オリエンタル白石株式会社

建設業界が直面する労働力不足や働き方改革といった課題に対し、DXを駆使した革新的なアプローチで解決を図っているオリエンタル白石株式会社。ニューマチックケーソン工法の自動化・遠隔操作、AR技術による施工管理、そしてBIM/CIM活用など、多岐にわたるデジタル技術を導入。現場の生産性向上と安全確保を最優先に、技術開発と人材育成を両輪で推進し、持続可能な社会インフラの実現を目指している。同社の取り組みについて、執行役員であり、DXの中心となる技術本部で技術部長を務める井隼俊也氏に聞いた。

井隼 俊也(いはや としや)──執行役員 技術本部技術部長
1966年生まれ。1988年にオリエンタルコンクリート(現・オリエンタル白石)に入社。PC(プレストレストコンクリート)技術を専門とし、PC構造物の設計・技術開発を中心にキャリアを積む。第一線で数多くのプロジェクトに従事し、インフラ整備における豊富な経験と高度な技術力を培ってきた。近年、建設業界におけるDXの重要性が高まる中、生産性向上と品質確保を両立させるための技術革新を主導。技術開発やICT活用に積極的に取り組み、プレストレストコンクリート技術等のさらなる発展と応用範囲の拡大に貢献している。現在は、技術部門の責任者として、若手技術者の育成と組織全体の技術力向上に尽力している。
オリエンタル白石株式会社
東京都江東区に本社を置く、プレストレストコンクリート(PC)やニューマチックケーソン、補修補強、PC建築の技術を強みとする大手建設会社。高速道路や新幹線の橋梁(きょうりょう)建設から、社会インフラの耐震補強・長寿命化対策まで幅広く手掛けている。1933年にニューマチックケーソン工法の国内におけるパイオニアとして設立された「白石基礎工事合資会社」と1952年にプレストレストコンクリート技術を基にPC枕木の製造のために設立された「オリエンタルコンクリート株式会社」が起こり。

建設業界の課題解決に向けたDX戦略と具体的な取り組み

── 最初に井隼さんの略歴と御社の事業内容や強みについて教えてください。

井隼氏(以下、敬称略) 1988年に入社後、約37年間在籍しているうち7年間は現場の施工管理を行っていました。それ以外は、設計技術開発を担当する技術部に在籍しています。2020年3月、コロナ禍の始まりのころまで大阪支店に在籍し、高速道路会社の契約工事での詳細設計や技術対応を担当していました。同年4月に技術開発を主な業務とする本社技術部長として異動し、その後約1年間の技術研究所勤務を経験して今に至ります。

事業は、PC構造を中心とした橋梁上部工、地中に構造物を作るニューマチックケーソン工法、社会インフラの補修・補強、そしてPC建築の4つの大きなセグメントに分けられます。

特徴、強みとしては、パイオニア精神に裏打ちされた高度な専門技術と、グループ全体でインフラの建設から維持管理まで一貫して手がけることができる総合力だと考えています。

── これまで直面してきた課題に対し、DXを通じてどのように解決を図ってきたのですか?

井隼 これは建設業界全体共通の課題と認識していますが、労働力不足、働き方改革(時間外労働の上限規制への対応)、そして工事の安全性・品質確保が挙げられます。

これらの課題に対し、中期経営計画にもあるとおり、基本方針の一つとして「DXや技術開発による事業生産性の向上」を掲げています。解決方法として、大きく三つご紹介させていただきます。

まず、ニューマチックケーソン工法においては、自動化・遠隔化技術による生産性と安全性の向上に取り組んでいます。ニューマチックケーソン工法とその施工作業に携わる潜函工は特殊技能者です。少子高齢化などによる労働力不足に対応するため、掘削ショベルの自動運転や遠隔地からの操縦を可能にする技術開発に注力しています。これによって、高気圧下という特殊環境下での作業の無人化もしくは省人化を図り、安全かつ効率的な施工を目指しています。

二つ目は、現場の品質向上と効率化のために、ICTやAIなどのデジタル技術を積極的に活用していることです。たとえば、コンクリートの締め固め作業をAR拡張技術でリアルタイムに可視化し、施工不良を防止する管理システムを開発、導入、運用しています。

三つ目としては、重量物となるPC桁の架設安全性を向上させたICT架設安全管理、BIM/CIM活用による施工計画の高度化、ドローンレーザを用いた測量、AIによる画像診断など、計画から施工検査に至る全プロセスでDXを推進しています。

これらのDX戦略を通じて、労働力不足という大きな課題を克服し、現場職員の負担を軽減するとともに、事業の付加価値を高め、高品質な社会インフラを継続的に提供することを目指しています。

── 施策はすべて自社内で行われたのですか?

井隼 社内にAIなどに関する情報系に特化した技術者が在籍していて、その方々が担っている部分もあります。また、機械や電気といったICTを進めるうえで不可欠な専門技術者も弊社に在籍していて、DX関係の技術開発を担っています。

ただし、社内リソースだけに限定するとパワー不足が生じるので、大学や顧客の皆様、そして他企業と共同開発という形でスピードアップを図っています。

DXが描く未来の建設現場と持続可能な社会

── DX推進のゴールや着地点のイメージはありますか?

井隼 DXの推進を通じて目指す未来像として、「人と技術の多様性を生かして挑戦と前進を続ける企業集団」を掲げています。これは、従来の労働者集約的な建設業の姿から、テクノロジーを駆使して社会インフラの課題を解決する技術集団への変革を考えているということです。

その上で、三つのビジョンを考えています。

一つ目は「遠隔自動化された未来の建設現場」です。特に強みであるニューマチックケーソン工法においては、ケーソンの掘削集中管理室を設け、熟練の技術者が遠隔地から複数の現場の重機を安全に操作する未来を想定しています。

これによって、高気圧下の作業の無人化を達成し、深刻化する専門技術者の不足問題を対処します。将来的には国内だけでなく、海外の現場も日本から遠隔操作をすることを目指していて、事業領域の拡大を見込んでいます。

二つ目は「データ駆動によるスマートな施工管理」です。BIM/CIMやAR拡張技術といったデジタル技術を全面的に活用し、計画から施工検査に至る全工程をデジタルデータで一元管理することを目指しています。

その結果、個人の経験や管理に頼らない、属人的にならない標準化された高品質な施工が実現できると考えています。収集されたデータは、AIによる予測や品質判定に活用され、若手技術者への技術継承も効率的に行えるようになると考えています。

三つ目は、使命の一つでもある「持続可能な社会に貢献するインフラメンテナンス」です。

AIによる画像診断や点検補修ロボットの開発を進め、インフラ維持管理の高度化、効率化を目指しています。これにより、点検や補修工事などの作業員の安全を確保しつつ、社会インフラの長寿命化に貢献し、「人と技術を活かし、常に社会から必要とされる集団を目指す。」という経営理念を具現化します。

── 遠隔操作については、既に56キロ離れた場所からの操作に成功し、いずれ何千キロも離れた海外から操作できること目指しているとうかがいましたが、これは操作の難易度を下げる、つまり経験の浅い方でもできるようになる、あるいはAIがコントロールするといったことですか?

井隼 いくつか試行しています。潜函工(潜函専門技術者)という専門技術者が遠隔地や現場で函内のショベルを操作し、函内の土砂を撤去していくわけですが、既に潜函工が不要となり、自動で掘削できるような取り組みについても、一部実装しています。

── 国土交通省からも表彰されたというてAR締め固め管理システムについて教えてください。これは熟練の職人に頼らなければいけなかった作業をAR技術で可視化するものだそうですが、開発のきっかけになった出来事はありましたか?

井隼 具体的な事象があったわけではなく、今後、熟練の建設技能者が少なくなることに課題意識があり、今と同じように品質が確保できるかという懸念がありました。その課題意識に対して一つの解決策ということで、今回のAR締め固め技術開発に至りました。

現場起点のDX推進とベテラン・若手育成の文化

── 経理や財務といったバックオフィスの領域でのDXについてはいかがですか?

井隼 弊社でのDXは、目指す方向、ビジョンとして「現場の生産性向上最優先」という現場起点の思想があり、バックオフィスの領域においても、現場支援、つまり現場の生産性向上を目的としています。

具体的には、業革推進部という専門組織を設置し、従来現場で行っていた工事書類の作成やCADの対応といった後方支援業務を集約して行っています。これによって、現場技術者の事務作業を軽減させ、本来の施工管理や技術管理といった現場でのコア業務に集中できるような環境を構築しています。

フロントとバックオフィスがそれぞれ独立して改革を進めるのではなく、「現場の生産性向上を優先させる」というところを目指すべき方向として、バックオフィスのDXがフロントの負担軽減になるように、後方支援型化という形で、バックオフィスも含めた全社的なDXを推進しています。

── DXはどのような体制で開発や推進しているのですか?

井隼 私が所属している技術本部が中心になって開発推進をしていて、体制としては、工事部門も含めて二人三脚で進めているという状況です。技術本部の中には、DXを専門的に推進するデジタルイノベーションチームを設置し、このチームが中心となって、AI技術を用いた分析や解析に関する技術を伴う研究開発をプロジェクトとして実施をしています。

このプロジェクトチームは、大学や外部の専門技術を持つ企業との共同研究を積極的に行っています。たとえば、ご紹介したAR締め固め管理システムは株式会社イクシス様と、ニューマチック自動運転についてはDeepX社様と共同で開発をしています。

── 一般的に、ベテランになるほど、なかなか新しい技術を受け入れることが難しいという話も聞きます。御社でもそういったスムーズに受け入れられなかった事例はありましたか?

井隼 たしかにDXや新しいことに取り組むことに対して、一定の抵抗感を感じた社員もいたでしょうが、「技術本部で作ったからこれを使え」という押しつけ的な形ではなく、まず課題設定で現場の意見を聞き、あくまでも現場の課題解決と負担軽減に主眼を置いて、DX・技術開発を進めていこうという形で取り組んでいます。

スムーズに現場で運用していくために、二つ意識していることがあります。

一つは、DX推進にあたっては、現場の事務作業などを代行する業革推進部のように現場での業務軽減を図れるとともに、自動運転なども含め、新しい技術の導入を新たな負担ではなく、現場業務を効率化し業務軽減を図るための支援と位置づけることで、現場からの理解と協力を得やすくしようとしています。

二つ目は、新しい技術を開発し実装していくうえで、実践的な教育・訓練が必要なので、弊社独自で工法や安全管理、DXについては、社員のみならず、協力会社の職長などの経験豊富な職人さんも対象として、独自の教育を行っています。

また、ニューマチック工法については、つくばに研修施設を設け、そこで機材や技術を実際に触れて操作し、学ぶ機会を提供しています。座学だけでなく、実際に触って実地してみることを通じて、新しい技術に対する理解と、一番大事な納得感を深めてもらい、現場への受け入れを促進しています。

若手技術者のキャリア形成と挑戦を支える企業文化を

── 若い世代が活躍し、新しい技術やイノベーションを生み出していくために、意識している組織の文化や環境作りの工夫があれば教えてください。

井隼 一つ目のキャリア支援については、若手技術者が着実に成長していると実感できるような、多段階での教育制度を構築しています。

具体的には、初期の教育とフォローアップとして、新入社員には2ヵ月を超える現場研修を実施し、基礎的なことを学んでもらっています。その後、入社数年目で一通り仕事を経験した段階でフォローアップ研修を行い、後輩を指導する立場としての自覚を促すとともに、全国各地に散らばる同期がもう一度集まれる機会を設けています。

キャリア形成の支援としては、エンゲージメント調査も行っていて、20代後半からキャリア棚卸し研修を導入しています。社員一人ひとりがキャリアプランを主体的に考え、成長することで、どういう環境が良いのか考えながら、配属を検討しています。

さらに、専門技術の深化も図っています。若手向けの設計や工事、安全に関する研修、建設業で必要となる技術士などの資格取得支援、各セグメントおよび各講習に対するeラーニング講座もあるので、自主学習ができるようにしています。加えて、弊社には顧問として学識者が4人いるので、社内教育を実施してもらっています。

二つ目の企業文化について意識しているのは「失敗を恐れず挑戦をしていこう」ということです。DXを含めイノベーションの源泉は、挑戦する意欲です。

そこで、若手が安心して新しいことに取り組める環境、すなわち失敗を恐れない環境が大事だと考えています。エンゲージメント調査でも、失敗を恐れずチャレンジできる環境があるという回答も寄せられています。挑戦を支える風土は一定根づいてきているのかなと考えています。

── DX推進される中で最も大きな壁になったことと、それをどのように乗り越えてきたのか、エピソードがあれば教えてください。

井隼 まず壁については、若手・中堅社員が抱えるキャリアへの不安と、新しいことにチャレンジしていきたい彼らと経営層との意識のギャップが壁に相当すると思います。

この壁については、イノベーションを推進する若手らが、自分の将来像やキャリアを描けないことが分かっているので、二つの施策を実行しています。

一つは、さきほど触れたキャリア棚卸し研修の導入です。自身のスキルや経験を振り返り、将来ありたい姿を言語化する研修を行い、社員が押しつけではなく主体的に自身のキャリアを考えるような文化の醸成を目指しています。

社外取締役との座談会も行い、経営層が若手社員の声を直接聞く機会を設け、現場での率直な意見をフィードバックするようなコミュニケーションルートも確保しています。

もう一つは、技術本部技術部のもとで、情報系のデジタルイノベーションチームや機電チームをつくり、組織化したことです。

というのも、オリエンタル白石では、学校で土木や建設、建築について学んだ技術者が大半でしたが、DXを進めるには、情報や機械、電気といった専門の技術者も必要です。こうした人材に対するキャリアパスが、明確ではなかった点を解消しようとしています。

現場起点の課題解決と人への投資、粘り強い挑戦が成功のカギ

── DXに悩んでいる経営者や同業他社は多いと思いますが、成功につながるヒントやアドバイスをいただけますか。

井隼 弊社のDXの取り組みはまだ道半ばです。ご参考になるか分かりませんが、心がけていることとしては、DXの目的は「現場を楽にすること」、つまり現場起点の課題解決であるという点です。

また、DXというと機械などがフィーチャーされがちですが、DXを進めるのは人です。人への投資は十分に行っていかないといけないと考えています。

そして、最初から完璧を目指さないことです。新しいこと、今まで世の中にないようなことをやるわけですから、失敗がありきで、その失敗から学んで改善をしていくこと。小さく試し、粘り強く続けていくこと。これらを心がけて取り組んでいます。