この記事は2023年7月26日に「The Finance」で公開された「新紙幣はいつから?人物・デザイン・採用技術など総解説」を一部編集し、転載したものです。
本稿では、2024年7月前半を目途に発行開始を予定されている「新紙幣」について、その背景から使用されている技術について取りあげます。また旧紙幣は使えなくなるのかという疑問にも触れます。
目次
新紙幣はいつから発行される?
2024年7月前半を目途に、20年ぶりに新紙幣が発行されます。具体的な日付は未定となっていますが、今後アナウンスがされていく予定です。
紙幣の発行は1885年(明治18年)に第1号が誕生し、これまで53種類の紙幣が発行されてきました。最近では概ね20年に1回のペースで新紙幣の発行が行われてきており、都度デザインの刷新や偽造防止技術の導入を行ってきています。
今回の新紙幣も一万円札、五千円札、千円札、それぞれの肖像画が変更されていることに加え、さまざまな最新技術を導入し、時代背景に合わせた紙幣になっています。2023年7月現在は、流通までの準備が進められており、2023年度中に30億枚の印刷が予定されています。なお、新紙幣の見本が貨幣博物館や全国32カ所の日本銀行の支店で見られるため、流通前に紙幣の柄等を確認することも可能です。
なぜ新紙幣に変わるのか
最も大きな理由は、偽札防止つまり偽造防止のためです。
警視庁が発表している「偽造通貨の発見枚数」によれば、令和元年から3年までは、毎年2,000枚以上の偽の一万円券が発見されています。偽札が世の中に出回ってしまうと、お金に対する信用がなくなり、無意識のうちに被害を受けてしまう可能性もあります。
こうした被害を防止するためにも、概ね20年毎に改刷が行われています。日本のお札の偽造防止技術は旧紙幣でも十分に高いものがありますが、民間の印刷技術が大幅な進歩を遂げていること、世界の潮流としてユニバーサルデザインの考え方が広まっていることから、より偽造しにくい高度な偽造防止技術が使われるようになりました。
新紙幣のデザイナー
結論から言えば、新紙幣のデザインを担当する特定のデザイナーはいません。
新紙幣を作成する際には、「工芸官」と呼ばれる国家公務員の専門職員が最新のコンピュータシステムを用いて描き、様式やデザインの最終決定者である財務大臣の認可によって決まります。
工芸官は、紙幣のデザインを行う担当者と印刷を行うための原版を作成する彫刻担当に分かれており、高い技術が必要な職種です。紙幣を作成する際には、原版の作成に半年以上の時間をかけて行うとされています。
紙幣の印刷を行う印刷局には工芸官が10名ほど在籍しているとされており、高い専門性を求められることから、募集人数も少ない狭き門の職種になっています。
千円・五千円・一万円の新紙幣デザイン
(1)新千円札:北里柴三郎
「近代日本医学の父」と呼ばれる微生物学者であり教育者。大学在籍時に「医学の使命は病気を予防することにある」と確信し、卒業後にドイツへ留学しました。ドイツではローベルト・コッホに従事し、破傷風菌の純粋培養、免疫抗体を発見し、血清療法へと発展させました。
ドイツから帰国後には私立伝染病研究所を創立し、伝染病予防と細菌学の研究を行い、後の北里研究所として優秀な医学者の教育など、今日まで日本の医学発展に貢献しています。さらに1894年には香港にてペスト菌の発見にも至っています。
新千円札で描かれている北里柴三郎は、風格や品位を漂わせ、学者としての地位が確立している50歳代の写真を参考にして描かれています。
(2)新五千円札:津田梅子
女子高等教育の先駆者。1871年(明治4年)、岩倉遣外使節団と共に女子留学生の一人として渡米。この時の津田梅子は数え年で8歳、現在の年齢の数え方だと6歳にして 渡米したことになります。アメリカで初等中等教育を受けた後、明治15年に帰国し、華族女学校の教授に着任しました。再度渡米した後、36歳で現在の津田塾大学の前身である女子英学塾を開校します。女性の地位向上を目指し、英語教育から当時としては画期的な個性を尊重する教育に努め、生涯にわたって女性の高等教育の普及に尽力しました。
新五千円札で描かれている津田梅子は、教育者としてのキャリアが確立された30歳代の写真を参考にして描かれています。
(3)新一万円札:渋沢栄一
「近代日本経済の父」とされる実業家。現在の深谷市に生まれ、幼い頃から稼業であった繭玉の製造から販売、養蚕の手伝いをしながら、父からは学問の手ほどきを受けました。
27歳で徳川幕府15代将軍、徳川慶喜の実弟徳川昭武に随行し、パリ万国博覧会など欧州各国を訪問すると、近代的な社会制度や先進的な技術や産業を見聞したことで、帰国後に商法会所を設立しました。さらに明治政府に招かれ大蔵省の官僚となると、新しい国づくりに深く貢献していきます。
官僚を退任後、第一国立銀行(現在のみずほ銀行)や東京証券取引所などの企業や団体の設立に尽力し、生涯で500社以上の企業、約600の社会公共事業・教育機関の支援に関わっています。公共の利益を追求することで、皆が幸せになり、国が豊かになるという考えを、生涯を通して実践しました。
新一万円札では各方面で活躍している60歳代前半の写真をもとにデザインされています。
新紙幣に使われている偽造防止技術
(1)高精細すき入れ
従来の紙幣には、紙をすかして見た際に肖像のすかしが表れますが、新紙幣では従来のすかしに加えて、肖像の背景に高精細のすき入れが入っています。肖像の周囲を緻密な画線で構成された連続模様が施されているのが新紙幣での特徴です。
すき入れとは紙の厚さを繊細に変えることで表現される偽造防止技術で、日本の紙幣では白すかしと黒すかしを組み合わせて作られた、淡麗の差を表現しています。
(2)3Dホログラム
印刷された肖像が三次元で浮かび上がり、見る角度によって回転する3D ホログラムの技術を取り入れています。一万円札と五千円札にはストライプ型の3Dホログラム、千円札にはパッチ型の3Dホログラムを導入しました。
3D画像が回転する技術は最先端のものとなっており、銀行券への採用は世界初の取り組みになっています。
<3Dホログラム>
https://youtu.be/LWMt3zcrK00
(3)潜像模様
潜像模様とは紙幣を傾けた際に、表面には「10000」、「5000」、「1000」の数字が浮かび上がり、裏面には「NIPPON」の文字が浮かび上がる技術のことです。
インクの縞状凹凸によって表現される模様で、紙幣を傾けることで入射角が変わり、入射角が大きくなることで、目視で模様を確認できるようになります。現在の紙幣でも用いられている技術で、新紙幣でも同様の技術が用いられています。
(4)パールインキ
紙幣を傾けると左右両端の余白部分にピンク色の光沢が浮かび上がる技術のことです。正面から見ることはできませんが、紙幣を傾けることで発色します。現在の紙幣でも用いられている他、普通切手や特殊切手などでも、利用されている技術です。
偽造防止効果に加えて、ピンク色で鮮やかに発行することから、デザインを引き立たせる役割も担っています。
実際の例)新一万円札
(5)マイクロ文字
マイクロ文字は肉眼では確認できないほど、小さな文字で描かれている微細な文字のことです。複写してもはっきりと写すことは難しく、カラーコピー機を用いても再現が困難なことから、長年に渡って偽造防止技術として用いられてきました。
新紙幣では、これまでの紙幣と同様に「NIPPONGINKO」の文字が印刷されており、虫眼鏡などの拡大鏡を使ってようやく認識できるほどの大きさになっています。マイクロ文字も紙幣の他に、切手などで用いられています。
実際の例)新一万円札
(6)深凹版印刷
深凹版印刷とは、インキを高く盛り上げることで触っても紙幣だと認識できる技術のことです。紙幣では料額や日本銀行券の文字に深凹版印刷が採用されており、触るとザラザラとした触感があるのが特徴です。深凹版印刷技術はインキ厚とインキ、製造工程の整合性によって質が決まるため、印刷設備も少なく、非常に高度な印刷技術が求められます。
実際の例)深凹版印刷技術
(7)識別マーク
識別マークは深凹版印刷技術を活用して、目の不自由の方でも指で触ることで、どの紙幣かを判別できるようにする技術のことです。そのため識別マークは、券種によって形状が異なっています。従来は一万円札がかぎ型、五千円札が八角形、千円札が横棒、二千円券が点字の「に」の形状でしたが、新紙幣では11本の斜線に変更され、券種ごとに位置を変えることで、より分かりやすい形にしています。
(8)すき入れバーパターン
紙幣に棒状のすき入れを施し、光に透かして見ることで券種ごとに縦棒が見えてくる技術がすき入れバーパターンです。一万円札には3本、五千円札には2本、千円札には1本の縦棒が施されています。新紙幣では識別マークと同様に、券種ごとに配置を変えることで識別をしやすくしています。
すき入れバーパターンのすかしはカラーコピー機などで再現は不可能に近く、偽造防止技術として取り入れられています。
実際の例)新一万円札
(9)特殊発光インキ
紙幣に紫外線を当てると表面の印章(日本銀行総裁印)や表裏の図柄の一部が発行する技術です。
特殊発行インキは紙幣の他に、証券やパスポートなどにも用いられており、偽造防止用インキとして呼ばれることもあります。通常の光源下では発行しないため、真偽確認に広く用いられているのが特徴です。
現在の紙幣では、表面の印章(日本銀行総裁印)がオレンジ色に光り、図柄の一部は黄緑色に発行する仕組みになっています。
実際の例)新一万円札
旧紙幣は使えなくなるのか
結論から言えば、新紙幣が発行されたとしても、すぐに旧紙幣が使えなくなることはありません。なぜならお札には、日本銀行法第46条第2項よって「日本銀行が発行する銀行券は、法貨として無制限に通用する」と明記されており、無制限の強制通用力があることが定められているからです。つまり円の支払いが必要な取引において、お札の利用の制限はなく、何枚でも利用が可能です。
旧紙幣が使えなくなる状況は、法律上特別な措置が取られた場合のみのため、すぐに全面的な切り替えにはなりません。事実として昭和25年ごろに発行した聖徳太子が描かれている千円券や、古いものでは昭和18年以前に発行されている大黒天が描かれた旧一円券などは、現在でも利用可能です。
なお財務省では、新紙幣が発表されたことで、「現在の日本銀行券が使えなくなるため回収する」などの詐欺行為が発生すると懸念しており、注意を呼びかけています。公式な発表として、財務省や日本銀行が、現行の日本銀行券は新紙幣発行後も継続して利用できると発表しているため、こうした呼びかけは詐欺であると断言して良いでしょう。
※参考
「現行の日本銀行券が使えなくなる」などを騙った詐欺行為(振り込め詐欺など)にご注意ください(財務省)
日銀松本支店、新紙幣を公開 詐欺行為に注意呼びかけ(日本経済新聞)
まとめ
新紙幣を発行することは、技術革新が進む現代において、より強力な偽造防止につながっていきます。現在でも日本銀行券は、偽造が難しいという評価を受けていますが、簡単に偽造ができない信用を継続するためにも、最新の技術を活用した偽造防止技術は不可欠であると言えます。
新紙幣が発行されたとしても、旧紙幣がすぐに使えなくなるわけではありません。新デザインはもちろんのこと、最先端の技術にも注目することで、新紙幣への関心がより高まるでしょう。