この記事は2023年7月3日に「The Finance」で公開された「ファンドの訴訟遂行に関する法務上・実務上の問題および解決策」を一部編集し、転載したものです。
近年、上場会社による有価証券報告書の虚偽記載が多数生じていることを背景に、信託銀行等が受託するファンドにおいて、虚偽記載をした会社等に対して当該会社の株価の下落によりファンドに生じた損害の賠償を求める訴訟が数多く発生している。
その際、訴訟遂行についてどのような対応をすればよいのか、信託銀行やアセットマネジメント会社の法務担当者・実務担当者が頭を悩ませることが多い。
本稿では、まずファンドにおけるスキーム関係者(受託者、運用者および受益者。以下これらを総称して「受託者ら」と呼ぶ)が、有価証券報告書虚偽記載訴訟においてどのような義務を負っているかという点を説明したうえで、訴訟遂行に関する法務上・実務上の問題およびその解決策について解説する。
目次
1 有価証券報告書虚偽記載訴訟の概要
有価証券報告書虚偽記載訴訟の概要について説明すると、過去になされた主なものとしては、西武鉄道訴訟、オリンパス訴訟、東芝訴訟といったものがあり、それらはある会社が有価証券報告書の虚偽記載をしたことにより当該会社が発行する株式の価額が下落したため、当該株式の所有者が被った損失を取り戻すことを目的として、当該会社等を訴えるというものとなっている。
この訴訟においては、ファンドの受託者が原告となり、有価証券報告書の虚偽記載をした会社、会社役員および監査法人等が被告となる。
上記訴訟の裁判では、原告の被告らに対する損害賠償請求権が認められている。
2 ファンドにおける訴訟遂行にかかる関係者等のスキーム図
ファンドにおける訴訟遂行にかかる関係者等のスキーム図は、以下のとおりとなっている。
3 訴訟遂行の流れ
有価証券報告書の虚偽記載に関する訴訟遂行の流れは、以下のとおりとなっている。
(1)提訴判断
以下の流れで提訴するか否かを判断する。
① 会社による有価証券報告書虚偽記載の事実に関する確認
② 該当する株式を保有するファンドの調査
③ 該当する株式を保有するファンドにおける損失額の調査
④ 訴訟を提起した場合にかかる費用および勝訴可能性の調査
⑤ 勝訴した場合に得られる金額の調査
⑥ 上記①~⑤を踏まえた訴訟を提起するか否かについての判断(必要に応じて提訴判断の合理性に関する弁護士意見書を徴求)
(2)提訴から訴訟終結まで
受託者が原告となり有価証券報告書の虚偽記載をした会社等を被告として訴訟を提起する。
受託者は裁判の進行状況等につき適宜受益者に報告する。
(3)訴訟終結時
和解応諾もしくは上訴するか否かを判断する。
4 受託者の義務
年金信託契約書や投資信託約款には、受託者が行うべき信託事務の処理の範囲に訴訟遂行に関する事務が含まれるかどうかという点は通常は記載されていない。よって訴訟を遂行することが信託事務の処理の範囲内かどうかを判断するには、契約当事者の意思を客観的事実を踏まえ合理的に解釈する必要がある。訴訟遂行には提訴判断に至るまでに多くの調査・確認手続きが必要なだけでなく、提訴した場合、弁護士費用をはじめとする様々な訴訟費用がかかるため、多額のコストが発生する。その一方、勝訴の可能性・勝訴した場合の回収額等訴訟により得られる利益は明確ではない。したがって、訴訟遂行によりどのような損益が発生するかについて不確実なところがあることから、訴訟遂行によって生じる損益が帰属することとなる受益者が訴訟遂行に関する判断をすべきであり、訴訟を遂行することは受託者の信託事務の処理の範囲には含まれない、と考えるのが契約当事者の意思の解釈として合理的と思われる。そうすると、訴訟を遂行することは受託者の信託事務の処理に含まれないこととなるため、受託者は訴訟遂行に関する義務は負わないと解釈するのが妥当と思われる。
ただし、信託銀行が有している年投口という商品においては、個々のファンドのマザーファンドとなっていることから、多数の受益者が存在しており、それら多数の受益者の意向を確認することは事実上困難となっている。そのような事情を踏まえると当該商品においては、受益者は受託者に訴訟の遂行を含むすべてを任せていると考えるのが合理的であり、受託者は訴訟遂行に関する義務を負うと解する余地があると思われる。したがって、当該商品においては提訴の判断や和解応諾の判断も受託者がすることになる。なお、年投口では、受益者が入れ替わることが多々あり、訴訟を提起する時点での受益者の顔ぶれと勝訴により損害賠償金がファンドに支払われる時点での受益者の顔ぶれが異なることがある。そうすると受託者が提訴をするか否かの判断をする際は、そのような点も考慮したうえで合理的な判断をすることが必要となる。
また、受託者が世の中で行われている有価証券報告書虚偽記載訴訟に関する情報を当該訴訟に関連する株式に投資していたファンドの受益者に提供する義務があるかという点については、上記のとおり、訴訟を遂行することは信託事務の処理の範囲内には含まれないと考えられるため、受託者は訴訟に関して受益者に情報提供する義務を負わないと解釈するのが妥当と思われる。ただし、受託者が年投口について提訴すると判断した場合には、後日他のファンドの受益者より受託者が提訴したことを知らされなかった(知っていたら当該受益者のファンドでも提訴していたのにその機会を逃した)と言われる可能性を考え、ビジネス上のサービスとして年投口が提訴するという情報を受益者に提供するということも検討の余地があると思われる。
5 運用者の義務
受託者と異なる者が運用者となっているファンドの場合、まず仮に訴訟遂行について受託者もしくは運用者のいずれかに権限があるとした場合、受託者と運用者のどちらが訴訟遂行に関する権限を有しているのかという点を検討する必要がある。投資一任契約や投資信託契約には、訴訟遂行に関する権限は誰がもっているのかという点は通常明記されていないが、契約上ファンドの運用権限を有するのは運用者であると記載されており、また有価証券報告書虚偽記載訴訟はファンドにおいて運用する株式にかかるものであることから、運用者に訴訟遂行に関する権限があると解すべきと思われる。
次に、運用者が行うべき職務の範囲に訴訟遂行に関する事務が含まれるかどうかという点を検討すると、投資一任契約や投資信託契約については、通常この点について記載はないため、契約当事者の意思を客観的事実を踏まえ合理的に解釈する必要がある。この点、投資一任契約については、前述したとおり、訴訟遂行には様々なコストがかかる一方、回収金額等訴訟により得られる利益は明確でないことから、訴訟遂行によって生じる損益が帰属することとなる受益者が訴訟遂行に関する判断をすべきであり、訴訟を遂行することは運用者の範囲には含まれない、と考えるのが契約当事者の意思の解釈として合理的と思われる。そうすると、訴訟を遂行することは運用者の職務に含まれないこととなるため、運用者は訴訟遂行に関する義務は負わないと解釈するのが妥当と思われる。
一方、投資信託については、個々のファンドにおいて多数の受益者が存在しており、それら多数の受益者の意向を確認することは事実上困難であるため、前述した年投口と同様、投資信託においては、受益者は運用者に訴訟の遂行を含むすべてを任せていると考えるのが合理的であり、運用者は訴訟遂行に関する義務を負うと解する余地があると思われる。したがって、提訴の判断や和解応諾の判断も運用者がすることになる。なお、投資信託では、前述した年投口と同様、受益者が入れ替わることが多々あり、訴訟を提起する時点での受益者の顔ぶれと勝訴により損害賠償金がファンドに支払われる時点での受益者の顔ぶれが異なることがある。そうすると運用者が提訴をするか否かの判断をする際は、そのような点も考慮したうえで合理的な判断をすることが必要となる。
6 受益者の義務
受託者・運用者が訴訟遂行に関する義務を負わないファンドにおいては、前述したとおり、訴訟遂行には様々なコストがかかる一方、回収金額等訴訟により得られる利益は明確でないことから、訴訟遂行によって生じる損益が帰属することとなる受益者が訴訟遂行に関する判断をすべきであると解釈すべきと思われる。また、受益者が年金基金である場合、その理事は受託者責任を負っているため、当該受託者責任の範囲内で訴訟遂行に関する義務を負うと解する余地があると思われる。
7 米国における証券訴訟の状況
米国では証券訴訟を専門とする弁護士事務所が複数存在しており、数多くの年金基金等から様々な証券訴訟を引き受けている。
そこで行われているプラクティスの例をあげると、提訴判断に関するものとしては、①法律事務所は、有価証券報告書の虚偽記載等の事実を調べたうえで、その情報を年金基金等に提供する、②年金基金等はファンドが投資している虚偽記載を行った会社の株式に関する情報(売買日、売買株式数、売買価額等)を法律事務所に提供する、③法律事務所はその法的知見を基に、提訴した場合における勝訴可能性や勝訴した場合における損害賠償額の予測等を年金基金等に提供する、④年金基金等が法律事務所から提供された情報を基に提訴判断をする、といった流れになっている。
また、訴訟において原告が負担する費用は、原則成功報酬のみとなるスキームが構築されている。
8 法務上・実務上の問題およびその解決策
(1)受託者らの訴訟遂行に関する義務について
「4 受託者の義務」・「5 運用者の義務」・「6 受益者の義務」の内容は、受託者らの訴訟遂行に関する義務について現時点における一般論を記載したものであるが、そもそも受託者らに求められている善管注意義務とは、その職業やクラスの人として普通に要求される注意であるとされていることから、実際世の中において信託銀行、投資信託委託会社を含むアセットマネジメント会社および年金基金が有価証券報告書の虚偽記載に関する訴訟をどのように扱っているかといった動向をよく注意しておく必要がある。もし多くの会社・基金が対応している実務が存在する場合、そのような実務を行っていない会社等は善管注意義務に違反しているといわれる可能性が高まることに注意が必要である。
(2)提訴判断に関する体制構築について
前述したとおり、年投口や投資信託といった受益者が多数となるファンドにおける受託者・運用者は有価証券報告書虚偽記載訴訟に関して訴訟遂行の義務を負っており、また、受託者・運用者が訴訟遂行に関する義務を負わないファンドにおいては、受益者が年金基金である場合、その理事は受託者責任の範囲内で訴訟遂行に関する義務を負っていると解する余地があるため、それらの義務を負うものは、提訴判断を適切に実施することができる体制を構築しておく必要がでてくる(なお、適切な体制が構築されており、判断プロセスが適切かつ合理的なものである場合、提訴しないとの判断に至っても問題はない)。
提訴判断に関する体制構築については、各受託者・運用者・年金基金が個別に体制を構築するとコストが高くなってしまうことから、米国におけるプラクティスのように、各受託者・運用者・年金基金から依頼を受けた法律事務所が提訴判断に関する情報提供を各受託者・運用者・年金基金に提供するというスキームが構築できると、各受託者・運用者・年金基金にとって法律事務所の法的知見を活用した適切な体制が構築できるとともにコスト削減にもつながるため、よりよい解決策になると思われる。
(3)受益者が入れ替わるファンドにおける訴訟遂行について
受託者が多数となるファンドにおいては受益者が入れ替わることがあるため、弁護士への着手金を支払った際に受益者だった者が、その後損害賠償金を受領した際には受益者ではなくなっており、訴訟遂行におけるコストだけを負担し収益は享受できないといった問題が生じる可能性がある。
この問題については、訴訟主体はあくまでファンドであり、受益者が入れ替わることによりコストを負担しながらその後得られる利益を享受できない受益者がいたとしても適切な情報開示がなされている限り法的には問題はなく、どの時点の受益者に損益がつくのかという点はファンドの会計においてどの時点で費用・利益を計上するのかという会計上の問題であると考えることも解決策の1つと思われる。ただし、コスト負担だけをすることとなる受益者から不満が出る可能性を考えると、実務上の観点からは、米国におけるプラクティスのように、ファンドが原則成功報酬のみにて訴訟遂行することができるスキームが構築できると、原則収益を享受する受益者がコストも負担することとなるため、よりよい解決策になると思われる。
9 有価証券報告書虚偽記載訴訟を行う意義
金融商品取引法において有価証券報告書による開示が義務付けられている理由は、証券の価値にかかわる情報を開示させ、利益を求めて行動する投資者の当該情報に基づく判断がされることを通じて、市場において証券の適正な価格形成を図ることにある。もし開示された情報が真実ではない場合には、投資者の判断を誤らせ、市場において効率的な資源配分を達成できないことになる。
また、金融商品取引法では有価証券報告書に虚偽記載をした会社に民事責任を負わせている。虚偽記載があった場合に損害賠償責任を負わせることにより、被害を被った者を救済するとともに、発行者に対して真実でない情報を開示させないという予防的な機能を発揮することができる。
よって、有価証券報告書に虚偽記載をした会社に対して訴訟を通じて損害賠償責任を追及することは、ファンドの損害の回復ができるだけでなく、有価証券報告書の提出義務を負う会社に対して虚偽記載をさせないという予防的機能も有することとなり、適正な市場を構築する手段として非常に重要な役割を担っているということができる。
10 おわりに
以上、有価証券報告書虚偽記載訴訟に関する法務上・実務上の問題およびその解決策について説明した。
「8 法務上・実務上の問題およびその解決策」のところに記載したとおり、日本ではファンドにおける有価証券報告書虚偽記載訴訟の遂行おいて、受託者らに関して現在残された問題が存在していると思われるが、解決策の方向性については、そこで記載したとおりであり、日本でも米国におけるプラクティスと同様のスキームの整備がなされることが望ましいと思われる。
訴訟遂行に関する義務を負っている受託者らは、有価証券報告書虚偽訴訟は有価証券報告書の提出義務を負う会社に対して虚偽記載をさせないという予防的機能を有しており、適正な市場を構築する手段として非常に重要な役割を担っているため、受託者らは前述した提訴判断のための体制構築や提訴判断の合理性といった点を十分理解したうえで行動する必要があることに留意すべきである。
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弁護士 ニューヨーク州弁護士 慶應大学法科大学院講師
1996年弁護士登録(ニューヨーク州)・2009年弁護士登録(日本)。元三菱UFJ信託銀行・法務部長。前日本マスタートラスト信託銀行・業務管理部長。
信託関連法令(信託法・信託業法・兼営法)・信託実務をはじめとする各種金融法務および実務に精通。企業での長年の勤務経験を活かし、日々の業務や新商品開発等における法律問題はもちろんのこと、コンプライアンス態勢・リスク管理態勢の構築といったビジネスに関する様々な課題についてもアドバイスを行っている。
書籍:「信託の法務と実務【7訂版】」(金融財政事情研究会、2022年、共著)等