この記事は2023年9月14日に「テレ東BIZ」で公開された「老舗“家庭用品”メーカー「象印」ものづくりの全貌:読んで分かる「カンブリア宮殿」」を一部編集し、転載したものです。
目次
「おかずいらず」の絶品ご飯~圧倒的シェア炊飯器の秘密
埼玉・蓮田市の繁盛店「立ち呑みBOCCI」。客のお目当ては自家製の「おにぎり」(1個100円)だ。客を惹きつけているのはご飯。特別な米を使っているわけではなく、おいしさの秘密は炊飯器にあると言う。
その象印マホービンの炊飯器「炎舞炊き」は、松村さんが買ったのではなく、「馴染みの店でおいしいおにぎりが食べたい」という常連客がお金を出し合い、プレゼントされたもの。 「立ち飲み屋でおにぎりが売れるんだと思いました。『おにぎり屋さんみたい』と言われます」(店主・松村麗子さん)
「炎舞炊き」は食のプロにも選ばれている。料理研究家の阪下千恵さんは、家庭だけでなく、仕事の現場でも欠かせないと言う。
「写真に撮ると味が分からないと思うかもしれませんが、『炎舞炊き』なら確実にきれいでおいしそうなご飯が炊ける。すごく信頼しています」(阪下さん)
また、埼玉・川越市で三代続く米店「金子商店」を営む「五つ星お米マイスター」の金子真人さんは、それぞれの銘柄を評価する際に「炎舞炊き」を使っている。
「ご飯のポテンシャルを最大限に引き出すような炊飯器だと思います」(金子さん)
東京・秋葉原の家電量販店「ヨドバシカメラマルチメディアAkiba」の炊飯器売り場をのぞくと、150台以上の機種が並んでいる。スマホで炊飯予約ができる多機能タイプや、内釜の素材にこだわった商品などが人気。主流は10万円前後する高級炊飯器だ。
そんな売り場の一番目立つ場所にあったのが「炎舞炊き」。最上位モデルは約13万円もするが、次々と売れていく。
▽「炎舞炊き」最上位モデルは約13万円もするが、次々と売れていく
「高級炊飯器の中では圧倒的な売れ行きです。8万円以上の炊飯器で絞ると売り上げの半分以上が『炎舞炊き』というぐらい売れています」(「ヨドバシカメラ」高澤浩二さん)
とにかくご飯がおいしくなるという口コミだけで売れ続け、発売から5年で累計62万台を突破した。
「炎舞炊き」は他の炊飯器と構造が違うと言う。大阪・大東市の象印マホービン大阪工場の「炎舞炊き」製造ライン。炊飯器の底に取り付ける熱源のIHコイルを、「炎舞炊き」には6つも付けている。従来の炊飯器よりかなり複雑な構造だ。
ヒントにしたのは、手間はかかるがご飯がおいしく炊ける昔ながらの「かまど」だ。開発するにあたり、炎舞炊き開発者の三嶋一徳は赤外線カメラを使って釜の中の温度を測定した。すると、「沸騰している状態でも全体が同じ温度になっていない。均一には加熱してないんです」(三嶋)
薪の炎には揺らぎがあるため、釜の中では温度差が生じる。この温度差により、さまざまな方向の対流が起こる。「炎舞炊き」の6つのIHコイルはそれぞれが独立して加熱。だからさまざまな方向の対流を再現できる。まさに踊るような対流が生まれるのだ。
こうした状態で炊くとコメが中で激しく動くため、表面のでんぷん質が剥がれやすくなる。このでんぷん質こそ甘味のもと。剥がれることでより早く甘味に変わっていく。
「ご飯というのは、おかゆになるぐらいトロトロに煮ると甘味が出るのですが、そうなるとおいしいとは思えない。食感というおいしさがなくなるからで、対流があることによって早く甘味成分に変わるので、弾力を残しながら甘味を出すことができます」(三嶋)
「炎舞炊き」は6つのIHコイルで「かまど」の強烈な加熱を再現する炊飯器なのだ。
大阪マダムもおかわり4杯~ご飯のおいしさ極める戦い
ただし、その組み立ては簡単ではない。およそ50人が作業に当たるが、全ての工程が手作業となる。「本体を回しながらフチに沿わせて配線する。それも数本の線を順番に収めていくので機械では難しい」のだと言う。
▽およそ50人が作業に当たるが、全ての工程が手作業となる
本体の大きさはこれまでとほぼ同じだが、IHコイルが6つになったことで部品数も倍増。だから1日に生産できる台数は半分以下となり、値段も高くなってしまう。生産台数を減らしてでもおいしさを追求する道を選んだのだ。
この戦略は当たり、高級炊飯器路線に舵を切ってから業績は好調。コロナの影響も段落し、去年は約825億円を売り上げた。
象印マホービンの本社は大阪市内にある。1918年創業、総従業員数は1,300人余りの、主に水筒やタンブラー、炊飯器を中心とする調理家電などを手掛けるメーカーだ。
「ずっと炊飯器を作り続けて、たどり着いたのが『炎舞炊き』。100年目の最高傑作です」と言うのは社長・市川典男(65)だ。
▽「100年目の最高傑作です」と語る市川さん
市川は大阪市難波の商業ビル「なんばスカイオ」に「炎舞炊き」のおいしさをアピールする拠点「象印食堂」を作った。開店と同時に席が埋まる。客のお目当ては、ズラリと並んだ30台の「炎舞炊き」がフル稼働して作る炊き立てのご飯だ。
▽「象印食堂」何杯でもおかわり自由の食べ放題となっているおかわりコーナー
お茶碗を持って立ち上がった女性客が向かった先にはおかわりコーナー。何杯でもおかわり自由の食べ放題となっている。ご飯は「標準炊き白米」「もちもち炊き白米」「金賞健康米」の3種類があり、皆、1杯や2杯では済まない。
「合計4杯、食べました」「お米がこんなにおいしいと思わなかった」と、味にうるさい大阪の女性客も絶賛するおいしさ。実はこれこそが象印の求めるものでもある。
「炊飯器の本質は唯一、“おいしく炊く”こと。おいしさをいつまでも追求していくことが一番大事だと思います」(市川)
創業100年、原点は魔法瓶~世界で愛される理由は?
象印マホービンは魔法瓶で大躍進を遂げた。創業は1918年。市川の祖父が兄弟で起こした魔法瓶の町工場から始まった。当時、魔法瓶は東南アジアに盛んに輸出された。そこで現地の人たちに馴染みのある象のマークが使われるようになった。
それから100年以上経った今も、魔法瓶は当時と同じ原理で作られている。魔法瓶は大きさの異なる2つのガラス瓶を重ねて作る。まず外側の下半分のガラス瓶の上に一回り小さい内側の瓶を入れ、さらに外側・上半分の瓶を重ね、蓋をする格好だ。
これに熱を加え、接合部分を溶かしてつなげる。その後、2つのガラス瓶の間の空気を抜き真空状態にする。真空だと熱が伝わらないので、熱さや冷たさをキープできるのだ。
しかし、国内でこのガラスの魔法瓶を作っているのは今や象印の工場一軒だけ。軽くて安いステンレス製品が取って代わっている。ただしガラス製にも捨てがたいメリットがある。
「ガラス製の魔法瓶はステンレス製に比べて、香りや味が移りにくいという特徴があります」(福町工場・高橋直樹)
この特性から愛用され続けている場所が、例えば横浜市のアラビア料理店「アル・アイン」。食事を終えたところで店主がアラビアンコーヒーの入った象印の魔法瓶を持ってきた。アラブの国々では香辛料の入ったコーヒーが日常的に飲まれている。そのため、味や香りが移りにくいガラスの魔法瓶が欠かせないのだ。
アラブ諸国を含めて、今や象印は40以上の国と地域に展開。象のマークはここまで広まった。
本社の1階には100年を超える歴史の中で生まれた象印製品が展示されている「まほうびん記念館」がある。
その中には失敗したものもある。例えば1979年発売の美顔器。気泡の吹き出す水に顔をつければ、洗顔・マッサージ・パックと3つの効果が得られるという製品だが、「各社がこぞって発売し、うちが出した頃にはブームが去り、在庫だらけになった」(市川)
▽「まほうびん記念館」在庫だらけになった1979年発売の美顔器
家電で迷走、赤字からの逆転劇~家庭用品メーカーの真骨頂
市川の入社は1981年。システム開発の部署に配属された。当時の象印は家電メーカーの後追い製品を作っては販売。しかし空振りに終わったものも多く、業績は悪化していた。1986年には創業以来初となる16億円の赤字を計上した。
「本質を見失っていた時期かなと思います。売り上げ至上主義のところがあって、売り上げを上げるために商品を増やし、多角化していく。でもそこには限界があって、失敗もする」(市川)
古いイメージを払拭しようともがき、ロゴからは象のマークを外した。そんな中で2001年、市川は42歳の若さで社長に就任。しかし取締役の顔ぶれは変わらず、年上の古株ばかり。市川は萎縮し、何も言い出せなかったと言う。
その様子を見かねた前社長で叔父の博邦からは「君は会社を一体どうしたいんだ?」と問われた。社長として自分は何をすべきか、市川は1週間、社長室にこもって考えた。
「いろいろ考えたのですが、象印は電機メーカーではなく家庭用品メーカー。そこに戻らないと行き先を間違えるということに気づいた」(市川)
出した答えは「原点回帰」。かつてのブランドイメージに戻ろうと、全ての製品に象のマークを復活させた。
さらに、家庭用品メーカーとしての姿勢を社内に徹底させる。
「全ての商品に対して、本質的なところを押さえないと売れない。本質を外して多機能化しても、結果は使いづらい必要のない商品になっていく」(市川)
その姿勢から生まれた商品こそ「炎舞炊き」だった。「おいしいご飯を炊く」というニーズの本質をひたすら追求し、象印は復活した。
「家庭で喜んでもらえるものを作る」という姿勢は新しい製品にも生かされている。
2022年7月に発表した電子レンジの「エブリノ」は、これまでの電子レンジとは違う特徴を持っている。調理で使うボウルが、レンジの中でボウルが浮いているのだ。
▽2022年7月に発表した電子レンジの「エブリノ」
発案したのは「エブリノ」開発者の稗田政則。他社製品についてのアンケートを実施し、ユーザーの電子レンジへの最大の不満は、調理をする際の温めムラにあることを突き止めた。
そこで考えたのが調理用のボウルを浮かせるシステム。従来のレンジではマイクロ波がボウルの底に集中。だから食材の下のほうは熱が通るが、上のほうは通りにくかった。そこでボウルごと食材を浮かせ、マイクロ波を分散させることで温めムラをなくしたのだ。
No.1炊飯器がさらに進化&象印が作る新駅弁
象印の社内で、「炎舞炊き」開発チームによるある試験が始まった。中心にいたのは「かまど」の研究に当たった三嶋だ。
そこには1週間前に発売された最新型の「炎舞炊き」が。さらに隣にも3台。加熱の強さと時間のプログラムを変えた試作機だと言う。この4台でどれがおいしく炊けるのか、食味試験を行っていたのだ。
参加メンバーの投票結果は、発売したばかりの新製品には1票も入らず、試作機のほうが上回る評価となった。
「一回おいしさに満足してしまうと前に進めない。満足せずに、去年は去年、今年は今年で毎年ベストを尽くすことを信条に開発をしています」(三嶋)
結果の良かった試作機は研究協力してもらっている東京農業大学に送られ、味を数値化する。人間の舌だけでなく、科学的な裏付けも取りながら開発に活かしていくのだ。
「これくらいのおいしさでもう頭打ちだと常に思っているのですが、年々、象印さんの炊飯器は食味が変わっている。食味の向上にすごく驚いております」(辻井良政教授)
進化を止めない「炎舞炊き」のご飯のおいしさが駅弁でも味わえる。JR新大阪駅に2年前にオープンした象印「銀白弁当」は、「炎舞炊き」の最新機種を使った炊き立てのご飯を、その場で詰めてくれる店だ。
弁当にはご飯に合うおかずばかり10種類以上のバリエーションがある。
中でも気になるのが「削りたて! 鰹節生節弁当」(1,280円)。鹿児島県枕崎産の特注、半生タイプの鰹節を注文が入ってから削る。それを、これでもかと炊き立てご飯にぶっかける。シンプルにして究極の弁当だ。
▽シンプルにして究極の弁当「削りたて!鰹節生節弁当」
この弁当は、鹿児島の有名ホテル「城山ホテル鹿児島」が出している評判の朝食がベース。直談判してコラボにこぎつけた。
「すごくしっとりとした生ハムのような食感で香りも豊か。ご飯と非常に絡まりあって食べごたえのある商品になっています」(「象印銀白弁当」徳岡卓真)
※価格は放送時の金額です。
~村上龍の編集後記~
会社売上高の4割を占める炊飯器は、国内シェア首位のおよそ3割を占めている。パナソニックなどと比べると売上規模は100分の1程度。しかし日本の食文化を支え、年間出荷額およそ1,000億円の国内炊飯器市場で業界トップの座を維持している。
「おいしいご飯を」が合言葉。カンブリア宮殿ではベーカリーが主流だ。スタジオでいただいたご飯は、当たり前だが、どんなパンとも違う味、感触だった。ご飯がなくなることはない。家電メーカーではなく家庭用品メーカーという自負がある。その自負が、象印を支えている。