総合物流サービス企業である床枝衣料工業株式会社の代表取締役・床枝啓太郎氏は、鉄鋼商社勤務を経て30歳で家業へ転じた。その決断の根底には、「会社と従業員への恩返し」という思いがある。 社長就任後、床枝氏は「社員を大切にする」理念と「倉庫の自社保有」を基盤としたビジネスモデルを確立。この二本柱が高収益と安定したサービス提供を実現し、同社の差別化の源泉となっている。 床枝氏に、創業から68年を経た同社を「百年企業」へと導くための取り組みを聞いた。
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商社マンから物流業の担い手へ
── 鉄鋼商社勤務だったそうですね。
床枝氏(以下、敬称略) はい、私は1973年生まれで、弊社が法人化したのも1973年の5月と同じ年です。創業当初は千葉県大多喜町で、プレス業を営んでいました。アイロンがけをして、そのままお客様の倉庫へ納品するという仕事です。
私自身、一階が工場で二階が住まいという、弊社と非常に近い関係性の中で育ちました。幼稚園生のころには社員旅行へ一緒に行ったり、学校へ行くときには従業員から「いってらっしゃい」「おかえり」と声をかけてもらうような、温かい環境でした。
両親は二人とも中卒でしたが、姉と私を大学まで行かせてくれました。
しかし、大学卒業時には、家業を継ぐという考えはまったくなかったのです。周りの友人たちと同じように、安定した大企業に就職したいと考えており、特に金融や商社に興味がありました。お金の動きを理解し、稼げる人間になりたいという思いが強かったからです。
金融は経済の根幹を司りさまざまな業界を見られると考えましたし、商社は一つの仕事で商流を川上から川下まで見られる点に魅力を感じていました。
── 結果、商社に入社したということですね。
床枝 就職活動の結果、ご縁があって鉄鋼商社に入社しました。当時の履歴書には親の職業欄があり、そこに「床枝衣料工業」と書いていたことで、「最終的に継ぐのか?」という話になりました。そのときは「御社で骨を埋める覚悟で働きます」と答えていましたが、まさか家業を継ぐことになるとは考えていませんでした。
── 継ぐことになった経緯を教えてください。
床枝 商社での勤務は7年間でしたが、特に2000年代前半は激務でした。月100時間を超える残業は当たり前で、月末月初は泊まり込みという生活も経験しました。
そんな中、リストラが横行する時代背景もあり、入社2年目の先輩がリストラされた際には、会社への不信感を強く抱いたのです。「なぜこんな理不尽なことがあるのか」「この働き方で本当に良いのか」という疑問が生まれるようになりました。
30歳が近づくにつれて、実家に帰省するたびに父親から「勤めはどうだ?」といった探りのような質問を受けるようになりました。当時はあまり気に留めていませんでしたが、26〜27歳のころだったでしょうか。父親と当時の職場の近くで飲む機会があり、そこで初めて正式に「家業を継がないか」という話をされました。
そのときを境に、真剣に将来のことを考えるようになりました。
── 転職の決め手になったのは何でしょう?
床枝 家業を継ぐ決断の大きな後押しとなったのは、会社への恩返しという思いでした。幼いころから身近に感じていた会社や、そこで働く人々の顔を思い浮かべました。
もし自分が商社を辞めたとしても、その会社はこれからも続くでしょう。しかし、自分が家業に戻らなければ、床枝衣料工業の存続が危ぶまれる可能性もある。どちらに必要とされるのかと考えたとき、恩返しと従業員たちが路頭に迷うような事態を避けたいという思いから、継ぐ決断をしました。
当時の会社の業績などは一切聞かず、ただ「恩返しと継続」という思いだけで決断したのです。正直なところ、そのころは会社の正確な場所すら知りませんでした。
ハンガー商品の納品から、畳み物、そして物流業への展開
── 家業へと転職し、外から見ていたイメージとのギャップはありましたか?
床枝 前の会社しか知らなかった私にとって、家業に入ってからは、違和感の連続でした。
また、前の会社では、自分が辞めたとしても業務が滞ることはないだろうと思っていました。しかし、家業の場合は、自分がいないと会社の存続が危ぶまれる可能性がある。その責任の重さに、大きな不安を感じましたね。まだ30歳前後でしたから、プレッシャーは相当なものでした。
── 2006年には社長に就任し、伝統を守るべきことと変革すべきことについて、どのような考えを持っていたのでしょうか?
床枝 まず、守るべきことの筆頭は「社員を大切にする」が挙げられます。会社は何のためにあるのかと考えたとき、社員が生きるため必要不可欠な存在だからだというのが、私の考えです。
そして、会社が継続するためには、社会に貢献し続けなければなりません。社員が安心して働ける環境があってこそ、百年続く会社という未来像に直結すると考えます。
もう一つの守るべきことは、ビジネスモデルです。弊社の倉庫は、一般的な賃貸倉庫ではなく、すべて自社で保有しています。バランスシート上は重荷になりますが、将来的に減価償却が進めば、お客様に対して長く安定的に、そして安価にサービスを提供できます。
物流は提供先企業の戦略の根幹であり、安定した物流基盤の提供は、お客様から安心感を持たれるだけでなく、負担するコスト上昇のリスクをも抑制するものです。お客様が安心して長く利用されれば、従業員が長く勤められることにもつながる。
この「社員を大切にする」という理念と、「自社保有のビジネスモデル」は、弊社の揺るぎない二本柱です。
一方、変革すべきこととしては、創業以来のプレス業から、物流業への転換が挙げられます。昔は、アイロンがけをした商品を決められた納期でアパレルのセンターに納品するため、工場内に商品が滞留することはあまりありませんでしたが、納期が変更になるとたちまち工場内が商品であふれ、次のプレスが受注できません。よって多少の納期の変更があっても売上を上げられるよう、一時保管する倉庫を建築。それが現在の倉庫業へとつながっています。
かつて主力事業だったのは、イトーヨーカドーやイオンといった量販店向けのコートやジャケットなどをプレスして納品することでした。しかし、私が家業に入った2003年ごろから、ルミネや109といったセレクトショップ系のアパレルが台頭し、量販店の価値が低下するのを目の当たりにしました。
この変化に危機感を覚え、本格的に物流業への転換を決意したのです。
── 事業の転換や多角化において、苦労したのは何でしたか?
床枝 セーターやTシャツといった「畳み商品」を扱うことに進出しましたが、弊社の倉庫はハンガー倉庫が中心だったため、畳み商品ではスペースが足りず、多くのトラブルを抱えることになりました。ハンガーと畳みでは、ノウハウがまったく異なることを甘く見ていたのです。
お客様に多大な迷惑をかけ、ペナルティを受ける日々が続きました。当時の会長や父親、ベテラン社員からは「もうやめろ」といわれるほどでした。
しかし、弊社の担当者と話し合うと、「今の状況ではやめられない。体制を確立し、しっかりとお客様に喜んでもらえるようになりたい」という強い意思を聞き、私も「畳みもハンガーも両方扱えるノウハウは絶対に必要だ」と確信しました。
そこで従業員に、もしあなたたちが畳み商品をできないというなら、私はこの会社をやめるとまで伝え、覚悟を決めて進めました。約10ヵ月後、ようやく軌道に乗せることができ、畳み物のノウハウを得ることができました。
── その経験は、現在の事業に生きていますか?
床枝 畳み物のノウハウを得たことで、事業は大きく変化しました。
約10年前からは、お客様からのご依頼で眼鏡やコンタクトレンズの物流も手掛けるようになり、ノウハウが活かされています。現在では、化粧品やルームフレグランスといった危険物を取り扱うための倉庫も建設するなど、得られたノウハウを次々と横展開し、事業領域を広げています。
畳み物への進出が、弊社の大きなターニングポイントとなりました。
「自社物件」と「直接雇用」が顧客に価値を提供する
── 競合がいる中、お客様に選ばれるためのポイントや、こだわり、差別化について教えてください。
床枝 弊社のこだわりは、倉庫が「自社物件」であること、そして「派遣社員を一切使わず、すべて自社の直接雇用従業員とパートで運営している」ことです。
物流業において、原価の大部分は人件費です。同じ作業をこなすにしても、経験豊富な社員と今日入ってきたばかりのスタッフとでは、効率がまったく異なります。長年勤めてくれる社員がいることで、作業効率が高まり、それが高収益につながります。
そして高収益体質は、競合に対して価格面で優位に立つことを可能にするものです。また、社員が安心して長く働ける環境は、お客様に対しても安定したサービスを提供できることにつながります。
価格、効率、安心感の好循環が、弊社の強みです。
── 人手不足の現代では、有名企業でも定着には苦労します。
床枝 従業員も、倉庫が自社物件であることに安心感を持っているように思います。
どの会社でも長く働いてくれる社員が多いほどよいのは当然ですが、現代においてそれを実現するのは容易ではありません。しかし、弊社ではそれを可能にしています。これは、他社が容易に真似できない、長年かけて築き上げてきた差別化ポイントだと自負しています。
目指すは「自己実現できる」「恐れのない」組織
── どのようなきっかけやタイミングで、百年企業になるとの意識を持つようになったのでしょうか?
床枝 さまざまな書籍を読む中で、鍵山秀三郎(株式会社イエローハット創業者)さんの著作に「10年偉大なり、20年畏るべし、30年にして歴史になる」という継続が成長の鍵であることを表したこの言葉に出会ったことが大きいですね。
創業から68年が経過している弊社にとって、百年という目標は現実味を帯びてきました。しかし同時に、「百年続くためには、まだまだ足りないものだらけだ」という課題意識も芽生えました。
鍵山さんの言葉のおかげで、百年を目指すという目標への力と、そのために何をすべきかという具体的な課題が見えてきたのです。
現在、ぶつかっている壁は社内の体制整備です。人事、経理、総務といった間接部門が、兼任体制であることが多く、機能不足や抜け漏れを感じています。今後は、これらの専門部署を強化し、組織づくりを新たなフェーズに進めたいと考えています。
かつては会長とナンバー2はいるとしても、基本的に全員がフラットに向き合う組織でしたが、現在は私がいて、ナンバー2である取締役、センター長、部員という形に整えつつあります。そこに間接部門をどう組み込んでいくかが、今後の組織づくりのカギです。
── 採用活動に力を入れているそうですが、どのような人材を求めていますか?
床枝 現在、最も時間を割いているのは採用活動です。月10回ほど学生と食事をしながら話をする「社長メシ」や、そこでできた「床枝チルドレン」という組織もつくっています。
学生には、「働きやすく、本気でやれば大手を凌ぐ年収が得られること」「跡継ぎがいないので社長になれる可能性もあること」「資産もあり、自分で事業を起こすのも可能であること」などを伝えています。
採用で重視しているのは、「前向きさ」と「健全な欲」を持っているかどうかです。お金を稼ぎたい、高い地位につきたいといった、若いからこその素直な欲は、成長の原動力になると考えます。
最初からワークライフバランスばかりを求めるのではなく、仕事を通じて人間性を磨き上げ、社会貢献につなげていこうという姿勢を持つ人材を求めています。面接では、オンラインではなく対面を重視。雰囲気や、言葉の端々から伝わる人間性を感じ取りたいからです。
── 先ほど、間接部門の課題について話が出ましたが、そのほかの組織づくりで考えていることを教えてください。
床枝 「自己実現できる組織」と「恐れのない組織」を目指しています。
そのために、社員全員に同じ月刊誌を読んでもらい、感想を共有するグループワークを行っています。「美点凝視」と「素心」を大切にし、互いの良いところを見つけ、年齢や役職に関係なく、素直な気持ちでフィードバックし合う訓練です。
この取り組みにより、社員同士のコミュニケーションが活性化し、新たな発見や、仕事だけでは見えない人間性や考え方を理解する機会につながっています。
── 財務面で重視されていることはありますか?
床枝 資金戦略については、景気変動のリスクを抑えるため、金融機関との良好な関係構築を重視しています。68年の歴史で培った資産背景は、この厳しい時代において大きな強みです。
今後も、収益を上げ続け、お客様との長期的な関係を築くことを突き詰めることが、資金戦略の根幹となります。誠実な対応と、マイナス情報も含めた包み隠さぬ情報開示を心がけています。
── 床枝衣料工業の目指す将来像を教えてください。
床枝 最終的に、床枝衣料工業のDNAとして次世代に引き継ぎたいのは、「社員一人ひとりの幸福を願う会社」であることです。「そこまでやるの?」といわれるような、社員の幸せのためにできる限りのことをしたいと考えています。
そして、私が死ぬときに「この会社にいてよかった」と思える社員が一人でも多くいること。それが、私にとっての会社の価値であり、床枝衣料工業が伝統として持ち続けるべきものだと信じています。
また地方の一企業として、地域経済や人々の暮らしを支える役割を担っていることを実感します。中小企業が伸び伸びと成長できる社会になれば、日本はもっと明るくなるはずです。経営者自身が人間性を磨き、器を広げることが、会社、そして日本をより良くすると信じています。
ぜひ、ほかの経営者とも切磋琢磨しながら、未来を切り拓いていきたいと考えます。
- 氏名
- 床枝啓太郎(とこえだ けいたろう)
- 社名
- 床枝衣料工業株式会社
- 役職
- 代表取締役
