斜陽化する印章業界にあって、2015年開発の「ねこずかん」以降、危機的状況からV字回復を遂げた株式会社岡田商会。安売り競争から脱却し、キャラクターコラボレーションによる付加価値戦略へと転換。模倣品問題や「脱ハンコ」の逆風を乗り越え、アニメグッズや推し活市場へと事業領域を拡大している。固定観念を打ち破り、新たな顧客層を開拓する同社の挑戦について聞いた。

岡山耕二郎(おかやま こうじろう)──常務取締役
1977年生まれ。神戸大学卒業後、創業45年の印章メーカー・株式会社岡田商会に入社。印鑑需要が縮小する中、「義務を遊びに」をミッションに掲げ、遊び心とデザイン性を融合させたヒット商品を多数開発。伝統産業の枠を超えた商品企画とPR戦略で、自社ECを軸に売上を拡大。二代目として、逆風を好機に変える事業変革を推進中。

株式会社岡田商会

創業45年を迎える大阪の印章メーカー(1980年設立)。個人向けを中心とした印鑑・ネームスタンプなどのEC事業と、法人向け印材卸事業、PR支援事業を展開。「義務を遊びに」をミッションに掲げ、人気アニメ・ゲームキャラクターとのコラボ印鑑や、かわいい動物のイラスト入り印鑑「ずかんシリーズ」、タイポグラフィーの要素を取り入れた「TYPO」など感性を刺激するプロダクトを次々と開発。伝統産業に新たな価値を創造し次世代へとつなげている。

目次

  1. 危機的状況からの脱却と「ねこずかん」誕生秘話
  2. プレスリリースが呼び込んだ奇跡のV字回復
  3. 模倣品との戦いと、その中での出会い
  4. 「脱ハンコ」の逆風を乗り切り市場開拓 「推し活」ブームも追い風に

危機的状況からの脱却と「ねこずかん」誕生秘話

── オリジナル商品が事業変革のきっかけになったとのことですが、どのように生まれたのですか?

岡山氏(以下、敬称略) 「ねこずかん」というオリジナル商品がきっかけでした。かわいい猫のイラスト入りハンコで、危機的状況にあった弊社の業績をV字回復させてくれました。

2015年は弊社にとって最も苦しい時期でした。当時は商品が差別化できておらず、安売りやスピード出荷などを試みましたが、広告費もかさんで月に1000万円超の赤字に。会社が潰れるかもしれないと本気で覚悟していました。私自身も苦悩の中で、「どうせ潰れるのなら、後悔のないようにお客様に喜んでもらえる商売をしよう」と考えていました。

2015年2月、プライベートで保護猫を迎え入れました。友人の保護猫カフェで出会った甘えん坊の猫、コタローとの暮らしがきっかけで、私自身が猫好きになり、周りにも猫好きの友人が増えました。弊社はハンコメーカーなので、この友人が喜ぶ商品なら作れると考え、純粋な気持ちから「ねこずかん」を企画し、発売することにしたのです。

それまでの安売りやスピード競争では未来はないと考えていました。この商品は誰にも相談せず、ずっと印章業界で仕事をしてきた父にも相談せずに開発しました。長年ハンコ業界にいる父の常識からすれば「邪道だ」「売れるわけがない」と反対されるのが目に見えていたからです。

プレスリリースが呼び込んだ奇跡のV字回復

── そんな商品がどうやって売れるようになったのでしょうか。

岡山氏 商品を発売したのは2015年12月26日。年が明けて2016年1月4日に出社し、注文数を確かめると、たった4本しか入っておらず、とても落ち込みました。ただせっかくのオリジナル商品だからと、たまたまプレスリリースを出したのです。

というのも、別の商売をしている妻が過去にプレスリリースを出し、テレビで取り上げられた経験があったため、私にアドバイスをしてくれていました。あまり期待もせず、軽い気持ちで出してみたのが2016年1月6日のことだったのですが、その日の夕方から社内がざわつき始めました。

聞くと、スタッフが「ねこずかんの注文が増えている」と言うのです。プレスリリースを出したことすら忘れていたのですが、ネットを見に行くと、さまざまなメディアが「ねこずかん」を取り上げてくださっていることが分かりました。

テレビ局や新聞社からもご連絡をいただき、取材や番組での紹介につながりました。1月6日から3日間の連休で、弊社のネットショップに5000本以上の注文が殺到。人生で初めて「バズる」という経験をしました。

Twitter(現X)では、猫好きの方々が「よくぞ作ってくれた」「こんな商品を待っていた」と、これまで聞いたことがないようなうれしい声をたくさん寄せてくださっていました。「ねこずかん」はオリジナル商品だったため、従来の安売り価格の2倍の値段をつけたにもかかわらず、飛ぶように売れたのです。

お客様も喜んでくださり、会社の利益も生まれました。スタッフも自分たちが作った商品に価値をつけて販売できる。皆がハッピーになれるので、もうこの方向しかないと判断しました。

抜け出せなかった安売りから脱却し、資金も人的リソースもすべてのリソースをこの事業に投入することにしました。

模倣品との戦いと、その中での出会い

── その後は順調だったのでしょうか?

岡山 これまでにいくつもの壁がありましたが、一つ目の壁は「模倣品」の問題でした。「ねこずかん」がヒットし、SNSを通じて「犬のハンコも出してほしい」「ウサギも出してほしい」といったリクエストをたくさんいただき、シリーズ化を進めていきました。そこで直面したのが模倣品の問題です。

同業他社がすぐに模倣品を出してきたのです。「ねこずかん」発売の1週間後には模倣品が出回るほどでした。1年もすれば、猫や犬のハンコは、競合他社、つまり他のハンコのネットショップから、たくさん販売されるようになりました。売れているという情報から、同じような商品が一気に増えたのです。

それが一つ目の壁でした。それまでは一人のデザイナーにハンコのデザインを依頼していましたが、外部のデザイナー5人と契約し、5倍のスピードでデザインを製作できるようにしました。他社がスピード面で追いつけない状態を作ろうと考え、デザイナー5人体制にしたのです。

壁を乗り越えるきっかけとなったもう一つは、手塚プロダクションさんとのコラボレーションです。たまたま妻と宝塚にある手塚治虫記念館へ遊びに行ったさいに、故・手塚治虫さんが成し遂げた仕事のすごさ、その熱量や情熱、そして日本のアニメ業界に与えた影響にたいへん胸を打たれました。

これを今の若い人たちにも伝えたいという気持ちが湧き上がり、弊社のハンコにキャラクターを入れることはできないか、とその時思いつきました。その翌日にはプロダクションに連絡を取り、「このような商品はできませんか」とご相談させていただきました。

たまたまその時、とあるイベントに出展されており、「ちょうどこのようなイベントをやっているから、どうぞ」と言っていただき、そこへうかがって商談し、商品化が決まりました。

それがライセンス商品のはじまりでした。自分たちが思っていたよりもはるかにたくさんの方に購入いただき、ライセンス活用、つまりキャラクターなどを契約して商品化することは、とても面白いのではないかと気がつきました。そこからありがたいことに、さまざまな日本の人気アニメ・ゲームキャラクターとのコラボ商品を販売しています。

「脱ハンコ」の逆風を乗り切り市場開拓 「推し活」ブームも追い風に

岡山 ただ、一つ目の壁を乗り越えた後、二つ目の壁に直面しました。それは2020年の河野太郎行革相(当時)主導による「脱ハンコ」の動きでした。

1ヵ月ほどテレビでハンコが悪者扱いされ、「デジタル化や業務効率化を阻害する」と批判されました。行政におけるハンコの使用は9割以上が廃止され、需要は大きく失われました。コロナ禍も相まって、企業の電子化・ペーパーレス化が広がりました。もともと印章業界は斜陽産業でしたが、年々10%市場が縮小するなど、さらに厳しい状況に追い込まれました。

── そうした壁を乗り越えてきたわけですが、市場縮小の流れは依然あると思います。こうした中で、どう成長していくか、構想を教えてください。

岡山 弊社はもともとキャラクターコラボレーションを行ってきたため、事務的な「脱ハンコ」のダメージを受けにくいポジションにいます。一般的なハンコ屋さんは大きなダメージを受けている会社も多く、残念なことに、倒産や廃業の話もよく聞きます。

こうした変化の中で弊社は、ハンコを使ったキャラクターグッズを作っているというように、商売の意味を定義し直しました。アニメグッズ市場やホビー市場は年々10%ほど成長しています。ハンコはオーダーメイド商品なので、既製品が多いアニメグッズとは異なり、売れ筋だけでなくニッチなキャラクターもすべて網羅できるのが強みです。「Pokémon PON」というポケモンのハンコも販売していますが、649匹から選べます。

好きなキャラクターを印面に入れ、自分の名前やメッセージを入れて押すのは「推し活」の一部。実際に弊社のお客様では、ファン同士のコミュニケーションや声優の方へのプレゼントにも使われています。推し活グッズ市場は年々20%ほど伸びています。ハンコ市場は年々縮小していますが、その周りには、伸びている市場があるのです。弊社はハンコを使ってアニメグッズ、ホビー、推し活グッズを作るという考え方で、伸びている市場の中でハンコの意味をとらえ直しています。

IP活用は8年ほど取り組んでおり、そのノウハウは弊社の強みです。今後はハンコを使ったグッズ展開に力を入れることはもちろん、シーリングスタンプや焼印など、ハンコの周辺商品と弊社が契約するアニメキャラクターを掛け合わせて新しい価値を作っていきたいと考えています。また、ハンコは名入れ商品の代表的なものですが、タンブラーやドッグタグといったアイテムにキャラクターと好きなメッセージを入れられる、名入れ商品も増やしています。

「意味のイノベーション」という言葉があります。たとえばロウソクはもともと明かりを取る手段でしたが、電球の登場でその役割を失いました。ただ、モノを変えずに意味を変え、今では癒しのアイテムとして確固たる地位を築いています。

これはハンコにも通じることです。「脱ハンコ」でそれまでのニーズや役割が大きく変わりましたが、いまの時代にどんなニーズがあり、どんな役割を果たせるのかと考えればいいのです。

「ねこずかん」で得た最も大きな学びは、発想を変えることの大切さです。つぶれそうになり、強制的に発想を変えざるを得なかったということもありますが、発想を変えたことで「ねこずかん」が生まれ、情報発信の内容が変わりました。

その結果、「猫好き」という、これまでとはまったく違うお客様が顧客になってくださいました。発想が変わって伝え方が変わり、伝え方が変わってお客様が変わった。これは本当に大きな学びでした。

伸び悩む業界や斜陽産業にいらっしゃる方も、無意識のうちに常識や固定観念に囚われてしまっていることに気づいていない場合があります。そこを疑って、発想を変えてみることが、ブレークスルーのきっかけになるかもしれません。変化の激しい時代なので、弊社も変わることを恐れずに、どんどん挑戦していきたいと考えています。

氏名
岡山耕二郎(おかやま こうじろう)
社名
株式会社岡田商会
役職
常務取締役