またもトランプ前大統領の「お騒がせ」だ。日本製鉄<5401>による米USスチール買収に、「私は直ちに阻止する、絶対にだ!」と労働組合関係者との面談後の記者会見で反感をあらわにした。では、トランプ氏の「M&A阻止」が実現する可能性は、どれほどあるのだろうか。
支持率拮抗、トランプ氏再選の可能性は十分にある
トランプ氏が日鉄によるUSスチールの買収を阻止するには、何はともあれ大統領選で勝利しなくてはならない。共和党の大統領選候補者を選ぶ党員集会ではトランプ氏がアイオワ州に続いて、穏健な保守層が多いニューハンプシャー州でもトランプ陣営の2倍もの広告費を投じたヘイリー元国連大使を破って勝利。再び共和党の大統領候補に指名される可能性が高い。
一方、民主党は現職で2期目を目指すバイデン大統領の指名がほぼ確実で、再びトランプ氏との一騎打ちになりそうだ。大統領選でトランプ氏がバイデン大統領と争った場合の勝率はどれほどなのか?
2024年1月下旬にアイオワ州で500人の登録有権者を対象にした米JLパートナーズによる世論調査では、トランプが45%とバイデン大統領の41%を4ポイント上回った。同時期の世論調査でも同様の結果となっている。ジョージア州ではトランプ氏の支持率がが45〜51%なのに対して、バイデン大統領は35〜43%に沈んだ。
ウィスコンシン州においてもトランプ氏の42〜47%に対して、バイデン大統領は39〜47%。トランプ支持の米FOXニュースがスポンサーとなっている世論調査だけに割り引いて考えなくてはいけないが、両者の支持が拮抗していることは確かだ。1000人〜1500人の登録有権者を対象にした全米の世論調査でもトランプ氏はバイデン大統領と互角以上の支持を得ている。つまりトランプ氏が再び大統領の座に返り咲くのも、決して「夢物語」とは言えない。
しかし、トランプ氏が大統領への再選を果たしたとしても、必ずしも選挙前の公約を守るとは限らない。トランプ大統領は2018年10月にインディアナ州の農業団体集会で「日本が農産物で市場開放をしないのならば、日本車に20%の関税を課す」と宣言し、会場の喝采を浴びた。
怖いのはトランプ氏よりもバイデン大統領
ところが、2019年3月にトヨタ自動車が米国の5工場に7億5000万ドル(約1115億円)の追加投資を発表すると、「おめでとうトヨタ!米自動車産業の労働者たちにとってビッグニュースだ!」とツイッター(現 X)に書き込み、農業団体に約束した日本車への20%課税は立ち消えとなった。
トランプ大統領時代の中国や北朝鮮への対応でもそうだったが、自らの手柄になる出来事があれば公約をひっくり返すのは日常茶飯事。USスチールとの合併も、日鉄が米国での投資拡大や雇用増を打ち出せば、直ちにM&A阻止をうやむやにすることになるだろう。2期目ともなれば再選を気にする必要もない。
しかもトランプ氏が大統領選に勝利したとしても、就任するのは来年だ。M&A阻止を「なかったこと」にするには十分なタイムラグがある。公約に期待した支持者はあぜんとするだろうが、トランプ氏は気にもとめないだろう。日鉄がトランプ「大統領」の介入を警戒する必要はなさそうだ。
日鉄が警戒しなくてはならないのは、バイデン大統領の動きだろう。2月2日に全米鉄鋼労働組合(USW)のデービッド・マッコール会長が「今日、バイデン大統領が(USスチール買収に反対する)我々の背中を押してくれるという個人的な確約を得た」との声明を発表した。
トランプ氏に労組票を奪われたくないバイデン大統領は、選挙をにらんで1期目の任期中にM&A阻止に動き出す可能性が高い。トランプ氏を退けて2期目に突入したとしても、M&A阻止を「なかったこと」にはできない。熱狂的なトランプ氏の支持層と違い、リベラルなバイデン大統領の支持層は公約違反を許さないからだ。むしろトランプ氏が当選した方が、USスチール買収の可能性が高まる。
もっともトランプ氏は買収阻止で「無罪」とは言えない。トランプ氏が「買収反対」を表明しなければ、バイデン大統領もこの問題に深入りはしなかったからだ。トランプ氏の「乱入」により、バイデン大統領がM&A阻止に動き出さざるを得ない状況となった。USスチール買収を目指す日鉄にとって、「米大統領選前」というタイミングが最大のリスクになりつつある。
文:M&A Online