この記事は2025年8月8日に「きんざいOnline:週刊金融財政事情」で公開された「インフレ加速への警戒感は強く、年内利下げは1回の見通し」を一部編集し、転載したものです。

トランプ米大統領が掲げる高関税政策によるインフレ加速が懸念されているものの、現時点で物価上昇圧力は限定的だ。2025年6月の消費者物価指数(コアCPI、食料・エネルギーを除く)の前年比上昇率は2.9%で、前月(2.8%)から小幅に上昇したが、3%台の上昇が続いた昨年と比べてインフレ水準は抑制されている。ただし、物価指数を品目別に見ていくと、関税導入に起因する物価上昇の動きが表れ始めている。
関税の影響を受ける財の物価指数は、エネルギーと食品を除くベースで前年同月比0.7%上昇し、25年4月から3カ月連続の上昇となった(図表)。品目別では、冷蔵庫など主要家電や家具を含む家庭用装備品が同1.7%上昇したほか、玩具やスポーツ用品といった娯楽用品も今春から値上がりが始まっている。
もっとも、6月分の統計で確認できるインフレ圧力は一部にとどまる。6月時点で導入されていたのは、自動車や鉄鋼製品などへの分野別関税とすべての輸入品に一律10%を課税するベースライン関税だけであり、影響が大きい相互関税の発動が先送りされているためだ。関税措置に伴う物価上昇圧力が広がってくるのは、上乗せ部分の相互関税が発動される8月以降になる。CPI統計で確認するためには今秋まで待たねばならない。
相互関税が発動されたとしても、小売り段階で価格が上がるまでにはタイムラグがある。関税引き上げ前に仕入れた在庫の販売が優先されることや、関税負担分を販売サイドが時間をかけて段階的に価格転嫁していくことが想定されるからだ。相互関税発動後も急激な物価上昇には至らないとみられるが、長い期間にわたって関税が消費者物価を押し上げ続ける可能性は高いだろう。
米連邦準備制度理事会(FRB)の高官からも「関税の影響が出てくるまでには時間を要する」との指摘が相次ぐ。ニューヨーク連邦準備銀行のウィリアムズ総裁は、関税の影響について「まだ初期段階で完全に反映されるまでには時間がかかる」とし「今年後半から来年前半にかけてインフレ率は1%押し上げられる」と警告している。
現状は物価を取り巻く不確定な要素が多く、FRBでもインフレリスクに関する評価は定まっていない。米連邦公開市場委員会(FOMC)の最新の政策金利見通しによると、25年の中央値は年内2回の利下げを示唆している。しかし、その内情を見ると、会合参加者19人のうち7人は年内据え置き、2人は1回の利下げを想定するなど、半数近いメンバーが年内2回の利下げを支持していない。7月の米雇用統計が悪化したことを受けて、市場では9月の利下げ観測が高まっているが、インフレに対するFRBの警戒姿勢は強く、年内の利下げは1回にとどまると予想する。

信金中央金庫 地域・中小企業研究所 上席主任研究員/角田 匠
週刊金融財政事情 2025年8月12日号