独自のカルチャーは究極の差別化 Mipox流のコミュニケーション術とは

超精密研磨分野での製品や技術を武器に躍進するMipoxでは、2023年上期に栃木県鹿沼市に新工場を開き、本社機能も移転させるなど、生産性を高める取り組みが進んでいます。社内外問わずオープンマインドのコミュニケーションによってビジネス創出にもつなげている同社には、どのような企業風土があるのでしょうか。

本シリーズ「世界を変える工場の未来」の後半では、コアコンセプト・テクノロジー(CCT)取締役CTOの田口紀成氏が、新天地で事業を加速させる取り組みについて、同社社長の渡邉淳氏に話をお伺いました。

コアコンセプト・テクノロジーの田口紀成氏、Mipoxの渡邉淳氏(2023年9月、栃木県鹿沼市のMipox本社)
(左から)コアコンセプト・テクノロジーの田口紀成氏、Mipoxの渡邉淳氏(2023年9月、栃木県鹿沼市のMipox本社)
渡邉 淳氏
Mipox株式会社 代表取締役社長
日本とアメリカの大学で学んだ後、1994年日本ミクロコーティング株式会社(現Mipox株式会社)へ入社。製造現場でキャリアをスタートし、生産技術、国内営業、海外営業を担当。その後マレーシア駐在員、米国子会社赴任を経験。主にハードディスク業界向け製品の営業に携わる。その後半導体部門部門長、海外支援部門長に従事。2007年取締役、2008年に先代から引き継ぐ形で代表取締役社長に就任。
田口 紀成氏
株式会社コアコンセプト・テクノロジー 取締役CTO兼マーケティング本部長
2002年、明治大学大学院 理工学研究科修了後、株式会社インクス入社。2009年にコアコンセプト・テクノロジーの設立メンバーとして参画し、3D CAD/CAM/CAEシステム開発、IoT/AIプラットフォーム「Orizuru」の企画・開発などDXに関する幅広い開発業務を牽引。2015年に取締役CTOに就任後は、ものづくり系ITエンジニアとして先端システムの企画/開発に従事しながら、データでマーケティング&営業活動する組織/環境構築を推進。
*2人の所属およびプロフィールは2023年9月現在のものです。

目次

  1. 本社オフィスの中心に「たき火」
  2. フラットなコミュニケーションをいかにして作るか
  3. 独自のカルチャーは誰にも真似されない究極の差別化
  4. 競合もオープンなコミュニケーションの対象?
  5. 企業理念を社員が柔軟な発想で広げていく
  6. 編集後記

本社オフィスの中心に「たき火」

田口氏(以下、敬称略) オフィスの真ん中が、キャンプ場みたいですね。室内でたき火ができる台とスペースがあって、周りをキャンプチェアが囲んでいます。なぜ、たき火なのですか。

渡邉氏(以下、敬称略) たき火を囲んで話し合える施設が軽井沢にありまして、経営メンバーのオフサイトミーティングで利用しました。人間は火を見ると、それだけで満たされるような気持ちになるのだと感じ、オフィスにも似た場を作りました。経営メンバーの合宿は、腹を割って話すリアルなミーティングとして3年ほど前に始めました。一泊二日で毎月、基本的にはオフサイト(職場から離れた場所)で行っています。

独自のカルチャーは究極の差別化 Mipox流のコミュニケーション術とは

田口 かなり頻繁に合宿を行っているのですね。

渡邉 僕自身がこの6年ほど、マネジメントスタイルの変革を図っていて、その一環として合宿を行っています。僕は創業者から数えて3代目に当たり、2008年に父から会社を引き継いで社長に就任しました。当時は、会社が大変な状況でした。強烈なトップダウンで情報を全部、一極集中で自分に上げさせ、采配を取っていました。

会社が少しずつ落ち着いてきたときに、今までと同じやり方ではまずいのではないかと自問するようになりました。僕は企業を成長させ続けたいとずっと思っていたので、会社を引き継いだ当時の売上高30億円程度から、どうにか40億円に戻して、その後は50億円を超えました。

事業をもっと広げるために、もっと売っていきたいという思いがありました。しかし、事業を拡大させる以前に、そもそもトップダウンで経営をどこまで引っ張れるのか疑問でした。

社員数や拠点の規模を考慮すると売上高100億円までは到達できると思いましたが、それ以上は自分ですべて判断して事業を進めるのは無理だと諦めました。

田口 そこから、マネジメントスタイルの変革が始まるわけですね。

渡邉 そうです。トップダウンで経営するのを辞めて、社長の渡邉淳がすべて決めるのではなく、企業理念を据えて経営しようと考えました。しかし、それだけで皆がすぐに変わるはずがありません。

社員は「理念経営は素晴らしい」なんて言いながら、僕の顔色をチラチラと伺うのです。今までがトップダウンだったので、無理もありませんね。色々な手を打たないと、これは変わらないぞと思いました。

たき火には、音や炎によって「精神的に安定する」「リラックスができる」などの効果があるといわれています。「パチパチ、パチパチ…」と火のはぜる音が聞こえる中、夜遅くまで皆で話をしたり、時に沈黙したりしつつ、リラックスしてフラットな関係になれる場所を実装するために、オフィスにたき火台を設置しました。ただ、当社には敷地内に引火性が強い有機溶剤があるので、本物のたき火ではなく、炎が揺れているように見えるランプで代用しました。

フラットなコミュニケーションをいかにして作るか

田口 経営メンバーが集まると、数字などの話になりそうですが、合宿ではどんな話をされるのですか。

渡邉 初めは数字の話が中心でしたが、そういう話は普段やればいいので、僕は普段できない話をするようにしています。

仕事を進めていく中で重要なのは、「相手をしっかり理解すること」と「相手を理解する大切さがわかること」です。売上アップやコストダウンは、相手を理解することに比べたら大した話題ではありません。そのため、合宿では抽象的な話をしています。この1年半の間はずっと、コミュニケーションの話をしていましたね。

たとえば、「社長は偉い」と思っている人は一般的に多いですよね。実際には単なる役割にすぎませんが、偉いと思い込むと心の中で余計なことを考えてしまいがちです。僕はオープンでフラットなコミュニケーションを取ることで、思い込みをなくし、相互理解を深められるように対話を続けています。

田口 トップダウンではない組織の在り方を求め続けているのですね。社員が能動的に考えて行動することを期待されているのだと思いますが、現在の事業成長や、これから目指す方向と関係があるのでしょうか。

独自のカルチャーは究極の差別化 Mipox流のコミュニケーション術とは

渡邉 絶対に関係ありますね。

田口 先ほどおっしゃったように、売上高100億円あるいはその上を目指して事業を横に広げようとするなら、なおさらフラットな関係でオープンなコミュニケーションを取ることが大事なのですね。

渡邉 そう思っています。僕は最近、今までよりも知らないことが多くなっています。以前は全部知っていたのですが、最近はかなり後になるまで知らないことがあって、「そんなことやってるの?おお!」みたいな会話をしています。それが嬉しいですね。

田口 わかります。きっと良い効果なのでしょうね。

渡邉 とても良いですね。たとえば、2023年春に1社、M&Aで仲間になった会社があるのですが、僕は最後のあたりまでほぼ知らなかったほどです。具体的に話を聞いて少し不安に感じたのですが、役員の間では盛り上がって「面白いかもね」となりました。このように僕がいなくても会社が滞りなく成長し、経営理念に沿って皆がやりたいことをやれることが大事ですね。

田口 たき火の前で話した内容は、何かしら組織の意思決定に関わっているような気もします。アウトプットがないとのことですが、どうやって組織にフィードバックしていくのでしょうか。単に役員が合宿で何かを得れば、それでいいということでしょうか。

渡邉 合宿の参加者は自分の組織に戻ったときに少なからず何らかの形で影響を受けるでしょうし、その影響が会社を良い方向に進めてくれるのではないでしょうか。「あなたの部署はいつまでに、こうしなければいけません」みたいに強制したら、それこそトップダウンと変わらないですよね。自発的に動いてくれるまで「急がば回れ」だと思って待つ必要があります。

独自のカルチャーは誰にも真似されない究極の差別化

田口 セールスフォースの活用など、ITツールをかなり早い段階から取り入れているようですね。現在は、デジタル化やDXについて大きな青写真を描いていますか。

渡邉 すでにITツールを取り入れているので、コストダウンしたいから新しいツールを入れるフェーズではありません。僕が大事にしているオープンなコミュニケーションを促進できる方法を考え続けた結果、その一丁目一番地がセールスフォースだったのです。

お客様や技術基盤が非常に多岐に渡る精密機器に対する製品製造やサービス(研磨加工)では、コンフィデンシャルな情報を管理しなければなりません。パソコンのフォルダで分けるだけでは、とても成立しません。複雑怪奇な業務を何とかしたくてITツールを導入しようとしましたが、当時の上司に「そんなのはフォルダ分けでいいでしょう」と言われて断念しました。2006年のことです。その後、僕が社長に就任してからやっと導入しました。

田口 それでも割と早い時期に導入されたのですね。

渡邉 僕が技術や品質についてあまり語らないで、積極的にITツールを取り入れていたので、セールスフォースと何か特別な関係にあるのではないかと一部の社員は思っていたようです。技術や品質については製造業として当たり前過ぎて、僕はほとんど語りません。製造業では「技術が、品質が」ばかりを言うようになったら終わりだと思います。それで終わってしまった会社はたくさんありますよね。

田口 その通りですね。

渡邉 一般論になりますが、日本メーカーの多くがかつて強かったのに失速したのも同じ理由です。半導体も日本は世界ナンバーワンで技術や品質も良かったです。しかし、それ以上の要素をかけ合わせることができませんでした。具体的にはスケーラビリティーやスピードなのかもしれません。それをやったのが台湾や韓国です。技術や品質だけではなく、投資の意思決定の速さなどで我々を凌駕していきました。

家電などの製造も同じ道をたどりましたよね。たとえば、iPhoneは技術の寄せ集めでしたが、デザインなど性能以外の価値をブランディングして訴求しています。そういうプラスアルファの要素がない会社は、今後勝てないのではないでしょうか。

そこで、10年ほど前から生産技術や品質管理にデジタル技術を組み合わせ、オープンでフラットなコミュニケーションもかけ合わせています。技術や品質はとても真似しやすいですが、カルチャーは最も真似できないかけ合わせの要素であり、究極の差別化になります。

競合もオープンなコミュニケーションの対象?

田口 御社独自のカルチャーをかけ合わせることで、具体的にどんな付加価値が生まれるのでしょうか。

渡邉 リアルにビジネスが生まれています。僕らのコミュニケーションは外部にもオープンなので、信頼してビジネスをご依頼いただけることが多いです。社内に常駐しているお客様もいますし、現場で他社の人が普通に歩いています。お互いに信頼関係を築きながら作っていきましょうというスタンスです。あと、競合にも工場の中を見せています。

田口 え? どういうことですか?

渡邉 僕らの強みは競合が生産ラインを見ても絶対に真似できないことです。使っている材料を全部メモしても同じものを生産できません。当社の社員は、その程度の仕事をやっているわけではないですからね。

田口 技術力や品質に自信があるのですね。

渡邉 技術・品質・社員のスキルに自信があります。先ほど言ったように僕は技術と品質についてあまり口にしないのですが、たまには褒めるべきだと仲間に怒られています。その通りですね。

田口 御社はエンジニアリングの考え方について、「社会やお客様に付加価値を創造し続ける精神、姿勢」だと表現しています。詳しくお話しいただけますか。

渡邉 一般的にものづくりの世界で、特にBtoBの製品においては、「原材料はいくらで」「販管費はこれだけかかり」「利益をこれくらい取りたいから」というように価格を決めます。積み上げで値付けすることが多く、当社もそうしていました。

しかしあるとき、他社から「なぜこの製品をこんなに安く売るのだ」と言われました。競合で訴訟までした米国企業の経営者に和解して握手した後に指摘されたのです。その製品の価値を正しく評価した上で売って、そこで得られた利益をもとに、次の付加価値をつくるのがメーカーのやるべきことなのだと教えられました。

ちなみに、この競合からは特許侵害で訴えられていました。調停のために米国にも行きましたが、当社と原告側の企業がそれぞれ隣り合った部屋で、弁護士がその部屋を行き来するというおかしな状況だったので、直接話せばいいと考えて対話の機会を設けることになりました。

指定されたサンフランシスコのホテルの部屋に行くとアメリカ人がずらっと並んで座っていました。「やばい!」と思いましたが、話し始めて5分後にはお互いに「もう訴えるのはナシ!」となりました。直接話すのは大事ですね。ちなみにその会社とはその後、業務提携しました。

田口 法廷で対峙していた相手と提携とは、すごいですね。

渡邉 コミュニケーションのおかげですよ。

企業理念を社員が柔軟な発想で広げていく

田口 デジタルやコミュニケーションなどさまざまな要素をかけ合わせて、御社は今後も事業を成長させていくのだろうと思います。この次、どんなことをかけ合わせていこうとされていますか。理念経営を今後も続けていくとしたら、どんな言葉で表現されるのでしょうか。

渡邉 それを考えるのも僕ではないのです。気づきを与えることはしますが、何かをかけ合わせて事業を生むのも「皆」で、僕じゃありません。

そういえば、こんなことがありました。ヤスリを作る会社を当社が買収した後に、僕の訪問に合わせて最近の取り組みをプレゼンしてもらったときのことです。当社の企業理念は「塗る・切る・磨くで世界を変える」ですが、彼らのプレゼンでは「塗る・切る・削る」と書いてあったのですよ。「磨く」と「削る」は意味が近い面もあり、「なんかいいな!」と思いました。

確かに、当社全体の理念は最初に挙げた通りですが、一語一句間違えずに同じでなくても良いと思っています。彼らは彼らのアイデンティティである技術を軸に、「僕らは削ることが重要なんだ」と示したわけです。もう大ウケで、僕は大爆笑でしたね。このほかにも、「観る」を「塗る・切る・磨く」に仲間入りさせようと、半導体測定器の開発を頑張っている人もいます。

田口 今後の見通しをお聞かせください。

渡邉 2023年3月期の売上高は落ちていますが、今後は上がることしか期待していないですね。世間では次世代パワー半導体やパワーデバイスが話題になっていますが、僕らはその先のダイヤモンド基盤をバンバンやっています。次というより、「次の次」だとか「次の次の次」をやるほうが面白いじゃないですか。

田口 確かにその通りですね。たくさん勉強になるお話を伺いしました。ありがとうございました。

編集後記

半導体関連事業を含む装置産業には、需要に応える生産能力と、世界の競合と伍していくために絶え間ない技術革新が必要です。今は好調でも今後は大きな課題になるでしょう。この課題の解決は、未来を担うであろう人たちに託すことになります。素晴らしいことに、Mipox社では若い人たちが働いています。渡邉社長の人柄や、たき火に象徴される風通しの良い企業風土が、単調になりがちな生産現場に魅力を添えているのは間違いありません。(Koto Online編集長 田口紀成)

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【関連リンク】
Mipox株式会社 https://www.mipox.co.jp/
株式会社コアコンセプト・テクノロジー https://www.cct-inc.co.jp/

(提供:Koto Online