SDVとは?ソフトウェア定義型自動車の課題と未来への期待

近年、自動車業界では電気自動車の普及や自動運転技術の進化、コネクテッドカーの登場など次々と新しい技術が生まれており、車のあり方が大きく変化しています。そんななかで注目を集めているのが「SDV(Software Defined Vehicle)」と呼ばれる新しいタイプの自動車です。

従来の自動車とは異なりソフトウェアを基盤として開発されたSDVは、革新的な機能やサービスを提供し、私たちのカーライフを大きく変える可能性を秘めています。本記事では、SDVとは何か、従来の自動車との違い、SDVがもたらす未来について詳しく解説します。

目次

  1. SDVとは?
  2. SDVを取り巻く自動車産業の現在と注目される背景
  3. SDVが注目される背景
  4. SDVの特徴とメリット
  5. SDVの懸念点
  6. SDVの今後の展望
  7. まとめ

SDVとは?

はじめにSDVとは何か、その定義と概要について解説します。

SDV:ソフトウェア定義型自動車の定義と概要

SDV(Software Defined Vehicle:ソフトウェア・デファインド・ビークル)とは、日本語では「ソフトウェア定義型自動車」と呼ばれます。その名のとおり「ソフトウェアによって自動車の主要な機能や性能が定義される」、つまり「自動車を制御するソフトウェアのアップデート(更新)によって製造・販売されたあとも継続的に進化する自動車のこと」を指します。

SDVとは?ソフトウェア定義型自動車の課題と未来への期待

SDVは、例えばスマートフォンなどのデバイスのようにソフトウェアのインストールやアップデートで新しい機能を追加したり、既存の機能を改善したりすることが可能です。経済産業省では、SDVを以下のように定義しています。

ソフトウェア・ディファインド・ビークル(SDV)とは、クラウドとの通信により、自動車の機能を継続的にアップデートすることで、運転機能の高度化など従来車にない新たな価値が実現可能な次世代の自動車のことです。

(出典)経済産業省:「モビリティDX戦略」を策定しました(2024年5月24日)

基本的にソフトウェアの更新は、インターネット(双方向通信)を使うため、その更新にハードウェアの置き換えなどを都度必要としません。また経済産業省の定義のとおり、クラウドを用いることがその特徴です。まとめるとSDVとは、以下の3点を含むものとなります。

  • クラウドを用いる
  • インターネット(双方向通信)を用いて継続的に、自動車の主要な機能の更新をする
  • 従来車にはない新たな価値を実現できる

従来の自動車は、一度製造されるとその機能はほぼ固定されていました。自動車とは、ハードウェアでありエンジンや操作性など運転に関わる主たる性能が、その自動車の性能そのものとなります。そのため新しい自動車が開発されると以前に販売された自動車の性能は少しずつ古くなっていくことが一般的でした。

しかしSDVは、搭載されるソフトウェアの性能が高ければ新しく販売される自動車に遜色なく性能を高めることが可能です。つまりSDVでは、ソフトウェアが自動車の性能を決定づけることになります。SDVにおけるソフトウェアの例としては、先進運転支援機能(自動運転機能)があります。

現在の自動運転機能は、カメラやセンサーによる情報の「認知」、ソフトウェアによる「判断」、ハードウェアとそれを制御するソフトウェアによる「操作」が組み合わさって実現します。これらの精度がソフトウェアアップデートにより向上することで販売後も最新の機能を活用できます(イメージとしては、スマートフォンのOSのバージョンが徐々にアップデートされていくようなものととらえられるでしょう)。

SDVとコネクテッドカーの関連性

すでにテスラなどが開発・販売している自動車では、OTA(Over the Air)技術が用いられており、車載のソフトウェア更新が可能です。日本の国産自動車でも一部車種の一部機能で取り入れられています。自動車の走行性能そのものに関わる機能とは別に、カーナビゲーションシステムやETC車載器、事故時の緊急通報システム、盗難追跡システムなどが中心です。

これらの機能が実装された自動車は「コネクテッドカー」と呼ばれます。情報ネットワークを介してシステムの更新が可能な点はSDVと同様です。コネクテッドカー市場も現在急速に成長しています。そのためコネクテッドカーは、SDVの一部とも考えられます。

コネクテッドカーとは、ICT端末としての機能を有する自動車のことであり、車両の状態や周囲の道路状況などの様々なデータをセンサーにより取得し、ネットワークを介して集積・分析することで、新たな価値を生み出すことが期待されている。具体的には、事故時に自動的に緊急通報を行うシステムや、走行実績に応じて保険料が変動するテレマティクス保険、盗難時に車両の位置を追跡するシステム等が実用化されつつある。

(出典)総務省:第2部 ICTが拓く未来社会>第1節 ICT端末の新形態>2 コネクテッドカー・オートノマスカー>(1)コネクテッドカー

コネクテッドカー技術は、将来的にさらに進化し、SDVの技術と連携して完全な自動運転の実現に近づく可能性があります。また車両間通信(V2V)、車両とインフラストラクチャ間の通信(V2I)の活用により、渋滞の解消や交通事故の減少にも役立てられると期待されています。

SDVを取り巻く自動車産業の現在と注目される背景

ここでは、2024年現在のSDVを取り巻く環境、注目される背景について解説します。

SDVを取り巻く業界の流れ

昨今、さまざまな業界でDXが進むなかSDVに見られるように自動車製造業界でもその流れが主流となりつつあります。“自動車”というモビリティを取り巻くデジタル技術の発展(自動車のDX)は、これまでの自動車の価値だけでなく、“自動車製造業”という産業の構造にも変化をもたらしているのです。SDVの概念を一般に広げたのは、電気自動車「テスラ」の登場によるものが大きいといえます。

テスラが開始した「ソフトウェアをインターネット経由で更新することで自動車を購入したあとも最新の機能が使えるようになる」というサービスは、これまでの自動車業界の開発や製造、販売のアプローチとは大きく異なるものでした。

テスラは、このサービスを例えば運転支援機能などはオプションで有料販売するほか、無料のスタンダードコネクティビティと有料サブスクリプション方式のプレミアムコネクティビティを導入しています。つまり“自動車”というハードをこれまでのように売り切りのものとするのではなくソフトウェアによって継続して利益を得る仕組みを考え出したのです。

これらの流れから、近年、自動車メーカー各社はSDVの開発と販路拡大に力を入れており、日本でもトヨタや日産、ホンダなどの主要メーカーを中心に各社がSDVの開発に注力しています。2024年現在、自動車業界はSDVにおけるソフトウェア開発の必要性やソフトウェア開発エンジニアの育成と確保にもすでに動き出している状態です。

ソフトウェア開発のノウハウを取り入れハードウェアとソフトウェアを連携させることで、より高度な自動車、モビリティ(サービスとしての移動)を実現しようとしています。

(参考)
トヨタイムズ「今期は意志をもって足場固めに必要なお金と時間を使っていく
nikkei4946.com:経済ナレッジバンク きょうのことばセレクション「OTA
TESLA:コネクティビティ

SDVが注目される背景

ここまで見てきたようにSDVが注目される背景には「新しい自動車の付加価値への期待や自動車業界におけるDX、コネクテッドカーをさらに進化させ新しいモビリティ社会の実現を目指し、より一層自動車産業を発展させる」という業界の狙いもあります。前述したとおり従来の自動車産業では、新車販売が収益の中心でした。

いったん売ってしまえば、あとはその自動車に対する定期的なサービスは購入者が自由に選べます(例:車検など)。購入者が必ず自動車メーカーでサービスを受けるとは限りません。しかしSDVが普及すれば、メーカーは販売した自動車へ「(運転機能など主要な機器において)ソフトウェアの更新を「有料で」行う」サービスを行えます。このサービスは、継続的に提供が可能なため、一定期間における新たな収益が見込めることになるでしょう。

またかねてより注目されているクリーンエネルギーによる電気自動車の発達から、持続可能なモビリティ社会へとつなげる環境的、社会的ニーズの高まりもあります。自動運転技術の発展のためにもSDVの開発、投資は不可欠といえるでしょう。より高度な自動運転技術が進化することで、交通事故の減少や渋滞の解消にも寄与することが期待できます。

SDVの特徴とメリット

ここでは、あらためてSDVの特徴とユーザー、自動車メーカー、そして社会全体のそれぞれのメリットについて解説します。

ユーザーにとってのメリット

SDVは、買ったときの自動車の状態ではなく継続的な安全性の向上がソフトウェアの更新で可能になります。そのため安全な走行、事故の減少などが期待できるでしょう。ユーザーにとっては、愛車を長く安全に乗り続けられます。

また現行のコネクテッドカーでもすでに実装されているようなビデオストリーミングやミュージックストリーミングといった機能は、自分の好きなようにカスタマイズ可能です(例:テスラではプレミアムコネクティビティにより有料で可能)。

ソフトウェアのアップデートに費用はかかりますが、安全に長く乗り続けられることで車1台を買い替える必要はなくなるため、コストを抑えるなど自由度が増すことも期待できます。将来的に安全性の高い自動運転が街中でも可能になれば、現在のように老齢化による免許返納が見直され、歳をとっても自由に自動車で移動できる便利な世の中になるかもしれません。

自動車メーカーにとってのメリット

自動車メーカーは、SDVの導入でこれまでの「売り切り」とは異なる新たなビジネスモデルを確立できます。これは、前述のとおりすでに米テスラが実証しており、継続的な収益化が可能です。また自動車のハードウェアの性能やデザインだけでなくソフトウェアで製品の差別化を図ることもできます。これにより、新しい価値を顧客に提供することも可能です。

その他、将来的には車両の保守点検などにリモート診断や修理が可能になるかもしれません。これによるメンテナンス効率化や経費削減も期待できます。

社会にとってのメリット

SDVが将来の社会にもたらす主なメリットについては、以下のようなものが挙げられます。

  • 車両の販売増加による経済への好影響
  • 自動運転のモデル確立により、安全な走行が可能になり、事故の減少や渋滞の解消につながる
  • 新たなビジネスモデルがバリューチェーン側へのユースケースを拡大、新たなイノベーションへつながる可能性
  • 移動が楽な社会の実現、コミュニティの活性化が期待できる
  • 新しい技術分野の必要性により、人材の採用が進む(雇用の促進)
  • 持続可能な社会への貢献(環境への負荷軽減など)
SDVとは?ソフトウェア定義型自動車の課題と未来への期待
(出典)経済産業省:「モビリティDX戦略」を策定しました(2024年5月24日)

SDVの懸念点

SDVの今後の発展については、以下のような懸念点が考えられます。

セキュリティの問題

今後、SDV分野が主軸となっていく場合、開発の中心はソフトウェアに重点が置かれるようになるでしょう。SDVは、インターネットに常時アクセスすることになるため、当然通常の端末やシステムと同様にサイバー攻撃を受けるリスクがあります。

もし自動車の走行や運転、安全性能にかかわる中枢システムにサイバー攻撃を受けて異常を起こしたり、万が一ハッキングされたりした場合は、乗車しているユーザーの命が危険にさらされることになります。

IT人材、ソフトウェアエンジニアの確保の問題

上記セキュリティのリスクを解消するには、IT人材の確保が非常に重要なミッションとなります。日本におけるIT人材は、どの分野においても慢性的に不足しているのが現状です。今後ソフトウェア開発や保守を担える人材を確保、あるいは育成することが自動車メーカーにとって急務といえます。

<自動車業界でソフト人材の獲得競争が進む>

ホンダ協業先を含めて2倍の1万人に
トヨタ自動車25年までに9,000人を再教育
日産自動車年間100人規模での養成
米GM技術部門の報酬体系をIT大手と同水準に
デンソー部品技術者1,000人を25年までに転身
独ボッシュ世界40万人の全社員を再教育
(出典)日本経済新聞:ホンダやトヨタ、なぜソフトウエア人材増員?(2023年5月30日)

すでに日本の主要自動車メーカーでは、ソフトウェア開発者向けのイベントを共同で開発するなど、自動車産業に携わるIT人材の確保に動き出しています。またトヨタ自動車は、自動運転のためのソフト開発人材の採用を進めています。

(参考)Japan Mobility Tech Day

収益化の問題

テスラは、コネクテッドカーやSDVなど従来のハードウェアとして売り切るビジネスモデルだった自動車を、ソフトウェア重視かつサブスクリプションや新機能のオプション販売など新しいビジネスモデルを開発しました。

2022年時点における決算でトヨタ自動車と米テスラの連結純利益は、四半期ベースで初めて両社の金額が逆転、販売台数で8倍近いトヨタに対し、テスラは1台あたりの純利益がトヨタの8倍となりました。その後、トヨタはテスラとの差を徐々に詰めています。2024年4月時点の公表では、テスラのEV販売の不振もあり両社の差はかなり小さくなっていることがわかります。

しかしこのテスラの失速は、EV不振によるものとはいえ、「ソフトウェア開発と販売をどのように最大化し継続的なビジネスモデルとして確立できるか」という課題ともいえます。今後のユーザーの価値観の変化やモビリティ社会の浸透をどのように自動車メーカーが主導し、国も産業としてバックアップできるかにもかかっているといえるでしょう。

SDVの今後の展望

今後SDVが自動車産業の主流になる可能性があります。その場合、今後の展望として以下のような内容が考えられます。

ソフトウェアが自動車の中心的な「性能」になる

従来の自動車は、エンジンなど車載されたハードウェアこそが「性能」を表すものでした。しかし今後SDVが普及すると、ハードウェアではなくソフトウェアの性能が最も重要になることが予想されます。

自動車メーカーとIT関連企業などとの連携が進む

前述のとおりSDVの開発には、IT人材の確保が不可欠です。現在も各自動車メーカーでは、IT人材の採用や育成に力を注いでいますが、今後は自社ですべてを用意するのではなくIT関連企業やメーカーとの連携が進み、新たな産業や雇用を生み出すことが期待されています。

自動車メーカーの開発環境が変化する

例えば仮想環境を現在以上に活用した開発手法や開発設計部門と製造部門の連携(DevOpsの採用)が進むことが考えられます。

まとめ

本記事では、SDVにおける定義や現状、メリットと懸念点、日本におけるSDVの展望について解説しました。従来の自動車の付加価値を高め「モビリティ社会」を創造するために欠かせない要素といえるSDV。これまでの自動車の在り方、自動車業界の慣習を変化させ新しい価値観をユーザーに提供できるものとして期待されています。

すでに米国、中国のメーカーなどが先行しているなか、今後は日本の自動車メーカーによる技術開発やソフトウェア開発について国をあげてどのように未来へつなげていくかが重要な鍵となるでしょう。

(参考資料)
NIKKEI COMPASS:SDV
HONDA:Hondaの「SDV」開発ビジョンを解説。自動運転時代に活躍するソフトウェア人材とは?
NRI:SDVが実現する未来 -NRI 自動車業界レポート 2023-

(提供:Koto Online