持つだろう。

レポート全文

カーボンニュートラル達成に向けた移行の在り方 達成のカギは資金移動、資源循環、国際連携[3.0MB]

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