この記事は2026年6月1日に配信されたメールマガジン「アンダースロー(ウィークリー):円安を恐れた日銀の「アヘッド・オブ・ザ・カーブ」は国力衰退のリスク」を一部編集し、転載したものです。
目次
アンダースロー(ウィークリー):円安を恐れた日銀の「アヘッド・オブ・ザ・カーブ」は国力衰退のリスク
エネルギーコスト増加によるインフレを懸念する日銀の利上げ姿勢強化は、2006年から2007年までの利上げ局面が想起される。当時も、原油価格が高騰し、ドル円は100円台から120円台まで円安が進んだ。一方で、消費者物価指数はゼロ%近辺で、成長率も低位で推移していたなか、日銀は、「円安の自己増殖」リスクを懸念し、「フォワード・ルッキング」な観点を重視した結果、量的緩和政策とゼロ金利政策を解除して複数回の利上げを実施した。その後、ドル円は円高方向に転換したが、白川日銀総裁の下、リーマン・ショック対応の金融緩和がFRBやECBとの相対で遅れ、消極的だったことも加わり、ドル円は70円台をつけるまでの長期間の円高不況に繋がった。この時点で、ファンダメンタルズ対比で金融政策は「アヘッド・オブ・ザ・カーブ」になっていた。この円高で、日本の製造業が打撃を受け、供給能力が棄損する国力の衰退につながった。
160円台まで進んだ今回の円安は、日銀の利上げの遅れによるビハインド・ザ・カーブが原因ではなく、政府の財政政策を含めた内需の強さにおいて、米国が日本を上回ってきたことで、相対的に米国に資本が流入したことの結果である。両国の内需の違いが、金利差も生んだ。高市政権となり、危機管理投資と成長投資による成長期待は高まっているものの、企業が国内投資を本格化させ、内需の拡大で自然利子率の上昇と日本への資本の流入には時間を要する。
それまでの期間は、円安水準の維持によって、企業投資の国内回帰や海外資本の日本への投資を促し、設備投資サイクルを押し上げることが、異常であったこれまでのプラスの企業貯蓄率から正常なマイナスに転換することに繋がるだろう。設備投資サイクルが上向きで、供給能力が向上する期待の中での円安はネガティブではない。円安の家計の負担は、財政政策で支えられる。
足元ではプラスの企業貯蓄率が示すように、構造的な経済停滞圧力からは完全に脱却できていない。拙速な利上げで上向きにある設備投資サイクルが腰折れれば、中立金利に向けた、内需の拡大に沿った利上げの動きは出遅れ、円安圧力がさらに強まる結果に繋がるだろう。設備投資サイクルが下向きで、供給能力の棄損のリスクの中での円安を止めるのは困難である。そして、もし同時にグローバル経済が急失速し、欧米が積極的に金融緩和に動けば、日本のデフレ懸念が再来し、過度な円高に転じてしまうリスクも反対に存在する。
マーケットのターミナル・レートの予想はあまりにも低かったが、最近になり2%程度まで上方修正されたようだ。国債5年金利も2%程度まで上昇してきた。利上げに前のめりな日銀の情報発信によって、2%程度のターミナル・レートをマーケットが織り込み始めているのであれば、日銀の金融政策がビハインド・ザ・カーブでありようがない。
前のめりな付利のある利上げによって、資金が日銀当座預金残高に滞留し、利上げとともに国債投資が控えられ、イールドカーブにスティープ圧力をかけている可能性もある。利上げを見送ることが、日銀のビハインド・ザ・カーブに繋がるという指摘はあたらない。円安への過度な恐れによる過去のようなアヘッド・オブ・ザ・カーブの利上げは、強い経済成長と安定的な物価上昇率のデュアルマンデートを掲げる政府の経済政策の方針と整合的ではない。
政府が重要視する需給ギャップとネットの資金需要(企業貯蓄率+財政収支、GDP比)が示すファンダメンタルズの状態、そして米国の長期金利で、日銀の政策金利(無担保コールレートオーバーナイト物)を推計し、マクロ・フェアバリューを算出する。直近の需給ギャップ+0.3%とネットの資金需要+2.4%が示す弱いファンダメンタルズ、4.5%の米国の長期金利を前提とすると、日銀の政策金利のマクロ・フェアバリューは0.15%となる。現行の政策金利である0.75%より低く、誤差の幅は1標準誤差を超える。政府が重視するファンダメンタルズ対比の推計では、日銀は「ビハインド・ザ・カーブ」(利上げの遅れ)ではなく、逆に「アヘッド・オブ・ザ・カーブ」(拙速な利上げ)となっていると判断できる。
植田総裁が弱いファンダメンタルズのまま利上げをすれば、1%の政策金利は1.25標準誤差を上回り、緊縮で知られた三重野・白川「アヘッド・オブ・ザ・カーブ」に続き、植田「アヘッド・オブ・ザ・カーブ」が点灯してしまい、地政学上のリスクが高まる中、景気回復をリスクに晒すことになる。
コールレート(%)=−0.18 −0.13 ネットの資金需要(%GDP、1Qラグ)+ 0.30 需給ギャップ(1Qラグ)+0.12 米国債10年金利; R2=0.84
図1:企業貯蓄率と国内設備投資サイクル
図2:コールレートのマクロ・フェアーバリュー推計誤差
以下は配信したアンダースローのまとめです
内需からの物価上昇圧力が弱い日本は新たな投資枠の拡大で挽回するチャンス(2026年5月26日)
これまでの経済政策は、新自由主義的な思想で運営されてきた。小泉・竹中路線、または構造改革路線と言われる。政府の関与をできるだけ小さくして、効率的な民間経済の自由度を高める思想だ。政府の関与を小さくするため、プライマリーバランスの黒字化目標という財政健全化路線と親和性があった。しかし、現在のグローバルな経済政策の潮流は、多様化する中長期の社会・経済の課題を解決するための官民連携の投資と需要の拡大に変化している。そして、官民連携の戦略投資の競争はグローバル規模で激しさを増している。成長産業や新技術への政府の投資が拡大していることが、グローバルに財政赤字が減少しない理由でもある。
先進国でプライマリーバランスの単年度の黒字化目標という硬直化した財政運営をしているのは日本だけである。一般的には、財政収支は一定の赤字に収める柔軟な運営をおこなう。プライマリーバランスの黒字化目標は、将来の成長や所得を生む戦略投資であっても、税収の範囲内で行う制約となる。財政収支を一定の赤字に収めるのであれば、経常的な支出は税収・税外収入の範囲内に収めても、戦略投資は国債の発行で賄い、持続的に拡大させることが可能となる。戦略投資のグローバルな激しい競争の中、日本だけ、無用な足かせをはめて戦えば、競争に敗れ、国力の低下の原因となってしまう。
高市政権では、積極財政でグローバルな経済政策の潮流の変化に乗るため、プライマリーバランスの黒字化目標から、より柔軟な財政目標に変え、グローバルな産業政策の競争を勝ち抜き、国力の強化に取り組むとみられる。高市政権下で初となる骨太の方針(経済財政運営と改革の基本方針、7月の予定)で、どのような財政目標に変化していくのかが注目される。社会・経済の課題解決のため「危機管理投資」と「成長投資」など官民連携で投資を拡大していくことを明確にし、それを可能とする財政目標に改革し、中長期的なスパンでの投資戦略を示すことで、企業の予見可能性と成長期待を高めることが期待される。国内支出の拡大で、企業を貯蓄超過から投資超過に回復させ、日本経済を「コストカット型経済」から「成長型経済」へ移行させる。
財政支出は、人件費などの経常的支出と、将来の成長や所得を生む投資的支出に分けて考えるべきだろう。財政規律として、経常的支出は税収・税外収入の範囲内に収めることはあり得る。しかし、投資的支出は国債発行で行い、実施の可否は、財源の有無ではなく、利払い負担以上の将来の便益を生むのかどうかで判断されるべきだ。歳出から、投資的支出を除いたものを、経常的収支と定義することができる。プライマリーバランスの黒字化目標から、投資的支出を除いた経常収支を税収・税外収入・投資的支出の収益と中長期的にバランスさせる目標に転換すれば、財政規律に配慮しながら、投資的支出の拡大も可能となる。この投資的支出の枠を、「新たな投資枠」として、経常的支出の予算とは別枠で、どれだけ大きくできるのかが、政府の戦略投資へのコミットメントを示すことになる。
当初予算で、多年度の新たな投資枠を生み、予算編成は現状の延長線ではなく、抜本的に見直されることで、17戦略分野を中心とする新たな投資が生み出されることになる。現状の延長戦の予算編成では、新たな投資が入る余地は、既存の支出を削る必要があり、困難であった。2026年度の当初予算の経常的支出は84.3兆円となる。税収・税外収入は92.7兆円である。例年、税収が過小に見積もられ、歳出の不用額と合わせて、7兆円程度の余剰が生まれる。2026年度には、経常的収支はほぼバランスに近づいていると言える。戦略投資の拡大余地は、かなり大きいことになる。戦略投資の拡大を可能にする、より柔軟性のある財政規律の枠組みに修正することが、日本経済を「コストカット型経済」から「成長型経済」に移行させる上で重要となるだろう。
内需があまりに強く、国内からの物価上昇圧力が強ければ、戦略投資による投資需要の拡大が需給ギャップを押し上げ、短期的なインフレ懸念を悪化させるリスクとなる。日銀が重視している特殊要因を除く物価指標でみると、4月の生鮮食品・エネルギーを除く消費者物価指数は前年同月比+2.2%と、昨年7月の+3.6%のピークから失速、食料・エネルギーを除く消費者物価指数も+1.4%と、昨年11月の+1.9%のピークから失速し、2%の物価安定目標を下回っている。加重中央値も+0.6%と、昨年5月の+1.7%から失速幅はかなり大きい。原油価格の上昇によるグローバルなインフレ懸念の中、内需からの物価上昇圧力が強い他の先進国と比較すると、内需からの物価上昇圧力が弱い日本は戦略投資を拡大する余地は大きく、挽回するチャンスである。政府・日銀の連携で、国力を回復するチャンスでもある。
投資的支出を除いてを財政規律を考えることは、ノーベル経済学賞受賞者である米コロンビア大学のジョセフ・スティグリッツ教授からお墨付きを得ている。スティグリッツ教授は、クリントン政権下の1995〜1997年に大統領経済諮問委員会(CEA)の委員長を務めていた時期に、同様の発想で将来の成長に繋がる、インフラなどの「投資的支出」を別勘定とすることを提案したという。しかし、結果的に「投資的支出」の定義を明確にできず、あらゆる歳出を「投資的支出」として扱うよう求める各所からの要求の収拾がつかず、残念ながら頓挫してしまったという。そこで、日本には建設国債という枠組みがあることを伝えたところ、投資的支出を定義するうえで非常に便利だとし、投資的支出を除いて財政規律を考えるアイディアに強い賛同をもらった。新たな投資枠も投資的支出の範囲を明確にする。グローバルでは、将来の成長や所得を生む投資的投資は、経常収支と分別して考えることは一般的な考えである。
図1:財政収支のイメージ
図2:消費者物価のコア指標
「国債発行の躊躇と拙速な利上げが国力の回復を阻む」(5月29日)
高市首相は、衆議院を解散する意向を示した2月19日の記者会見で、これまでの「行き過ぎた緊縮財政の呪縛を乗り越え」、「責任ある積極財政」として、「経済政策を大転換する」ことを示した。「行き過ぎた緊縮志向」を抵抗勢力とした。これまでの経済政策は、新自由主義的な思想で運営されてきた。小泉・竹中路線、または構造改革路線と言われる。政府の関与をできるだけ小さくして、効率的な民間経済の自由度を高める思想だ。政府の関与を小さくするため、プライマリーバランスの黒字化目標という財政健全化路線と親和性があった。今や、構造改革路線の継承が、官民連携の戦略投資の積極財政を阻む「行き過ぎた緊縮志向」の抵抗勢力となってしまっているのは皮肉だ。
現在のグローバルな経済政策の潮流は、多様化する中長期の社会・経済の課題を解決するための官民連携の投資と需要の拡大に変化している。そして、官民連携の戦略投資の競争はグローバル規模で激しさを増している。高市政権では、積極財政でグローバルな経済政策の潮流の変化に乗るため、プライマリーバランスの黒字化目標から、より柔軟な財政目標に変え、グローバルな産業政策の競争を勝ち抜き、官民連携の戦略投資によって供給能力を拡大する国力の強化に取り組むとみられる。高市政権下で初となる骨太の方針(経済財政運営と改革の基本方針、7月の予定)で、どのような財政目標に変化していくのかが注目される。
プライマリーバランスの黒字化目標は、将来の成長や所得を生む戦略投資であっても、税収の範囲内で行う制約となる。戦略投資のグローバルな激しい競争の中、日本だけ、無用な足かせをはめて戦えば、競争に敗れ、国力の低下の原因となってしまう。ポピュリズムによるバラマキではなく、成長産業や新技術への政府の投資が拡大していることが、グローバルに財政赤字が減少しない理由でもある。2026年度の政府予算は、先進国で日本が唯一のプライマリーバランスの黒字化を達成してしまった。戦略投資が不足していることを露呈していると言える。
国債発行を躊躇する考え方が、積極財政による大胆な戦略投資と国力の回復を阻む。国債は将来の税収で返済しなければならず、将来世代への負担の先送りであるという考え方だ。日本には60年間で国債を返済するように見える国債60年償還ルールがある。しかし、国債を将来の税収で返済する財政運営は行わないのがグローバルな常識だ。グローバル・スタンダードでは、国債の発行による支出は、民間の所得と資産の増加となるため、景気過熱の抑制の必要がない限り、発行された国債は、事実上、永続的に借り換えされていく。投資的支出は国債発行で行い、実施の可否は、財源の有無ではなく、利払い負担以上の将来の便益を生むのかどうかで判断されるべきだ。
自民党の防衛費増額財源検討特命委員会で、国債60年償還ルールについて、財務省は「あくまで公債政策に関する政府の節度ある姿勢を示すために導入されたものであり、文字どおりの減債、すなわち国債発行残高の減少を目指すものではなかったことを確認」しており、日本でも借換債で運営して、税収で返済していないことを認めている。建前でしかなく、実際には機能させるつもりのないルールは撤廃すべきだ。主流派の経済学者のオリヴィエ・ブランシャールも、「21世紀の財政政策」(日本経済新聞出版)で、「事実上、政府は永遠の存在なので、債務の返済期間が来たら新しい債務を発行することができる。つまり、『債務の借り換え』である。すべての政府がそのようにしている。」と指摘している。
2026年度政府予算では、国債費が歳出の26%を占めている。過去の借金のツケで、歳出が硬直化し、これ以上は国債を発行できないような印象を与える。しかし、実際には機能していない国債60年償還ルールによる「お化け」である債務償還費は必要のない項目だ。米国も債務償還費は計上していない。そして、米国は、利払い費は、払う額と受け取る額の差であるネットで計上している。日本は、払う額のみのグロスで計上している。債務償還費を控除して、利払い費をグロスではなくネットで計上すると、2026年度政府予算では、国債費はわずか6%にしかならない。米国の14%と比較すると半分以下である。将来の成長や所得を生む成長投資であれば、国債発行する余地があるように見える。将来へのツケは、借金を残すことではなく、現在の投資不足によって、成長や所得を生まない経済を残してしまうことである。
高市政権発足後に長期金利が上昇した背景は、グローバルな金利上昇の影響に加え、高市政権の経済政策に対する成長期待を織り込んだ動きと見るべきである。3%程度の名目GDP成長率が持続することを前提に置けば、国債の10年金利が3%程度で推移することは自然な水準である。「長期金利の大幅上昇は消費減税など政府の財政緩和姿勢に市場が警鐘を鳴らした証左だ」と、金利上昇を過度に恐れ、強い経済成長に必要な戦略投資が不十分となることがリスクである。地政学上のリスクによって、生産のボトルネックが問題化しつつある。5月の東京都区部の消費者物価指数(除く食料・エネルギー)も、前年同月比+0.7%と弱い。内需があまりに弱く、国内からの物価上昇圧力は弱い。
原油価格の上昇によるグローバルなインフレ懸念の中、内需からの物価上昇圧力が強い他の先進国と比較すると、内需からの物価上昇圧力が弱い日本は、ボトルネックの解消を含む戦略投資を拡大する余地は大きく、グローバルに製造業の立ち位置を挽回するチャンスである。設備投資サイクルが上向いている中での円安は日本経済に追い風だ。内需があまりに弱く、国内からの物価上昇圧力は弱いにもかかわらず、日銀が拙速に利上げを進め、設備投資サイクルが腰折れれば、日本はこの挽回のチャンスを逸し、失望から円安は更に加速するリスクとなる。
金利上昇に伴う政府の利払い費の増加を懸念する指摘にも問題が多い。内閣府の「中長期の経済財政に関する試算(成長移行ケース)」では、、政府の利払費は2026年度13.0兆円から2035年度31.8兆円へ、2〜3倍に増加する見込みであるものの、同時に一般政府収支(対GDP比)は2026年度の−0.5%から2035年度には+0.8%と、財政黒字化が見込まれている。経済成長による税収・税外収入・基金や地方政府を含めた収支改善が、利払い費増加分を上回ることが想定されているためであり、最終的に財政全体が改善に向かう見通しなのであれば、利払い費の増加は問題とは言えないだろう。
図1:ガラパゴスな日本の国家予算の歳出
図2:グローバル・スタンダードにした日本の国家予算の歳出
図3:企業貯蓄率と国内設備投資サイクル
日本経済見通し
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