イノベーション時代 勝ち抜く鍵は“適応力”だ
(画像=Koto Online編集部)

トヨタ自動車が2026年に発売するEVに投入予定の新技術「ギガキャスト」。その影響力は自動車産業だけにとどまらず、周辺産業にも大きな変化をもたらすと予想されます。連載「ギガキャストの衝撃」の下編では、上編に続きローランド・ベルガーのパートナーの貝瀬斉氏が生産設備産業への影響を「量」と「質」の2つの観点から考察します。

>>前回の記事:テスラがもたらしたイノベーションの構造変化|ギガキャストの衝撃(上)

貝瀬 斉
貝瀬 斉
株式会社ローランド・ベルガー パートナー
横浜国立大学大学院工学研究科修了。完成車メーカーを経てローランド・ベルガーに参画。その後、ベンチャー経営支援会社、外資系コンサルティングファームなどを経て復職。20年以上、モビリティ産業において、完成車メーカー、部品サプライヤー、総合商社、ファンド、官公庁など、多様なクライアントにサービスを提供。未来構想づくり、コアバリュー明確化、中長期事業ロードマップ策定、新規事業創出、事業マネジメントの仕組みづくり、協業の座組み設計と具現化支援、ビジネスデューデリジェンスなど、幅広いテーマを手掛ける。特に、クライアントと密に議論を重ねながら、生活者や社会の視点に基づき、技術を価値やビジネスに昇華するアプローチを大切にしている。

目次

  1. ギガキャスト導入は生産設備の需要にも影響
  2. 「モノ売り」から「試作サービス」へ 多様化するビジネス
  3. イノベーションの予測精度には限界がある

ギガキャスト導入は生産設備の需要にも影響

前回は、先駆的な技術を先んじて採用するテスラが、既存の大手完成車メーカーのイノベーションを誘引する構図をギガキャストの動向とともに解説した。今回は、ギガキャストが生産設備産業にもたらす「量」と「質」の2つのインパクトに注目し、他社のイノベーションを自社の収益にどのようにつなげていくかについて考えてみたい。

まず量のインパクトだが、これはギガキャストに必要な生産設備の需要拡大のことを指す。ギガキャストは、従来のように多くの車体部品をつなぎ合わせるのではなく、アルミダイカスト(*1)で車体の大きな構造物を鋳物として一体成形する技術である。この技術の導入により、大型鋳物の製造に適したダイカストマシンや、大型鋳物を搬送するためのロボットなど、新しい設備の需要が生まれると予想される。実際、自動車アルミ部品大手のリョービは、既にギガキャスト向けに日本初となる6,000トン(*2)クラスのダイカストマシンの導入を決定し、2025年に稼働開始する予定である。

*1 溶かしたアルミニウムを金型に高圧で注入し、高速で冷却する製造方法。
*2 製品を鋳造する際に金型を締め付ける力の大きさ。

当然のことながら、従来にはない大型アルミ鋳物を鋳込むには、従来にはない大型ダイカストマシンが必要となる。それに加えて、完成した鋳物を量産ラインで運ぶためには、従来の搬送ロボットでは対応が難しいため、より可搬重量が大きいロボットが必要となる。その可搬重量は、単体で400キロ、サブ部品を含めると800キロとも言われている。

ただ、これだけの可搬重量ニーズは、自動車生産の分野でもこれまでに存在した。EVのバッテリーユニットの搬送ロボットである。ユニット重量が400キロと考えると、その搬送用ロボットの可搬重量は800キロクラスとなる。つまり、EVとしてバッテリーユニットとダイカストマシンが組み合わされるだけでなく、生産設備でもバッテリーユニット向けとダイカストマシン向けで可搬ロボットの共通性を高めることができれば、ロボット産業としてのスケールメリットを高めることもできるわけだ。

一方で、需要が縮小するロボットもある。これまで多くの部品を使って骨格を製造するのに使われていた溶接ロボットである。もちろん、全ての骨格がギガキャストで製造されるわけではないので、いきなり需要が激減することは考えにくい。しかし、テスラはもとより、トヨタもギガキャストの採用に踏み切る中、需要は着実に減少していくと見られる。将来の需要減少に向けた構えを今のうちから持っておくことは、事業の中長期的な安定確保に不可欠である。

「モノ売り」から「試作サービス」へ 多様化するビジネス

次に、質のインパクトとは、生産設備を用いたビジネスの多様化を指す。ギガキャストは新しい生産技術である。既存の大手完成車メーカーがシミュレーション技術を駆使しても、これまでの確立された生産技術とは異なるため、技術の習熟には試行錯誤が伴う。

着目すべきは、リョービがダイカストマシンを用いた車体部品の単純な「モノ売り」にとどまらず、このダイカストマシンを用いたギガキャストの試作サービスを予定していることである。2025年3月から、試作品のみならず、金型試作、そして設計までを対象としている。革新的な生産技術であるため、生産技術での工夫だけでは解決しない課題は、金型や設計まで踏み込んで解決していくというスタンスである。開発と生産を一体でカバーしていくことで、リョービのもたらす価値は増大すると考えられる。

ただし、いずれギガキャストの生産技術が確立すれば、このような試作サービスへの需要は減少する可能性もある。しかし、それだけギガキャストが市場として立ち上がってくれば、顧客が自社導入した設備のメンテナンス需要も一定積み上がってくることも考えられる。開発や生産に加えて、設備保全まで事業領域をうまく広げ、かつ顧客をロックインする仕組みをあらかじめ仕込んでおくことが、将来的な累積利益に利いてくると考えられる。

イノベーションの予測精度には限界がある

ここまで、ギガキャストが生産設備産業にもたらす量的・質的インパクトについて論じてきた。量としては、可搬重量の大きい搬送ロボットの需要拡大という追い風が見込まれる一方、代替される形で溶接ロボットの需要縮小という向かい風が予想される。質としては、新たな技術ゆえの試作サービスという事業機会が考えられる。これらの変化に対応するために重要なのは、シナリオプランニングに基づく、先んじた行動である。

イノベーション時代 勝ち抜く鍵は“適応力”だ
イノベーションに対応するには、未来の状況予測と打ち手をセットで用意する「シナリオプランニング」が重要となる

ギガキャストを最初に採用したのはテスラである。もしテスラという、レガシーがないゆえに革新的技術を積極採用する完成車メーカーがいなければ、業界全体のギガキャストの採用はもっと遅れていたかもしれない。逆に言えば、テスラという1社が、それまでの生産設備産業における市場の趨勢の見立てを変えたのである。

EV市場が広がることで、新興の完成車メーカーが勃興し、存在感を高めている。これらのメーカーは内燃機関車を手掛けていないことを強みとして、既存の完成車メーカーの常識をいとも簡単に覆してくる。ギガキャストもその一つである。そのような中で事業機会を逸しないためには、革新的なブレークスルーの可能性を常に頭の片隅に入れながら、それがいざ顕在化した時に自社が受ける影響を見積もり、かつ必要な対応や攻め口をあらかじめ具体化しておくことが大切である。

シナリオプランニングとは、単なる状況の予測ではない。複数の状況を予測した上で、自社が講じるべき打ち手までセットで用意することである。状況の予測精度を上げることには限界がある。それは、イーロン・マスクのような人物の行動を予測することを意味するからである。であれば、起きた状況に対して、いかに迷いなく、迅速に行動を起こせる準備をしておくことが重要となる。ギガキャストは、他社のイノベーションをいかに自社の収益に転換することができるのかという、企業の体質や仕組みを整えるきっかけになるとも言えるだろう。