貝印株式会社

岐阜県関市で1908年に創業した貝印株式会社は、カミソリや包丁などの刃物を中心に1万点以上の商品を展開するグローバル刃物メーカーだ。創業家の四代目である遠藤浩彰社長は、伝統を守りつつも変化を恐れず、デザイン経営やグローバル展開を推進し、百年企業としての新たな価値創造を目指している。

同社の歴史、強み、組織文化、そして未来への展望を、遠藤氏の言葉を通して深く掘り下げる。

遠藤浩彰(えんどう ひろあき)──代表取締役社長
1985年6月、岐阜県関市で貝印創業家の長男として生まれる。2008年に慶應義塾大学経済学部を卒業後、同社に入社。生産部門のカイ インダストリーズ株式会社や海外関連会社KAI U.S.A. LTD. への出向を経て、2014年に帰任。2018年に副社長に就任し、2021年5月25日付で貝印株式会社およびカイ インダストリーズ株式会社 代表取締役社長 兼 最高執行責任者 (COO)に就任。
貝印株式会社
1908年、刃物の町として有名な岐阜県関市で創業。カミソリやツメキリなどの身だしなみを整えるツールやビューティーツール、包丁をはじめとする調理器具や製菓用品、医療用刃物など、生活に密着した刃物を中心に1万アイテムにもおよぶ商品を展開。商品の企画、開発から生産、販売、物流までの一連を行っているグローバル刃物メーカー。
企業サイト:https://www.kai-group.com/global/

目次

  1. 曽祖父が始めたポケットナイフ作りで創業。祖父は軽便カミソリを発明
  2. 開発方針の「DUPS³」こそが競争優位性
  3. 「会社を継げ」と言われたことはなかった
  4. 「関の刃物は日本を代表するコンテンツ」

曽祖父が始めたポケットナイフ作りで創業。祖父は軽便カミソリを発明

── 創業は刃物の町、関市だそうですね。

遠藤氏(以下、敬称略) はい。私どもと切っても切り離せない、創業の地です。

関市は鎌倉時代から続く刃物の町として知られています。これは、日本刀作りに欠かせない「水」「土」「木」という三つの要素がそろっていたため、多くの刀鍛冶が移り住んできたことに由来します。彼らは戦国時代には多くの武将からの注文を受けて日本刀をつくり、栄えてきました。

しかし、時代が明治に入ると廃刀令が出され、日本刀の需要はなくなりました。そこで、刀鍛冶たちは「野鍛冶」と呼ばれる、身の回りの刃物を作る職人に転じたのです。野鍛冶たちは、使い手の要望を聞き、その人に合った刃物をつくることに長けていました。

この流れを汲み、1908年に私の曽祖父がポケットナイフづくりを始めました。当初は日露戦争などの影響もあり、ポケットナイフの需要がありましたが、戦争が落ち着くと需要も減少。

そこで目をつけたのが、生活必需品であるカミソリ、特に「安全カミソリ替刃」です。当時、カミソリは海外からの輸入品が中心でしたが、これを国産化したいという強い思いから取り組み、安全カミソリ替刃をつくり上げました。

その後、私の祖父が「軽便カミソリ」を発明し、カミソリ事業は大きく拡大。さらに、カミソリ以外にも、包丁やハサミ、ツメキリなど、刃物を軸としたさまざまな商品を展開しています。

カミソリだけでなく、同様に身だしなみを整える道具としてプラスチック成形品なども含めた「ビューティーケア用品」の分野にも進出しました。また、包丁やキッチン用品といった台所で使われる刃物を中心に、そこから派生して鍋や調理器具などの家庭用品にも事業を広げています。

このように、国内で身の周りに根ざした商品を展開した後、私の父の代からは生産・販売ともに海外進出にも力を入れるようになりました。工場も中国、ベトナム、インドへと広がり、現在では売上の半分が海外市場、残りの半分が国内という構成です。

創業の地である関市から「日本の貝印」、そして「世界の貝印」へと、ファミリーカンパニーとして100年以上にわたり事業を広げてきました。

── そのように事業を展開してきた中で、御社が強みとされているものは何でしょうか?

遠藤 刃物という分野を扱っている企業は他にもありますが、カミソリはカミソリで、ツメキリはツメキリで、それぞれ競合メーカーが存在します。しかし、このように刃物を横断的に手がけているメーカーは、世界的に見ても非常に少ないのが現状です。

「切る」「剃る」といった領域でお客様の課題解決、すなわち価値創造を行っている企業として、私どもは「唯一無二」の存在と言っても過言ではないと考えております。これが一つの特徴であり、強みです。

さらに、個々の製品市場を見ると、非常にニッチではありますが、その中でもシェアナンバーワンを獲得している製品が多くあります。たとえば、包丁は国内市場でナンバーワン、ツメキリも国内市場でナンバーワン、使い捨てカミソリの分野でも国内ナンバーワンです。

このように、一つひとつのマーケットは小さくても、それぞれの分野でトップシェアを獲得している製品が複数あることが、我々の特徴であり強みであると考えております。

開発方針の「DUPS³」こそが競争優位性

── 経営そのものにデザインを取り入れているそうですが、戦略的な競争優位性はどのように確立されていますか?

遠藤 私どもの開発方針として「DUPS³」というものを掲げております。これは、D(デザイン)、U(ユニークネス)、P(パテント)、S(セーフティー、ストーリー、サステナビリティ)の頭文字を取ったものです。

もともとは、私の曽祖父がカミソリ事業を始めたころに遡ります。カミソリ事業は、海外の資本力の大きい企業が競合となりつつ、カミソリという小さな商品の中に無数の特許が含まれています。

新しい商品を開発する際には、競合の特許網をすべてかいくぐって商品をつくらなければならないという難しさがありました。そのため、曽祖父の代から「カミソリをやる以上は、知財をしっかりと押さえていかなければならない」という文化、戦略が根付いていたのです。

それを引き継いだ私の父の代では、DUPSの前身となる「UPS」を開発方針として掲げました。これは、ユニークネス、パテント、セーフティーの3つでした。

その後、世の中でデザイン経営が注目される少し前の時代に、「D(デザイン)」を追加。さらに、Sに「ストーリー」という意味も加え、DUPS(デザイン、ユニークネス、パテント、セーフティー&ストーリー)となりました。

これにより、パテントを含めて独自の優位性を確保しつつ、ユニークであるだけでなく、機能性に加えてデザイン性も備えた商品をつくろうという方向性に。そして直近の2023年には、最後の「S」として「サステナビリティ」が加わりました。

このように、知財戦略とデザイン性を会社の製品戦略にしっかりと反映させていくことが、文化として根付いています。特に私が社長に就任する前後から、このDUPS³をさらに強化しています。

DUPS³が我々の会社における特徴であり、事業展開をする中での競争優位性となっているのです。

「会社を継げ」と言われたことはなかった

── 次に事業承継と組織文化について、創業100年を超える企業を受け継ぐにあたり、どのような決意で就任されたのでしょうか?

遠藤 私は創業家の四代目として生まれましたので、当然、それなりの心持ちで入社しました。しかし、小さいころから父に「会社を継げ」と言われたことは一度もなく、あくまで自分の意思でこの会社を継ぎたいと考えていたのです。

中学生のころには、この会社を継ぐための準備をしようと決心。新卒で入社してからは、さまざまな部署を経験し、会社の状況を多角的に見てきました。生産部門、経営企画部門、営業部門、海外法人など、それぞれが会社の良いところや伸ばせる余地がある一方、課題が多く存在する点も肌で感じることができました。

会社の良いところ、守るべきところはしっかりと継承しつつ、まだ解決できていない課題や、時代の変化に対応するために変えなければならない部分を明確にし、全体戦略をどうつくるかを考えながら、継承の準備を進めてきました。それは、社長に就任する4、5年前から行ってきたことです。

準備の具体例を出すと、2017年に経営戦略本部を新設し、本部長として中期経営計画(中計)の策定に着手しています。コンサルタントも入れ外部の視点を取り入れることで、より客観的な計画を作成しました。そして、創業110周年を迎えた2018年に、中計を発表しました。

第一期中計は3年間(2018年~2020年)に設定し、実行・浸透させたつもりです。計画策定時には、不確実性が高まる現代社会に対応できるような、筋肉質な経営を目指すことを掲げています。

そして、2020年にはコロナ禍が発生しましたが、不確実な世の中を勝ち抜くというベースがあったため、中計の流れを大きく変えることなく、計画を着実に継続・実行してきました。

第一期から第二期の中計へ移るタイミングである2021年に、事業承継、すなわち社長交代を行いました。社長就任前から、会社の未来を見据えた準備と実行を進め、コロナ禍にも翻弄されずそれを推進するために、このタイミングで社長交代に至ったという流れです。

── 創業家による経営、非上場を貫いていますが、これらは事業承継や長期的な経営戦略において、どのようなメリットがあると考えていますか?

遠藤 100年以上の歴史を振り返ると、同じ事業や商品だけで会社を支えてきたわけではなく、時代の変化や環境の変化に応じて事業の新陳代謝を繰り返しながら発展してきました。新しいことに挑戦する際には失敗はつきものです。しかし、失敗を恐れずに挑戦し、長期的に取り組むことで、私たちは発展してきました。

ファミリーカンパニーであることの強みは、短期的な成果に一喜一憂することなく、中長期的な視点で我慢強く、未来の種を育てていけることです。これにより、安定性を確保できていると考えています。

上場を考えることなく、ファミリーカンパニーとして中長期の視点で事業を進めること。そして、自社の発展はもちろんのこと、社会の一員としての責任、地域を考えて社会にどう貢献できるかも、ファミリーカンパニーの利点を生かしてじっくりと取り組めます。

── 社長就任後、伝統を守りつつ新しい挑戦を歓迎する組織文化は、どのように築いてきたのでしょうか?

遠藤 会社自体に、これまでさまざまな失敗をしながら成長してきたという歴史があります。たとえば毎年、新製品を出していても、それがヒットして主力商品として定着するものは決して多くありません。2割か3割が当たれば良いほうというのが現実です。

それを個人の責任にするのではなく、会社としての判断で挑戦し、うまくいかなかったらそこから学びを得て次につなげる。失敗を未来への投資ととらえ、次の挑戦にひるむことなく、どんどん挑戦していこうという姿勢を会社として打ち出しています。

一方で、過去にはグループ会社が多く存在していた時期もありました。特に祖父の代には顕著でした。また会社が大きくなると、全員が頑張らなくても済むような状況も生まれかねません。

そのため、ある程度の規模で会社をまとめておくと、全員が頑張らないと成り立たないという状況になります。父の代では、生産は創業の地である岐阜県関市、販売は東京の拠点を中心にグループ会社を集約しました。

しかし、生産と販売の間には、どうしても壁や対立構造が生まれがちです。地理的な距離ももちろんありますが、グループ全体で一体経営といっても、意識がそろってこない、見えない壁が存在することを、私自身も中計策定の中で感じていました。

そこで、中計の中では、地域や部門の壁を越えて「真のワンチーム」を目指し、チームで成果を創出することを一貫して訴え続けてきました。そうした取り組みを体現し、さらに失敗を恐れずに挑戦するという文化を醸成するため、創業115周年の2023年には「KAI AWARD」という社内表彰制度を新たにスタートさせています。

これは、目標達成の結果よりも、挑戦する姿勢やプロセスを表彰する制度です。個人ではなく、チームで挑戦することを重視しており、普段、仕事で関わることのない部門を超えたチームを組成して目標に挑戦することもあります。

KAI AWARDがきっかけとなり、普段は関わらないような人たちがチームを組んで一つの課題に取り組むことが、文化としてより強く感じられるようになりました。

「関の刃物は日本を代表するコンテンツ」

── 現在、取り組まれていることや、今後のグローバル展開、M&A、IPOなども含めて、成長戦略について教えてください。

遠藤 ファミリーカンパニーとしてこれまで発展してきたことが強みですので、上場をするということはまったく考えていません。一方で、自社だけでは成長に限界があることも事実です。

そのため刃物をコアとしながら、周辺事業において、我々の事業と親和性の高い企業があれば、パートナーとしてグループに迎え入れるいわゆるM&Aも、可能性としてゼロではありません。

また、M&Aした会社が必ずしも100%子会社である必要はなく、アライアンスという形で、共に日本の刃物産業を良くするための取り組みを行うことも、可能性として考えています。

── そうした戦略のもと、どのように発展する将来をイメージしていますか?

遠藤 私どもは創業の精神として「野鍛治の精神」を掲げています。この精神を大切にしながら、守るべきものは継承し、変えるべきものは変えていく。伝統と革新のバランスを常に取りながら、今後も事業展開をしていきます。

ファミリーカンパニーとしての強みである中長期的な視点を持つことで、人とのご縁、企業とのご縁からパートナーシップが深まり、連携がスタートしたという事例も多くあります。短期的なつながりではなく、一度できたご縁がめぐりめぐって、中長期的なタイミングで花開き、事業につながるケースもあるのです。

私たちとしては、「日本を良くしたい」「社会を良くしたい」という企業、岐阜県関市の刃物産業を日本のみならず世界へ発信していきたいという夢を語れる企業と、ぜひパートナーシップを組みたいと思います。

「関の刃物は世界と戦えるキラーコンテンツ」と申し上げているのですが、刃物はグローバルにおける日本の強みの一つです。日本の刃物商品を海外へのお土産として持っていくだけでも喜ばれます。

ぜひ、日本を代表するコンテンツとして、刃物という存在を知っていただきたいですし、その際に、弊社の製品もぜひ使っていただければ幸いです。

氏名
遠藤浩彰(えんどう ひろあき)
社名
貝印株式会社
役職
代表取締役社長

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