「攻めのDX」を展開し新規事業創出につなげ、企業の持続的な成長につなげるべくチャレンジを続けている太陽ホールディングス。「化学の進化とDX 未来を創る太陽ホールディングスのデジタル戦略」をテーマに収録されたウェビナーに続き、太陽ホールディングス株式会社の常務執行役員、CDO最高デジタル責任者情報システム部長であり、人事部長を兼任する俵 輝道氏をゲストに迎え、CCTのアドバイザーで合同会社アルファコンパス 代表CEOの福本 勲氏と「攻めのDX」に関する対談が行われました。
多くの新規事業に携わってきた俵氏が太陽ホールディングスで取り組む事業創出、人事担当執行役員兼人事部長という立場で目指す人材育成などについて、話しを伺いました。
住友電気工業で海外事業戦略と実行に従事後、ベンチャーキャピタルを経てスタートアップを経営、売却後にミスミに入社。米国で企業買収後のPMI業務等に携わる。その後アマゾンジャパンでB2B用品等の事業部長を務めた。太陽ホールディングスに入社後、2020年4月より現職。同社IT部門の責任者、グループ企業ファンリードの取締役も兼務する。
1990年3月、早稲田大学大学院修士課程(機械工学)修了。同年に東芝に入社後、製造業向けSCM、ERP、CRMなどのソリューション事業立ち上げに携わり、その後、インダストリアルIoT、デジタル事業の企画・マーケティング・エバンジェリスト活動などを担うとともに、オウンドメディア「DiGiTAL CONVENTiON」を立ち上げ、編集長を務め、2024年に退職。
2020年にアルファコンパスを設立し、2024年に法人化、企業のデジタル化やマーケティング、プロモーション支援などを行っている。
また、企業のデジタル化(DX)の支援と推進を行う株式会社コアコンセプト・テクノロジーをはじめ、複数の企業や一般社団法人のアドバイザー、フェローを務めている。
主な著書に「デジタル・プラットフォーム解体新書」(共著:近代科学社)、「デジタルファースト・ソサエティ」(共著:日刊工業新聞社)、「製造業DX - EU/ドイツに学ぶ最新デジタル戦略」(近代科学社Digital)がある。主なWebコラム連載に、ビジネス+IT/SeizoTrendの「第4次産業革命のビジネス実務論」がある。その他Webコラムなどの執筆や講演など多数。2024年6月より現職。
目次
DX戦略の3つの柱、手痛い経験から「攻めのDX」を位置づけ
福本氏(以下、敬称略) 対談では御社のDX戦略の中の一つ、「攻めのDX」を中心に、新規事業創出の取り組み、人材育成などをテーマにお話を伺いたいと思います。最初に、改めて太陽ホールディングスの事業内容の概要と、DX戦略、その中の攻めのDXの位置づけについて、教えていただけますか。
俵氏(以下、敬称略) 太陽ホールディングスでは、化学をベースに多様な事業を展開しています。主力の一つはエレクトロニクス事業で、中でも「ソルダーレジスト」というプリント基板の表面を覆い、回路パターンを保護する絶縁膜となるインキは世界No.1のシェアとなっています。ほかに大きいところでいうと医療や医薬品、それから食料、エネルギー、IT、ファインケミカルなどの領域でも事業展開をしている会社です。
太陽ホールディングスのDX戦略には、大きく3つの柱があります。一つは基盤強化です。DXを進める上で必要となる、人事や経理、法務といった事業を支える基盤の強化や人材育成を目指すものです。もう一つが守りのDX。ここではデジタルを活用した事業の生産性向上や高度化を目的としています。
そしてもう一つが、今回のテーマである攻めのDXです。これは太陽ホールディングスのデータや経験をもとに新規事業の創出を目指す取り組みで、ある意味、既存事業を実験場にして、新しい事業を生み出そうというものです。これは事業化できそうだというものを選んで社内で開発し、データを取って実証実験を重ね、子会社を通じて販売しているところです。
福本 太陽ホールディングスのDX戦略全体の中でもやはり攻めのDXが特徴的だと思うのですが、どのような目的でこの攻めのDXを戦略の中に組み込んだのでしょうか。
俵 そうですね。攻めのDXについては、太陽ホールディングス独自の少しユニークな取り組みと言えるかもしれません。
もともと会社全体としての長期経営構想があるのですが、その中に優先項目がいくつかあり、そのうちの一つが新規事業の創出です。会社として新規事業を生み出すことに、相当プライオリティを上げて取り組んでいるんですね。
これは、過去の手痛い経験からきています。先ほどご紹介したように、当社のソルダーレジストは大きなシェアを獲得していて、ある意味、「一本足打法」でエレクトロニクス事業の売上を構成していました。それが一時急にダメになってしまったことが海外であったんです。その出来事以来、会社として多角的なサービス展開をしていく必要があると痛切に感じ、新規事業を創っていかなければいけないという危機感が芽生えました。
さらに、私自身もCDOとして着任してDX戦略を考える際、コストをかけたDXだけではなく、利益も生み出すことができる「攻めのDX」をやりたいと考えました。お伝えしたような会社としての危機感があったことに加えて、経営や事業創出に携わってきた私自身のバックグラウンドを生かせるのではないかと思ったことが理由です。
こうした事情から、太陽ホールディングスとしてのDX戦略に、新規事業につなげる「攻めのDX」を柱の一つとして取り入れました。
新しいことをやるが故の苦労や課題…壁を乗り越えるためのポイントは
福本 ウェビナーで、攻めのDXによって生まれた「STiV(スティーブ)」の例をご紹介いただきましたが、改めて概要のご説明をお願いできますか。
俵 スティーブはAI型のナレッジマネジメントの仕組みで、それをSaaS型で販売しています。もともとは子会社である太陽ファルマという製薬会社のペインポイント、悩み事がきっかけで生まれたものです。この会社の中に厚生労働省とやり取りをする部門があるのですが、そのやり取りに必要なナレッジがノウハウとしてベテランから若手に継承できないという課題がありました。スティーブは社内で保有している多数のデータと、業界内の法令や関連文献などの膨大なデータを紐づける機能を備えていて、AIによるシームレスな検索・業務効率化を可能にすることができるんです。
お陰様で反響も大きく、今は主に製薬会社をターゲットにしていますが、それ以外の業種の企業でも利用していただけるようになってきています。
福本 日本は世界に先駆けて少子高齢化が進んでいますが、これを使うとベテランがいなくなっても若い人が学べる環境が整備される点が良いと感じました。それから、人に継承しなくても、これを見れば必要な情報がいつでもわかる状態になる。都度ここから教えてもらうなど、いろいろな使い方ができるのではという期待感がありますよね。
社内でいろいろな新規事業のネタがある中で、スティーブがいいと思った主なポイントはどのような点にあったのでしょうか。
俵 判断するにあたり、3つのポイントを意識しました。一点目は事業立ち上げのスピード感。二点目は市場ニーズ。そして三点目は、差別化ができるかどうか。この三点から、これは事業化できると思い事業化を進めてきました。
例えば社内の困りごとを解決してシステムを作って、作った後に外にも売れるのではないかと発想するというやり方はありがちだと思うのですが、恐らくその流れでは成功の確率が低いのではないかというのが私の意見です。開発に着手する前、最初に市場で本当に売れるのかどうかという感触をある程度得る必要があるのではないかと思っています。
福本 新規事業を創るにあたって、開発に踏み切る前に、必ずこのフローは入れるといったご自身のポリシーみたいなものは何かあるのでしょうか。
俵 ケースバイケースでいろいろなシチュエーションがあるとは思いますが、基本的に私が今までのキャリアを通じて大事にしているのは、当たり前ですが「お客様の声を聞く」ということです。先程の例で行くと、開発などを始める前にコンセプトなどを作ってニーズがありそうかどうかを聞くんですね。ここは重要な位置づけとして、大切にしているところです。
福本 新しいビジネスをやろうとすると、当然失敗もあるでしょうし、社内で了承を得るための苦労もあるかと思います。そうした壁を乗り越えるために何か工夫したことなどはありますか。
俵 当社は、比較的失敗を許容する風土があるほうなので、その点で失敗できないという制約は特に感じたことはありません。一方で、ただ失敗するのではなく、次につながるような学びを得るために、なぜ失敗をしたのか分析したり振り返ったりすることは当然必要だと思います。
社内の合意を得るという観点でいうと、そこは丁寧に進めるよう意識をしています。攻めのDXとして新規事業を創出するというのは、ある意味新しい形です。そのため、情報システム部門が事業を創るということ自体に対する他部門からの懐疑的な目、社内で新しいことをやるが故の苦労はもちろんありました。それらに対して、例えばトップからメッセージをもらったり、キーマンに丁寧に説明をして理解を得たり、それから小さい成功を社内に宣伝したりといったことは必要ですね。特に、トップのコミットメントというのはすごく重要だと思います。
また、社内で開発しつつ社外のいわゆる市場調査やテストマーケティングなども行い、これはいけるという実績を積みつつトライアル販売をするなど、ステップを少しずつ刻んで今のところまで何とか辿り着いているという感じです。
とはいえ、お伝えしたように当社は新しいことに対して寛容な社風ですし、こういうと身も蓋もありませんが、会社としての規模感がそれほど大きいわけではないので、いろいろなことをやりやすい環境かなとは思います。
一番重要なのは「人」、求める人材の具体像は
福本 多くの製造業の方たちが、何とか新規事業創出に向けて取り組みながら苦労しているのが現状だと思います。課題解決を新規事業につなげる上で、鍵となることは何だと考えていますか。
俵 前提として私たちはまだトライしている最中なので成功者の目線で語ることはできないのですが、挑戦者の1人として言えることは、本当に一番大事なのはやはり「人」だということです。もちろんマーケットニーズを掴んだり、それに沿った商品やシステムを作ったりすることも大切ですが、ある程度進み始めたら、良い人材が必要不可欠です。スティーブに関しても、最初は本当に私1人で始めたのですが、事業化を進める上では、多くの人の力を得なければ実現することはできませんでした。
福本 新しい事業をやるための人材として、素養や人物像など、求めるものや向いている・向いていないというものはありますか。
俵 一概には言えないところがありますが、リーダーとして重要なのは、開発の面と事業の面、両方でリーダーシップを取れるということです。なかなか得難い人材ですが、スティーブの場合はそれができる人材が事業を引っ張ってくれているので、これはとても幸運なことだと感じています。
新規事業を創っていくことは簡単ではありません。中途半端なオーナーシップだとなかなか続けることができないと思うんですね。パッションというか、情熱というか、そういうものを持っていることが必要ですね。
福本 育成という観点ではどうでしょうか。新規事業を担う人材を育成するための、目標管理の工夫や育成におけるポリシーみたいなものがもしあれば教えていただけますか。
俵 目標管理に関しては、例えばリード獲得や商談までいった数字など、新規事業を創っている最中だとなかなか出せない売上以外のところでもKPIを立てて評価できるようにしています。数字に限らず、仕組みを構築するとか、進捗の妨げになっている課題を解決するとか、定性的なものも可能ですね。
目標を立てて、それがしっかりとできているかどうかをワンオンワンミーティングなどでフィードバックする、期待値とのギャップがあればそこを可視化してリカバリーのためのプランを一緒に立てる……シンプルですが、こうしたことを一つひとつ丁寧にやる、その積み重ねが育成につながると思っています。
合わせて、中長期の視点も大切です。目標は半年くらいの期間で設定、評価を繰り返していくので、1年後、3年後のキャリアを考えるために、例えば4月とか10月とかにそこを可視化する仕組みを作っています。
半年ごとの目標を立てる際も、3年後の自分のあるべき姿がないと、向かうべき方向性が見えず、正しく進んでいるのかどうか把握ができません。そのため、中長期のプランを作った上で目標を作り、ワンオンワンミーティングなどで振り返るようにしています。
福本 新規事業を創るためには、いわゆるゼロイチ(ゼロからイチを生み出す)ができる人材が必要になります。私自身の経験から考えると、ゼロイチを担当している人は、一つ新規事業が終わると次も新規事業に携わり、相当長くゼロイチをやり続けています。ある意味育成が難しいので同じ人がやり続けているという側面もあるのではないかと思うのですが、俵さんはこのゼロイチ人材の育成が可能だと思いますか?
俵 どうなんでしょう、難しいですね。私自身はゼロイチのことをやっていますが、特に育成されたわけでもありません。もちろん座学を用意することはできますが、それよりは失敗も含めて経験することが一番いいのではないでしょうか。
よくゼロイチをやる人とイチジュウ(あるものを成長させる)をやる人は別だと言いますよね。自分自身もそれほど多くの経験をしているわけではありませんが、それぞれで優先順位が恐らく変わってくる可能性があります。イチジュウの場合はやはりチームマネジメントが重要になるので、それに強い人が必要になるとは思います。一方でゼロイチはある意味特殊な、恐ろしいほど強力なパワーが求められます。そういうタイプの人材がその後のマネジメントが必要となるイチジュウのフェーズでも適切かどうかというのは議論があるところかもしれません。
責任者として自ら動き人材を獲得、「カルチャーを変える」ことで描く未来の姿
福本 外から人を採るケースについてはどうでしょうか。採用のやり方やポリシーなどは何かあるのでしょうか。
俵 私は今まで、PL責任を持つ立場を担ってきた経験が長いのですが、事業に限らず部署の長として組織を作ることも、自分の責任でやってきました。例えば人事にお任せするというやり方もありますが、やりたいことを実現するためには人が必要なので、人材採用は自分の一番重要な仕事の一つだと定義付けてきたんです。
例えば中途採用のエージェントの人に対して自分の熱意を直接伝えたり、どういう人が欲しいか解像度を上げて共有したり、そうしたことも人事に任せず自分で行ってきました。他にも、エージェントは採用したい会社を担当する人と、候補者を担当する人が別になっていることも多いので、私の窓口である会社担当の人を通じて候補者担当の人に作り込んだ資料を渡してもらうほか、フォロー面談などもタイムリーに自分で行うよう意識していました。そうすると、エージェントの人にも思いが伝わり、仲間になってくれるんですね。加えて自社の人事部も協力してくれるようになり、結果として、良い組織を作ることができました。
福本 なるほど。事業の責任を持っている人間として直接動くんですね。
俵 そうですね。最近はSIer(エスアイヤー)やコンサルとして仕事をしてきた方が自分自身で事業に携わりたいと転職を希望するケースも多くあります。そういう方たちが気にするのは、例えばしっかりと予算がつくか、トップがコミットしているか、スピード感をもって動くことができるかといった事柄です。アドバイスしてきた立場から、どういうことが新規事業創出の妨げになるかをわかっているんですね。それらの点については太陽ホールディングスとしての強みがあります。また、自分自身で候補者と会って話をしてきた経験から彼らが何を気にするかを理解しているので、そのあたりに関する安心材料をタイムリーなフォロー面談で細かくお伝えすることで、良い人材の獲得につなげることができたのではと思っています。
そういうことを続けていたら、いつのまにか私自身が人事部長になってしまったのですが(笑)。
福本 日本のDXはどうしても守りが中心で、攻めのDXをやりたくてもなかなか進んでいない企業が多いというのが現状です。そういう皆さんに対してDXがもたらす価値、描いている未来像などについて、締めのメッセージをいただけますか。
俵 私がやりたいと考えているのは、「カルチャーを変える」ということなんです。例えばデータを活用できるようになる、そしてそれによっていろいろなものが可視化され自律的にPDCAを回せるようになる、生成AIなどによって仕事の仕方が変えられる……いろいろな姿が描けると思っています。もちろんトライアンドエラーの繰り返しになるとは思いますが、カルチャーを変えるためのものとして、DXはすごく良い手段の一つではないかと感じています。
会社のカルチャーを変えるというのは、簡単ではありません。しかし、時代はどんどん変わっていきます。DXによって会社を変えて、人を変えて、新しい時代に対応していく、そうしたところの手助けをできるよう、今後もがんばっていきたいと思っています。
【関連リンク】
太陽ホールディングス株式会社 https://www.taiyo-hd.co.jp/jp/
合同会社アルファコンパス https://www.alphacompass.jp/
(提供:Koto Online)