
完全個室のパーソナルマシンピラティススタジオ「YUZU」を全国に展開するESS株式会社。代表取締役の坪井里奈氏は、自身の産後の不調や働き方への悩みから起業を決意したという。
同社は「マシンピラティスを生活の一部に」という理念のもと、インストラクターの独立支援や柔軟なキャリアパスを構築し、女性がライフステージに応じて輝ける環境を整備している。
急成長の裏側にある仕組み化と、人を大切にする経営哲学に迫った。
目次
会社員からセラピスト、そしてピラティススタジオ創業への道のり
── 坪井社長のこれまでの歩みと、創業に至るまでの経緯を教えてください。
坪井氏(以下、敬称略) 私のキャリアは、新卒で入社したIT企業から始まりました。
そこではECコンサルタントとして営業を担当し、その後はアパレルの通販事業やSNSのディレクション業務に従事しました。もともと、ウェブ業界で会社員としてキャリアを積み上げてきた形です。
転機が訪れたのは、7年前に第一子を妊娠・出産したときです。産休と育休を経て復職しましたが、当時のSNSディレクターという仕事は昼夜を問わない激務でした。育児をしながらその仕事を継続することに限界を感じ、バックオフィス部門へ転籍をしました。
しかし、新しい業務は自分の性格に合わず、毎日「やりたい仕事ではない」と感じながら過ごしていました。
そんなとき、保育園に預けている娘の顔がふと浮かんだのです。
生後7ヵ月で娘を預けてまで、自分はつまらないと思いながら働いている。この状況は娘に対して申し訳なく、親として誇れる背中を見せられていないと痛感しました。
これが大きなきっかけとなり、会社を辞めて個人事業主として独立する道を選びました。最初はピラティスではなく、フリーのセラピストとして活動を開始しました。
── セラピストとして独立した後、どのようにしてピラティスと出合ったのでしょうか。
坪井 私自身、昔から顔や頭の大きさに悩みを持っていました。その悩みを解消してくれた小顔サロンでの体験に感動し、同じ悩みを持つ人にこの技術を届けたいと考えたのです。
ありがたいことに、ご紹介を通してお客様は順調に増えていきました。
しかし、今度は休みなく働く状況になり、育児との両立が再び困難になりました。自分が動かなくても収益が上がる組織を作る必要があると考え、法人を設立して恵比寿にサロンを構えました。
そのサロンを運営して3年ほど経ったころ、お客様からマシンピラティスの存在を教わりました。
当時の私は産後の不調を自覚していませんでしたが、初めてピラティスを体験したとき、衝撃を受けました。
自分自身の身体や心と向き合う時間が、これほどまでに欠落していたのかと気づかされたのです。運動は苦手でしたが、ピラティスは無理をするのではなく、終わった後に心身が整う感覚がありました。
この素晴らしい体験を継続したいと思いましたが、当時はスタジオの数が少なく、価格も高価でした。
また、完全個室ではなく集団の中でレッスンを受ける形式が多く、周囲の視線が気になりました。
子供を連れて通える場所も見つからず、「ないのなら自分で作ろう」と考え、YUZUを立ち上げました。
完全個室のパーソナル指導がもたらす顧客満足度
── 近年、フィットネスや健康への関心が高まっていますが、市場環境をどうとらえていますか。
坪井 コロナ禍を経て、集団で活動することへの抵抗感や、自分の免疫力を高めたいという意識が強まりました。
自分の身体を自分でコントロールすることへの興味関心は、以前よりも確実に高まっています。この変化は、私たちにとって大きな追い風です。
私たちのスタジオは完全個室のパーソナルタイプです。誰とも接触せず、インストラクターと一対一の空間でレッスンに集中できる点が、大きな強みです。グループレッスンから、より深く自分を見てほしいと考えるお客様の流入が増えています。
── 競合他社が増える中で、YUZUが持つ独自の優位性はどこにあると考えていますか。
坪井 私たちのサービスは「人」が価値を作る事業です。したがって、働くスタッフの質こそが最大の優位性になると考えています。
サービス内容だけで比較すれば、他社との差異を見出すことは難しいかもしれません。
しかし、提供する側がどれほどの技術を持ち、どれだけ楽しく働いているかで、お客様への価値は変わります。
「マシンピラティスを生活の一部にする」という私たちの理念に、どれだけ共感しているかを重視しています。技術だけでなく、ピラティスを届けたいという強い思いを持つ人材を育成しています。
「目的」を共有する1on1と、女性のライフステージに寄り添う人事制度
── 人的資本経営という言葉もありますが、具体的な人事制度や取り組みについて教えてください。
坪井 社員のビジョンと会社のビジョンを合致させ、長く働ける仕組み作りを大切にしています。
そのために、全社員と毎月必ず1on1を実施しています。ここでは単なる数字の報告ではなく、仕事の「目的」を再確認することに時間を割きます。
「なぜここでピラティスを提供するのか」という原点を振り返り、そのためにどのような行動ができたか。
課題は何かを一緒に考え、本人が描きたいキャリアにマネージャーが寄り添います。また、将来のモデルケースとなるような選択肢を、人事制度として複数用意しています。
具体的には、プレーヤーとして現場を極める道や、研修・育成を担当する本部職への道があります。
さらに、最上級のキャリアとして「独立支援制度」も設けています。これらの選択肢は、正社員だけでなく業務委託の方々にも提示しています。
── スタッフのほとんどが女性とのことですが、働きやすさについてはどのような工夫をしていますか。
坪井 女性の働き方は、結婚や出産といったライフステージに大きく左右されます。これは避けて通れないことですので、制度として柔軟性を持たせることが不可欠です。育児中や育児後でも、そのときの状況に合わせて働ける雇用形態やシフト制を導入しています。
私自身の経験からも、仕事と家庭を両立させる大変さは痛いほど理解しています。スタッフがライフイベントを理由にキャリアを諦めることがないよう、多様な働き方を認めています。
こうした環境があるからこそ、オープン当初から継続して働いてくれるスタッフも多いのだと感じます。
組織拡大の壁を乗り越えた「独立支援制度」と「理念の浸透」
── 店舗数が増える中で、組織運営において苦労したエピソードはありますか。
坪井 大きな壁は二つありました。
一つ目は、店舗数が13店舗ほどになったとき、スタッフとのコミュニケーションが希薄になったことです。管理が行き届かなくなり、お客様を引き連れて独立するスタッフが連続して現れました。
当時は大きなショックを受けましたが、これは彼女たちが社内で独立できる選択肢がなかったためだと気づきました。
この反省から、現在の「独立支援制度」が生まれました。会社を去るのではなく、パートナーとして共に成長できる仕組みを構築したのです。
二つ目の壁は、フランチャイズ(FC)展開を開始したタイミングです。
直営店と異なり、FC店ではオーナー様がマネジメントを行うため、理念の浸透に乖離が生じました。
私たちが大切にしている本質的な価値が、すべての店舗で均一に提供されない危機感がありました。
現在は、この課題解決に注力しています。直営店の社員だけでなく、FC店のスタッフも集めた理念共有会を定期的に開催しています。
私たちが何を大事にしているのかを、繰り返し振り返る機会を設けることで、組織の一体感を高めています。
地域貢献と多様なキャリアパスの充実。ESSが描く5年後の未来
── 女性スタッフが多い現場で、メンタルケアなどの対策はどのように行っていますか。
坪井 女性特有のバイオリズムやメンタルの波は、どうしても生まれるものです。私たちはそれを「見える化」する仕組みを導入しています。
スタッフには日報で、自分の心と身体のコンディションを5段階で評価してもらっています。この数値を毎週チェックし、急激に下がっているスタッフがいれば、すぐにコンタクトを取ります。「何があったのか」を対話で確認し、メンタルを整えるためのコミュニケーションを図ります。
不調を隠さず、早期に対処できる環境を作ることが、安定した店舗運営につながります。
また、身体的な疲労に対しても具体的な対策を講じています。レッスンが続いて疲れているときは、セッション中の数分間を自身のケアに充てるよう勧めています。
休憩時間に散歩をしてリフレッシュすることを勧めるなど、個々の回復方法を尊重しています。
これらの「グッドアクション」は、月一回の全体会議で共有しています。他のスタッフがどのように心身を整えているかを知ることで、組織全体のセルフケア意識が高まります。
スタッフが健やかであってこそ、お客様に最高のサービスを提供できると考えています。
── 今後の展望として、3年後、5年後のビジョンを教えてください。
坪井 まずは、FC展開をさらに進めながら、インストラクターの独立をより強力に支援したいです。
まだ勇気を持って一歩を踏み出せる子は少ないですが、成功事例を増やし、背中を押せる組織にします。自立した女性が活躍するプラットフォームとしての機能を強化します。
5年後、10年後には、さらに多様なキャリアパスを完成させたいと考えています。
現在はまだ、産休や育休後の復帰モデルが完全ではありません。どんな年齢、どんなライフスタイルの女性でも、自分らしく輝き続けられる環境を構築します。
── BtoB事業や地方展開の可能性についてはどうですか?
坪井 福利厚生としてのピラティス提供など、法人向け事業の可能性は十分に感じています。
また、地方への進出も視野に入れています。現在は首都圏を中心に地盤を固めていますが、地方にはまだピラティスが浸透していないエリアが多くあります。
ただし、中途半端な状態で店舗を増やすことはしません。しっかりと組織の筋肉質を高め、各店舗に私たちの理念と技術が行き届く状態を維持します。
自治体との連携など、地域貢献につながる取り組みも模索していきたいと考えています。
私たちの挑戦が、誰かの一歩を踏み出す勇気になれば、これほど嬉しいことはありません。
これからも本質を追求し、マシンピラティスを通じて人々の生活を豊かにすることに邁進します。
- 氏名
- 坪井里奈(つぼい りな)
- 社名
- ESS株式会社
- 役職
- 代表取締役