昨今、地球温暖化や大気汚染などの環境問題に対応するため、二酸化炭素の排出削減などの取り組みが官民をまたいで展開されています。この二酸化炭素の排出削減に向けてはさまざまな技術や手法が確立されていますが、本記事ではVPP(バーチャルパワープラント)という手法について解説します。

VPPは環境に優しいとされる風力や太陽光といった再生可能エネルギーを複合的に活用して発電を行う手法であり、環境問題の解決に向けた手段として近年注目が高まっています。

目次

  1. VPP(バーチャルパワープラント)とは?
  2. VPPが注目されている背景
  3. VPPの仕組み
  4. VPPの実現でもたらされるメリット
  5. VPPの取り組み事例
  6. 国が打ち出しているVPP推進施策
  7. エネルギーの安定供給に向けて今後もVPPの発展が予想される

VPP(バーチャルパワープラント)とは?

VPP(バーチャルパワープラント)とは?仕組みやメリット、事例を解説
(画像=PixelParadise/stock.adobe.com)

VPPは「Virtual Power Plant」の略称であり、仮想的な発電所という意味合いを持ちます。風力や太陽光、バイオマスといった複数のエネルギー源を複合的に運用し、仮想的な一つの発電所としてエネルギー供給を行う手法です。

VPPが持つ役割は多岐に渡りますが、その一つが安定的なエネルギー供給です。風力や太陽光などの再生可能エネルギーは環境への負荷が小さいというメリットがあるものの、供給量が気候に左右されることから、安定的な供給には課題があります。VPPでは複数のエネルギー源から発電を行うことによって、悪天候でエネルギー供給が滞るリスクを分散することが可能です。

また、エネルギーの効率的な活用にもVPPは重要な役目を果たします。従来の再生可能エネルギーは供給量が天候に左右されることから、必ずしも需要と供給が一致するわけではありませんでした。VPPではそれぞれのエネルギーを制御及び管理する役割が存在するため、天候やエネルギー需要を考慮して需給の最適化を行うことができます。

VPPが注目されている背景

VPPは二酸化炭素の排出削減やエネルギー不足の問題に対応する有力な手法として注目されています。ここでは、VPPが注目を集める背景についていくつか代表的な例を挙げて解説しましょう。

従来の給電方式の問題が顕在化

火力や原子力をはじめとした従来の発電施設では、エネルギー需要に応じて送電されてきました。電力供給においては、消費される電力と供給される電力が同じ量でなければならない、「同時同量の原則」があります。

例えば、電力消費が落ちる夜間においては発電設備から供給する電力は減らさなければならず、過剰に発電された電力は無駄になってしまいます。また、大規模災害などで発電施設が損傷した場合、長期間に渡る停電を余儀なくされるなどのリスクもあります。

このように、従来の大規模な発電施設に依存するリスクが認識されはじめ、リスク分散の手段としてVPPの活用が検討されています。

国内での再生可能エネルギーの普及

近年、国内で再生可能エネルギーの普及が進んでいることもVPPが注目を集める背景の一つです。政府は2050年までに二酸化炭素排出実質ゼロを目指しており、再生可能エネルギーの活用を奨励しています。

環境省のデータによると、2020年で10~12%の再生可能エネルギー導入量が、2030年には17~19%になると試算されています。また、2024年1月には北海道の石狩湾で国内最大規模の洋上風力発電所が商業運転を開始しました。こうした再生可能エネルギーの供給量を増やそうとする動きは、今後も活発化していくでしょう。

国内で再生可能エネルギーの普及が進めば、複数のエネルギー源を効率的に管理する仕組みとしてVPPのニーズが高まっていくことが予想されます。

電力、ガスの小売事業自由化に伴う影響

2016年から2017年にかけて電力やガスの小売りが自由化され、別業種から数多くの参入がありました。消費者の視点では、従来のガス会社や電力会社に加えて多くの選択肢が生まれたことから、市場における競争は激化したといえるでしょう。

電力の小売事業においては、より低コストかつ安定的に消費者にエネルギーを届けることが求められます。また、二酸化炭素削減など環境に配慮した形でのエネルギー供給も必要です。そのため、複数の再生可能エネルギーにリスクを分散し、安定的に供給するための手段としてVPPを活用する事業者が現れています。

今後も電力小売りの市場には新たな事業者の参入があることが予想されるため、VPPを活用する事業者はさらに増えるでしょう。

IoT、AIなどの進化

IoTやAIといったIT技術の進歩も、VPPが注目を集める背景の一つといえるでしょう。IoT(Internet of Things)とは「モノのインターネット」と呼ばれ、センサーやカメラなどの機器を高速なネット回線で接続し、情報のやりとりを迅速化する仕組みです。VPPによる電力の流通は広範囲に及ぶため、IoTによる迅速な情報共有が欠かせません。

また、AI(人工知能)の発達もVPPの発展に大きく貢献しています。AIは膨大なデータを分析して最適な予測を立てることができるため、電力需要や天候の予測といった領域でAIが活用されることでより効率的な電力流通を実現できるのです。

今後もAIやIoTといった技術は発展していくと考えられ、それに伴ってVPPもより高度なものになるでしょう。

VPPの仕組み

従来の大規模発電では送配電ネットワークを経由して電力をやりとりしていましたが、VPPではアグリゲーターという存在を中心にして需要と供給を調整しながらエネルギーの効率的な流通を目指します。

VPPでは太陽光や風力などの発電設備、蓄電池、EV(電気自動車)などの蓄電設備、工場や家電などの需要設備をIoTなどの技術を用いて統合的に遠隔制御します。

再生可能エネルギーは供給量が天候に左右されるため、供給量を需要に合わせて調整することができませんが、VPPでは電力が余った場合には余剰電力を蓄電池などの蓄電設備に回すといった形で有効活用することが可能です。このように、VPPの仕組みを活用することで電力の安定的な供給と需給調整に役立てることができます。

アグリゲーター

VPPの仕組みの中で、電力の需給調整をするうえでの司令塔になるのが、アグリゲーターです。アグリゲーターには、リソースアグリゲーターとアグリゲーションコーディネーターの2種類があります。

リソースアグリゲーターは、電力の消費者と直接契約を結び、電力の需給調整や発電設備の管理を担います。一方でアグリゲーションコーディネーターは、リソースコーディネーターが集約した電力をさらにまとめて、一般配電事業者や小売電気事業者との直接取引を行うことが特徴です。リソースアグリゲーターとアグリゲーションコーディネーターは、一つの事業者が担うケースもあります。

DR(デマンドレスポンス)

VPPにはDR(Demand Response)という仕組みがあります。DRとは、電力の需給調整のために電力を消費する側の使用量を調整することです。電力は蓄電池などを用いる場合を除き基本的には溜めることはできず、「同時同量の法則」による消費量に対して同量の供給を維持することが必要です。

DRには電力の使用量を調整するために「上げDR」と「下げDR」という2つのアプローチがあります。電力の供給が過剰な際、蓄電池やEVへの充電に回して需要を高めるのが「上げDR」です。一方、全体的に電力が不足する際、消費者に節電を促すなどして需要を下げるのが「下げDR」です。

一般家庭などに「下げDR」を要請する際には、電気料金の割引やポイント付与などの報酬を用意することもあります。

VPPの実現でもたらされるメリット

VPPの仕組みを実現することで、具体的にどのようなメリットが期待できるのでしょうか。ここでは、代表的なメリットをいくつか紹介します。

低コストで電力の需給バランスを最適化

従来型の大型発電設備の場合、広範囲で電力の需給バランスを調整する必要があります。また、需要が急激に高まったときに備えて、余剰の発電設備を準備しなければなりません。さらに、災害や悪天候による事故が起きた際、被災した箇所を遮断する系統安定化の仕組みも必要です。当然これらには相応の設備投資が必要となりますので、コスト負担が重くなります。

一方でVPPを活用すれば、小規模な発電設備が分散する形になりますので、一つひとつの設備にかかるコストを抑えることが可能です。また、VPPは電力供給を柔軟に制御できることから、電力のピーク需要を満たすために予備電源を設置する必要がなくなります。そのため、予備電源への設備投資や維持費を抑えることも可能です。

再生可能エネルギーの普及や拡大に貢献

VPPは複数の再生可能エネルギーを用いた仕組みであることから、再生可能エネルギーの効率的な利用や普及にも役立ちます。

太陽光や風力といった再生可能エネルギーは環境に優しいという長所がある一方で、大規模かつ安定した供給には難がありましたが、VPPの仕組みを使うことで余剰電力として無駄になっていた再生可能エネルギーを有効活用できるようになります。

このことから、VPPはこれまで自家消費に留まる傾向が強かった再生可能エネルギーを主力電源に変え、さらなる普及につなげられる可能性を持っているといえるでしょう。

電力需要の負荷標準化によるコスト削減

VPPを活用することで、発電施設への設備投資や維持費などのコスト削減に加えて、電力需要の平準化によるコスト削減も期待できます。VPPが持つDRという仕組みにより、ピークとなる電力需要を抑制する、あるいはピークの時間帯をずらすことで電力需要を平準化して、余剰電源設備にかかるコストを削減することが可能です。

一方で、電力が供給過多になっている際はVPPのアグリゲーターが消費者に余剰電力の利用を要請します。その要請に応じた消費者は報酬を得られるため、余剰電力を有効活用する動機が生まれ、結果として無駄になる電力とコストが減ることが期待できるでしょう。

VPPの取り組み事例

VPP(バーチャルパワープラント)とは?仕組みやメリット、事例を解説
(画像=Subhakitnibhat/stock.adobe.com)

さまざまなメリットが期待できるVPPですが、具体的にはどのような取り組みが進んでいるのでしょうか。ここでは、VPPの取り組み事例について代表的なものを紹介します。

R.E.A.L. New Energy Platform™

株式会社アイ・グリッド・ソリューションズが2021年から実証実験を開始しているのが、「R.E.A.L. New Energy Platform™」です。この取り組みでは、既存の設備や施設の屋上に太陽光パネルを設置することで発生した余剰電力を蓄電池などのほかの電源と一体的に運用・管理しています。

実際に埼玉県のスーパーマーケット ヤオコーと協業し、店舗に設置された既存の太陽光パネルを用いて余剰電力の制御を効率的に実施できるかを検証しました。

「R.E.A.L. New Energy Platform™」では、身近にある施設をVPPの仕組みに取り入れることで地域住民を支える基盤となり、エネルギーの効率的な循環につながることを目指しています。

YSCP(Yokohama Smart City Project)

横浜市は防災拠点として位置づけた公共施設に蓄電池を設置し、災害時の非常用電源としてVPP構築事業を展開しています。これは自治体レベルでのVPPとしては国内初の事例です。

横浜市はこの取り組みの中で小中学校59校と市庁舎に設置し、住宅にもHEMS(ホームエネルギーマネジメント)を4,000ヵ所設置しています。官民を巻き込んだ形でVPPを構築し、より大規模に電力需要を最適化しようとしています。

これまでVPPは民間企業が主体となるケースが多い傾向でしたが、今後はこの横浜市の事例を皮切りに自治体がVPPを運営することも増えていくでしょう。

国が打ち出しているVPP推進施策

再生可能エネルギーの普及や有効活用をはじめ、さまざまなメリットが期待できるVPPですが、国もその普及を支援しています。ここでは、国が打ち出したVPPの支援策として「改正省エネ法」や「DR補助金」を紹介します。

改正省エネ法

省エネ法は正式には「エネルギーの使用の合理化及び非化石エネルギーへの転換等に関する法律」といい、1979年に発生したオイルショックを機にエネルギー消費の合理化を目指して制定された法律です。省エネ法では、一定規模以上の事業者に対してエネルギー使用状況の報告などを義務付けています。

省エネ法は2023年4月に改正され、エネルギー使用の合理化、化石燃料からの転換、電力需要の最適化という3つの概念が加わりました。これらは再生エネルギーを活用し、電力需要を調整するVPPが持っている役割であり、政府は法改正を通してVPPの普及を推進しているといえます。

また、改正省エネ法ではDRを実施する事業者に対して、DRの実績報告も義務付けられています。DRの実施回数や対象となった電力量に応じて、優良事業者として公表し、補助金を支給するなどの奨励策が実施されているのです。

DR補助金

政府は、補助金でもVPPの普及を推進しています。VPPの推進に向けた補助金は一般的にDR補助金と呼ばれていますが、正式名称は「電力需給ひっ迫等に活用可能な家庭・業務産業用蓄電システム導入支援事業」です。

DR補助金は、電力需要のひっ迫に備えた蓄電池の設置を奨励する補助金であり、蓄電池の導入にかかる費用が支給されます。補助金の上限は1台の設備あたり60万円で、対象が遠隔制御に対応した蓄電池のみに限られることに注意が必要です。また、DR補助金は「蓄電池アグリゲーター」という申請代行者のみが申請できます。

エネルギーの安定供給に向けて今後もVPPの発展が予想される

VPPは再生可能エネルギーの普及や電力の安定的な供給につながることから、従来の発電方式に代わる手法として注目を集めつつあります。また、VPPを支えるIoTやAIといった技術の発展もVPPの普及につながっていくでしょう。

政府もVPPを環境問題の解決に向けた有力な手段として考えており、法改正や補助金といった形で支援しています。今後、VPPの導入ハードルは下がっていくことが予想されるため、ぜひこの機会に導入を検討されてみてはいかがでしょうか。

(提供:Koto Online