近年、多くの企業がクラウド化に取り組んでいます。 クラウド化にはさまざまな方法がありますが、その中で注目されている手法の一つが「クラウドリフト」です。

クラウドリフトとは、オンプレミス環境で稼働しているシステムを「そのまま」クラウド環境に移行する方法です。オンプレミス環境で構築したシステムを大きく変更することなく、短期間・低コストでクラウド化できるため、多くの企業で採用されています。この記事では、クラウドリフトについての概要と仕組み、クラウドシフトとの違い、メリットとデメリット、導入のポイントをわかりやすく解説します。

目次

  1. クラウドリフトとは|概要
  2. クラウドリフトとクラウドシフト、リフトアンドシフトの違い
  3. クラウドリフトの6つのメリット
  4. クラウドリフトのデメリット・リスク
  5. クラウドリフトの手順例
  6. まとめ

クラウドリフトとは|概要

クラウドリフトとは?クラウド移行のメリット、クラウドシフトとの違いを解説
(画像=Thapana_Studio/stock.adobe.com)

はじめに、クラウドリフトの定義、注目される背景、目的について解説します。

クラウドリフトの定義

クラウドリフト(Cloud Lift)とは、従来はオンプレミス環境で稼働していたシステムを、クラウド環境へ「そのまま」移行するクラウドマイグレーション(クラウド移行)の一手法です。オンプレミス環境で使用していたハードウエアやソフトウエアを、その状態のまま手を加えずにクラウド環境に移行することで、短期間、かつ低コストでクラウド化を実現することができます。

「リフト(Lift)」という言葉のとおり、クラウド環境へ既存システムを「持ち上げて設置する」イメージと考えるとわかりやすいかもしれません。

クラウドリフトが注目される背景

近年、クラウドサービスの機能や性能が向上し、コストも低下していることから、多くの企業がシステムのクラウド化を検討しています。

この理由として、オンプレミス環境は、自社でハードウエアやソフトウエアを管理するため初期投資や運用コストがかさむ点が挙げられます。拡張性や柔軟性にも課題があり、変化の激しい現代ビジネスにおいて迅速な対応が難しくなっている面もあります。

一方、クラウド環境は、スケーラビリティや可用性に優れ、必要な時に必要なだけリソースを調達できるため、コストを抑えながら柔軟にシステムを拡張できます。また、最新技術をリリースされてからすぐに利用できるというメリットも魅力です。

しかし、従来のオンプレミスのシステムをクラウドネイティブなアプリケーションに作り替えるには、時間とコストがかかります。クラウドリフトならば、短期間かつ低コストでクラウド化を実現できます。クラウド化を迅速に進めたい企業にとって、魅力的な選択肢となっているといえるでしょう。

また、近年は仮想化技術の発展が著しく、オンプレミス環境の上に仮想レイヤーを構築し、そこに業務システムが構築されているケースも増えています。この状態のものは、デジタルインフラストラクチャであるIaaS(Infrastructure as a Service)上に移行しやすくなっていることから、クラウドリフトに向いているといえます。

一方で、既存システムは一旦クラウド上に移行したとしても、そのまま改修せずに使い続けることはできません。そのためクラウドリフトは、あくまでも暫定的な処置ということになります。いつかはクラウドに最適化した改修が必要になりますが、まずは費用や手間をかけずにクラウド化を進めておきたい、というコンセプトのケースに向いています。

クラウドリフトの目的

近年は2025年の崖の問題もあり、企業のDX推進にはクラウド化は必須となっています。しかしこれまで古いオンプレミス環境で業務を行ってきた企業、特に体力のない中小企業にとっては、いきなりクラウドに特化したシステムへ移行することは多大なコストや期間を必要とすることから、業務にも支障をきたすおそれもあります。また突然クラウド化したシステムを従業員が十分に使いこなせない可能性もあります。

そんなとき、まずはクラウドリフトでオンプレミス環境の仮想化マシンをクラウド上に設置することで、徐々にクラウド化を進めることができます。クラウドリフトは企業や組織のクラウド化、最終的にはクラウドネイティブ(後述)を目指すための足がかりになる選択といえるでしょう。

(参考)日経クロステック:費用は安くならず移行困難自治体も続出、ガバメントクラウドの進め方に疑問

クラウドリフトとクラウドシフト、リフトアンドシフトの違い

クラウドリフトと似た概念に「クラウドシフト」があります。クラウドリフトとクラウドシフトの違いについて解説します。また両者をかけ合わせた「リフトアンドシフト」についても紹介します。

クラウドシフトとは

クラウドシフトとは

クラウドシフト(Cloud Shift)とは、従来オンプレミス環境で稼働していたシステムをクラウド上に「改修して」移行させることを言います。

クラウドリフトとの違いは、既存のシステムをそのまま移行するのではなく、クラウドの特性を活かしたシステムやアプリケーションとして新たに構築、刷新する点です。"shift"は「転じる」「変える」という意味を表しています。クラウドリフトが既存のものに「手を加えずそのまま」クラウド上に移行するのに対し、クラウドシフトはクラウドに適した形に「改修する」ことを前提としている点が大きな違いです。

クラウドに最適化したアプリケーションに作り替えてクラウドへ移行するため、クラウド環境のメリットを最大限に活かせるように設計できます。その結果、高い拡張性や柔軟性、セキュリティ性を実現することができます。

リフトアンドシフト(Lift & Shift)とは

クラウドリフトとクラウドシフトを順に行っていく、「リフトアンドシフト」という方法もあります。これは、クラウドリフトとクラウドシフトを別々に考えるのではなく、始めにクラウドリフトを行い、その後徐々にクラウドシフトを行って、既存システムに少しずつ改修を加え、クラウドに最適化していく手法です。

クラウドシフトを最初から行うと大きな手間やコストがかかる傾向があります。リフトアンドシフトを活用することで、最初は大きな手間やコストをかけず、既存のシステムの活用を継続します。徐々に自社のシステムとクラウドの相性などを見ながら、クラウド環境に適したアプリケーションやシステムへと移行できる点がメリットといえます。

クラウドリフトの6つのメリット

クラウドリフトの導入・実施には、以下のようなメリットがあります。

【メリット1】導入に時間がかからない

オンプレミス環境のシステムをそのままクラウド環境に移行するため、導入に時間がかかりません。また クラウドの柔軟性を活かし、変化に迅速に対応できるシステムを構築することで、市場機会を逃さず、顧客満足度も向上できます。

【メリット2】導入にかかる費用を抑えられる

前述のとおりクラウドリフトは導入に時間がかからないことから、導入にかかる費用を抑えてクラウド化を進めることが可能です。

また一般的にクラウドサービスを利用することで、オンプレミス環境でハードウエアやソフトウエアを購入・維持管理するよりも物理的な機器の購入や保守にかかるコストが不要になるため、トータルのコストは低くなります。クラウドリフトを導入することで、オンプレミスの運用コストを削減し、IT投資を効率化できます。また、必要な時に必要なだけリソースを利用できるため、無駄なコストを抑えることも可能です。

ただし、ゆくゆくはシステムやアプリケーションをクラウドに適した形にアップデートしていかなければならないため、長期的に見た場合のコストについては慎重に算定する必要があります。

【メリット3】物理的なハードウエア機器の調達、設置、保守などが不要になる

クラウドリフトにより、ハードウエア機器を自社で調達、設置する必要がありません。またオンプレミス機器は定期的なメンテナンスや日々の保守運用が必要ですが、それらも不要になります。これらの業務が削減できるため、人的リソースが有効に活用できます。また物理環境を設置する場所やスペースも不要になります。

【メリット4】IT管理者の負荷を削減でき、より重要な業務に注力できる

クラウドリフトによってクラウド環境を活用することにより、自社のIT部門や担当者の運用負荷を軽減することができます。

オンプレミス環境ではサイバー攻撃を受けた場合や障害が発生した場合に、自社のIT担当部門で対応する必要があります。一方、クラウド環境ではクラウドベンダが提供するサービスを利用するため、基本的に障害対応などはベンダーが行います。そのためIT部門や担当者は、日々の管理業務に割いていたリソースをより重要性の高い業務に振り分け、注力することができるでしょう。その他、人材リソースを新規事業や顧客サービスなどに活用することもできます。

【メリット5】システムの拡張性・柔軟性が高い

オンプレミス環境の拡張や性能向上には、スペースの確保、機器の調達やIT人材によるリプレイスなどの手間が必要です。クラウド環境はスケーラビリティが高く、拡張・縮小は自由に設定できます。コストとの兼ね合いで設定を拡大・縮小することも合理的です。最新技術を常に利用できるクラウド環境で、新たなアイデアやサービスを迅速に開発・提供することができます。

【メリット6】BCP(事業継続計画)の一環になる

クラウドサービスは、災害などによるシステム障害が発生した場合でも、迅速に復旧することができます。クラウドリフトを行うことで、大規模な自然災害が起きたなどの非常事態でも、自社サーバがなく重要データは堅牢な外部クラウドに存在するため、データの安全性が担保され、迅速な事業の再開が可能になります。

クラウドリフトのデメリット・リスク

クラウドリフトには、以下のようなデメリット・リスクがあります。

セキュリティ性が下がるおそれがある

クラウドリフトは、インターネットを介して利用するため、オンプレミス環境よりもセキュリティ性が低いとされています。

拡張性や柔軟性が逆に下がるおそれがある

クラウド環境に移行する際に、オンプレミス環境で使用していたシステムのアーキテクチャの変更が必要になる場合があり、アーキテクチャを変更すると拡張性や柔軟性が低下する可能性があります。

レガシーシステムとの保守や運用の手間がかかる

クラウド環境に移行したシステムと、長年使われている古いシステム(レガシーシステム)との連携が必要になる場合があります。その場合、レガシーシステムの保守や運用に手間がかかります。

既存システムを移行するだけなのでクラウドのメリットを活かせないおそれがある

既存システムをそのままクラウド環境に移行するだけでは、クラウドのメリットを最大限に活かせない可能性があります。

クラウドリフトの手順例

クラウドリフトを進める一般的な手順は以下のとおりです。なお実際に導入を決めた場合は、具体的な手順や費用などをクラウドベンダーやSIerなどに相談することをおすすめします。

①クラウドサービスを決める

自社のニーズに合ったクラウドサービスを選択します。

②クラウド上に本番環境と同じテスト環境を構築する

クラウド上に本番環境と同じテスト環境を構築し、移行するシステムが問題なく動作することを確認します。

③テスト環境の利用を開始し問題がないか確認する

テスト環境の利用を開始し、問題がないことを確認します。

④システムをクラウドへ移行する

本番環境をクラウドへ移行します。

⑤クラウド環境での運用を開始する

クラウド環境での運用を開始し、システムが正常に動作することを確認します。

【参考】クラウドファースト、クラウドネイティブとは
クラウドリフト、クラウドシフトと似た用語に「クラウドファースト」や「クラウドネイティブ」があります。簡単に解説します。

クラウドファースト」
新規システムは原則としてクラウド環境で構築する方針を指します。クラウドネイティブと混同されることが多いですが異なります。

「クラウドネイティブ」
クラウド環境のメリットを最大限に活かせるように設計し運用する方針や概念、またそれに最適化されたアプリケーションやシステムを指します。クラウドネイティブには以下のような技術が使われます。

・マイクロサービスアーキテクチャ(アプリケーションを小さなサービスに分割し、個別に開発・運用するもの)
・コンテナ技術(アプリケーションを「コンテナ」のようにパッケージ化し、迅速かつ簡単にデプロイ・運用するもの)
・DevOps/DevSecOps(開発と運用の垣根を取り払い、迅速かつ継続的にソフトウェアをリリースする手法。セキュリティ観点も含むものがDevSecOps)

まとめ

この記事ではクラウドリフトについて解説しました。クラウドリフトは、短期間・低コストでクラウド化を実現したい企業にとって、魅力的な選択肢です。しかし、クラウドリフトには、デメリットやリスクもあります。クラウドリフトを検討する際には、まず自社のニーズを明確にし、メリットとデメリットを比較検討したうえで選択することが重要です。

クラウド化は、企業にとって大きな変化を伴います。クラウド化を成功させるためには、経営層の意思決定の迅速性、部門間の連携、人材育成などが重要なポイントになります。クラウドリフトを行うか、別のクラウドマイグレーション(クラウドシフト、リフトアンドシフト)を選択するか、企業や業種の特性、システムの状況、予算をそれぞれ検討したうえで実行する必要があるでしょう。

クラウドリフトを選択した場合でも、いずれはクラウドファーストなシステム構築を進めなければグローバルな市場競争に生き残れないおそれがあります。どのタイミングで、どのようにクラウド化を進めるかを確認し検討し、専門の部門や体制を作って実施することをおすすめします。

(提供:Koto Online