建設業界は「2024年問題」に直面し、生産性向上が喫緊の課題となっている中で、140年以上の歴史を持つ総合建設会社の戸田建設は、全社を挙げてDXを推進している。
これは単なるデジタルツールの導入にとどまらず、そのカギとなるのが「人材育成」と「組織文化の変革」だ。
社長直轄の組織・DX統轄部を率いる羽田正沖氏は、DXをいかにして全社的な動きへと昇華させようとしているのか。同社の戦略から建設業界の未来を探った。
目次
戸田建設が「2024年問題」にどう向き合っているか
── 御社の存在は誰もが知るところですが、あらためてどんな特徴があるのか、羽田さんの現在のミッション・役割とともに教えてください。
羽田氏(以下、敬称略) 当社は1881年に創業し、140年以上の歴史を持つ総合建設会社です。建築事業では病院や学校、オフィスビルなどを幅広く手掛け、土木事業では道路、トンネル、ダムなどのプロジェクトに携わっています。また、新規事業として浮体式洋上風力発電の実用化や、農業の6次産業化など、社会課題の解決に向けた取り組みにも挑戦しています。創業150周年を迎える2031年に向けて「未来ビジョン CX150」を策定し、価値ある未来の創造と社会のさらなる発展を目指しています。
私は2010年に戸田建設に入社し、建築工事の施工管理、施工とICTの研究開発などに携わりました。その後、本社のイノベーション本部で、スタートアップ企業とのオープンイノベーションやCVC投資、社内ベンチャーの制度設計と創出支援に関わりました。2025年3月からDX統轄部の担当となり、現在は全社のDX戦略を立案し、それを推進する役割を担っています。DX統轄部は社長直轄の部署です。
── 建設業界は今、「2024年問題」という大きな転換期にあると思います。この問題をどのようにとらえていますか?
羽田 時間外労働の上限規制が適用されることも相まって、労働者不足は建設業における大きな問題だととらえています。
当社では中期経営計画のなかで、サプライチェーンを含むフロントラインへの人材シフトを基本方針に掲げています。それを実現するための待遇改善や強化、そして企業としての差別化や高収益化に取り組むことをうたっています。
デジタル活用により、生産性や品質、安全性の向上などを通じて貢献していければと考えています。
DX推進のカギは「人」。2年間のリカレント教育と「TODA Digital Dojo」
── 人材育成ではどんなDXを実践されているのですか?
羽田 DX人材の育成は2020年から始めています。DXに取り組むにあたり、そもそも社内でDXについて語れる人材がいないという課題がありました。
そこでリカレント教育という形で大学と提携し、クラウドサービスを使ったソフトウェアエンジニアリングなどを学ぶ2年間の育成プログラムを開始しました。まずはDXを推進するうえで中核となる技術力を持った人材を育成することから始め、これまでに15名ほどのエンジニアを育ててきました。
── かなり本格的な育成プログラムですね。
羽田 さらに今期からは、現場の最前線で課題解決ができる人材を増やすため、ローコード・ノーコードツールなどを活用する実践的な教育プログラム「 TODA Digital Dojo」を始めました。さまざまな部署の約100人が現在の部署に所属しながら参加していて、自らデジタルで課題を解決することにチャレンジしているところです。
── そうした育成プログラムを進めるうえで、困難はなかったですか?現場から離れることへの抵抗などもあったのではないでしょうか。
羽田 2年間のリカレント教育は、完全に所属本部から籍を移して教育するスタイルです。希望者を募り、オンライン教育やテストを経て選抜しました。
長期間、人員を送り出す本部からすれば大変なことですが、当時社長であった今の会長が、直接社員に向けて募集の呼びかけをしてくれたのです。会社としてやる、というトップの強いメッセージがあったことで、大きな抵抗なく進められたと考えています。
また、教育を受けた人材は、もともと所属していた部署のドメイン知識を持っています。建築出身者は建築の課題感への理解が高い。そのため、各本部から見れば、気軽に相談できる窓口のような存在になっていきました。これも事後的な話ですが、良い効果だったと思います。
新本社は“スマートビル”の実証実験場
── 新しい本社「TODA BUILDING」には、デジタルツインやスマートオフィスといった最新技術が実装されているそうですね。
羽田 このスマートビルというテーマは、DX人材の育成と深く関わっています。育成したDX人材が、利用者のために本気で作り込んだらどこまでできるのか、ということを実装した事例なのです。
建物のさまざまな設備をデジタル技術でつなぎ、社員が持っているスマートフォンにインストールした「T-BuSS®」(ティーバス、Toda Building Smart Systemの略)というスマートオフィスアプリから、ブラインドを操作したり、空調の風量を調整したり、照明の照度を変えたりできる仕組みを作りました。
── アプリも自社で開発されたのですか?
羽田 100%内製ではありませんが、パートナー企業と一緒に自分たちで構成を理解したうえで開発を進めました。まだ実装から1年程度なので、運用のなかでの課題解決も続いていて、いまだに「実験場」という位置づけです。
── 具体的にはどのようなことができるのですか?
羽田 新本社への移転にあたってフリーアドレス制を導入することが決まっていたので、「誰がどこにいるか分かる仕組み」が必要でした。そこで、座席に設置したNFCタグのスキャンやWiFiへのアクセス情報から、人の居場所をアプリ上で確認できるようにしました。探したい人がどこにいるか分からない、というフリーアドレスの課題を解決するためです。
また、場所が分かることで、自分の近くにあるブラインドや照明を操作するといった、場所を起点とした設備操作も実現しています。
── 画期的ですね。社員の方々の働き方やデジタルへの意識にも変化はありましたか?
羽田 社員のデジタルに対する考え方を広げるきっかけになれば、と考えています。
一番使われているのは、会議室からアプリでカフェに飲み物を注文できる機能かもしれません。これも会議室のNFCタグを活用した仕組みで、多くの社員が利用しています。こうした日常的な体験を通じて、デジタル活用の意識が広がっていると感じます。
── このスマートオフィスの技術を、顧客への価値提供に応用していくのですか?
羽田 その考えはあります。幸い見学に来てくださる方も多く、設備の連携サービスに興味を持っていただく機会は多いです。
ただ、お客様がどのレベルの機能を求めているかはそれぞれ異なります。コストとの兼ね合いもありますので、現在は対話を重ねながら可能性を探っている段階です。
社長直轄組織と全社横断の「DXのつどい」が変革のエンジン
── DX統轄部は、全社戦略のなかでどのような役割を担っているのですか?
羽田 DX統轄部は、全社最適の視点でDX戦略を考える役割を担っています。特定の事業本部だけではできない、部門横断的な取り組みをリードすることが求められています。
部内には、戦略を考えて推進する「デジタル戦略室」と、育成したDX人材が所属し、デジタルによる課題解決に特化した「デジタル変革実装室」があります。
── 組織横断の連携はどのように進めているのですか?
羽田 デジタル戦略室のメンバーは、建築、土木、コーポレートなど各本部の出身者で構成されていて、彼らが各本部とのパイプ役として機能しています。また、社長直轄組織として、経営層へ定期的に進捗を報告する機会も与えられています。さらに、今年から各本部とのコミュニケーションをより密にするため、「DXのつどい」という場を設けました。
── 「DXのつどい」とは、どのようなものですか?
羽田 本社の主要な13部署から部長クラスのメンバーが集まり、全社最適の目線で情報交換を行う集まりです。DX担当者だけでなく、情報システム部門や、現場でBIMなどを推進する責任者も参加しています。
まだ発足して3ヵ月ほどですが、言いたいことが言えるような、ゆるやかなつながりを持つ場として運営しています。今後、全社的な課題に取り組む際のプラットフォームとして機能することを期待しています。
創業150周年に向けて。デジタルが拓く「共創社会」と建設業の未来
── 未来ビジョン「CX150」が達成される2031年、どのような企業グループになっていることを目指していますか?
羽田 未来ビジョンでは「価値のゲートキーパーとして、共創社会を実現する」ことを掲げています。これは、価値を提供しようとする主体が集まり、相乗効果的に価値を提供し合えるような社会のイメージです。
これを実現するためには、相互の信頼関係のもとで情報を出し合い、複合的で高次的な価値を生み出すことが必要になります。共創社会の実現をめざすプロジェクトはまだ試行錯誤の段階ですが、今後の社内変革のなかでも、こうした情報共有のあり方や、デジタル面で支援できることを意識して推進していきたいと考えています。
── 建設業界全体がDXを進めていくうえで、どのようなリーダーシップを発揮していきたいと考えていますか?
羽田 建設業界全体のDXという意味では、担い手不足への対応など、一社で取り組んでも解決できない共通課題があります。こうした領域は「協調領域」として、業界内で連携して進めていく動きが既に出てきています。
一方で、各社が目指すDXの方向性、たとえばバリューチェーンをどう伸ばしていくかといった部分は「競争領域」となり、各社の差別化領域になるでしょう。当社としては、協調領域ではリソースを出し、業界全体で取り組むべきことには貢献していきたいと考えています。
── これから本格的にDXに取り組もうとしている企業は多いと思います。アドバイスやヒントをいただけますか?
羽田 弊社もまだ変革の緒についたばかりであり、偉そうなことは言えませんが、DXで成し遂げようとすることは、会社によって定義が異なるはずです。
ただ、どのような変革であれ、必ず抵抗は生まれます。経営層が覚悟を持ち、人やお金にきちんと投資し、中長期的な視点で変化を推進し続けることが何より重要だと感じています。弊社の場合は、社長が直轄組織を作って後押ししてくれていることが大きな力になっています。この体制と推進力を活かし、社内の関係人口を増やし、会社全体の動きにしていくことが、今の私たちのミッションです。
DXは短期間でたどり着けるゴールではありません。小さな成功を積み重ねながら、活動を止めないこと。それがDXに関わる人を増やし、会社全体の変革につながっていくのだと信じています。