資産を運用している方の中には、「事業承継や資産相続の際に相続税の負担をできるだけ軽くしたい」と考えている方もいるでしょう。その対策として取り組めることの一つが「生前贈与」です。
贈与税と相続税に関する基礎知識を持った上で取り組めば、生前贈与を節税につなげることができます。
この記事では、生前贈与の基礎知識やメリット・デメリット、生前贈与における6つの非課税パターンなどについて解説します。加えて、生前贈与の流れやよくあるトラブルも紹介します。
贈与税と相続税
生前贈与について説明する前に、「贈与税」と「相続税」に関する知識を頭に入れておきましょう。
課税が行われる場合は、贈与税でも相続税でも資産を引き継いだ人に課税分の支払義務が発生しますが、この2つの税金は似て非なるものです。
非常にシンプルに説明するなら、贈与税は生きている人から資産を受け取ると発生する税金、もう一方の相続税は亡くなった人の資産を引き継ぐ際に発生する税金です。
贈与税と相続税の違い
贈与税 | 生きている人から資産を受け取ると発生する税金 |
相続税 | 亡くなった人の資産を引き継ぐ際に発生する税金 |
税に関する正確な知識を得たい場合に参考にしたいのは、財務省の公式サイトです。
財務省公式サイト: 「贈与税」と「相続税」を知ろう
財務省は税制全般を統括する組織であり、財務省の外局には国税庁、その管轄下に国税局があります。以下で、財務省の説明を紐解いていきましょう。
贈与税に関する基礎知識
財務省の公式サイトでは、「贈与税は、個人から贈与により財産を取得した場合に、その取得した財産に課される税」と説明されています。
相続税に関する基礎知識
一方で相続税は、「相続等により財産を取得した場合に、その取得した財産に課される税」と説明されています。
ちなみに、贈与税は「相続税を補完する役割を果たしています」と説明されています。
贈与税が存在しないと、生前に資産を引き継がせれば課税がまったくできなくなるからです。贈与税の存在意義がおわかりいただけるかと思います。
生前贈与とは?
生前贈与は贈与の一種であり、生きている間に配偶者や子ども、孫といった親族などに自分の資産や財産を贈与する行為です。
これまで、贈与税の負担は相続税よりも重くなるように設定されていました。
しかし、高齢層の資産が若年層にスムーズに移転されるほうが経済の活性化につながるという観点から、最近は贈与税の引き下げなどによって生前贈与を行いやすくなってきました。
生前贈与のメリット・デメリット
ここでは、生前贈与のメリット・デメリットについて説明します。
生前贈与のメリット |
生前贈与のデメリット |
生前贈与のメリット
生前贈与の主なメリットを解説します。
1.資産の引き継ぎに関する親族間のトラブルを減らすことができる
自分が亡くなった後で相続が行われる場合は、遺言書がしっかりと作成してあっても、遺言書で触れられていない資産の相続などが原因で、親族間でもめ事が起こる可能性があります。
一方、生前贈与では資産を持っている本人がまだ生きているわけですから、資産の引き継ぎに関する問題について、その都度自分で対処することができます。
2.自分に判断能力があるうちに財産の引き継ぎを終わらせることができる
認知症を患うと、自分の意思で生前贈与を進めることが難しくなるため、相続のための遺言書を作成することもできなくなります。
認知症を患う前に生前贈与を行っておけば、このような事態に陥ることを避けられます。
3.早い時期に自分の財産を贈与することで子どもや孫が有効に活用できる
自分の子どもが結婚して家族を持ち、孫が生まれて成長すると、自分が亡くなるよりもかなり前のタイミングで、子どもや孫にお金が必要な時がやってきます。
生前贈与を行えば、自分の財産を子どもや孫のマイホーム購入や子育て・教育のための資金として活用してもらえます。
4.「暦年贈与」などによって税金を抑えることができる
「暦年贈与」などの仕組みを使えば、税金を抑えることができます。暦年贈与では原則、贈与を受ける側が年間110万円までの贈与を受けても課税されません。
生前贈与のデメリット
続いては生前贈与の主なデメリットを確認していきましょう。
生前贈与後に株式や不動産の価値が下がると損をするケースがある
生前贈与をしても累計2,500万円までは原則として贈与税が発生しない「相続時精算課税制度」を選択すると、価値が変動する株式や不動産などの財産の評価額は贈与時の評価額となります。
そのため、生前贈与後に価値が下落したとしても、財産の評価は下落前の価値で行われるため、相対的に課税負担が重くなります。
ただし、このことはメリットともいえます。逆に贈与時より資産価値が上がっても、資産価値が上がる前の評価額をもとに課税額が計算されるからです。
不動産取得税や登録免許税の負担が重くなる
不動産を生前贈与する場合は、相続で引き継ぐよりも不動産取得税と登録免許税の負担が重くなります。
現在の不動産所得税の税率は、生前贈与の場合は土地が3%、建物が3〜4%ですが、相続の場合は非課税です。登録免許税は生前贈与の場合は2%ですが相続の場合は0.4%です。
課税が行われた場合は相続税よりも負担が重くなる
「贈与税と相続税の負担はどちらが重いか」は一概には言えません。
ただ、何の対策も講じずにある程度の規模の財産を生前贈与によって引き継ごうとする場合は、贈与税のほうが相続税よりも負担が大きくなる傾向があります。
暦年贈与などの制度をうまく使えば相続税よりも負担を軽くすることができますが、知識がない状態で安易に生前贈与を行うと、かえって課税負担が重くなるケースがあるため注意が必要です。
自分が亡くなるタイミングによっては贈与が無効になる
デメリットというより注意点として知っておいてほしいのは、自分が亡くなる時期によっては事前に行って生前贈与が無効になるケースがあることです。
生前贈与を行ってから3〜7年以内に亡くなった場合、生前贈与が行われなかったことになります。
これまで期間は「3年以内」でしたが、2023年度の税制改正で順次「7年以内」まで延長されることが決まりました。
生前贈与における6つの非課税パターン
ここまで説明で、「暦年贈与」や「相続時精算課税制度」といった用語が登場しました。これらは贈与税の課税を非課税にする、もしくは抑えるために理解しなければなりません。
その他にも、贈与税が控除される特例などがあります。ここでは、6つの非課税パターンを紹介します。
生前贈与における6つの非課税パターン |
1.暦年贈与のケース
大前提として、贈与税の課税方法としては「暦年課税」と「相続時精算課税」があります。暦年贈与とは、暦年課税の制度の下で行われる贈与のことです。
暦年課税制度の下では、贈与を受けた財産の合計額が年間110万円以内であれば、贈与税はかかりません。基礎控除額(贈与の合計額から一律で差し引かれる金額)が110万円であるためです。
そのため、毎年110万円の贈与を10年間受けて、10年間で合計1,100万円の生前贈与を受けたとしても、贈与税はかかりません。
贈与については、贈与をする側と贈与を受ける側で考え方が少し異なるので注意が必要です。「贈与税が課税されるのは贈与を受けた側」という原則を頭に入れつつ、以下の点に注意してください。
贈与をする側がある1年間で110万円を子どもに生前贈与を行い、「贈与税は発生しないはずだ」と安心していたとします。
しかし、この場合でも子ども贈与税が課税されるケースがあります。その子どもが別の人からも贈与を受けており、その1年間に受けた贈与の合計額が110万円を超えた場合です。
課税・非課税を考えるうえでは、「贈与をする側の年間の贈与額」よりも「贈与を受ける側の年間の贈与額」のほうが重要であることを覚えておきましょう。
2.相続時精算課税制度のケース
相続時精算課税は、一言で言えば「2,500万円まで非課税で贈与を行うことができる制度」です。2024年からは、基礎控除(年間110万円)も設けられています。
相続時精算課税では、贈与を行った人が亡くなったタイミングで、贈与時の財産価値と相続財産の価値を合計して相続税額が算出されます。
つまり、税の支払いを先送りできるということです。これが、相続時精算課税制度のメリットの一つです。
ただし、相続時精算課税制度を一度選択すると暦年課税に戻ることができないため、注意が必要です。
3.配偶者への贈与
贈与税の控除の特例の一つに「配偶者への贈与」があり、「おしどり贈与」とも呼ばれています。
配偶者への控除は婚姻期間が20年以上の夫婦が対象で、「居住用不動産」もしくは「居住用不動産を取得するための金銭」を贈与する際に、基礎控除の110万円以外に最高で2,000万円まで控除が行われるというものです。
この配偶者控除における居住用不動産の適用範囲は以下のいずれかです。
配偶者控除における居住用不動産の適用範囲 |
・夫または妻が居住用家屋を所有していること ・贈与を受けた配偶者と同居する親族が居住用家屋を所有していること |
出典:国税庁 No.4452 夫婦の間で居住用の不動産を贈与したときの配偶者控除
4.住宅取得等資金の贈与
住宅取得等資金の贈与を受けた場合の非課税特例もあります。
父母や祖父母などの直系尊属から住宅取得等資金の贈与を受けた際に適用され、住宅が「省エネ等住宅」に当てはまる場合は1,000万円まで、それ以外の場合は500万円までが非課税となります。
省エネ等住宅とは、以下のいずれかに適合する住宅のことです。
省エネ等住宅とは |
・断熱等性能等級4以上または一次エネルギー消費量等級4以上であること ・耐震等級(構造躯体の倒壊等防止)2以上または免震建築物であること ・高齢者等配慮対策等級(専用部分)3以上であること |
出典:国税庁 No.4508 直系尊属から住宅取得等資金の贈与を受けた場合の非課税
この非課税特例では、贈与を受けた年の翌年3月15日までに、贈与を受けた金額の全額で住宅を新築等する必要があります。
5.教育資金の一括贈与
父母や祖父母などの直系尊属から教育資金の一括贈与を受けた場合も非課税の特例を受けられ、1,500万円までの金額に相当する部分が非課税となります。
非課税となるには、銀行や信託銀行といった金融機関などとの教育資金管理契約に基づいて、贈与を受ける人が信託受益権を取得する必要があります。
ここでいう「教育資金」とは、学校などに直接支払われる入学金や授業料、施設設備費などの他、学校以外に対して直接支払われる学習塾やスポーツ教室の授業料、施設の使用料、通学定期券代、留学のための渡航費などのことです。
出典:国税庁 No.4510 直系尊属から教育資金の一括贈与を受けた場合の非課税
6.結婚・子育て資金の一括贈与
父母や祖父母などの直系尊属から結婚・子育て資金の一括贈与を受けた場合も、贈与税の非課税特例があります。1,000万円までが対象です。
ここでいう「結婚・子育て資金」ですが、結婚に際して支払う金銭としては、挙式費用や衣装代などを含む婚礼費用、新居に住むための家賃や敷金、引っ越し費用などが挙げられます。
妊娠、出産及び育児に要する費用としては、不妊治療や妊婦健診にかかる費用や分娩・産後ケアにかかる費用、幼稚園・保育所などの保育料、ベビーシッター代、子どもの医療費などが挙げられます。
出典:国税庁 No.4511 直系尊属から結婚・子育て資金の一括贈与を受けた場合の非課税
生前贈与の流れ
続いて、生前贈与の流れについて説明します。大きく分けて3つの工程があります。
1.贈与契約書の作成
「誰に対して何をどういう目的で贈与するか」を決めたら、贈与税の課税方法を「暦年課税」と「相続時精算課税制度」のどちらかから選び、受贈者との合意の下で贈与契約書を作成します。
2.贈与財産を渡す
その後、実際に贈与財産を渡します。現金を贈与する際には銀行振込で行うことが推奨されます。不動産を贈与する際は、不動産の名義変更手続きなどが必要です。
3.(必要に応じて)贈与税の申告・納付
贈与を終えたら、贈与税の申告・納付を行います。ただし、暦年課税の下で受け取った贈与財産が年間で合計110万円以内の場合、贈与税の申告は不要です。
一方、相続時精算課税制度において贈与を受けた財産がある場合は、必ず申告しなければなりません。
生前贈与のよくあるトラブル
最後に、生前贈与に関するよくあるトラブルを4つ紹介します。
生前贈与に関するよくあるトラブルを4つ |
1.贈与資産が「名義預金」と認定されてしまう
生前贈与における暦年課税では、年間110万円までの贈与が非課税になります。ただし、この仕組みの下で、贈与する相手の子どもや孫の名義の口座に毎年110万円を入金したケースで「名義預金」と認定されてしまい、後に相続税がかかってしまうことがあります。
名義預金とは、口座の名義は子どもや孫だけれども、実際には別の人がその口座を管理している預金のことです。
2.「定期贈与」だと判断されてしまう
「定期贈与」だと判断されてしまうと、暦年課税における基礎控除が受けられなくなることがあります。定期贈与とは、あらかじめ生前贈与する総額が決まっており、それを分割して贈与することです。
「住宅ローンの残りを分割で贈与する」といった約束を親と子どもの間で交わしているケースなどで、定期贈与とみなされることがあります。
3.生前贈与を証明できない
生前贈与であることを証明できないと基礎控除などを受けられなくなり、税負担が重くなることがあります。生前贈与を証明できるように贈与契約書を取り交わし、現金を贈与する場合は銀行振込で行うなど、適切な対応が求められます。
4.相続開始前3〜7年以内だと制度上無効になる
自分が亡くなって相続が開始された3〜7年以内の生前贈与は、制度上無効になります。いつ亡くなるかはわからないので、生前贈与を行うなら早めに始めるべきです。
まとめ
生前贈与は相続税対策になりますが、2つの課税方式や基礎控除・非課税特例などの仕組み、注意点、よくあるトラブル事例を知っていないと、落とし穴にはまることもあります。
しっかりと知識を身に着けたうえで、生前贈与に臨んでください。