福一漁業株式会社

江戸時代から続く静岡県焼津市の老舗、福一漁業株式会社。14代目社長の近藤太一郎氏は、先祖代々受け継がれてきた「変化を恐れない挑戦心」を胸に、漁獲から加工、販売までを手がける独自のビジネスモデルを推進しています。本記事では、戦後の壊滅的状況からの再起、45億円に及ぶ新造船への巨額投資、そして「きつい・危険」という水産業のイメージを覆し、世界に誇れる産業へと進化させる近藤氏のビジョンに迫ります。

近藤太一郎(こんどう・たいちろう)
福一漁業株式会社 代表取締役社長。1979年、静岡県焼津市生まれ。大学卒業後、水産商社に入社し、原料調達の鮪部門で目利きを学ぶ。退社後、インド洋のまき網船に2年半乗船し現場を経験。その後、福一漁業株式会社に入社し、漁船の運航管理部門を経て2008年に取締役、2013年に常務取締役に就任。2009年には日本初のヘリコプター搭載型漁船を建造。2022年より現職を務める。
福一漁業株式会社
江戸時代の宝永2年(1705年)創業。静岡県焼津市に拠点を置き、漁獲から水産加工、卸売、冷凍冷蔵庫業、小売、飲食事業まで、川上から川下までを自社で一貫して行う。近年は海外輸出にも注力。「未完成の魅力 いつも今が始まり」という社是のもと、衰退する水産業の存続と発展を目指し、未来の水産業をデザインする食の総合企業である。
企業サイト:https://fukuichi-world.jp/

目次

  1. 変化を恐れず挑戦し続ける精神
  2. 硫黄島での玉砕から1トンの小舟で再起した歴史
  3. 漁獲から販売までを自社で完結させる「食の総合企業」としての強み
  4. 45億円の新造船投資と世界市場への展望
  5. 水産業のイメージを刷新し「憧れの職業」へと変える挑戦
  6. 環境負荷の低さと食料安全保障における水産業の役割

変化を恐れず挑戦し続ける精神

── 本日はよろしくお願いいたします。江戸時代から続く歴史ある企業の14代目として、先代から受け継いだ価値観の中で最も大切にされていることは何でしょうか。

近藤氏(以下、敬称略) 先祖から受け継いだもので、もっとも大切にしている価値観は「変化を恐れず挑戦し続けること」です。

当社は伝統を守ってきた会社だと思われるかもしれませんが、これほど長く続いてきた理由は、むしろ変化を恐れずに先人たちが挑戦し続けてきたからだと考えています。

── 300年以上の歴史を承継する際、その重みを感じることはありましたか。

近藤 そうですね。当社は古くから漁業を営んできましたが、過去には事業がストップしそうになった大きな危機が何度もありました。

それでも先人たちは、なんとか次へとつないでくれました。その歴史を知るたびに、自分の代で途絶えさせてはいけないという責任を強く感じます。

── 具体的に、近藤社長の心に深く残っているエピソードはありますか。

近藤 私の曾祖父である近藤市右衛門が社長を務めていたころの話です。昭和20年、戦争によって所有していた船が徴用され、硫黄島付近で船ごと玉砕しました。

その船には市右衛門の長男と次男も乗っており、二人とも亡くなりました。終戦を迎えたとき、会社には船が一隻も残っていませんでした。

── 船も後継者も失うという、想像を絶する状況だったのですね。

近藤 市右衛門は当時61歳でしたが、息子二人を失い、後継者が定まらない中で経営に対して非常に消極的になっていたと聞いています。

1トンほどの小さな木造の小舟を購入し、琵琶湖などで細々と漁業を再開していましたが、かつての勢いはありませんでした。

硫黄島での玉砕から1トンの小舟で再起した歴史

── そこからどのようにして、現在の規模まで再建されたのでしょうか。

近藤 転機となったのは、戦地で行方不明になっていた三男の三吉、つまり私の祖父が帰還したことです。

昭和21年6月、フィリピンから一年弱の歳月を経て焼津に戻ってきた三吉は、当時27歳でした。彼は「もう一度福一丸を再建するんだ」と立ち上がります。

── 20代の若さで、ゼロからの再出発を決意されたのですね。

近藤 周囲からは大反対されたようですが、三吉は人々を説得してお金を集め、再び150トンの鋼鉄船を建造することを決断します。

帰還からちょうど一年後の昭和22年6月、その船は「第八福一丸」として進水式を迎えました。このときの祖父の決断がなければ、今の福一漁業は存在しません。

── その再起の物語が、現在の経営の根幹にあるのですね。

近藤 私自身、いかに恵まれた環境で経営をさせてもらっているかを痛感します。当時の祖父のような決断が自分にできるだろうかと自問することもあります。

この歴史は資料として大切に残されており、私が社長に就任する際にも改めて読み返しました。今の当社につながるもっとも重要な転換点です。

── 近藤社長ご自身も、大学卒業後に他社での修行を経て、実際に船に乗られた経験をお持ちですね。

近藤 はい。現場を知っていることは、どのような仕事であっても非常に大事だと考えています。

いわゆる「叩き上げ」として現場から経験を積み、今の立場にあります。突然社長として現れるよりも、現場の苦労を知っていることで言葉に説得力が生まれます。

── 現場の方々との関係性も、その経験によってスムーズに構築できたのでしょうか。

近藤 一人ひとりと人間関係を築いてきた自負がありますし、周囲も協力してくれています。

そのため先代との比較による不満やハレーションなどはまったくありません。現場での長い経験があったからこそ、スムーズに受け入れられたのだと感じています。

漁獲から販売までを自社で完結させる「食の総合企業」としての強み

── 現在の福一漁業の最大の強みは、どのような点にあるとお考えですか。

近藤 一言で言えば「なくてはならないものを商売にしていること」です。漁業は「食べること」という人間の根本的な部分を支えています。

あれば便利なものではなく、人が生きていくうえで不可欠なものを扱っていることが、私たちの最大の強みです。

── ビジネスモデルとしての特徴についても教えてください。

近藤 「川上から川下までを網羅する食の総合企業」であることです。漁船による漁獲と、加工・販売の両方の事業を行っています。

実は、魚を獲る側と買う側では、利益の方向性が正反対です。獲る人は高く売りたいと考え、買う人は安く買いたいと考えます。

── その両方を自社で持つことには、どのようなメリットがあるのでしょうか。

近藤 どちらか片方だけでは経営が安定しません。魚価が高い年は漁業部門が潤い、低い年は加工部門の仕入れコストが下がって利益が出ます。

このように、互いのリスクを補完し合える体制は非常に強いです。漁業会社は漁業のみに特化することが多いため、当社のような事業形態は珍しいと言えます。

── なぜ他社には難しいのでしょうか。

近藤 まず、遠洋漁業は国が漁業許可証の数を管理する既得権益であり、新規参入が極めて困難です。許可証がなければ、いくら資金があっても船を出すことができません。

また、漁師は魚を獲ることに集中しているため、商売や加工のノウハウを持つことが難しいという側面もあります。

── 逆に、一気通貫で事業を行うことのリスクや難しさはありますか。

近藤 最大の懸念は自然相手であることです。魚が獲れなくなれば、すべての事業が立ち行かなくなります。

また、私たちの漁業は海外の排他的経済水域(EEZ)で操業しているため、地政学的なカントリーリスクも無視できません。

── 具体的にはどのような影響があるのでしょうか。

近藤 戦争や政治的な環境の変化によって、特定の海域に入りにくくなることがあります。また、外貨建てで支払う入漁料の負担も円安の局面ではきわめて重くなります。

入漁料は獲れても獲れなくても発生し、日本円換算で一隻あたり一日160万円ほどかかります。四隻いれば毎日640万円を支払うことになり、これは大きなリスクです。

45億円の新造船投資と世界市場への展望

── そもそも、なぜ漁獲だけでなく加工や販売まで事業を広げたのでしょうか。

近藤 それは先代や先々代の決断によるものです。かつては魚を獲って競りにかけるだけでしたが、価格を他人に決められることに疑問を抱いたそうです。

漁業にかかる経費や苦労に関係なく値段をつけられるのは面白くない。それならば自分たちで漁獲物を売ってしまおうと考え、加工や直販を始めました。

── 非常に合理的な判断ですね。近藤社長が就任されてからの数年間で、もっとも手応えを感じている決断は何ですか。

近藤 現在進めている、新しい船の建造に対する投資の決断です。

金額で言うと約45億円にのぼります。日本国内だけを見れば、人口減少や水産消費量の低下、燃料価格の高騰など、環境は決して良くありません。

── そのような状況下で、あえて巨額の投資に踏み切った理由を教えてください。

近藤 国内だけを見れば状況はよくないかもしれませんが、世界に目を向ければ、水産物の需要は確実に伸びています。また、歴史を振り返っても、船を作らなくなった会社は衰退しています。

この投資は事業計画書を見れば、株主から反対されるような内容の投資だと思います。しかし、オーナー経営だからこそ「長期的な視点で投資する」「やりたいからやる」という決断ができました。

── 世界市場における手応えはいかがでしょうか。

近藤 輸出には非常に力を入れています。海外では良いものに対して正当な価格をつけてくれますし、需要の伸びを肌で感じています。

現在はアメリカ、アジア、ヨーロッパなど約10ヵ国と取引をしていますが、まだまだ伸びる余地があると考えています。

── 特に注目している市場はありますか。

近藤 アメリカは面白いですね。日本食レストラン以外でも需要が広がっており、可能性を感じます。

世界中でタンパク質源としての魚の価値が見直されています。缶詰などの需要も伸びており、海外は非常に魅力的な市場です。

── 最新技術の活用についてはどのようにお考えでしょうか。

近藤 AIやDXは大事な要素ですが、まずは会社全体の業務を洗い出し、見える化することが先決だと考えています。

どの仕事が重複しているのか、どの部分をAIに置き換えられるのか。仕組みを入れる前段階の整理を丁寧に行いたいと思っています。

水産業のイメージを刷新し「憧れの職業」へと変える挑戦

── 組織運営において、300名を超える従業員に理念を浸透させる工夫はされていますか。

近藤 「未完成の魅力」という社是に加え、コンサルタントを入れて半年ほどかけ、行動指針や判断基準を細かく策定しました。

「未来の水産業をデザインする」という企業理念を掲げ、各部署に掲示しています。ただ、言葉だけで伝えるのは難しいとも感じています。

── 現場まで思いを届けるのは、容易なことではありませんね。

近藤 私の近くにいる人には伝わりますが、距離が離れるほど難しくなります。それでも、指針を明確にすることで、迷ったときの拠り所になればと考えています。

── 今後、特に力を入れて変えていきたい部分はどこでしょうか。

近藤 漁業に対する世の中のイメージを刷新していきたいです。「きつい、危険、古い」といったネガティブな印象が強すぎると感じています。

よく「仕事をクビになったら船に乗せてくれ」と言われることがありますが、それは遠洋漁業が「最後に行き着く場所」だと思われている証拠です。

── 実際には、誰でもなれるような仕事ではないのですね。

近藤 もちろんです。当社の船頭などは、上場企業の社長や医者、あるいは士業のような、一般的に給料の高いといわれる職業と比べても遜色のない報酬を得ている人もいます。歩合制なので、獲れば獲るほど稼げる夢のある仕事です。

海技免状を取得するまでにも数年の乗船経験が必要ですし、人気がありすぎて簡単にはなれる職業ではありません。こうした実態が正しく伝わっていないのが現状です。

── そのイメージを変えるために、具体的に取り組まれていることはありますか。

近藤 かつてはYouTubeチャンネルを立ち上げ、自ら発信を行っていました。生産者は発信が苦手なことが多いので、まずは興味を持ってもらう間口を広げたいと考えたのです。

ノルウェーなどの北欧諸国では、漁師はエリートが就くかっこいい職業として認識されています。日本でも、稼げるだけでなくスマートでかっこいい産業に変えられるはずです。

── 水産業が「憧れの職業」になれば、日本全体にも大きな影響を与えそうです。

近藤 若者が誇りを持って働ける環境を整え、適切に宣伝していけば、必ず変えられます。サラリーマンよりも高い付加価値を生み出せる仕事ですから。

環境負荷の低さと食料安全保障における水産業の役割

── 最後に、環境への配慮や食料安全保障という観点での水産業の役割についてお聞かせください。

近藤 私たちの「まき網漁業」は、魚群を網で一網打尽にするため環境に悪いと言われがちですが、実は非常に効率的なタンパク質生産手段です。

1キログラムのタンパク質を生産するために必要な燃料という観点で見ると、牛や豚、鶏などの畜産業と比較しても、当社の漁業は群を抜いて効率が良いのです。

── 燃料効率の良さは、これからの時代において大きな強みになりますね。

近藤 昨今の燃料価格高騰や戦争を経験して、そのことに改めて気づきました。限られた資源で効率よく食料を確保するという意味で、私たちの役割は非常に大きいです。

もし日本で食料危機が起き、限られた燃料をどこに割り当てるかとなったとき、もっとも効率的にタンパク質を供給できるのは私たちです。

── まさに、国の食料安全保障の要と言えます。

近藤 いろいろと言われることもありますが、実は環境に優しく、社会に貢献している産業なのだということを、もっと多くの人に知ってもらいたいですね。

── 本日は、水産業のイメージを覆す貴重なお話をありがとうございました。

近藤 こちらこそ、ありがとうございました。当社の取り組みを通じて、未来の水産業がより魅力的なものになるよう、これからも挑戦を続けていきます。

氏名
近藤太一郎(こんどう・たいちろう)
社名
福一漁業株式会社
役職
代表取締役社長

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