特集『隠れ優良企業のCEO達 ~事業成功の秘訣~ 』では、日本各地から日本経済を支える優良企業の経営トップにインタビューを実施。CEO達は何を思い事業を立ち上げ、ムーブメントを起こしてきたのか、どのような未来を思い描いているのか。会社のトップである「オーナー社長」に聞き、企業のルーツと今後の挑戦に迫る。

DAIWA CYCLE株式会社は、サイクルショップ経営だけでなく出張修理など、自転車に関するあらゆることを請け負う会社だ。本インタビューでは、代表取締役社長である涌本宜央氏に同社の企業概要や日本経済の展望、今後の事業展開などについて伺った。

(取材・執筆・構成=山崎敦)

DAIWA CYCLE株式会社
(画像=DAIWA CYCLE株式会社)
涌本 宜央(わくもと のぶお)――DAIWA CYCLE株式会社 代表取締役社長
1974年大阪府生まれ。1997年に有限会社大和に入社、1998年に株式会社大和(現DAIWA CYCLE)取締役に就任、2006年2月には代表取締役に就任。経営理念は、「自転車の『新しいアタリマエ』を創る」で、これまでの当たり前にとらわれない柔軟な発想で、これまでにない満足を生み出していく。出張修理サービスも同理念から生まれたDAIWA CYCLEのオリジナルサービス。
DAIWA CYCLE株式会社
創業者である涌本隆史氏が近畿日本鉄道八尾駅の中央出口が自宅付近に設置されたことを機に、1980年に駐輪場の運営を開始。その後、自転車の修理と小売り販売も開始し、1990年8月に有限会社大和を設立し法人化。1999年3月に自転車専門量販店のチェーン展開を目指し、大阪府八尾市に「だいわ自転車青山店」をオープンする。2001年1月に株式会社大和に組織変更し業容を拡大、2006年7月にインターネット販売を開始。2007年5月には東京本部を設立し、関東への新規出店・店舗展開も拡大する。2021年1月にコーポレートブランドの強化を図るために商号を「DAIWA CYCLE株式会社」に変更し、2023年4月30日現在では国内店舗数113店舗(直営店舗107店舗、フランチャイズ店舗6店舗)、ECサイト(ダイワサイクルオンラインストア)を運営。

目次

  1. お客様の「困った」を解決するのがDAIWA CYCLEのマインド
  2. 自転車の安全面だけではなく「楽しさ」を伝えて業界を盛り上げていく
  3. 組織作りを通じて仕事の楽しさを全社に伝える

お客様の「困った」を解決するのがDAIWA CYCLEのマインド

――DAIWA CYCLE株式会社様のカンパニープロフィールと、現在までの事業内容についてお聞かせください。

DAIWA CYCLE代表取締役社長・涌本 宜央氏(以下、社名・氏名略):当社は1980年、大阪の近鉄八尾駅の開発が始まった際に、私の父が駅前に駐輪場を作ったのが創業のきっかけです。駐輪場ではカギの紛失やパンクなどのトラブルがありますが、その際に父が修理を請け負うために近所の自転車屋さんで修業したのが自転車修理サービスの始まりでした。駐輪場には毎日同じお客様が来られますので、毎日顔を合わせる中で「自転車を売ってほしい」「自転車を安く買いたい」というお声があったため、父が駐輪場の一角に自転車販売店を作ったのが自転車小売業の始まりです。

月日が経ち、街の薬屋さんがドラッグストアになるようにロードサイドの大型店ができ、小売の形態が変わっていく中、八尾市にも大型の自転車販売チェーンやホームセンターなどが出店してきました。当時私は実家を離れていましたが、このままでは家業が続かないだろうと思っていたところで父の体調が悪くなったため、家業を手伝うために私も駐輪場と隣接の自転車販売店で働き始めました。それから数年経ち、大型チェーンやホームセンターにジリジリ責められていては会社が発展しないと思い、まだ私も若かったためチャレンジしたいという気持ちもあって1999年に八尾市内に当社のチェーン1号店を作りました。それが始まりで、今日に至るといった感じです。

――DAIWA CYCLE様の事業における成功の秘訣は、何でしょうか。

涌本:ちょっと泥臭い話になりますが、父が創業した駐輪場は単に自転車を預かるだけでなく、空気を入れたり、油を注したり、ネジが外れていたらネジを付けてあげたりといったサービスを行っていました。実は今も営業しているのですが、これが一種の名物になっていて大阪のテレビ番組でも取り上げられるような、変わった駐輪場として受け入れられているようです。

DAIWA CYCLEの代名詞である「出張修理サービス」は、父が考えていた「自転車の困りごとを何とかしたい」というマインドが積み重なったもので、「パンクしている自転車を店舗まで持ち込むのは大変だから」ということで、現場まで行って修理するサービスが生まれました。当社の強みは、創業当時から大事にしてきた思いやりのマインドです。「お客様のニーズがどこにあるのか」を一歩踏み込んで探し続け、実行してきたことは成長の基礎になっていると思います。

当社のような出張修理サービスを行っている同業他社様はいらっしゃいますが、私たちは「困ったを1秒でも早く」をモットーにしています。お客様がお困りであれば迅速に動き、パンク修理のお問い合わせがあればすぐにバイクで駆け付けてその場で直します。そういった積み重ねが、業界内でのDAIWA CYCLEの評判につながっていると思っています。

――DAIWA CYCLE様は駐輪場としての個人経営の時代から40年以上の歴史があり、「自転車の『新しいアタリマエ』を創る」を経営理念に掲げて、自転車に関連するさまざまなサービスを展開しています。ビジネスを進めていく上で、お客様に対して特に重視していることは何でしょうか。

涌本:当社が最も大事にしているのは「人」です。お客様から「お店のスタッフが元気だ」「教育がしっかりしている」という声をよくいただきますが、本当の意味でサービスをお客様に提供するためには、スタッフが豊かでなければいけないと思っています。

「自転車の『新しいアタリマエ』を創る」という経営理念を掲げた理由は、DAIWA CYCLEで働くスタッフの皆さんがお客様の潜在的なニーズを見つけ出し、新しいものをどんどん作っていけるような会社にしたいと考えたからです。新しいサービスが生まれるきっかけはさまざまですが、お客様と直接接するスタッフがいかに困りごとやニーズを感じ取り、それを会社としてしっかりとキャッチアップして形にしていくことがすべてだと思います。

――スタッフの教育については、いかがでしょうか。

涌本:自転車業界では、当社が最も教育に力を入れていると自負しています。目標を持った研修プログラムを用意しており、一人ひとりのカリキュラムの進み具合をしっかり管理しています。

自転車業界における教育は、案外難しいものです。ただ並べて売るだけの小売と違い、接客力だけでなく、修理などの専門技術も求められます。そのため、当社では接客力、商品への知識、技術力という「三本の柱」を重視しています。三本の柱について半年タームで教育を施し、合格するまでしっかりサポートしています。

スタッフによっては、接客は得意だけど手先が不器用、知識は豊富だけど会話が苦手といったようにそれぞれに特性があるため、当社では人材育成課のトレーナーが現場に向かってマンツーマンで指導し、どのタイプのスタッフでも前に進めるようサポートしています。世の中には物が溢れていて、インターネットでクリックすれば自転車を買える時代ですが、DAIWA CYCLEは販売だけでなく、自転車をお買い上げいただいてから始まる人と人とのお付き合いを大事にしたいという想いから、これからも人材育成に力を入れて対面販売を続けていきます。

私は父の家業を継ぎましたが、元は個人店だったので、チェーン1号店から自分で開拓してきました。その後20店舗、30店舗と増えていきましたが、社員の評価制度をしっかりやっておかないと先がないということに気づきました。もし私が今から起業するとしたら、最初に手をつけるのは評価制度ですね。

「人」を大事にするDAIWA CYCLEなので、誰が見てもわかる評価制度を構築することが大事だと思っています。個人の会社から成長していく際には、どうしても社長目線でスタッフの能力を評価してしまいがちですが、明確な評価制度によって、スタッフ自身に気づきを与えることが成長につながると思います。スタッフが、自分でしっかり考えて実行できる会社にしていくべきではないでしょうか。

自転車の安全面だけではなく「楽しさ」を伝えて業界を盛り上げていく

――成長が目覚ましい企業の代表の目線から見て、現在の日本経済が直面している課題は何でしょうか。また、今後の日本経済において成長企業はどう立ち回るべきでしょうか。

涌本: 現状、日本企業からのイノベーションが少ないのではないかと感じています。多くの日本企業は持続的イノベーションが得意だと思いますが、斬新なアイデアでこれまでの市場価値や生活スタイルを一変させるような破壊的イノベーションを作っていくのが苦手であるように思っています。身近なものでも、スマートフォン、動画配信など、外国企業に席巻されてしまった例は多くあります。そういう破壊的イノベーションを日本国内から出てくるようにしていかないといけないと感じていますが、それを担うのは、まだ形が決まり切っていない当社のような成長企業ではないかと思うのです。当社の経営理念である『自転車の「新しいアタリマエ」を創る』には今の当り前を疑い、新しいものを生み出して世の中に広げていきたいという気持ちを込めています。多くの失敗もあるでしょうが、既存の枠組みにとらわれずに新しい物事に挑戦する姿勢が、成長企業に求められるのではないでしょうか。

日本の格差社会の中で、企業にも格差が生まれています。日本経済には底上げが必要だと思いますが、そのための施策もない状況です。そのため、税制などによって中小企業を支援するのではなく、もっと成長に寄与するような政策があってもよいと思います。

加えて、中小企業にはグローバルな目線も必要だと思います。自国の中だけで経済を回すのではなく、海外に目を向けて外貨を獲得する動きが日本経済には必要です。海外からはロードバイクやマウンテンバイクが輸入される中で、「日本のママチャリはどうして世界で普及していないのか」を考えた結果、その理由が対応可能であるなら将来日本のママチャリを海外に普及させることができるかもしれないと考えています。

――DAIWA CYCLE様と同様の事業領域を持つ企業が、2023年以降の市場において成長していくためには何が必要でしょうか。

涌本:移動手段だと考えられている自転車に対して、楽しさや健康、エコなどの価値を付加していくことが、この業界の生きる道だと思います。

少子高齢化により国内の需要はどんどん縮小する中で、自転車を取り巻く環境にもメスを入れる必要があると思います。実際、コロナ禍において公共交通機関で移動するのが困難になった際に自転車が脚光を浴びましたが、それが継続することはなく、特需という形で終わってしまっていました。自転車は健康やエコなどの面で非常に良い乗り物なので、それをもっと伝えることができれば、自転車業界全体が盛り上がると思います。

自転車業界としてはサイクリングのイベントや自転車道路の整備などの活動も行っています。過去、自転車業界は技術面に偏ったアプローチをしていた時期がありました。乗り物ですから安全であることはもちろん大切ですが、「楽しさ」も両立させなければなりません。其の為、「お客様に自転車の楽しさを忘れさせないような業界にならなければ」と考えています。

組織作りを通じて仕事の楽しさを全社に伝える

――DAIWA CYCLE様の今後の目標や、5年後、10年後に目指すべき姿についてお聞かせください。

涌本:現在は組織作りに力を入れています。当社には営業だけでなく自転車ショップを運営する部署もありますし、商品・店舗の開発やIT専門の部署もあります。その中で、社長が逐一指示するのではなく各部署とその部署の長がしっかり連携し、DAIWA CYCLEが中期計画や長期計画で示した目標を達成するために責任を持って考え、部署間の相乗効果が生まれるような組織を目指しています。これについてはすでに実行しており、最近は私が参加しない会議も増えています。これは、とても大きなことです。

リーダーがトップダウンで指示する会社も悪くはないのですが、社長は不死身ではありませんし、いつ病に倒れるかもわかりません。そのため、当社は私ではなく社員たちが主役になり、彼らが自分で考えて実行できる会社にしようと思っています。

自分で考えて会社や業界にメリットをもたらすことができれば、きっと「仕事が楽しい」と感じるでしょう。それこそが、仕事の醍醐味ではないでしょうか。その楽しさを社員に感じ取ってもらい、上司はそういった価値観を部下に教えて導き、「楽しさのタスキ」をつないでいってもらいたいと思います。

――組織作りにあたって、課題はありますか。

涌本:足りないものだらけですが、足りないものは外部から吸収することもできるし、自分たちでクリアすることもできます。足りなくて困ることはありますが、あきらめることはないですね。

ただ、社員全員が3年後、5年後のビジョンを持っているわけではないので、もっと明確なビジョンを末端のスタッフにまで浸透させ、理解を深めてもらう必要があります。やり方はいろいろあると思いますが、ポスターなどで啓蒙するのではなく、本当の意味で「楽しさのタスキ」をつないでいってもらいたいので、自転車のようにローテクではありますが、お互いがしっかり向き合うしかないと思っています。

――最後に、弊媒体の読者層である投資家や資産家を含めたステークホルダーの皆様へ、メッセージをお願いします。

涌本:DAIWA CYCLEは、まだまだ拡大していきます。出店の勝ちパターンや成功パターンはすでにありますが、国内では限界があるとも思っています。

私たちは現在の勝ちパターンに甘んじることなく、次の「新しいアタリマエ」を探し続けます。サイクルショップとは別のことを始めるのか、道交法改正に向けて活動するのか、何をするかはまだわかりません。ただ、投資家の皆様に覚えておいていただきたいのは、DAIWA CYCLEは成長を続ける会社だということです。これまでと同じような成長ではなく、もう一歩先、三歩先を目指します。