この記事は2026年5月11日に配信されたメールマガジン「アンダースロー(ウィークリー):日銀の国債買入れの目的も正常化されれば成長通貨供給が重要に」を一部編集し、転載したものです。

アンダースロー
(画像=years/stock.adobe.com)

目次

  1. シンカー
    1. 米国: 所得の伸び鈍化による消費の逆風が続く
  2. 日銀の国債買入れの目的も正常化されれば成長通貨供給が重要に
    1. (内閣府)
  3. 「地政学上のリスクで政府と日銀の連携が更に重要に」(4月28日)
  4. 不透明な中東情勢 政府と日銀の連携が重要に(5月1日)
    1. 中東情勢がなお不透明な状況にある中、経済・物価に及ぼす影響は?
    2. 経済成長率の減速は賃金上昇の機運にどのような影響を及ぼすのでしょうか?
    3. 政府と日銀とのギャップはなぜ生まれているのでしょうか?
    4. 政府が日銀に連携を求めるのは当然なのでしょうか?
    5. 政府は円安に対してどう対処するのでしょうか?
    6. 政府が日銀に課しているデュアル・マンデートとは?
  5. シンカー
    1. 米国: 内需のさらなる拡大を織り込んでいる超長期金利
    2. ECB理事会:6月理事会からの利上げを示唆

シンカー

米国: 所得の伸び鈍化による消費の逆風が続く

米国の4月雇用統計は、雇用者数が前月比+11.5万人(3月:+18.5万人)となった。2月と3月の改定値は合計1.6万人下方修正された。比較的堅調なGDP成長率を押し上げているAI関連投資は、データセンター建設等で建設業の雇用をこれまで下支えしてきたとみられる一方で、資本集約型のため、製造業雇用の大きな押し上げには至っていない。過去1年で、製造業雇用は6.6万人減少した。トランプ政権下では防衛産業への投資増加を通じて製造業雇用が創出されることが期待されるものの、中長期的なテーマであり、時間を要するだろう。

失業率は4.3%で横ばいだった。雇用の伸びが小幅ながら低水準の失業率が続いているのは、人口の高齢化と移民の減少で労働供給(労働力人口)が伸びていないことが背景にある。16歳以上の文民人口に占める労働力人口(雇用者数+失業者数)の割合である労働参加率は61.8%と、ピークをつけた2000年の67.3%からの低下トレンドが顕著である。失業率が低くとも、労働力人口の減少は潜在成長率の押し下げ要因となるため、その分、投資や生産性の向上が必要で、それにより賃金が伸びるか、政府からの所得移転等で非労働者含む家計に十分所得が行き渡る必要がある。

雇用者報酬に加え配当収入や所得移転も含む実質個人所得でみると、過去との比較でも低い伸びに鈍化している。求人件数をはじめ、多くのデータが雇用需要の減退を示唆していることを踏まえると、賃金上昇率の伸びはラグを置いて抑制される可能性が高く、個人消費も鈍化が続くことも示唆される。ガソリン価格の上昇も加わり、コスト増の一部価格転嫁により、低中所得層の消費減退に直面している声は企業決算でも経営者から出始めている。株高などが大きく資産効果として働かない限りは、家計消費の伸び悩みが景気への懸念となる。エネルギー価格の上昇が利下げ期待の後退に繋がっている一方で、ニューヨーク連銀ウィリアムス総裁も言及しているように、FOMCでは現状、利上げが真剣に検討される状況にない。足元のインフレ上振れが需要の大幅な拡大を伴う押し上げ圧力でないことも踏まえ、金融政策は当面様子見姿勢が続く可能性が高い。(松本賢)

日銀の国債買入れの目的も正常化されれば成長通貨供給が重要に

  • 日銀は、6月の金融政策決定会合で長期国債買入れの減額計画の中間評価を実施し、2027年4月以降の月間買入れ額について公表する見込みである。2027年4月時点で、日銀の国債買入れ額は月間2.1兆円となる予定で、この買入れ額が維持されれば年間25.2兆円となる。年間買入れ額の必要な最低限の規模は、マクロとして重要な成長通貨供給の概念を考慮する必要がある。

  • 成長通貨供給とは、経済成長に伴う通貨需要の増加に対応するため、日銀が長期国債を買入れ、市場に資金を供給する考え方である。成長通貨供給は量的金融緩和以前に実施されており、当時は日本銀行券発行の伸びに対応した買入れを行っていた。国債買入れの目的も正常化するのであれば、名目GDPの拡大に合わせて日銀は成長通貨を供給する必要が生じることになる。仮に成長通貨供給が過少となれば、経済の通貨需要が強まった際に、過度な金利上昇を通じた金融環境の引き締まりで不用意に経済成長を損なってしまうリスクとなる。

  • 名目GDP成長率3%を前提にすれば、年間20兆円程度の買入れ額が目安となるが、6月の中間評価の結果、2027年4月以降の買入れがさらに減額されることとなれば、日銀からの成長通貨供給が経済成長の伸び率を下回る可能性がある。高市政権が強い経済を実現するための、官民連携の危機管理投資・成長投資を長期にわたり実施するためには、長期の資金供給が必要であり、日銀の長期国債買入れによる成長通貨供給もその一環となる。2027年4月以降も、買い入れ予定額の維持が必要である。

  • 金融政策が政府の経済政策の基本方針と整合的なものとなるよう、日銀には政府との意思疎通が一層求められている。1月22・23日の金融政策決定会合の議事要旨では、政府が「強い経済成長」と「安定的な物価上昇」の両立の実現というデュアル・マンデート(二つの責務)を正式に求めたことが明らかとなった。デュアル・マンデートは、既に3回も公になっている。一つ目は、城内経済財政担当大臣の就任記者会見、二つ目は初めての経済財政諮問会議における高市首相の植田総裁の前での発言、三つ目は高市政権として初めて策定した経済対策の方針である。

  • 日本銀行法第四条(政府との関係)には、「日本銀行は、その行う通貨及び金融の調節が経済政策の一環をなすものであることを踏まえ、それが政府の経済政策の基本方針と整合的なものとなるよう、常に政府と連絡を密にし、十分な意思疎通を図らなければならない。」とされている。政府の経済政策の基本方針は、「責任ある積極財政の考え方の下、戦略的に財政出動を行うことで強い経済を構築する」ことだ。従って、政府が金融政策の手段の独立性を尊重しながら、金融政策が政府の経済政策の基本方針と整合的なものとなるように、日銀に連携を求めるのは当然のことである。

  • 金融政策決定会合における主な意見

(内閣府)

・高市内閣は、「責任ある積極財政」の下、総合経済対策に関連する施策の実行など「強い経済」の実現に最大限注力する。

・今後の「強い経済成長」と「安定的な物価上昇」の両立の実現に向け、適切な金融政策運営が行われることが非常に重要である。

・日本銀行には、経済・物価動向の丁寧な点検とともに、日本銀行法、政府・日本銀行の共同声明の趣旨に沿って政府と緊密に連携し、2%の物価安定目標の持続的・安定的な実現に向け、適切な金融政策運営を期待する。

図1:米国実質所得と実質消費

米国実質所得と実質消費
(出所:BEA、NBER、クレディ・アグリコル証券)

以下は配信したアンダースローのまとめです

「地政学上のリスクで政府と日銀の連携が更に重要に」(4月28日)

4月の金融政策決定会合で、日銀は政策金利(無担保コールレートオーバーナイト物)を0.75%に据え置いた(6対3、反対:中川・高田・田村審議委員)。地政学上のリスクによる原油価格の大幅な上昇がもたらす交易条件の悪化によって、日本の景気の先行き不安が高まっている。4月の展望レポートでは、日銀は2026年度のコア消費者物価(除く生鮮食品)の見通しを+1.9%から+2.8%へ大きく引き上げた。物価上昇率は加速するが、交易条件の悪化による購買力の低下で、経済成長率には大きな下押し圧力となる。2026年度の実質GDPの見通しは、+1.0%から+0.5%へ大幅に引き下げられた。+0.5%程度の潜在成長率と比較すれば、強い経済成長とは言えなくなった。日銀は、経済の見通しについては下振れリスクの方が大きいとした。

日銀は2026年度のコアコア消費者物価指数(除く生鮮食品・エネルギー)の予想も+2.2%から+2.6%へ引き上げた。エネルギーコストの上昇による購買力の低下で、他の需要が落ち込み、経済成長率が下振れることを考慮すると、過剰な引き上げであると考える。問題なのは、交易条件の悪化がGDPデフレーターを大きく下押すことで、名目GDP成長率が下振れることだ。名目GDP成長率は、2025年の+4.7%から2026年には1%台に急減速するとみられる。経済成長率の減速は、賃金上昇のモメンタムに悪影響を与えかねず、地政学上のリスクが続くようであれば、政府は夏までに経済対策を実施して、景気回復を支える可能性が高い。

日本銀行法第四条(政府との関係)には、「日本銀行は、その行う通貨及び金融の調節が経済政策の一環をなすものであることを踏まえ、それが政府の経済政策の基本方針と整合的なものとなるよう、常に政府と連絡を密にし、十分な意思疎通を図らなければならない。」とされている。政府の経済政策の基本方針は、「責任ある積極財政の考え方の下、戦略的に財政出動を行うことで強い経済を構築する」ことだ。政府が金融政策の手段の独立性を尊重しながら、日銀に連携を求めるのは当然だ。

1月22・23日の金融政策決定会合の議事要旨では、政府が「強い経済成長」と「安定的な物価上昇」の両立の実現というデュアル・マンデート(二つの責務)を正式に求めたことが明らかとなった。デュアル・マンデートは、既に3回も公になっている。一つ目は、城内経済財政担当大臣の就任記者会見、二つ目は初めての経済財政諮問会議における高市首相の植田総裁の前での発言、三つ目は高市政権として初めて策定した経済対策の方針である。

高市首相は、通常国会の施政方針演説で、サナエノミクスは投資拡大であることを明確に示した。これまでの経済停滞は、人口動態の悪化よりも、官民の国内投資の不足に原因があるとした。高市政権の方針は官民連携の戦略投資による「成長型経済」への移行と、「強い経済」の実現である。高市政権は、戦略分野と分野横断的課題への対応を中心に、将来の経済成長をもたらす投資をはじめ、足元で必要な政策を果断に実施するための歳出を躊躇しない方針だ。戦略投資を、当初予算で、多年度・別枠で管理する「新たな投資枠」を設けることが検討されている。

日銀は金融政策の正常化が、「息の長い成長につながる」としているが、政府が求めているのは投資が牽引する「強い経済成長」であり、大きなギャップがある。更に、原油価格の急上昇による交易条件の悪化で、投資と経済成長には下押し圧力がかかる。常識的に考えれば、日銀の利上げは、強い経済成長への道筋が確からしくなる年末まで遅れることになるだろう。先行き不透明感が強い中、政府の反対を押しきって早期の利上げに踏み切った場合、内需への下押し圧力で経済成長率が下振れして、日銀はそこから1年間は利上げが出来なくなるとみられる。

現在の長期金利と超長期金利はマクロ・フェアバリューをやや上回っている。日銀の拙速な利上げへの懸念の剥落で、超長期国債市場は安定してきた。これまでの超長期国債市場の不安定感の原因は、財政不安や日銀の利上げのビハインド・ザ・カーブ懸念ではなく、日銀の拙速な利上げへの懸念そのものであったとみられる。仮に、日本の経済成長率の下押しとなる地政学上のリスクの中で、日銀の拙速な利上げへのまだ残存する懸念が払拭されれば、長期金利と超長期金利はマクロ・フェアバリューに向けて安定化していくとみられる。

直近公表値の2025年10-12月期のネットの資金需要2.4%を前提

長期金利のマクロ・フェアバリュー 2.15%

超長期金利のマクロ・フェアバリュー 3.30%

長期金利推計式
国債10年金利(%)=0.51+0.30 名目GDP(%、前年比、12QMA)+0.26 米国10年金利(%)-0.15 ネットの資金需要(対GDP比%)-0.06 日銀長期国債買入れ額(年率換算、対GDP比)-0.62 緩和的金融政策ダミー(2016年4-6月期から2024年10-12月期まで1、2025年1-3月期から7-9月期まで0.75、他は0) ;R2=0.93

超長期金利推計式
国債30年金利(%)=1.33+0.38 名目GDP(%、前年比、12QMA)+0.29 米国10年金利(%)-0.19 ネットの資金需要(対GDP比%)-0.06 日銀長期国債買入れ額(年率換算、対GDP比)-0.85 緩和的金融政策ダミー(2016年4-6月期から2024年10-12月期まで1、2025年1-3月期から7-9月期まで0.75、他は0) ;R2=0.93
1988~99年のデータは30年-10年スプレッドの推計で延長(=0.76+0.075 国債10年金利-0.10 ネットの資金需要2ラグ)

図1:日銀の見通し

日銀の見通し
(出所:日銀、クレディ・アグリコル証券)

図2:CACIBの見通し

CACIBの見通し
(出所:クレディ・アグリコル証券)

不透明な中東情勢 政府と日銀の連携が重要に(5月1日)

以下は会田がコメンテーターとして出演している文化放送の「おはよう寺ちゃん」の内容の一部をまとめ、加筆・修正したものです。

中東情勢がなお不透明な状況にある中、経済・物価に及ぼす影響は?

問(寺島):日銀は今週開いた金融政策決定会合で、政策金利を現行の「0.75%」に据え置くことを決めました。緊迫した中東情勢が続く中、原油価格の高騰が経済・物価に及ぼす影響を見極める必要があると判断しています。現状維持は3会合連続となる金融政策を決める9人の政策委員のうち、3人は利上げを主張しましたが、反対多数で否決されました。中東情勢がなお不透明な状況にある中、経済・物価に及ぼす影響についてはどうご覧になっていますか?

答(会田):原油価格の大きな上昇によって、日本から海外への大きな所得の流出となり、実質GDP成長率を大きく下押すリスクが大きくなっています。日銀は、実質GDP成長率の見通しを1.0%から0.5%へ引き下げました。日銀の見通しは、「足もと不透明な状況となっている中東情勢について、今後、その影響が和らぐもとで、原油価格が下落し、サプライチェーンの大規模な混乱は生じない」という、楽観的な前提に基づいていることには注意が必要である。楽観的な前提が崩れれば、実質GDP成長率の見通しは更に下方修正され、経済成長が止まるリスクが出てくることになります。

経済成長率の減速は賃金上昇の機運にどのような影響を及ぼすのでしょうか?

問(寺島):日銀は当面のリスク要因として、「今後の中東情勢の展開が、金融・為替市場やわが国の経済・物価に及ぼす影響を特に注視する必要がある」と指摘しています。実質GDP成長率の見通しを、26年度は1.0%から0.5%へ、27年度は0.8%から0.7%へとそれぞれ下げました。原油価格の上昇で交易条件が悪化して、企業収益や家計の実質所得を押し下げるとしていますが、経済成長率の減速は、賃金上昇の機運にどのような影響を及ぼすのでしょうか?

答(会田):日本経済の実力の潜在GDP成長率は0.5%程度とみられます。2026年度の実質GDP成長率は、なんとか潜在成長率の水準で踏みとどまり、2027年度は若干上回るところまで回復することを、日銀は見込んでいます。楽観的な前提が崩れ、実質GDP成長率が更に下方修正されれば、2年連続で潜在成長率の水準を下回る不況となってしまいます。そうなれば、これまで続いてきた賃金上昇の機運に悪影響が出てきてしまうことになります。

政府と日銀とのギャップはなぜ生まれているのでしょうか?

問(寺島):連合主催のメーデーに出席した高市総理は、「政府として賃上げ環境の整備に万全を期す」と語り、物価上昇を上回る継続的な賃上げ実現への協力を呼びかけています。高市総理は「責任ある積極財政」を掲げていて、投資によって強い経済を作ろうとしています。そのため、早期の利上げには慎重な姿勢をみせています。一方、日銀は利上げ実施を見据えて理論武装を進めましたが、中東情勢の混迷が収まらず、据え置きを決めました。なぜ、このようなギャップが生まれるのでしょうか?

答(会田):高市政権では、「「強い経済成長」と「安定的な物価上昇」の両立の実現に向け、適切な金融政策運営が行われることが非常に重要である」と、日銀に二つの責務、デュアル・マンデートを課しています。この新たなデュアル・マンデートについて、ほとんど報道されていません。これまでの政権は、日銀に「安定的な物価上昇」という一つの責務のみを課していたことが違いです。日銀は、「安定的な物価上昇」が「息の長い成長につながる」と考えていますが、現状は、「強い経済成長」が見通せない状態となっています。更に、原油価格の上昇によって、日銀は物価上昇率の見通しを大きく引き上げましたが、まだ水準は2%台の「安定的な物価上昇」の範囲内となっています。賃金上昇の機運への悪影響のリスクと、「強い経済成長」と「安定的な物価上昇」の両立を考え、日銀は金融政策の現状維持を決めたとみられます。

政府が日銀に連携を求めるのは当然なのでしょうか?

問(寺島):早期利上げに慎重な高市政権の「圧力」も日銀をちゅうちょさせたといいます。「物価の番人」である日銀にとって、独立性の確保は極めて重要で、政治との距離感は長年の悩みであり続けています。とはいえ、政府が日銀に連携を求めるのは当然なのでしょうか?

答(会田):高市政権は、日銀法の第四条を重要視しています。第四条は、日銀に政府の経済政策の基本方針と整合的な金融政策運営を求めるものです。政府が、日銀に「強い経済成長」と「安定的な物価上昇」の両立の実現のための連携を求めることは、日銀の独立性と矛盾するものではありません。実際に、米国の中央銀行であるFRBには、「安定的な物価上昇」だけではなく、「雇用の最大化」の二つの責務が課せられています。中央銀行にあるのは、課せられた責務を果たすための、金融政策の手段の独立性ということになります。責務を自ら決める独立性ではありません。

政府は円安に対してどう対処するのでしょうか?

問(寺島):原油高によってインフレが懸念されているわけですが、その場合、中央銀行は金利を上げて企業などの資金調達コストを高め、経済活動を抑制します。その利上げに関して、赤沢・経済産業大臣は出演した番組で、円安抑制の方策として利上げは「選択肢のひとつ」と述べました。しかし、この発言に対して、高市総理は経済財政諮問会議の直後、赤沢大臣を呼び止め注意したとされています。このことについてはどうご覧になっていますか?

答(会田):現在、積極財政によって経済規模が拡大を始めたことと円安の水準によって、国内の設備投資サイクルは上向いています。サナエノミクスは、官民連携の戦略投資と緩和的な金融環境によって、設備投資サイクルを更に大きく押し上げ、企業を異常な投資不足から正常な投資超過に回復させ、経済停滞から完全に脱することを目指しています。設備投資サイクルが上向いている間は、将来の供給能力が拡大する期待が続き、極度の円売りが起こるリスクが防がれます。極度の通貨売りは、将来の供給能力の棄損リスクによって起こるからです。投資拡大による供給能力の拡大が始まれば、トレンドは円安から円高に変化するとみられます。足元の円安が怖いと、日銀が拙速に利上げをして、設備投資サイクルを腰折れば、将来の供給能力の棄損リスクが高まり、将来の極度の円売りを招くリスクになります。アベノミクス前の過度な円高が引き起こした投資不足による供給能力の棄損が、現在の円安を招いたとも解釈できます。短期と長期の考え方が違うことが、経済政策対応の説明を難しくしています。

円安の水準は、国内投資には追い風ですが、過度な円安はコストの上昇として家計の負担を大きくしてしまいます。1ドル160円を上回る円安に対しては、設備投資サイクルの腰折れのリスクとなる日銀の利上げではなく、財務省の為替介入で積極的に対処していくことになるでしょう。実際に、4月30日には為替介入が行われたとみられています。日本の外貨準備はGDP比30%超と巨額で、ユーロ圏の10%程度の3倍もあります。為替介入は、外貨準備を適正水準に戻すことで正当化することができます。過去の円高の局面で買入れた外貨資産を売却することになり、為替介入では、巨額の実現益が計上されます。消費税率の引き下げを含む積極財政による家計への還元の原資としても活用できるとみられます。投資拡大による供給能力の拡大が、トレンドを円安から円高に変化させるまで、財務省は為替介入の姿勢を粘り強く維持するとみられます。

政府が日銀に課しているデュアル・マンデートとは?

問(寺島):政府は、「「強い経済成長」と「安定的な物価上昇」の両立の実現に向け、適切な金融政策運営が行われることが非常に重要である」と、日銀にデュアル・マンデートを課しています。4月の金融政策決定会合では、なぜ3人の政策委員が、現状維持に反対したのでしょうか?

答(会田): 4月の展望レポートの2026年度の予測で、日銀は、実質GDP成長率を下方修正し、物価上昇率は上方修正しました。実質GDP成長率は+0.5%と、潜在成長率並みで「強い経済成長」とは言えなくなりました。物価上昇率も2%台で「安定的な物価上昇」の範囲内と言えます。4月の東京都区部のグローバル・コア消費者物価指数(除く食料・エネルギー)は前年同月比+0.9%と非常に弱く、2%の物価安定目標を大きく下回り、内需の弱さの影響が出ています。3月の鉱工業生産指数は前月比-0.5%と弱い結果でした。4月の経済産業省予測指数(誤差修正後)も同-0.7%と弱くなっています。4-6月期は大幅な生産減となるリスクが出てきています。地政学上のリスクの不透明感が強い中、日銀は金融政策の現状維持を続けることになるとみられます。4月の金融政策決定会合では、政府との関係が強く連携を意識する執行部が金融政策の現状維持を支持する一方で、政府との関係がほとんどない審議委員の内の3名が現状維持に反対しました。リスクバランスでは、「経済の見通しについては下振れリスク、物価の見通しについては上振れリスクの方が大きい。」と、デュアル・マンデートを意識せざるを得ない形となりました。一方、「物価上昇率が大きく上振れていくリスクが顕在化し、それがその後の経済に悪影響を及ぼすことがないよう、十分に留意する必要がある」との追記は、反対した審議委員の意見を単純に反映したものでしょう。

シンカー

米国: 内需のさらなる拡大を織り込んでいる超長期金利

米国の1-3月期実質GDPは前期比年率+2.0%と、10-12月期の同+0.5%から伸びが拡大した。好調なのはAI関連投資とみられる機器や知的財産生産物など非住宅投資の伸びで、前期比年率+10.4%だった。全体の7割を占める個人消費支出は前期比年率+1.6%と、2025年7-9月期の+3.5%、10-12月期の+1.9%から鈍化が続いている。エネルギー価格の上昇が米国の輸出を押し上げる一方で、個人消費にはマイナスとなり、4−6月期はさらに伸び率が低下する可能性がある。

求人件数で確認される雇用需要の鈍化で賃金上昇率は低下するなかで、食料・エネルギーのコストプッシュのインフレはさらに雇用需要と個人消費を下押しするリスクとなる。内需の伸び鈍化は、ラグを置いて長期金利の抑制要因となる。長期金利・超長期金利は、他国との相対的な内需の強さを表す経常収支(対GDP比)の8四半期ラグ、金融政策スタンスを表す2年国債金利と、中長期のインフレ期待で推計することができる。

経常収支は、新型コロナ以降の内需拡大と資本流入で赤字幅が拡大したものの、ここ2年ほどは落ち着いている。設備投資が強い状態が続いても、個人消費の弱さを前提にすれば、経常赤字は縮小方向に進むことが考えられる。また、中長期のインフレ期待は安定しており、金融政策は、当面現状維持を続けても、ウォーシュ新議長の下で利下げへのバイアスは続くとみられることを踏まえれば、長期・超長期金利が上昇をさらに続ける材料は乏しい。

2年金利と5年先5年インフレ期待をそれぞれ足元の水準(3.9%、2.3%)を前提とすれば、30年国債金利のマクロ・フェアバリューは4.1%と、およそ5%である足元の30年金利と乖離がある。経常赤字(2025年10-12月期は3.4%)が7%程度にまで拡大することを織り込んでいることを示唆しており、財政拡大などで景気が過熱的な状況となるか、資本流入のさらなる拡大をみていることになる。

米30年国債金利=-1.23 + 0.33 米2年国債金利+1.61 5Y/5Yインフレ期待 -0.19 経常収支(対GDP比%、8Qラグ);R2=0.83

ECB理事会:6月理事会からの利上げを示唆

ECBは4月理事会で、政策金利の据え置きを決定した。ラガルド総裁は、本日の決定は「情報不足の中での情報に基づく決定」であったと強調した。言い換えれば、不確実性を認識したうえで、ECBは利上げを見送る判断を下したということである。6月にはより多くの情報が得られるとの前提で、ECBが利上げに向かっていることを最大限示唆しつつ、事前コミットは避ける姿勢を維持した。経済・物価見通しについてはバランスの取れた内容であった。

インフレ見通しは従来評価と概ね整合的である一方、インフレ上振れリスクと成長下振れリスクはいずれも強まっている。特にECBは、インフレよりもむしろGDP成長の下振れリスクを強く懸念している印象を与えた。この背景には、インフレ抑制のためには利上げが不可避であり、その結果として成長への下押し圧力を受け入れざるを得ないとの認識があるとみられる。CACIBのシナリオでは、6月利上げの確率は極めて高いと考える。

さらに7月会合では、経済・物価に関する十分な情報が揃い、2回目の利上げが実施されると見込む。イラン情勢にかかわらず、少なくとも2回の利上げは必要であるとの見方に変わりはない。メインシナリオでは3回目の利上げも想定するが、当初と異なり、2回目と3回目の間には一定の時間を置く可能性がある。商品市況の見通しが明確化した段階で最初の2回の利上げが実施され、その後コアインフレへの影響を見極めるために時間を要する可能性があるためである。この場合、3回目の利上げは10月または12月となるだろう。(松本賢)

図1:米国食料・エネルギー価格と名目所得

米国食料・エネルギー価格と名目所得
(出所:BEA、NBER、クレディ・アグリコル証券)

図2:米国債30年金利マクロ・フェアバリューのマトリクス表

米国債30年金利マクロ・フェアバリューのマトリクス表
(出所:BEA、FRB、Bloomberg、クレディ・アグリコル証券)

日本経済見通し

日本経済見通し
CACIBの見通し
(出所:日銀、内閣府、総務省、Bloomberg、クレディ・アグリコル証券)

会田 卓司
クレディ・アグリコル証券 東京支店 チーフエコノミスト
松本 賢
クレディ・アグリコル証券 マクロストラテジスト

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