ゲームデバッグ・検証事業を主軸に、IT分野へも幅広くサービスを展開するポールトゥウィンホールディングス株式会社。M&Aを活用して海外展開も軌道に乗せ、いまやグローバルIT企業へと成長を遂げている。

大阪・関西万博会場で開催されたゲームコンテストで審査員を務めたばかりの代表取締役社長の橘鉄平氏に、創業から現在に至るまでの事業変遷、海外展開における独自の組織論、そしてAI時代を見据えた未来の展望について聞いた。

橘 鉄平(たちばな てっぺい)──代表取締役社長
1974年、岡山県生まれ。2004年にポールトゥウィン株式会社へ入社。国内デバッグ事業の責任者として、名古屋・東京の2ヵ所だった拠点を福岡・京都・札幌・大阪・横浜など全国に広げるなど、国内事業の拡大に貢献。2009年にPTW America, Inc.を設立。以降、2017年まで米国、英国を拠点に海外事業拡大に尽力。2018年にポールトゥウィン・ピットクルーホールディングス(現ポールトゥウィンホールディングス)代表取締役社長に就任。2022年にポールトゥウィン代表取締役CEOに就任。

ポールトゥウィンホールディングス株式会社

2009年設立。グローバルでサービス・ライフサイクルソリューション事業を提供する持株会社。ポールトゥウィン株式会社などのグループ会社を通じて、国内外向けに、ゲームデバッグ、カスタマーサポート、ローカライズ、海外進出支援、ソフトウェアテスト、データセンターなどさまざまなソリューションを提供。東証プライム上場 <3657> 。

企業サイト:https://www.phd.inc/

目次

  1. 万博会場で感じた「AIネイティブ」時代の到来
  2. M&Aで海外展開を加速、現地文化を尊重したPMI戦略
  3. 海外で成功できたのはスタートアップの感覚で取り組んだから
  4. 固定イメージを打破、ブランディングに注力
  5. 「1000億円」は通過点、壁やリスクを恐れず進む

万博会場で感じた「AIネイティブ」時代の到来

── 大阪・関西万博会場でゲームコンテスト(注)の審査員を務められたそうですね。

注 U‑22世代の若きデジタルクリエイターを対象にした、インディーゲームコンテスト「IND-1」(インディーワン)。橘氏は、7月20日に万博会場で開催されたセミファイナルの審査員を務めた。

橘氏(以下、敬称略) とても楽しかったです。21歳以下の若いクリエイターたちが手がけたゲームのプレゼンには、技術だけでなく作品への真摯な「思い」が詰まっていました。高校生が一人で懸命に制作した作品もあって、審査員一同若者のエネルギーに圧倒されるほどでした。

特に印象的だったのは、彼らが「AIネイティブ」であることです。開発にAIを取り入れることを当然としていて、新しい時代の到来を強く感じました。若い才能に触れて刺激を受けた経験でした。

── 熱気あふれる会場の様子が目に浮かびます。創業から現在まで、御社の事業変遷についてお聞かせください。

 ポールトゥウィンは創業31年になります。もともとは名古屋で中古ゲームソフトのフランチャイズ店を運営していましたが、すぐに事業をピボットしゲームデバッグ事業を始めました。

当時はゲーム開発者自身がデバッグも行うのが一般的でしたが、ゲームの発展にともないプログラム量が増えてデバッグを第三者が担う必要が出てきました。そこで外部からその役割を請け負い始めたのがポールトゥウィンで、これは世界で初めてのことだったと思います。小売業は別としてここが実質的な創業であり、ゲームを作る側ではなくゲーム業界を支えるアウトソーシング事業を始めた点が特徴です。

その後、ゲーム業界における仕事の幅をデバッグからカスタマーサポート、ローカライズや翻訳へと広げていきました。海外へ進出したのはメーカーの海外展開が増加した2009年ごろ。モバイルゲームのネイティブアプリが普及し始めた時期です。

一方で、同じアウトソーシング事業としてゲーム以外の分野ではECサイトやインターネット掲示板の監視・モニタリング、カスタマーサポートへ事業を展開しました。これら二つが弊社の大きな特徴で、ゲームとITという二つの柱でさまざまなサービスを展開するポートフォリオを築いています。

M&Aで海外展開を加速、現地文化を尊重したPMI戦略

── デバッグや第三者検証、そしてネットの監視・モニタリングといった事業は、やはりインターネット環境の発展と関連していますか?

 ええ、それが時代の要請だったと思います。ゲームについてもオンラインでつながる形が増えたことで似たような状況が生まれましたが、当時から私たちはコンテンツのクオリティ向上やユーザー満足度向上という軸を強く意識してきました。

── 大きな成長を遂げた要因として特に重要だったポイントは何ですか?

 最も大きかったのは海外進出です。日本の多くのアウトソーシング企業は海外展開に積極的ではありませんが、私たちはそれを成長の為の自然なプロセスと捉えていました。海外で事業を広げ現地のクライアントを獲得することは、私たちにとっては当然の目標でした。

実際に進出してみると日本とはまったく異なる商習慣に直面し、多くの苦労を経験しました。そうした苦労を乗り越えることで、会社としての体力や対応力が磨かれてクライアントベースの拡大につながる大きな成長要素となりました。

また、上場も重要な転機でした。人材採用の幅が大きく広がり、上場後はCAGR(年平均成長率)も大きく伸びました。

── 海外では、日系ゲームメーカーに追随する形だったところから、現地メーカーとの直接取引へ切り替えたそうですね。

 およそ2年で方向転換しました。日系企業が海外で直面する困難の多くに私たちも直面して、当初の期待に十分に応えられていないと感じたからです。海外ではいちから人間関係を築き直す必要があり、現地の人々、特に日本人以外のスタッフや意思決定権を持つ方々に認めてもらうまでは時間が必要でした。

私たちのやり方をそのまま持ち込んでも成果が出るまでに時間がかかると判断してM&Aに踏み切りました。検討し始めておよそ2ヵ月後、偶然にも想定していた規模とビジネスを持つ企業から買収の話が舞い込んだんです。アメリカとヨーロッパとインドに拠点を持つ会社を買収しました。

しかし、組織ごと買収した後の統合(インテグレーション)段階では、日本側のスタッフと現地スタッフとの間で軋轢(あつれき)が生じるなど、少なからぬ苦労がありました。結果的に、現地のリーダーシップを執っていた現在の米国CEOであるデボラ・カーカム氏と1対1で人間関係を構築しました。

お互いに議論を重ねながら、スケールアップを目指して事業を進めていきました。組織が壊れないよう我慢しながらも成長を促すことに深くコミットした結果、海外事業をまっすぐ伸ばすことができたんです。

海外で成功できたのはスタートアップの感覚で取り組んだから

── PMIがうまくいった理由や、特に注力した点は何ですか?

 日本側に海外経験のある人材が少なかったことが、ある意味で奏功したのかもしれません。

海外との連携を担う日本のスタッフは英語が堪能ではありませんでしたが、海外の文化や仕事の進め方の違いを理解しようと努めました。とまどうことがあっても、そうした違いに対応できる人材が日本側にいたんです。

海外のやり方を尊重しつつも、基本的なビジネス目標や成長へのコミットメントは明確に設定しました。ニッチな分野であるからこそ「世界一になろう」と目標を明確にして共通意識を持ちながら次のステップへと進んでいきました。

海外は3,000人規模の組織にまで成長しましたが、オールハンズミーティングなどを通じて、全員が目標を共有することを重視しています。アメリカ人スタッフがリーダーシップを発揮する一方で、日本側は彼らをにこやかに応援するような構図です。日本のやり方を押し付けるのではなく、海外のスタイルを柔軟に受け入れながら進めてきました。慣れない海外で、スタートアップのような感覚で事業を進めたことが良かったのかもしれません。

── 他社との競争優位性や差別化をどう図っているかを教えてください。

 差別化は難しいテーマですが、海外事業の強さが挙げられます。それに加えてアウトソーシング事業をサービス業ととらえてクライアントファーストの意識を徹底している点も特徴です。単なる御用聞きでなく、お客様の要望を引き出し先回りして価値を提供することを大切にしています。サービスに対して消極的にならず、常に提案型のサービスへと発展させていくことを意識しています。

AIの導入もこれに関係しています。どの部分にAIを導入すれば私たちの提供価値が上がるのかを重視して自社開発したのが「生成AIによる完全自動型のテスト設計システム」です。生成AIがコードを解析してE2Eテストを自動設計するAIシステムです。

生成AIの普及で開発サイクルが急速に短期化しています。その一方で、品質保証のスピードと精度をいかに両立するかが大きな課題です。この技術はそのボトルネックを根本から変える可能性を秘めていると考えています。

固定イメージを打破、ブランディングに注力

── インサイドセールスやマーケティングについてはどのように取り組んでいますか?

 マーケティングに対する考え方を大きく転換しました。以前はBtoB事業ということもありフィールドセールス中心で十分だと考えていました。しかし現在は企業ブランディング、特に採用活動においては会社の魅力をより的確に伝える必要があると認識しています。

社員に「ここで働きたい」と思ってもらえるような魅力発信は非常に大切です。働いている社員にも、これから入社する人にも会社の魅力を伝えるため、まずブランディングに取り組む必要があると考えました。

また、ゲーム業界ではデバッグ会社、IT業界ではモニタリングの会社というイメージが固定化していてそれがクロスセルの障害になっていました。

フィールドセールスで「こんなこともできます」と伝えても、なかなか耳を傾けてもらえない。そのため、マーケティングの力でイメージを作り上げていく必要があるんです。ソフトウェアテスト業界から見れば私たちはゲームデバッグの会社という認識が強く、そもそも知られていない可能性もあります。クロスセルや新規事業開拓のためにも、会社をより広くより深く理解していただくうえでマーケティングの強化は不可欠です。

そこで現在は認知度向上とブランディングに力を入れています。プロダクトを持つ企業であれば製品の強みを直接アピールできますが、サービス業ではそれが難しい側面があります。プロダクトの宣伝のように明確な差別化が難しいため、私たちが何を重視している会社なのかを理解していただくことが重要です。

現在、私たちは自動化という文脈を強く打ち出そうとしています。マーケティングの観点ではソフトウェアテストの自動化に加えて、テスト専門集団という枠を超えた品質保証(QA)の領域、つまりメーカーの品質管理体制の構築段階から支援できる会社であることをアピールしています。

また、プロジェクトマネジメントを強化した専門の組織も設けました。これらの取り組みを中長期的なブランディング資産として活用し、今後重点的に伸ばしたいサービスを明確なマーケティングメッセージとして発信する考えです。

── AIの話も出ましたが、今後特に強化したい商品やサービス、あるいは事業領域はありますか?

 AIを活用した新しいサービスは今後もさらに発展させていきたいと考えています。グローバルに事業を展開するうえで、ゲームデバッグのマーケットは既に私たちの中では見えています。そこでのチャレンジはもちろん継続しますが、よりマーケットの大きなグローバルなサービスを展開したいと考えています。いくつか検討中のものもあります。

また、インディーゲーム市場については収益性だけでなく、グローバルなコミュニティとして関わることでゲーム業界全体の発展に貢献できると考えています。グローバルにスケールする、まだつかめていない何かがあるのではないかと感じています。

BtoBで個々のクライアントと向き合うのとは異なる角度からさらに伸びるマーケットを見出したい。弊社のクライアントにはBtoBtoCの企業も多いため、Bの先にいるC(消費者)により深く目を向けることで新たなビジネスが生まれるのではないかと考えています。

海外では、ゲームユーザーのネットワークを集めるBtoCに近いアプリケーションを運営している事例もあります。私たちもBtoCに関われるマーケットを模索している最中です。

「1000億円」は通過点、壁やリスクを恐れず進む

──グローバルに事業を展開するのは、言語や文化の壁など組織としての課題も大きくなりそうです。

 組織や事業の幅が広がるほど可能性と対応力は増えますが、各国の情勢に左右されるリスクも高まります。

たとえば、紛争が起きればビジネスが停止することもあります。ロシアのビジネスは既にジョージアに移しましたが、グローバルに展開すればするほど多様なリスクへの対応が不可欠です。マネジメントやガバナンスは非常に繊細で全体を統一的に進めるには多くの苦労がともないます。

それでも私たちは、グローバル展開がビジネスの選択肢を増やしチャンスを広げると考えています。現在16の国と地域で事業を展開していますが、複数のマーケットを持つこと自体が強みです。今後も広がりは追求したいですが、会社が大きくなるにつれて組織マネジメントの方法もさらに発展させていく必要があります。

── 事業規模や組織が大きくなるにつれて、この強みを発揮しづらくなるのではないでしょうか。その課題をどう解決していきますか?

 弊社は、壁にぶつかることで発展してきた側面があります。壁やリスクを恐れず、むしろそれらを見極めながら進むことが正しい方向へ導くと信じています。

海外マネジメントにおいても、どこにどの程度のリスクが潜んでいるかを把握し、それを検知する能力が重要です。仕組みとして機能しているか、経験として対応できるか。常に壁を想定して、乗り越え対処していく必要があります。

すべてが順調に進むわけではありません。常に緊張感を持ち、今後現れるだろう課題に備えています。都度対応しているように見えても、実際にはリスクを想定して動いているのです。

ビジネスにおいても、すべてを一気に変えるのではなく、どこかで試行錯誤しながら進めることが重要です。グローバルな事業を動かす際は、全体を一度に大きく動かそうとすると大規模になり、関わる人も増えすぎてしまいます。まずグローバルで成功しうるモデルを作り、その一部だけを試したり、特定の地域に絞って展開したりといった“実験”を行うことが必要です。

大きな組織を動かすには、まず小さなことから着実に始めるべきです。大きな動きを生み出すレバレッジは小さな点と点がつながることで生まれます。小さな成功の「点」を積み重ね、それらを有機的に結びつけていく。その縦横の広がりこそが、持続的な成長を支える最も重要なマネジメントだと考えています。

── 今後の事業や経営の展望を教えてください。

 私たちは売り上げ1,000億円という目標を掲げていますが、それはゴールではなく通過点として達成したいと考えています。その時、グローバルビジネスが何割を占め、発展性のあるビジネスをいくつ持ち、既存ビジネスの成長をどれだけ維持できているか。これらの掛け合わせが重要だととらえています。1,000億円の先にさらなる成長が見える積み上げ方ができるかが、いまの経営テーマです。

グローバル展開についても、単に16ヵ国を32ヵ国に増やすことが正解だとは考えていません。現在の16ヵ国で、それぞれの国の事業規模をさらに太くし、ポートフォリオを強化することが重要です。これは利益構造の面でも必要性もあります。各国の役割を見直し、一つひとつの国の売り上げを3倍、4倍と伸ばしていくことを目指し、人材面も含めて力を注いでいます。

氏名
橘 鉄平(たちばな てっぺい)
社名
ポールトゥウィンホールディングス株式会社
役職
代表取締役社長